41話「近づいてくるタイムリミット」
「――おまたせ」
そう言って、俺の後ろから花宮が現れた。
「悪いな、急に呼び出して」
「ううん、大丈夫だよ」
そう言って、花宮は笑顔を俺に向けてくれた。
飛鳥さんとの話し合いが終わった後、俺はいつもの公園に花宮を呼び出した。
花宮には直接話しておきたいと思ったからだ。
「それで、用事って何かな?」
「そうだな……まずはこれを見てほしい」
俺は飛鳥さんから渡された資料を、花宮へと渡す。
「これは?」
「楓先輩のお見合い相手になる人物だ」
俺がそう言うと、すぐに花宮はざっと資料に目を通し、俺の方を見上げた。
「山中……和史ね……山中財閥の跡取りかぁー……私にこの人を調べてほしいって事でいいの?」
「いや、今回は俺が行く」
「え?」
俺の言葉に、不思議そうに花宮が俺の顔を見る。
「私に情報収集を頼みたいから、この資料を見せてきたんじゃないの?」
「そうじゃない。ただ、花宮とは情報を共有しておいた方がいいと思ったんだ。もしまた俺に何かあった時、お前なら頼りになるからな」
俺の言葉に、花宮は一瞬だけ険しい表情をした。
「もしかして、この相手そんなにまずいの?」
「いや、もしもの話だ」
俺がそう言うと、花宮は俺の顔をジッと見てくる。
まるで俺の事を観察するように。
俺は頭痛の事を気づかれない様に、平然とした態度をとる。
「なるほど、そういうわけね……」
「何がだ?」
「あのさ、私はもう知ってるんだから無理して隠す必要ないじゃん。頭痛――治まってないんでしょ?」
……だめだったか。
「表情に出ていたか?」
「そうだね、隠しきれてないわけじゃないけど、辛そうに見える」
「そうか……薬が切れただけだから、心配するな」
そう言って、俺は溜息をつく。
駄目だな……これでは加奈達に気付かれてしまう。
そのためにも――
「花宮、俺は明日、紫之宮会長に会って話がつき次第、山中さんに会いに行く」
「明日って……明日学校だけど?」
「ああ、だから俺は明日学校を休む――いや、当分の間は学校に行かないかもしれない」
「どういうこと?」
「山中さんを説得できない限りは、戻るつもりがないと言う事だ」
俺の言葉に花宮が俯くようにして、考え込む。
やがて――
「らしくない……」
ポツリっといった感じで、呟いた。
「花宮?」
俺が声を掛けると、バッと花宮が顔を上げる。
「こんなのらしくないよ! もっと慎重に策を練ってから行動するのが、いつものクロヤンでしょ? これだと先が見えないし、何より周りに心配かけるじゃない! いつものクロヤンだったら、周りに心配かける事なんて絶対避けるでしょ!?」
ここまで興奮している花宮は珍しい。
まさかこんな反応を返されるとは思わなかった。
「時間があればそうしただろうな」
俺だって、本当なら情報をしっかり集めて行動がしたかった。
だが、そう出来ない理由がある。
それに、お見合い相手までが決まっているとなると、そのお見合いが開かれるのはすぐだろう。
お見合いが開かれれば、それで終わりだ。
このお見合いは形式上として行われるだけで、おそらくは結果など決まっているはずだからだ。
だから、お見合いが開かれない様に、今から行動を移すしかない。
「時間がないのはわかってる! だけど――こんなの成功するとは思えないよ!」
「確かに、賭けになっている事は理解している。だが、今これしか手が無いんだ」
「なら……せめて、私に情報収集する時間を頂戴! 三日……いや、一日で交渉に役立つものを手に入れるから!」
一日か……。
確かにそれが出来るのなら助かるが……。
「いくら花宮でも一日では無理だろ? そんな無茶な事を言いだすなんて、お前の方がらしくないぞ」
「出来るよ! クロヤンが交渉しに行くって事は、何か出来る可能性があるからこそなんでしょ? だったら、その事を調べるから!」
確かに花宮の言う通り、俺は今回の交渉が可能だと思ったからこそ、山中さんのとこに行くつもりだ。
おそらくだが、山中さんはこのお見合いを断りたいと思っていると、俺は予想している。
しかし――
「俺が掴んでいるのは、山中さんがお見合いを断りたがってるかもしれないということだ。何も確証が無い事だぞ?」
「確証はなくても、可能性は高いんでしょ?」
「まぁ、ほぼ間違いないとは思っている」
「なら、調べてみる価値はあると思う。お見合いを断りたがっている理由かぁ……それには何か思い当たる事があるの?」
俺は少し考えて――
「まぁ、普通に考えれば楓先輩の事が嫌か、他に恋愛対象がいるかって事だろうな。紫之宮財閥自体が嫌だという事も考えられるが、それならそもそもお見合いを受ける必要がないしな」
「うん、私もそうだと思う。となると、山中さんの周囲の女性関係を調べる必要があるね」
そう言って、花宮は俯いて考え始めた。
おそらくはどうやって調べるかを考えているのだろう。
俺にはまず無理だが、花宮なら何か手掛かりくらいは一日で調べられるかもしれない。
「――なぁ、花宮」
依然考え続けている花宮に声をかける。
「ん? 何?」
花宮はキョトンとして、こっちを見た。
「どうして、さっきあんなに興奮したんだ? それに、なんで一日で調べるなんて無茶を言った?」
いつもの花宮ならそうそう感情を表に出す事は無い。
むしろ平然と演技をして、茶化してくるくらいだ。
「だって……さっきクロヤンが時間が無いって言った事にも繋がる話だけど――時間がないってのは、クロヤン自身に……でしょ?」
「――っ!」
俺は花宮の目を見る。
その目からは、確信を持っているといった感じの意思が込められているように見えた。
「私の考えだけど、おそらくはお見合いが開かれる事自体は、故意的に遅らせる事が出来る。その事にクロヤンが気づいてないはずないよね? それなのにクロヤンは焦って、準備が不十分のまま、事を実行しようとしてた。それにクロヤンはここに来て、頭痛の事を隠しきれてなかった。もうその時点でわかるよ……ただ薬の効果が切れたんじゃなく、薬自体が効かなくなってるんだって。もう本当にヤバイんでしょ?」
「……」
花宮の言葉に、俺は黙り込むしかなかった。
花宮に隠しどおそうとしたのが失敗だったか。
「まだ隠すんだ……? さっきも誤魔化してたし……ねぇ、私はクロヤンの事を邪魔するつもりはないんだよ? 前にも言ったけど、クロヤンの意見を尊重する。だから、隠し事をしようとしないで」
そう言って、悲しそうに花宮がこっちを見つめてくる。
これは演技なのだろうか……?
いや……今そんな事を探るのは、花宮に失礼だ。
「そうは言うが、ついさっき俺の意見は否定されたばかりなんだが?」
俺は話を逸らす事にした。
「それはクロヤンが冷静に判断出来てなかったからでしょ! ちゃんと考えた結果ならともかく、あんな風に行き当たりばったりみたいなやり方で行動したら絶対後悔するでしょ? 私はクロヤンが幸せになる事が大切なの」
「ハハ……」
こんな時にまでブレない花宮に、思わず笑いが出てしまう。
俺の幸せを考えて……か。
本当に花宮は、自分の周りの事ばかり考えている。
この女の子が俺の傍に居てくれたのは、幸運だったんだろうな――。
「わかった……花宮に情報収集を任せる。確かに行き当たりばったりだったのは認めるよ。だから、一日じゃなくていい。三日で、有力な情報を仕入れてくれるか?」
俺の言葉に嬉しそうに花宮は頷いた。
「任せてよ! 三日もあれば、私には十分!」
ふむ……という事は、やはり一日だったら厳しかったんだろうな……。
まぁしかし、何も俺は今回の計画が無茶だったとは思っていない。
その事はきちんと伝えておこう。
「有難いな。ただ、俺は今回の事はそれほど無茶だったとは思っていない。だから、気負わずに情報収集をしてくれ」
「大丈夫だってば。まぁ、クロヤンは紫之宮先輩のお祖父ちゃんにしっかりと、話をつけといてよ。その間に私は情報入手しておくから」
紫之宮会長は、花宮のお祖父さんでもあるわけだが……やはり、まだそこは受け入れられないのかもしれない。
「まぁ、とりあえずたの――」
あ……れ……?
花宮に改めて頼もうとしたら、視界が歪み、花宮が段々と斜めになっていく……。
そして、そのまま花宮が視界から消えた――。
「クロヤン!? ねぇちょっと!? どうしたの、クロヤン!?」
意識薄れる中、悲痛な花宮の声が、段々と遠くなっていった――。







