36話「紫之宮財閥会長とご対面」
「うん――あぁ、そういうことだ」
俺は昨日由紀さんと話をして意見が変わったことを、花宮に電話で話していた。
「そっか~」
花宮から聞こえる声色は優しかった。
「怒らないのか?」
「なんで?」
「だって、急に意見を変えたんだからさ」
俺がそう言うと、電話からは花宮の笑い声が聞こえた。
「ハハハ、も~、何回も言わせないでよ~。私はクロヤンが後悔しないのなら、それでいいの。意見が変わったかどうかなんて、関係ないんだよ」
「そっか……花宮って本当器がでかいよな……」
「う~ん? そっかな~? 自分じゃわかんないよ」
俺達はそんな風に、笑いながら雑談をした。
最初は嫌いだった花宮と、今はこうして仲良く話をしているなんて、あの時は思いもしなかっただろうな。
チラッと時計を見ると、もう約束の時間になりそうだった。
昨日すぐに由紀さんが確認をとると、すぐにでも会いたいと楓先輩のお祖父さんは言ってくれたらしい。
だから、これから会いに行く予定だったのだ。
「あ、そういえばクロヤン……」
「ん? どうかしたか?」
「あのね、クロヤンの妹の事なんだけど……気を――」
「あぁ、勘違いだったんだろ? 気にしなくていい。用心深いとこが花宮の良さだと思うし」
「え?」
ピンポーン――!
「あ、悪い花宮。もう時間みたいだから電話切るな」
「ちょ、ちょっと――!」
花宮は何かまだ話がありそうだったが、俺は電話を切った。
なんせこれから会う相手は、紫之宮財閥の会長だ。
きちんと交渉するために、早めに気持ちを作っておきたかった。
俺がドアを開けると――そこには由紀さんが立っていた。
……ん?
私服?
今日俺のとこに来た由紀さんは、いつものメイド姿ではなかった。
「おはようございます、龍様」
「おはようございます、由紀さん。今日は私服なんですね?」
「はい、変でしょうか?」
「いえ、凄く似合ってますよ」
俺の言葉に由紀さんは微笑んだ。
「それでは、会長の元までご案内しますね」
俺は、由紀さんが運転する車の助手席に乗った。
この車に乗るのは、初めてだな。
いつもはリムジンなのにな。
「今日は違う車なんですね」
「これは私の車です」
「え、由紀さんの? なんでですか?」
「今回私は旦那様に逆らって、楓お嬢様の為に動いています。本来それは許される行為ではありません。だから今日は休暇を頂いて、紫之宮に仕える人間ではなく、1人のお嬢様の幸せを願う者として、動いているんですよ」
……そこまでして、協力してくれているのか。
昨日の事と言い、由紀さんには本当に頭が上がらないな……。
そういえば、由紀さんの運転姿を見るのは初めてだ。
いつもはリムジンで迎えに来てくれているため、由紀さんの運転姿を見る事は無い。
……なんかこんな風に助手席に座っていると、年上のお姉さんとドライブデートをしているみたいだな……。
――俺の考えを見据えてか、由紀さんが意地悪そうな顔を浮かべてこちらを見てきた。
「龍様、今何をお考えになられていますか?」
「由紀さんの運転姿がかっこいいな~と」
俺は咄嗟に誤魔化す。
「本当ですか? デートみたいだとか、お考えだったんじゃないですか?」
「いやいや、由紀さん相手にそんな事考えてませんよ」
「そうですか、私にはそんな魅力ありませんか……」
俺の言葉に、由紀さんはションボリとしてしまう。
「いや、そうじゃなくて、俺には勿体ない方だからそんな事を考えるのも失礼だって意味で!」
「告白をふる常套句ですね……」
「いやいや!」
「フフフ――龍様慌てすぎです」
気付けば、由紀さんは笑っていた。
俺も由紀さんにつられて、笑いが込み上げてくる。
「これから会長に会いに行くっていうのに、からかわないでくださいよ」
「申し訳ありません。少し、龍様の緊張をほぐそうと思いまして」
「勘弁してくださいよ」
そう言って、俺は息を吐く。
うん、どうやら肩の力は抜けたみたいだ。
由紀さんには感謝しないとな。
「勝算はあるのですか?」
「わかりません。まず、会長の人柄を見てからではないと」
「そうですか……。もうすぐお着きしますので」
由紀さんの言葉に窓の外を見ると、もうビル街へと突入していた。
それから由紀さんは駐車場に車を止めた。
「それでは行きましょうか」
「はい」
俺は由紀さんの後ろをついて行く。
すると、一つのビルの前で由紀さんが足を止めた。
俺はその建物を見上げる。
なっげー……。
最上階のほうはもう下からじゃあ、見えない。
「あの、会長ってほぼ引退されてたんじゃあ……?」
「たまには会社の方にも顔を出されるのです。今日はあえて、ここで龍様をお待ちされているみたいですが」
……これは、俺に圧力をかけているのか?
今からお前が会いに行く相手は、これほど上に居る人物だと。
――まぁ、どうだっていい。
とにかく会長と言葉を交わしてみない事には、始まらないのだから。
その後は受付のお姉さんに名前を告げ、最上階へと向かう。
会長が居る部屋の前に来ると、由紀さんがドアをノックした。
「由紀です。黒柳龍様をお連れしました」
「ごくろう、入りなさい」
ん?
今の声ってもしかして……。
「やぁ、龍君。久しぶりだね」
「し、柴宮さん!?」
中に入ると、俺を待ち構えていた人物は予想外の人だった。
「ホッホッホ~。驚いとるようじゃな」
柴宮さんは、俺を驚かせることが出来たのが嬉しかったのだろう。
満足そうに笑っていた。
「まさか、柴宮さんが会長だったなんて……。じゃあ、柴宮って名前も偽名なんですね?」
「そうじゃ、本当の名前は紫之宮健司。この紫之宮財閥の会長をしておる」
そう言うと、柴宮さんはニカっと笑顔を見せる。
「何でこんなことを?」
「そりゃあ、楓が興味を示している男子が気になったからじゃよ。あの子が興味を示すのは珍しいからな」
「そのために偽名まで使って、喫茶店さくらに通っていたんですか? それも、俺が働き出してからずっと」
「そうじゃよ、君という人間を知るためにな。まぁ途中からは、龍君や加奈君と話をするのが楽しくて、通ってただけじゃがな」
柴宮さん――いや、紫之宮会長はワッハッハと笑いながら、俺の肩を叩く。
しかし、こっちは全然笑えなかった。
ずっと観察されていたという事は、何か失礼なことをしていれば、俺は容赦なく潰されていたのだ。
その事に、冷や汗が出てくる。
「まぁまぁ、そっちに座り給え。由紀、お茶を」
「かしこまりました」
由紀さんはペコリと頭を下げて、お茶を汲みに行く。
今日は休みなのに、一切嫌な顔をせず命令に従う由紀さんは、流石だった。
「それで、わざわざ儂に会いに来たのは力を貸してほしいと言う事じゃな?」
「はい。今回、楓先輩のお父さんに会いに行っても、到底認めてもらえるとは思えません。そのため、紫之宮会長には後押しをしてほしいのです」
俺はそう言って頭を下げる。
「却下じゃ」
即答か……。
会長が柴宮さんだった時は、手を貸していただけると思ったのに……。
「龍君、儂は君の事を買っておる。今回の事も、君なら儂の力を必要とせずに、解決できると思っておるのじゃ」
「俺の力だけで……?」
本当にそうなのだろうか?
相手は大手企業の実質トップだ。
一学生の俺にどうにかできるとは思えなかった。
「君の判断は悪くない。儂を味方につければ、息子の説得は容易になるじゃろう。だが、それは君の力を息子に認めさせた事にはならない。無理矢理頭から抑えつけているようなものじゃ。そうじゃないかね?」
「はい、おっしゃられる通りです」
「あともう一つ、君がこの条件を飲まないのなら、儂も楓との付き合いを認めない」
「――っ!」
嘘だろ?
なぜそうなる?
「――その条件とは?」
「手術を受けなさい。そうしなければ、儂も認めはせんよ」
……まさか協力を求めに行ったら、協力を得るどころか、楓先輩とのおつきあいを認めてもらうための条件として、俺にとって最悪の条件を出されるなんて……。
俺が黙り込んでいると、紫之宮会長は言葉を付け加えた。
「君と楓がどれだけ甘い考えだったのか知らないが、当然のことじゃろ? 紫之宮の未来を任せれない者と、楓を交際させるわけにはいかない。息子が言った通り、楓の肩には紫之宮の未来が掛かっているんじゃからな」
「俺の手術の成功率の低さは、お知りなのでしょうか?」
「君は医者の言う事を鵜呑みにしとるな……。医者だって人間じゃ、どの医者が手術するかによって、成功率なんて変わるのじゃ。確かに平均的な成功率は40%らしいな。じゃが、儂が手配した世界最高峰の医者に確認した所、90%の確率で成功するそうじゃ」
「90%!?」
それは俺にとって驚愕の事実だった。
確かにそれなら手術を受けるのも怖くない。
だが……。
「まぁ、その医者は予定が詰まっているのに無理を言ったのと、その医者自体に頼むための費用として、普通の手術代に比べて高くなっているがな」
やはり……。
そう言う医者に頼むには、費用がかさむと聞いた事がある。
元々の手術代が1億近くかかると言われていたのに、それより高くなっているのなら俺には絶対無理だ。
「龍君が何を考えとるかわかるが……費用については心配いらん。儂が全て出してやる。もちろん、君に借金させるわけじゃないから安心しなさい」
「そんなわけにはいきませんよ! だって、莫大な費用ですよ!?」
俺の言葉に紫之宮会長はまた、ワッハッハと笑う。
「儂を誰じゃと思っておるのじゃ、紫之宮財閥の会長じゃよ? これくらいの額、儂にとって気にするほどでもないわ」
「ですが……」
「いいんじゃよ。君は楓だけじゃなく、佳織の事も救ってくれた」
佳織とは花宮の事だな。
「元々、あいつに頼まれて俺が勝手にした事ですから……」
「儂はその事に感謝しておるんじゃよ。あの子の母親……つまり、儂の娘になるのじゃが、娘とその夫は儂のせいで死んでしまったようなものじゃ。儂が結婚を反対せねばあんな事にならなかった。それだけじゃない、儂は佳織の気持ちも考えずに紫之宮の人間にしようとしていた。君がいなければ、儂はまた過ちを犯していたじゃろう」
確かにあのままだと、どう転んでも花宮は紫之宮の人間になっていただろう。
それは後継者争い自体とは関係がなかったからだ。
例え花宮が後継者にならなかったとしても、紫之宮の人間になる事は決定されていた。
「とはいえ、それでお金を出して頂くってわけにはいかないですよ」
「何を言っておる。君は紫之宮を一つにまとめてくれたのじゃよ? それがどれほどの事か。それに、佳織も納得して紫之宮の会社に入ってくれることになった。儂にとってこれほど嬉しい事は無いんじゃ。そして、君が楓に相応しいと思っておる。そんな男をこんなところで、ミスミス死なせるわけにはいかんじゃろ?」
紫之宮会長の言葉は素直に嬉しかった。
だが、やはり額が額だけに素直に受け入れられない。
「やはり、そんな事をしてもらうわけには行きませんよ」
「なら、楓の事を諦めるのか?」
「そうではありませんが……」
「君の事じゃ、また何か策を練ろうとしておるのじゃろう。だが、ここで手術を受けると言わない限り、儂は絶対に認めないぞ?」
俺は真っ直ぐ紫之宮会長の顔を見る。
ここで条件を飲まなければ、もうチャンスがないというのは嘘ではないだろう。
「君は後継者争いを解決した時に、抱えていた借金をチャラにしたんじゃろ? 君はもう好きな事を出来るようになるのじゃ、なのにそのチャンスを潰してしまってよいのか?」
確かにもう借金を気にする必要はない。
就職しようが、大学に行こうがもう自由だ。
それどころか、このみと一緒に暮らす事も出来る。
でも――それで俺は胸を張って楓先輩の前に出られるのか?
「龍様――」
俺がゴチャゴチャと考えていると、由紀さんが後ろから俺の両肩に手をおいてきた。
「由紀さん……?」
俺が由紀さんの方を見ると、由紀さんは優しい声で話し始めた。
「龍様は、もう何も悩む必要はないのです。あなたはこれまで沢山の苦労をされてきたじゃないですか。幼くしてお母様を亡くし、それから数年後にはお父様を亡くされました。その後、借金の為お嬢様との取引で、大切な妹さんや幼馴染の方とお別れしたんでしょ? そして、そのお二方が入学と転校されてきて、やっと周りと幸せに生活できるようになったと思えば、生命にかかわる病気が見つかり……龍様はもう十分に苦しまれました。もうこれ以上苦しむ必要はないんじゃないですか? それに、あなたは色々な方が幸せになられるように頑張ってこられたんでしょ? みんなが知らない間に裏で動いているから、その活躍を知らずに周りからは陰口を叩かれる。それでもあなたは誰かの為に頑張ってこられたのでしょ? もう幸せになってもいいじゃないですか」
そう言って、由紀さんは俺の頭を撫でてくれた。
俺はそんな由紀さんの言葉に、胸の中にあったしこりが無くなった気がした。
「そう言う事じゃ、手術を受ける気になったかな?」
「はい……手術を受けさせて頂きます。申し訳ありませんが、お金の方お願いいたします」
俺はそう言って、頭を下げた。
「もちろんじゃとも! ふぅ、やっと受けてくれたか。儂があれだけ説得したのに、由紀の言葉が決め手のようじゃな?」
紫之宮会長がニヤっとこちらを見ていた。
「いや、あはは……」
俺は頬を掻きながら、苦笑いをする。
まぁ、由紀さんの言葉が心に響いたのは事実だから仕方ない。
「とりあえずは、息子をしっかりと説得してみせよ。そしたら、すぐ手術じゃ。良いな?」
「はい、わかりました。それでは、僕はこれで失礼します」
楓先輩のお父さんを説得する作戦を考えなければいけないため、あまりながくはいられなかった。
――由紀さんに車で送ってもらっている最中、俺は花宮と夕美の二人に連絡をするのだった――。







