32話「初めての執事」
「それでは――こちらにお入りください」
俺は以前話していた、紫之宮財閥の重役を家族に持つ――みぃちゃん、飛鳥鈴、藤瀬穂波、加賀奈美恵の四人と、加奈、力生、裕貴、夕美、花宮の計五人を目的の部屋へと案内した。
俺は由紀さんと一緒に彼女達を迎えに行き、楓先輩の家に招待したのだ。
突如豪邸に招待された彼女達は、驚きを隠せずにいる。
だが、加奈達が良い関係を築いてくれたおかげか、誰一人不満を口にするものはいなかった。
……まぁ……加奈と夕美を呼ぶのには苦労したのだがな……。
なんせ、三時間も正座させられた上に、永遠と夕美の説教が続いたのだ。
本当にあれは地獄だった……。
最終的に御馳走を作るということで、加奈と夕美に許してもらった。
その加奈達と言えば、よっぽど俺の服装が気になるようで、チラチラと、俺の方を見ている。
そう――俺が今日着ている服は執事服なのだ。
今回、彼女達を味方にする役目を果たすのは楓先輩だが、俺も手伝いをすることになっている。
俺が説明をするときに説得力を持たせるには、紫之宮の家の関係者だと思わせる方が話が進めやすいと言うことで、執事になったのだ。
「お嬢様、皆様をお連れ致しました」
俺はそう言って、先に席についていた楓先輩に頭を下げ、彼女の後ろに立つ。
「ご苦労です、黒柳。皆様、ようこそいらっしゃいました。私は紫之宮楓と申します」
楓先輩の自己紹介に続いて、みな自己紹介をしていった。
俺は主や招待客より一歩引いた立ち位置で居るため、自己紹介は必要ないと考えていたのだが――。
「あの――後ろの執事の方は、自己紹介されないんですか?」
俺が自己紹介しない事に疑問を抱いたのか、1人の女の子がそう聞いてきた。
確か彼女は、力生が担当していた飛鳥さんだったな。
俺は楓先輩の方を見る。
アイコンタクトで俺の考えてる事がわかったのか、楓先輩が俺の事を説明する。
「失礼しました。彼は黒柳龍と言い、私の専属執事です」
「黒柳です。以後お見知りおきを」
俺は軽く一礼をし、姿勢を正した。
俺の所作を見ていた楓先輩が視線を皆の方に戻し、ゆっくりと口を開く。
「――今回あなた方を招待したのは、他でもありません。私に力を貸してほしいからです」
「力を?」
藤瀬さんが首をかしげて尋ね貸してきた。
彼女達に説明していく中で1つ気を付けないといけないのは、加奈達が彼女達に接触したのが意図的だった事をバレないようにする事だ。
意図的に近づいたことがバレれば、不信感を抱かせてしまう。
今回加奈達に連れてこられたことにより、彼女達はその事を気にしている途中だろう。
ただそこに確証がないため、誰も口にしない。
だから、いつであったかさえ言わなければ、大丈夫であろう。
「現在、紫之宮財閥は私を含め三人で後継者争いをしております。あなた方のお父上もしくはおじい様は、我が紫之宮財閥で重要なポジションを担っておられる方という事はご存知でしょうか?」
楓先輩の問いかけに、四人全員が頷く。
「あなた方には、その方々に私を後継者に推すようにと、説得して頂きたいのです」
「え~それはちょっと無理かな~」
スマホを弄りながら楓先輩の話を聞いていた加賀さんは、興味なさげにそう答えた。
「どうしてでしょうか?」
「だって、わざわざ説得する様に頼んできたという事は、おじいちゃんは別の人を推しているんでしょ? それをたかが孫の言う事を聞くとは思えないし、何より私たちがそんなことする必要性が感じられないかな~?」
そう言ってまた、加賀さんはスマホに視線を落とした。
楓先輩が説明するより、ここは俺が説明した方が良いだろう。
「そこについては心配ございません。失礼ながら、私の方であなた方四人の御父上及び、お爺様について調べさせていただきました。その際に、あなた方の頼み事ならほとんど聞いてしまうほど、子供や孫に甘い方々だと調べがついております。今回あなた方をお呼びして頂いた桜井様たちは、私のご学友になります。私があなた方へ接触する手段を調べていたところ、彼女達がお友達だとわかったので、無理を言って会わせて頂いたのです」
「私達の事を勝手に調べるなんて、失礼じゃないかな?」
俺に敵意を向けてきたのは、みぃちゃんだった。
ただ、その敵意はわざとだ。
予めそう言ってくれるように頼んでおいたのだ。
「もちろん失礼な事とは存じております。ですが、それほど急を要する事だったとご理解を頂ければと存じます」
「どうして急だったの? それほど紫之宮さんは劣勢だと、言うことかな?」
「そうではございません。ご想像をして頂きたいのですが、1つの大きな組織の中に3つのグループがいがみ合いをしているとします。その状態が長く続くとどうでしょう? いずれ相手の立場を脅かすために、お互いの足の引っ張りあいが始まります。そうすれば、たちまち企業は潰れてしまうでしょう」
「なるほど……。でも、それは例えばの話でしょ?」
俺達の話に興味を持ったのか、加賀さんも話に加わった。
ただ俺は、先ほどからこちらをジッと見ている飛鳥さんが気になっていた。
飛鳥さんは、楓先輩ほどではないが結構なお嬢様だと聞いている。
父方の祖父が紫之宮財閥の重役なのだが、お母さまが紫之宮財閥よりランクは落ちるが、大手企業のトップらしく、執事やメイドも雇っているらしい。
紫之宮先輩も社交界などで顔を合わせる事はなかったが、名前は知っていた。
だから、この人が俺をずっと見ているという事は、使用人としての仕草として、俺の行動の中に変な仕草でもあるのかもしれない。
俺はさっき以上に仕草に気を付けながら、話始める。
「ええ、確かに例えばのお話です。ですが、確率は高いと私は考えております。それにどちらにせよ、後継者は十中八九、楓お嬢様になります。それならば、加賀様達はお嬢様に恩を売っておいた方が得だと思いませんか?」
「ちょっとまって、それはおかしくないかな? それならば私達に頼ってくる必要ないよね? それだけ早く決着をつけたいという事?」
「確かに加賀様のおっしゃる通りですね。それではまず、何故楓お嬢様が紫之宮家の正統後継者になるのかを、ご説明させて頂きます。その理由は単純なのですが、他のお二方は、楓お嬢様が正統後継者になる事を望んでおられるからです」
「え、そうなの?」
「はい、楓お嬢様のお姉さまにあたられる愛お嬢様は、ご自分を支持してくださってる方々に、楓お嬢様を支持するように説得されました。そして――花宮様、説明をお願いできますでしょうか?」
俺がそう声を掛けると、花宮は大きく溜息をつく。
加奈達は何故花宮に話を振ったのか不思議だったのか、首をかしげている。
この流れを理解したのは、予め話をしておいた楓先輩と、関係ないはずの花宮がここにいる時点で何かあると考えていた、夕美ぐらいだろう。
「なんでここで、かおりん?」
花宮をかおりんと呼んだのは加賀さんだった。
花宮は随分と仲良くなったんだな……。
「実は私も後継者の1人なの。私は今の生活を乱されたくない。だから、紫之宮先輩に後を継いでもらいたいの」
花宮の言葉に俺と、楓先輩、夕美以外の全員が驚く。
「まじで!? スッゴ~、かおりんも紫之宮の人間だったの!? ん? じゃあ、花宮って偽名?」
「ううん、私は紫之宮の人間ではないよ。血の繋がりがあるだけなの。詳しい話はまた今度するね?」
そう言って、花宮は席に座る。
俺は花宮が話終えたのを確認し、皆の方に向きなおす。
「ご理解頂けたでしょうか? このまま何をしなくても、お嬢様は後継者になられます。ですが、それでは後継者争いに敗れたと感じた支持者たちが不満を持ってしまいます。楓お嬢様は、紫之宮財閥がグループ一丸となる事を望んでおられます」
「ええ、そのとおりです。だから、皆様にお力添えをして頂きたいのです。もちろん、それ相応の見返りを用意致しましょう」
「見返りって? いずれは私達を紫之宮財閥の重役にしてくれるとか?」
加賀さんは目を輝かせて聞いてきた。
「それは流石に、保証しかねます。もちろん、皆様が我が紫之宮財閥に入社され、成績を残されたときには、私が推薦させていただきます。ですが、今回はあなた方の大学進学費用と、他にも大学でかかった費用などを私が出すというのはどうでしょうか?」
この四人が大学進学を望んでいる事は調査でわかっている。
だが……元々親や祖父が紫之宮財閥の重役をしているため、お金はたくさんもっているだろう。
「う~ん、それだけか~」
やはり、加賀さんは難色を示した。
「私はそれでも良いと思うな。大学進学だって凄くお金がかかるんだし」
みぃちゃんはこちらの案に乗ってくれた。
自分が賛成する事によって、他の人間が乗れる雰囲気を作り、俺達を援護してくれるつもりだ。
「――私から提案しても宜しいでしょうか?」
ここまでずっと黙っていた、飛鳥さんがやっと口を開いた。
「はい、なんでしょうか?」
楓先輩が飛鳥さんに向き直る。
「私は大学進学の費用は自分で出せますので、代わりに黒柳さんを私に頂けないでしょうか?」
「「「は?」」」
全員の声が重なった。
これは予想外だ……。
一体、この人は何を考えいてるんだ……?
「黒柳さんを私の執事にしたいのです。もちろん、お給料は紫之宮さんよりも出させて頂きます」
そう言って、こちらにニコっと笑顔を向けてきた。
……そういえば、この人は男好きだったな……。
だから、力生を向かわせたのだ。
華恋な仕草と、大人しそうな顔立ちにスッカリ忘れていた。
だがいくらなんでも、これは予想外すぎる。
「それは駄目です。彼は私の専属執事なのですから」
「そうですか、ならこの話はなかったという事で」
そう言って、飛鳥さんが席を立とうとする。
おいおい……こんな事で今まで頑張って準備した事を、無駄にされてたまるかよ。
多分、楓先輩は俺が本当の執事ではないから断ってくれたのだろう。
だが、それで水に流れるくらいなら、執事でもなんでもやってやる。
「楓先輩、俺なら大丈夫ですから、これを引き受けましょう」
楓先輩以外の人間に聞こえない様に、小さい声で話しかける。
「絶対だめだから」
一瞬だけ怒りの表情を見せた紫之宮先輩は、俺の事をにらんできた。
あまりの気迫に、俺は一瞬ひるむ。
「飛鳥さん、どうしても駄目ですか?」
「はい、黒柳さんを私にくださるのでしたら、お引き受けしますが?」
「どうして黒柳なのです?」
「彼が優秀そうだからです。何より、紫之宮さん程のお嬢様が専属にしてらっしゃる執事というのが、とても魅力的だからですよ」
――あぁ、なるほど。
要するに、この人は楓先輩の物がほしいというだけなのだ。
楓先輩は机の下で、握りこぶしを作っていた。
だが、流石に目に見える態度には出さない。
「お待ちください飛鳥様」
俺は、立ち去ろうとする飛鳥さんに声を掛ける。
「なんでしょう? 私の執事になってくれるのですか?」
「いえ、主の許可なくそのような事は出来ません。ですが飛鳥様、本当にこのまま立ち去っても宜しいのでしょうか?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「飛鳥様は、恩を売れる相手がお嬢様だけで、その見返りにそれほど価値を見出されていないのですよね? しかし、それは間違いでございます。他のお三方にも言える事ですが、今回恩を売れる相手は楓お嬢様だけではありません。愛お嬢様に、花宮様にも今回の事で恩を売れるということです」
俺はそう言って、花宮の方を見る。
「うん、もちろん今回の件で協力してくれれば、私も恩返しをするつもりでいるよ」
花宮がそう明言してくれたおかげで、飛鳥さんはこちらに戻ってきてくれた。
「確かにそれは魅力的ですね。これから紫之宮財閥の中心人物になられる、お三方に恩を売れるのは大きいです」
「でも、かおりんは紫之宮家に入る事は嫌なんでしょ?」
「紫之宮家には入るつもりはないけど、紫之宮財閥には入る事になっているの」
「どういうこと?」
花宮の言葉の意味が理解できなかった、加賀さんが首をかしげている。
「花宮様は大学を卒業されましたら、花宮家に残ったまま、紫之宮財閥の会社に入社してくださる事になっているのです。彼女はとても優秀な方です。彼女にも恩を売っておくのは、今後の為になりますよ」
「わかりました。黒柳さんを私の物に出来なかったのは残念で仕方ありませんが、私も協力致しましょう」
「私達もOKだよ」
――なんとか最終的には、全員の承諾を得る事が出来た。
報酬はとりあえず、大学進学までの費用を負担する事、愛さんと花宮には借りを作っておくという事で、話がついた。
2
「――お疲れ様です、楓先輩」
みんなを由紀さんが送りに行ってくれた後、俺は楓先輩に話しかけに行った。
「流石に疲れたわね……。それに、飛鳥さんには困ったものだわ……」
「ですが、きちんと協力を得る事が出来ました」
「ほとんど、あなたのおかげじゃない……。やっぱり、私にはあなたが必要って事ね……」
そう言って、楓先輩は俺の胸にもたれかかってきた。
あの夜以来、楓先輩は素直に俺に甘えてくるようになった。
「先輩くすぐったいです、離れてくださいよ」
「だ~め。もうちょっとこうしてるの~」
そう言って、俺の胸に頬ずりをしてくる。
訂正しよう……。
かなりの甘えん坊になってしまっている……。
ジー……。
「はっ!?」
俺はなんだか視線を感じて振り返ると、そこにはめちゃくちゃ良い笑顔を浮かべた、由紀さんが立っていた。
「ゆ、由紀さん……帰ってくるの早すぎませんか?」
「いえ、私は玄関まで送り届けただけで、車を出したのは別のメイドですので」
そう言って、ニコっと笑っている由紀さん。
楓先輩は、絶賛俺の胸で固まり中だ。
――結局、由紀さんの温かい視線を終始受け続け、最後には逃げる様に紫之宮家を立ち去ったのだった――。







