31話「動き始めた歯車」
楓先輩と一緒に寝た次の日――俺は裕貴とみぃちゃんを喫茶店に呼び出していた。
今は二人の到着を待っている状態だ。
ちなみに――楓先輩と一緒に寝ていた事は、朝起こしに来てくれた由紀さんにしっかりとバレてしまった。
あの人は起こしにきたはずなのに、俺に抱き着いて寝ている楓先輩を見て、満面の笑みで立ち去って行った。
怒られるより良かったのか……怒られた方がよかったのか……。
由紀さんが何を考えているかわからないため、何とも言えない……。
「――おまたせ龍」
「久しぶり、黒柳君」
俺が昨日の事を思い返している間に、約束の時間になっていたようだ。
「あぁ、よく来てくれたね」
「それで、話ってなんだよ? みぃちゃんに用なんだろ?」
俺は一度深呼吸をする。
みぃちゃんを利用するとなると、裕貴は怒るだろう。
なるべく、穏便に済ませたい。
「実は――みぃちゃんに力を貸してほしいんだ」
「え、どういうこと?」
「君のお父さんは、紫之宮財閥の重役だって聞いているんだ。そのお父さんに頼みごとをしてほしい」
「頼み事って何?」
みぃちゃんの質問に答えようとしたとき、裕貴が口を挟んできた。
「おい、ちょっと待てよ。何で、龍がそんなこと知ってるんだ?」
まぁ、そこは引っかかるよな。
「まさか、みぃちゃんの事を調べたのか?」
「いや、お父さんの方を調べてたら、みぃちゃんに行きついたって感じだ」
「そもそも、なんで調べたんだ?」
「それは今から説明してくれるでしょ? ちゃんと黒柳君の話を聞こうよ」
みぃちゃんは俺が話しやすい様に、裕貴を落ち着かせてくれた。
「なぁ裕貴、俺が力生と加奈に任せていた仕事については理解しているよな?」
「あぁ、なんか写真の奴らと親しくなってほしいって頼んでたな」
「実はあの2人も、紫之宮財閥の重役の孫なんだ。今度みぃちゃんを含め、重役の関係者を1度に集めて詳しく話そうと思う」
俺の説明にみぃちゃんが首をかしげる。
「4人? さっき言ってた人達が来ても3人じゃないの?」
「いや、もう1人別の人間に接触させていたんだ。準備が整った今、やっと行動に移せる」
「紫之宮財閥の関係者ばかりを集めたという事は、紫之宮先輩に関わる事なんだな?」
「あぁ、楓先輩に許可をもらったから話せる事なんだが、あの人は今、後継者問題で困っているんだ」
「楓先輩ね……。やっとそこまでの関係になったという事か……。それで、あの人を後継者にするために動いていたわけだな?」
「あぁ、そうだ。だから、みぃちゃんにも協力してほしいんだ」
俺はみぃちゃんの顔を見る。
やはり、こんな話を突然されて戸惑っている様だ。
「俺は反対だな」
「裕貴君?」
「だってよく考えなよ、みぃちゃん。後継者問題って事は、紫之宮先輩以外にも後継者がいるって事だろ? ここで、紫之宮先輩の味方をした事がバレた時、何もされない保証はないんだぜ?」
裕貴は本当に、みぃちゃんの事が大切なのだろう。
しっかり彼女の事を考えている。
「その点については心配いらない。楓先輩の他に後継者は二人いるが、二人とも後継者になる事を望んでいない。それに、俺はその二人の為にも動いているんだからな」
「という事は、その二人とは面識があるって事か?」
「あぁ、そうだ。だから、心配しないでほしい」
「うん、わかった。私ならいいよ。だって、黒柳君には初めて会った時に、助けてもらった大きな恩があるもん」
そう言って、みぃちゃんはにっこりと微笑んでくれた。
前にみぃちゃんと裕貴が、喧嘩していた時の事を言っているのだろう。
「まぁ、みぃちゃんに被害が無いなら俺も賛成だ。そもそも、悩み相談委員の仕事なんだしな」
裕貴もポンっと、俺の肩を叩いて笑う。
裕貴の怒りを買わずに済んだのは、ありがたい。
短気ではあるが、裕貴が良い奴であることは変わりない。
俺はこいつの事を親友だと思っている。
残り少ない時間だが、最期まで仲良く終りたい。
そして――俺は二人にお礼とこれからの作戦を詳しく説明する。
話し終えた俺は二人と別れて、次の人物の元へと向かうのだった――。
2
「待たせたかな?」
「おっそいよ、もう!」
俺が約束の場所に着いた時には、すでに目的の人物は来ていた。
「と言っても、まだ約束の10分前だぞ?」
「男子なら約束の30分前に、待ってるものじゃない?」
「いや、それは1部の男子であって、しかもデートの場合だろ?」
「え~? 私今回デートで誘われたのかと思ったのに、違ったの?」
そう言って、花宮はふくれっ面をする。
「演技はやめろよ。俺が、なんの用事で呼び出したかわかっているんだろう?」
俺の言葉を聞いた花宮は、顔をにやけさせる。
「やっと準備が出来たのね」
「あぁ、来週の土曜日に全員を集める」
「ふんふん、それで? 私は、その話を離れた所で聞いてればいいのかな?」
花宮はニコニコ顔でこちらを見上げている。
多分、俺の言葉を聞いたら顔色が変わるだろうな。
「いや、その話し合いには花宮にも参加してもらう。ちなみに、楓先輩にも参加してもらう予定だ」
「はぁ!?」
――ほら、顔色が変わった。
というか今の声、凄いドスが効いてなかったか?
「そっちの方が、話がスムーズに進むからな」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!」
『いや』が多いな……。
「なんでそうなるわけ!? 無理無理! 私は紫之宮の関係者って事がバレたくないってわかってるでしょ!?」
「それは後継者争いに巻き込まれているからだろ?」
「そうよ! なのに、紫之宮先輩に『私がもう1人の後継者です』って言うわけ!? あんた、ばかじゃないの!?」
おー……めっちゃ罵られている……。
俺、一応こいつの為に頑張ってるんだよな……?
なんでここまで言われるんだ?
まぁ……こう言うことを言われる覚悟で準備していたんだがな……。
「お前に後継者になりたいという意思が無い事は、既に伝えている。もちろん名前は伏せているが」
「でもでも、前に会った時に思いっきり目をつけられてるから、やだよ~」
花宮は俺に救いを求める様に、すり寄ってきた。
前に、楓先輩を怒らせた自覚はあったんだな……。
「お前があんな挑発する様なことをするのが悪いんだろう?」
「だって~……私を巻き込んだ原因の1人だったから、ムカついちゃってたんだもん……」
そう言って花宮は頬を膨らませる。
どうやら今回は、演技ではないようだ。
「心配しなくても、楓先輩にそんな余裕はない。なんせ、初対面の相手を味方につけないといけないんだからな」
「でも~……」
まだ駄々をこねようとする、花宮の頭を軽くたたく。
「いたっ――!」
「駄々をこねるのは勝手だが、紫之宮の家に入れられても俺は知らないぞ?」
こう言えば、花宮は言う事を聞くだろう。
「わかったわよ……。それで、私に何をさせようってわけ?」
「その前に――お前は就職したい職業とかあるのか?」
「何よ急に……。別に無いわよ。普通にOLになろうかな~としか考えてない」
「なら、紫之宮の会社に入れ」
「……はぁ? 紫之宮の家との関係を断とうとしているのに、何で紫之宮の会社に入るのよ?」
「無理に紫之宮と関係を切る必要はないんだよ。お前が今の家族と一緒に暮らしながら、紫之宮の会社に籍を置くのが、俺にとっての理想だ」
「なんでそう思うわけ?」
「紫之宮の会社なら、関係者として花宮は出世しやすくなる。それは花宮にとってメリットだろ? そして俺は、花宮の事を買っている。紫之宮の会社に大きな利益をもたらしてくれる人間だとな。だから、楓先輩の為に紫之宮財閥に入ってほしい」
「いいの? 今までの恨みで、私が中から紫之宮財閥の事を潰そうとするかもしれないよ?」
「それについては心配していない。花宮、愛さんの事を気に入ってるんだろ? 最近しょっちゅう会いに行ってるって聞いてるぞ?」
「わ、私の勝手でしょ!」
図星だったのか、花宮は顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
孤独に育った花宮にとって、愛さんはとても優しいお姉さんなんだろう。
今まで甘えれなかった分、甘えているといった感じだ。
「それだけが目的じゃないんでしょ? 大方、紫之宮先輩だけじゃあ、その四人を動かす報酬として弱いから、私も紫之宮に入れて、報酬分を増やすといった感じかな?」
……流石だな……。
俺の考えをそこまで理解しているか。
「不満か?」
「いや、いいよ。私にとってメリットがあるのは確かだからね。それに――」
花宮は言葉を途中で切り、俺の方を悲しい表情で見つめてきた。
「どうした?」
「……あと……どれくらいもつの……?」
「――っ!」
……そうか、こいつはまだ俺の事も詳しく調べているんだな。
あの事をわかっていたうえで、黙っていてくれたわけか……。
「多分……そんなに長くない……」
「そっか……後悔しないようにだけ、してね?」
花宮はそれ以上、何も言わなかった。
その後は無言のまま、二人で沈みゆく夕日を眺め続けるのだった――。







