20話「新たな関係」
紫之宮先輩を迎えに由紀さんが来た事を良い事に、俺は文句を言い続ける加奈を由紀さんに家まで送ってもらうように頼んだ。
家に帰ってからがめんどくさいが、ここで加奈が居たとしたら話は一向に進まないだろうから、苦肉の策をとらざるおえなかった。
紫之宮先輩は終始殺意を向けてきていたが、由紀さんのおかげで渋々帰ってくれた。
本当に、由紀さんさまさまだ。
問題の花宮には俺が店内の掃除を終えるまで、椅子に座ってまってもらうことにした。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。
ここからが神経を使う所なのに、本題に入るまでに凄く疲れた……。
やがて掃除を終えた俺は、店長に挨拶した後、椅子に座ってスマホを弄っているギャルに声を掛けた。
「おまたせ」
「うん。じゃあ、行こっか」
花宮はこちらに笑顔を向けた後、先に店内を出て行った。
何処に行くかは聞いてないが、警戒はしておいたほうがいいだろう。
しばらく歩くと、1つのお店の前で花宮は立ち止まった。
「――ここに入ろっか」
お店の看板を見るとどうやらカラオケ店のようだ。
なぜカラオケ……?
「おい、歌いにでも来たのか?」
「まっさか~。まぁ、クロヤンが歌いたいって言うなら、聞いててあげるけど?」
花宮はニヤニヤしながら、こちらを見てくる。
「いや、いい。それより、クロヤンって呼ぶのやめてくれないか?」
「やだ」
即答かよ……。
「だって、この呼び方気に入ったもん」
そう言って、花宮は舌を出した。
恥ずかしいが、あまりこんな事で時間をとられたくない。
「――で、なんでこの店に来たんだ?」
部屋に入ってソファに座った俺は、ここを選んだ理由を尋ねる。
「クロヤンに配慮したんだけど?」
花宮はそう言って、ギリギリまで体をこちらに寄せると、上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
「クロヤン、今凄く私の事警戒しているでしょ? そんな状態で、公園とか誰も居なさそうな所に連れていっても、まともに話を聞いてくれないかなって思ったからだよ」
そう言って、花宮はニコっとする。
「ファミレスじゃあだめだったのか?」
「わかってるでしょ? 今からする話は誰にも聞かれたくない話だよ? 二人っきりになりたいのは当然だよね?」
これ以上は無意味か。
なら本題に入るとしよう。
「とりあえず、計画が上手くいって良かったな」
「計画? なんのことかな?」
花宮は、かわいらしく小首をかしげる。
「とぼけるなよ。今回華恋ちゃんをいじめて俺に相談をさせ、俺がああいう行動をとる事まで予想し、華恋ちゃんを諦めて落ち込んでいる桐山君に、グループの女の子を近づかせてくっつけたんだろ?」
俺がそこまで言い切ると、花宮はニタ~っとした。
「ふふ、やっぱり気づいたんだ。私の予想通りだね」
花宮の笑顔は異常だった。
整った顔立ちで可愛いと言われている彼女の顔が、今は何故か気持ち悪いと感じた。
「お前は何を考えている?」
「簡単なことだよ。私は私の周りに居てくれる子達を幸せにしてあげたい、ただそれだけだよ。そのためなら、それ以外の人間がどうなろうと知ったことじゃあないわけ」
「本当にそれが理由なのか?」
「もちろん。だって、周りが幸せで居てくれると私も凄く幸せだもの。周りが笑顔で居てくれるなら、私もずっと笑顔で居られるしね。でも、私には大人数を幸せにしてあげることは出来ない。けれど、数人程度なら幸せにできる力は持ってる。だから、周りに居てくれる子だけは幸せにしてあげる事にしてるの」
花宮の様子からは、嘘を言っているようには見えない。
本当にそれが、彼女にとって幸せだという風に見える。
「今回はお前のグループの一人と、桐山君をくっつけるために、華恋ちゃんを追い詰めたんだな?」
「そうだよ? 必要なことだったからね」
平然とした顔で花宮は言い切る。
俺はそれにひどい苛立ちを覚えた。
「お前は自分の目的のためなら、本当に他の奴がどうなってもいいのか?」
俺の問いかけに、花宮の笑顔は消える。
「無駄な質問ね。さっき言ったでしょ? 私の傍に居てくれる子以外は、どうなっても構わないと」
「最低な考えだな」
気付けば、俺は花宮の胸倉をつかみ上げていた。
「わぁ~、ひど~い。女の子に暴力を振る気なんだ~?」
花宮は挑発するように、俺の方をニヤニヤと見つめている。
「どうしたの? 殴らないの? ――殴れるわけないよね? 殴れば君は、自分が最も嫌いとしている人間の、仲間入りになるのだから」
俺はため息をつき、無言で手を放す。
花宮は胸倉をつかまれたことなんて気にした様子もなく、話始める。
「とりあえず、クロヤンが気にしている答え合わせからしておこうかな?
今回私は如月華恋を虐めた。理由は憂さ晴らし……というのは表向きの理由で、本当は黒柳龍。君を利用し、桐山君に完全に如月さんを諦めてもらうことだった。桐山君ってさぁ、振られても如月さんの事が諦めれてなかったんだよ。だから、私は如月さんを身体的ではなく、精神的に追い込みクロヤンを頼るように仕向けた。彼女は今のクラスに友達がいないから、一年生の時に仲良くしていた、クロヤンと桜井さんしか頼れる相手が居ない事も知っていたしね」
「でもそれなら、俺じゃなく加奈が行動していた可能性があるだろ? むしろコミュニケーション能力が高く、女子である加奈の方が、今回の件では適役だ」
「君が知りたがってる一つだよね。如月さんが相談に来たタイミングは偶然か、それともそのタイミングを狙ったのかって事が――。答えは狙ったんだよ。桜井さんが依頼で動けないタイミングをね。私は、悩み相談委員に依頼が持ち込まれるタイミングを狙いながら、如月さんを追い込み続けた。そして、依頼主が現れた瞬間、桜井さんが動くことを確信したよ。あの三年生の先輩が抱えている悩みは把握済みだったから、クロヤンなら絶対に桜井さんに任せるだろうってね。だから、その日私はいじめを早めに切りあげさせて、如月さんが君達に相談に行くことが出来る時間を作った」
三年生の事まで把握済みか……。
これはたまたまでは無く、十中八九花宮は、全校生徒の事を隅々まで調べている。
「それで、華恋ちゃんに相談された俺が華恋ちゃんのクラスに頻繁に訪れ、彼氏のふりをし、お前たちを敬遠しながら華恋ちゃんを守ってる姿を、桐山君に見せつけて諦めさせた。最後の仕上げとしてお前が俺に質問することにより、明言しないまでも俺の口から付き合っている風な言葉を引っ張り出し、それを桐山君に聞かせた。後半の質問はカモフラージュと、俺の事を調べ上げているって意味だったんだろ?」
俺がそう答えると嬉しそうに花宮は笑う。
「正解! やっぱクロヤンは頭良い! 流石入学以来学年一位をとり続けてるだけあるね~。あ、でも、次のテストはヤバイのかな~?」
夕美が俺より頭が良いことも知っているってわけか……。
「それで、結局自分の成果を自慢したくて会いに来たのか?」
「ハハハ、違う違う。会いに来た理由は二つ。クロヤンが何処まで把握できているのかを知りたかったのが一つ目。やっぱり私が見込んだ通りではあったね」
「見込みだと?」
こいつはいきなり何を言い出しているんだ?
「うん、私は君に目をつけていたんだ。教員や生徒会から一目置かれている君の事をね。そして、二つ目の理由は……君への私からのプレゼンテーションだよ。私はクロヤンに、私の実力を知ってもらいたかったの。……ねぇ――私と手を組まない?」
そう言って、花宮が俺に体を押し付けて。
「自分がしたことを忘れたのか? 華恋ちゃんをあんな目に合わせた奴と手を組むわけがないだろう?」
俺はそう言って、ソファから立ち上がる。
「いいのかな? 私を敵に回すって事は、君の大切な物を壊すかもしれないよ?」
花宮がニヤッとこちらに気持ち悪い笑みを向けてくる。
俺の大切な物――このみや夕美達に危害を加えるという脅しだろう。
「それならば、俺はお前をこの学校に居られないようにしてやるだけだ」
俺はそう言って花宮を睨む。
「脅しは効かない……か。まぁ、君にならそれくらい出来るだろうしね。まぁ、そもそもそんな危ない橋を渡る気はないけど」
そう言って、花宮は可愛らしい笑顔を向けてくる。
こいつ……どこまでが本音かわからない。
とりあえず、手を組むべきではないだろう。
「本当に俺と手を組むつもりなら、人を陥れる真似をするんじゃなく、きちんと真正面から相談してくるべきだったな。それをわかっていない時点で、どれだけ情報収集能力があり、観察力があると言われても信じられない。」
俺はそう言って、花宮の目を見る。
あんな事まで出来る人間が、俺の考えを理解していないとは考えづらい。
こいつの本当の目的はなんだ?
いったい何を考えて、俺に近づいてきている?
「クロヤンは二つ誤解をしているね。一つは、私の観察力は人並より少し上ぐらいだよ。少なくとも君の観察力には遠く及ばない」
「何を言っている? それだけ人の行動を読めるお前に、観察力がないわけがないだろう?」
「ないよ。私は膨大な情報を集めてまとめ、集めた情報の嘘か誠かを見抜き、その情報を使って人の行動を予想しているだけ。私はそういうのが得意なの」
情報だけでだと……?
それはつまり、正確な情報収集能力と分析力がかなり長けているという事だ。
「二つ目の誤解だけど、本当に如月さんが虐められた事は不幸だったのかな?」
「虐められて幸せな奴が居るわけないだろ?」
「ううん、クロヤン、本当は気づいているよね? でも、やり方が気に入らないから認めたくないだけでしょ?」
俺はその花宮の言葉に目を逸らす。
花宮の言ってる事は事実だった。
今回華恋ちゃんは虐められた事により、疎遠になっていた俺達を頼ってきた。
だから俺は、クラスで友達が居ない華恋ちゃんが、クラスメイトと仲良く出来るように仕向けた。
結果、華恋ちゃんはよく笑う様になり、今ではクラスの人気者だ。
それは間違いなく、虐められる前のボッチだった頃に比べて、虐められた後の華恋ちゃんは幸せになっているという証明だ。
「それは結果論でしかないだろ?」
「確かに他の人から見ればそうかもね? でも、それは違うよ。私はきちんと君がそこまでやると読んでいた。なぜなら、普段忙しい君がいつまでも華恋ちゃんの彼氏役としてこっちのクラスに居続けるのは、不可能だったから。だから、君は必ず短期間で如月さんをクラスメイトと仲良くさせる方向に持って行くと思ったよ。そうすれば、如月さんの虐められて傷ついた心もケアできるうえに、クラスメイト達が如月さんを守ってくれる。如月さんが本当は可愛らしい子だって事もわかっていたしね。まぁ、もしクロヤンがそこまでフォローが出来ない様な人間だったら、今回手を組もうなんて言ってなかったけど」
そう言うと花宮はソファから立ち上がり、俺の傍に寄ってきた。
そして顔を近づけてきて、上目遣いでこちらを見ている。
「今私は、困ったことに巻き込まれているの。だから、君の力が欲しい」
目の前に居る女の子は、先ほどまで寒気がする気持ち悪い笑顔を浮かべていたのがウソのように、儚く弱い存在に見えた。
「でも、俺は君のやり方を認められない」
「なら、私は敵じゃない限り、傷つけたとしても必ずその後は良い方向に持って行く事を約束する。それでもだめ?」
花宮はそう言うと、ギュッと抱き着いてきた。
「――っ!」
驚いた俺は、一瞬振り払おうとするが、思った以上に強い力で掴まれていた。
「なぜ、利害関係で繋がろうとしたんだ? 俺は普通に相談してくるだけでも手を貸したはずだ」
「確かにね……。でも、それだとクロヤンの優先順位の中に入れない。なぜなら、クロヤンに好意を寄せて傍にいる子が多いから。だから私は、自分の優先順位を上げるために、利害関係の繋がりで君に接触する事にした。そうすれば君は、私を優先せざるおえないから」
そこまで考えての行動だったのか。
俺に嫌われて断られるリスクを抱えながらの選択。
それは評価せざるをえないだろう。
「俺が君と手を組んで、メリットがあるのか?」
「クロヤンの欲しい情報をいつでも全て集めてあげる」
「それだけだとリスクの方が高い」
「なら、君の大切な人達を私の方からも守ってあげる。桜井さんはコミュニケーション能力が高いけど、素直な彼女には限界がある。でも私なら、その辺を上手く立ち回れる。何より、私なら周りの人間を上手く使えるよ?」
なるほどな。
確かに俺が最も望む提案だ。
俺にとって一番大切な事は、自分よりもこのみ達が幸せになってくれる事だ。
だから、花宮の交渉条件は俺にとってかなり有難い。
だが――。
「何故そこまで必死なんだ? 一体何に巻き込まれている?」
俺は、先ほどから抱き着いてきている花宮が小さく震えている事に気付いていた。
数分前の彼女からは全く予想できない姿だ。
「跡継ぎ争い……」
そこからポツリポツリと花宮は話し出す。
俺は彼女の話を全て聞くと、言葉が出てこなかった。
何故――この少女がこれほどの能力を持ち、自分の周りが幸せになることを優先しているのか。
どうしてあんな表情が出来るのかが、理解できたからだ。
いや、一番大きかったのは、自分と似た過去を持っている彼女に共感をしてしまったからだろう。
最も周りにこのみ達が居てくれた俺とは違い、彼女はそんな人達が周りにいなかった。
だから、自分が安心出来る生活を手に入れる事に必死なのだ。
同情をしているだけだと、周りから思われてもいい。
でも、俺はこの目の前にいる少女を守りたいと思った。
さっきまでは毛嫌いしていた人間だったはずなのに、こうも見え方が違うとはな。
これも彼女にとっては計算なのかもしれない。
でも、それで彼女が救われるなら、掌で転がされてみるのもいいだろう。
「わかった、俺に出来る事は力を貸す。それでいいかな?」
「ありがとう!」
花宮は抱きしめてきている腕に、より力をこめてきた。
俺は迷った末、そんな花宮を優しく抱きしめてあげるのだった。
「あ……」
一瞬戸惑った表情でこちらを見上げてきた花宮は、嬉しそうにすぐに俺の胸へと顔を埋めた。
それから十分ほどたって、花宮が口を開いた。
「そういえば、協力関係になった今だから言うけど、クロヤンの妹さん……あの子は危険かも」
「何か危険な目にあっているってことか?」
「ううん、違う。あの子自身が危険な存在かもしれないって事。自覚してやっているのか無自覚なのか……今の材料だけでは半々ってとこだけど、もし自覚してやっているのなら、彼女によってクロヤンは追いつめられるかもしれない」
「このみが……? そんなわけないだろう? あの子は純粋で凄く優しい子だ。何より、俺を慕ってくれているのがよくわかる」
「出会って間もない私を信じてとは言えないけど、気には留めておいてほしいな。クロヤンが妹さんと離れていた時間は、長いんでしょ? その中で彼女の心境が変わってしまったって事は、十分ありえると思う。ともかく、このままほっておくといつか取返しのつかない事になる」
あのこのみがか……?
再会してからも優しい子のままで、困っていた時には俺に手を貸してくれていた。
にわかには信じられない。
だが、花宮の情報収集能力は、もう十分理解できている。
この状況で嘘をつくという事も、メリットがない事からありえなだいろう。
「このみは一体何をしているんだ?」
「多分それは、クロヤンの目で確かめた方がいいと思う。あの子は巧妙に立ち回っているし、私の口から言っても信じられないでしょ? ただ確実に言える事は、もう少ししたら一年生達の雰囲気は変わると思う」
そう言うと、花宮は俺から離れて帰り支度をはじめた。
俺は花宮が荷物をまとめるまでの間、これからの事を考え続けた――。







