17話「二人の距離感」
華恋ちゃんからいじめの詳細を聞き出した内容は、こうだった。
毎日放課後に四人グループに呼び出され、嫌がらせを受けているようだった。
しかも、休み時間は何もされていないため、クラスメイト達でいじめに気付いている人間がいるかどうかも怪しいらしい。
華恋ちゃんを苦しめる四人グループのリーダーの名前は――花宮佳織というらしい。
「加奈、その花宮さんってのは、どういう人物なんだ?」
「Dクラス女子のリーダーをしている人だね。一年生の時にもクラスの女子のリーダー的存在だって聞いた事があるよ。オシャレが大好きな女の子って感じで、凄く可愛いって男子からも人気があるね。ただ、性格はきついらしくて、よくクラスメイトにひどい事を言ってるらしいの」
加奈は自分の記憶を探るように、淡々と花宮佳織の情報を俺に教えてくれる。
「なるほど……。でも、なんで華恋ちゃんがいじめられるんだ? 大人しいからか?」
そう言って、俺は華恋ちゃんに視線を向ける。
華恋ちゃんは大人しいが、見た目は可愛く、性格も優しい。
少なくとも、いじめの標的にされるようには見えなかった。
「それが……その……」
華恋ちゃんは何かいいづらいことがあるらしく、口を開いては閉じを繰り返す。
そしてしびれを切らした裕貴が、華恋ちゃんに問いかける。
「何か嫌われるようなことでもしたのか?」
裕貴の言葉に華恋ちゃんはビクっと肩を震わせ、怯えるように裕貴のことを見上げる。
すると、すかさず裕貴の頭を加奈が叩き、咎めるように裕貴の事を見た。
そして、華恋ちゃんの方に向きなおし、優しく微笑んだ。
「ゆっくりで良いからね」
加奈の笑顔と言葉で気持ちが和らいだ華恋ちゃんは、意を決したように口を開いた。
「華恋が、桐山君の告白を断ったからなの……。それが生意気だって、花宮さん達は言ってた……」
華恋ちゃんは目の端に涙をためながら、俯いてしまった。
桐山君とは山吹君と同じサッカー部に所属しており、山吹君まではいかないが、結構女子から人気があるらしい。
つまり、花宮さんのグループの誰かが、桐山君の事が好きだったのだろう。
しかし、肝心な桐山君は華恋ちゃんの事を好いていた。
挙句の果てに、告白した桐山君を華恋ちゃんが袖にしてしまったのだ。
それが、あの四人から反感を買った原因だったのではないだろうか。
それなら、人の目がつかないように、華恋ちゃんの事をいじめている理由もわかる。
もし、いじめているところを見られたら、桐山君に嫌われてしまう可能性が高い。
それは、花宮さん達からしても避けたいところだろう。
「よし、わかった。華恋ちゃん、明日からしばらくの間、俺と行動を共にしようか?」
俺はそう言って、華恋ちゃんの顔を覗き込む。
「行動を共にするって?」
加奈は、詳しく説明をするように要求してくる。
「朝の登校から、休み時間、昼休み、下校までずっと一緒に居るって事だよ」
「え!? えええ!?」
華恋ちゃんから滅多に聞くことがない声が、発せられた。
「おいおい龍、流石にそれはどうよ?」
そう言う裕貴は、失笑していた。
まぁ、その理由もわかるが、俺には策が有った。
「下手に本人達を注意して反感を買うより、華恋ちゃんに手を出すとどうなるかわからせた方が良い。幸い俺は、生徒会と関係がある事が学校中で有名らしいからな。生徒会にいじめの報告がいけばどうなるかは、彼女達も理解しているだろう」
俺と紫之宮先輩が付き合っているという噂の事だ。
この噂には散々振り回されたが、ここで利用しない手はないだろう。
「でも、一日中一緒に居る必要はあるの?」
納得がいかないと言った感じで、加奈が首をかしげている。
「明日から華恋ちゃんには、彼女達からの放課後の呼び出しを断ってもらう。そうすると、彼女達は華恋ちゃんに怒りを募らせるだろう。だから、違う時に手を出せないようにしとく必要があるんだ」
「でも、それなら龍が一人じゃなく、私や神崎君でもいいんじゃない?」
「確かに友達が多い加奈だと適任だけど、加奈は先輩の喧嘩の件をどうにかしないといけないだろ? 裕貴に至っては、華恋ちゃんと一緒に居る事が荒川さんの耳に入ると面倒になる。いくら他校とは言え、同じ中学出身者とかから情報が行ってもおかしくない」
荒川さんとは、裕貴の彼女であるみぃちゃんの事だ。
二人は未だに絶賛ラブラブ中なのだ。
そんな二人の仲に亀裂が入る可能性があることは、避けたかった。
「つまり、龍は華恋ちゃんとずっと一緒に居る事で、自分達がカップルであると周りにみせたいわけ?」
加奈の言葉に、華恋ちゃんの頬は赤く染まる。
明らかに加奈の機嫌は悪くなっており、口調にもイライラがあらわれていた。
「まぁ、そういう事だ。こちらから明言せずに、周りが勝手に勘違いしてくれるだけでいい。もちろん、華恋ちゃんがこれでいいって言うならって話だ。華恋ちゃん、今好きな奴っているのかな? もしいるなら、この作戦はやめたほうがいい」
華恋ちゃんは少しだけ俺の事を見つめてくるが、すぐ首を横に振る。
その後ろで、俺の事を『お前それ本気で言っているのかよ?』といった感じの冷たい眼で見ている加奈と裕貴が居たが、俺はどういう意味かわからなかった。
「龍ちゃんがそれでいいなら、お願いします」
華恋ちゃんは恥ずかしそうに……しかし嬉しそうに笑っていた。
これで話が終わりかと思ったところで、加奈が口を挟む。
「龍、紫之宮先輩との噂があるんだよ? もし、これで華恋ちゃんと噂になるようになったら、紫之宮先輩との間は破局した、もしくは二股って言うどっちかの噂……ううん、最悪両方流れることになるよ? そしたら、生徒会である紫之宮先輩と龍は仲違いした事により、生徒会には報告がいかないて考えるんじゃないの? ましてや、生徒会長は紫之宮先輩の親友。親友をそんな目に合わせた男の味方をするわけがないって考えるはずだよ?」
加奈の言う事は的を射ている。
だが、そんな心配は杞憂だ。
「心配いらないさ。俺が紫之宮先輩もしくは、白川会長と普通に話してる所を見れば、そんな考えにはならない」
「じゃぁ、水沢さんの事はどうするの? まだ仲直り出来てないのに、この噂が立てば致命的な事になるよ?」
「それは……。でも、華恋ちゃんを放っておくわけにはいかないだろ?」
「そう言って、逃げてるだけじゃないの?」
「――っ!」
加奈に返す言葉がなかった俺は、目を閉じる。
そうだ……。
本当は仕事を建前に、夕美と向き合う事から逃げていた。
怖いんだ……。
向き合う事により、俺達の関係が変わってしまうかもしれない事が――。
――そのまま俺達の関係が壊れてしまう事が……。
しかし、このまま問題を放っておけば、より俺達の仲は開いてしまうだけだ。
俺は覚悟を決め、ゆっくりと目を開ける。
「わかった。今日のうちに夕美とは話をつける。みんな悪いけど、俺帰るわ。華恋ちゃん、作戦は明日から実行するから、また詳しくは夜レーン送るよ」
俺はそう言って、委員室から出た。
そして、ポケットからスマホを取り出し、喫茶店さくらの店長に今日はバイトを休む旨を伝える。
意外にも店長はすんなりOKしてくれた。
次に俺はある電話番号へと電話をかけた。
2
太陽が完全に沈んだ頃――待ち人が目の前に現れた。
何度連絡をとろうとしてもとれなかった――夕美だ。
俺は学校を出るときに夕美ではなく、このみに電話を掛けた。
直接夕美に電話をしても、出ないことは予想できた。
このみを使う事は狡いと思い避けていたが、他に方法が無いのだから仕方ない。
このみは俺のお願いを快諾し、指定された場所に行くように夕美にお願いしてくれた。
このみには激アマな夕美がそのお願いを断ることが出来るはずがなく、約束の場所に行くしかなかった。
しかし、夕美が現れたのは約束の時間より、一時間もたってからだった。
素直に来ることは夕美のプライドが許せなかったのだろう。
遅れてきた夕美に、俺は文句を言わずに頭を下げた。
「ごめん、俺のせいで夕美を傷つけていることに気づいてなかった」
俺の言葉に、夕美は無言で見つめてきているだけで、何も言葉を発してこない。
「確かに夕美達と再会してから俺は、二人と距離をとっていたかもしれない。どう接したらいいかわからなかったからだ。でも、勘違いしないでほしい。俺にとって二人が大切な存在だって事は変わりないから」
「大切って……」
無言を貫いていた夕美が、ゆっくりと口を開く。
「このみが大切なのはわかるよ……だって、あの子は龍の妹なのだから。でも、じゃぁ、私は? なんで私は大切なの? 幼馴染だから?」
「それは違う。幼馴染だったからじゃない。俺に良い事が有った時には一緒に喜んでくれて、辛い時には支えてくれた。そんな夕美だから大切なんだよ」
気付けば夕美は目を閉じていた。
何か考え事をしているようだ。
俺は夕美の邪魔をしないように、夕美の次の言葉を待つ。
――静かな時間が流れていた。
どれくらいの時間がたっただろう。
やがて夕美は目を開け、俺の目をしっかり見つめて口を開いた。
「龍は私の事が好き?」
夕美が俺に聞いている好きが何を意味しているかは、すぐ理解できた。
だからこそ、迂闊に答える事が出来なかった。
ここで答えを間違えれば、確実に夕美との関係は終わるだろう。
しかし、ここで夕美相手に嘘をつくわけにはいかなかった。
夕美は頭が良い。
下手な嘘は、すぐバレてしまうだろう。
何より、夕美に嘘をつきたくなかった。
正直に答える事が、夕美に対する礼儀だろう。
「友達としては好きだ。でも、もう恋愛感情の好きではない」
「もう……か……。そう、やっぱり私の考えは間違っていなかったようね」
そう言って、夕美は笑った。
「ありがとう、正直に答えてくれて。もしここで龍が取り繕う為の嘘をついていたら、絶対に許していなかった」
「許してくれるのか?」
「もちろん、許すわ。ただ1つ言っておく事があるの。私は今も昔も恋愛感情として龍が好き。だから、もう一度龍を振り向かせて見せる。他の子達には負けないから」
夕美のいきなりの告白に、俺は胸がドキリとさせられた。
もしかしたらとは思っていたが、いざ言われると驚かずにはいられなかった。
何より、普段クールな彼女からは滅多に見る事が出来ない、可愛い笑顔を向けられているのだ。
整った顔立ちも合わさり、これでドキリとこないのは男じゃないか、女が恋愛対象じゃない人間だけだろう。
俺はドキドキしている事を悟られないように、時間を確認した。
すると、大分時間が過ぎていたため、夕美に『帰ろう』と声を掛ける。
再会した頃とは違い、離れ離れになる前の俺達の距離感へと戻り、仲良く帰宅するのだった。
そして、帰ってから華恋ちゃんとカップルのふりをする事を伝え忘れていた事に気づいた俺は、慌ててレーンをしたが、怒りの返信が怒涛の様に返ってきた事は、言うまでもないだろう……。







