16話「今やるべきこと」
夕美と喧嘩してから数日――俺は夕美と仲直りするために、学校で何度も話しかけようとするが、中々タイミングが合わなかった。
いや、合わないのではない、夕美に上手く巻かれているんだ。
「はぁ……どうすれば……」
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悩み相談委員室で龍が落ち込んでいる姿を横目に、神崎君が私に声をかけてきた。
「龍の様子、朝から変だけど、どうしたんだ?」
私は一瞬話すかどうか悩んだが、今の龍の様子だとすぐバレてしまうだろうと思い、話す事にした。
「水沢さんと喧嘩したの。それで、仲直りするために話しかけてるらしいんだけど、逃げられちゃってるんだってさ」
「あ~……だから水沢さんも朝から機嫌が悪かったのか。てか、龍って今まではバイトがあるから遊ぶことが出来ないって言ってたらしいけど、この委員が始まってからはずっと委員に顔を出してるよな? バイトはいいのか?」
「それは大丈夫だよ。バイト時間を短くしてもらって、夜にだけ入るようにしたらしいから。ただ、収入が下がっちゃうから、生活費が心配だとは言ってたけど……」
私は苦笑いしながら、今もなお落ち込んでいる龍の方を見る。
私達の会話の話題にされている事など気づかず、龍はどうやって仲直りしようかと頭を悩ませていた。
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――俺が考え事していると、委員会室のドアをコンコンコンと、三回ノックする音が聞こえた。
「はいは~い」
加奈が笑顔でドアを開けると、そこには女子生徒が立っていた。
ネクタイの色が赤色だったため、三年生の様だ。
ちなみに、俺達二年生は青色、一年生は黄色となっている。
桐沢学園は、入学時のネクタイの色を一年ごとに変えるため、ネクタイの色で学年が判別出来るようになっていた。
「えと……入ってもいいかな?」
「どうぞどうぞ。あっちの席に座って下さい」
加奈はニコニコの笑顔で、三年生の先輩を席まで案内する。
俺も相談者が来たため頭を切り替えて、先輩の前の席に座る。
俺を挟む形で、両サイドの席に加奈と裕貴も座る。
「初めまして、僕は悩み相談委員長を務める、黒柳です。この二人は同じ委員の桜井と神崎です」
俺の紹介に続き、二人は頭を下げる。
「私は南です。よろしく」
三年生の先輩も同じように自己紹介をした後、頭を下げた。
「それでは南先輩、悩みを聞かせていただけますか?」
俺はそう言って、ニコッと笑顔を彼女に向けた。
出来るだけ相談者が緊張せずに話せるように、俺はそうやって話す事を心掛けていた。
「その……この前大切な幼馴染と喧嘩をしてしまって……上手く仲直りできずに、時間だけが過ぎちゃってるの。それで……上手く仲直りできる方法がないかなって、ここに相談に来たの……」
そう言うと、南先輩は俯いてしまった。
南先輩の相談内容を聞いた俺は、グッと息をのむ。
まさに、今現在の俺と夕美の状態だったため、喧嘩した時のことを思い出してしまった。
俺がボーっとしていると、加奈が肘で俺の事をクイクイっとつついてきた。
南先輩をほったらかして考え事をしていたことに気づいた俺は、慌てて口を開く。
「どうして喧嘩をされたのですか?」
「私、幼馴染の子と遊ぶ約束してたの忘れてて、他の子と遊んでたの。それで……遊んでる最中に彼女と鉢合わせしちゃったの。そしたら、彼女凄い怒っちゃってて、私一生懸命謝ったんだけど、口すらきいてくれなくて……」
そう言うと、また南先輩は俯いてしまった。
「幼馴染って、男の子じゃなく女の子だったんですか?」
加奈は不思議そうに首を傾ける。
「え、なんで?」
加奈の発言の意味がわからないと、裕貴が加奈の顔を見る。
「だって、幼馴染って普通異性じゃない?」
加奈はまた不思議そうに首を傾けた。
「おいおい、漫画の読みすぎじゃないか? 幼馴染は同性でもいるだろ」
裕貴は苦笑いしながら、加奈にツッコミを入れる。
「二人とも、話がそれるからちょっと静かに頼む。――先輩、仲直りしたいとの事でしたが、はっきり言って、人間関係はとても難しい物です。出来れば慎重に行動したいのですが、時間がかかってもよろしいですか?」
俺は真剣な顔で、南先輩の顔を見る。
もしこれで『すぐに仲直り出来ないと嫌だ。』なんて言われたら、失敗するリスクがかなり大きくなる。
しかし俺の心配も杞憂で終わり、南はあっさりと了承した。
「それじゃあ加奈、とりあえず相手の方に接触して、今南先輩の事をどう思っているか聞き出してくれ。あまり焦らなくてもいいが、出来たら一週間くらいで仲良くなってくれると助かる。出来るか?」
俺は加奈の目を見る。
コミュニケーション能力に長けた加奈なら、今回もすぐ喧嘩相手の方とも仲良く出来ると、俺は確信している。
「うん、任せて。すぐ仲良くなれると思う」
加奈はそう言って、笑顔を見せる。
「よし、それじゃあ南先輩の事を相手がどう思っているか次第で、対策をまたとらせていただきます。それでよろしいですか?」
俺の問いかけに南先輩は頷き、今日の話し合いはここまでという事で終了となった。
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南先輩が帰った後――10分くらいしてから、またドアをノックする音が聞こえた。
今度は、さっきよりも凄く控えめに叩いてる音だった。
「今日は二人も相談者がくるなんて珍しいな……」
俺がドアを開けると、そこには気弱そうな小柄の女子が立っていた。
その女子は俺の顔を見るなり、先ほどまで暗い顔をしていたのが嘘だったように、パァッと笑顔を浮かべる。
彼女の顔には、俺も見覚えがあった。
一年生の時に俺と加奈と同じクラスだった、如月華恋だ。
彼女は極度の人見知りで他人と話すのが苦手なため、いつも一人で居た。
それを見かねた俺と加奈が声を掛け、1年生の時はよく一緒に学校生活を送っていたのだ。
慣れれば、天然がかなり入ったフワフワ系女子だったので、俺と加奈はかなり優しくしていた覚えがある。
そして、華恋ちゃんもまた、俺と加奈にとても懐いていた。
華恋ちゃんは、他の生徒とも1年生の後半には普通に話せるようになっていた。
――しかし、ある問題が出てきたのだ。
華恋ちゃんは俺達が居るとどうしても俺達のそばに来てしまうため、他の友達と親しくしようとしなかったのだ。
二年生になってクラスが別になった事を機に、華恋ちゃんが新しい友達を作れるようにするために、俺と加奈は距離を置くことにしていた。
そして、今ではもう疎遠になっていたのだ。
「――どうかしたのか華恋ちゃん?」
俺は膝を曲げ、華恋ちゃんに目線の高さを合わせ、心配そうに顔を見る。
「えっと……そのね……相談に来たの……」
先ほど笑顔を見せてくれた華恋ちゃんだったが、言葉を発するに連れ、泣きそうな顔になっていた。
とりあえず中に入ってもらう事にした俺は、華恋ちゃんの背中をゆっくりと押し、部屋の中に入れた。
部屋に入ってきた華恋ちゃんの表情を見た加奈の顔色が変わる。
そして、すぐに華恋の傍まで寄ってきた。
「どうしたの華恋ちゃん!? 龍……華恋ちゃんに何かひどい事でも言ったの?」
加奈に睨まれた俺は、慌てて首を横に振る。
「――ち、ちがうの。ちょっと嫌なことを思い出しちゃって……」
俯いた華恋ちゃんから、ゆっくりと事の次第が説明された。
華恋ちゃんの相談事とは、いじめられているという事だった。
その事を聞いた加奈と裕貴は、怒りをあらわにする。
「――信じられない! 華恋ちゃんをいじめるなんて絶対許せない!」
「ああ、いじめは卑怯者がする事だ!」
怒り心頭の二人とは、反するように俺は冷静だった。
いや、正直言えば、怒りを表情にださないようにしていたのだが。
「今回2つの依頼が入ったため、二手に分かれる。加奈と裕貴は先輩の事を頼む。華恋ちゃんの事は俺が引き受ける」
しかし、俺の言葉に二人は納得していなかった。
「私も華恋ちゃんの方を担当したい!」
「俺も同じ意見だ!」
「駄目だ。いじめは上手くやらなければ、逆恨みされて華恋ちゃんがもっとひどい目にあわされる場合もある。今頭に血が上っている二人に任せるわけにはいかない。そもそも先輩の方には加奈の力が必要だ」
俺はそう言って、二人の目を見る。
「わかったよ……」
加奈は渋々といった感じで、納得する。
「でも、そしたら俺はどうしたらいいんだ? 桜井が情報をとってくるまでは、やることないぞ?」
「お留守番だ。俺と加奈が動いている間にも相談者が来る可能性があるからな。もちろん、こっちで力がほしい時は頼らせてもらう」
お留守番と言われた裕貴は、がっくりと来てしまう。
落ち込んでいる裕貴を横目に、俺は華恋ちゃんから詳しく話を聞くことにしたのだった。







