13話「大騒ぎな後輩」
朝、日課のジョギングをする前にストレッチをしながら、俺は春川さんの事をじっと見つめていた。
いつも朝一緒に走っていた子が、日本代表だったことに驚きを隠せずにいたのだ。
「黒柳くん、どうかしたの?」
俺に見つめられている事に気づいた春川さんが、不思議そうに俺の事を見ている。
「あ、いや、なんでもないよ」
俺は笑って、誤魔化す。
春川さんは不思議そうに首を傾げたが、ストレッチが終わったので走る準備に入る。
俺は走っている時も、春川さんの事を見続けていた。
確かに走るフォームは綺麗だし、いつも走り終えた時に息をそこまで乱していないから、体力もしっかりあるんだよな……。
「あの……そんなにジッと見つめられると、恥ずかしいよ」
春川さんは、ちょっと顔を赤くして俺に抗議をしてくる。
「あ、ごめん」
俺が慌てて顔を背けるが、今度は春川さんが俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして、私の正体について気づいちゃった?」
春川さんが少し残念そうに尋ねてくる。
「うん、そうだね」
俺は誤魔化すのもおかしいと思い、素直に答える事にした。
「えっとね、私確かに日本代表だけど、そこら辺に居る普通の女の子と一緒なの。だから、そんなに気を遣わずに、いつも通り接してくれると嬉しいな」
確かに春川さんの言う通り、今日の俺は春川さんに対して、よそよそしい態度をとっていた。
「うん、ごめん。気分悪くしてしまったかな?」
「気分は悪くしてないけど、ちょっと悲しかったかな」
春川さんが苦笑いを浮かべる。
「ごめん、なんかお詫びするよ。なんか困ってる事は無い?」
「じゃぁ、今週の土曜日、ちょっとお買い物に付き合ってくれないかな? 練習休みだから、ちょっとお買い物に付き合ってほしいの」
2
そして土曜日――俺は春川さんと、隣町の大型ショッピングモールに行くため、待ち合わせ場所に30前に来ていた。
出かける前、加奈に『何処に行くの?』と聞かれて、行く場所は答えたが、誰と行くとは言わなかった。
変に追及されるのが嫌だったというのがあったからだ。
加奈は、夕美達と一緒に恋愛映画を見に行くと言っていたので、会う事はないだろうと俺は思っていた。
「あ、黒柳君おまたせ。早いんだね」
「ううん、俺も今来たところだから」
春川さんが待ち合わせ場所に来たのは、俺がついてから5分後くらいだった。
「ふふ、なんかこれからデートする恋人みたいな会話だね」
春川さんは照れ臭そうに笑いながら、そう言ってきた。
「本当だね」
俺も照れ臭そうに頭をかくが、春川さんの恰好を見て、見とれてしまう。
今日の春川さんは、スポーツ選手に全く見えないほど可愛かった。
「えへへ、どうかな? 恥ずかしくない恰好してきたつもりなんだけど?」
春川さんが俺の顔を覗き込んできた。
「あ、えっと、うん。可愛いよ」
俺は目を逸らしながら、正直な感想を述べてみる。
春川さんは、それを聞いて凄く嬉しそうにしてくれていた。
「それで、今日は何を買うの?」
俺が今日の目的を春川さんに尋ねると――
「お父さんの誕生日プレゼントで、ネクタイを買おうかなって思って、黒柳君に一緒に選んでほしかったの」
と、春川さんは答えた。
――その後、二人でネクタイを見ながら意見を出し合い、プレゼントするネクタイが決まった。
そして、そのまま春川さんが服を見たいと言ったので、俺達は女性物の服を売っている店に入った。
春川さんは色々と服を着て、それを俺に見せてくれた。
俺は照れながらも正直な感想を言うと、春川さんは嬉しそうに次から次へと服を着替えていた。
それで、俺が一番良かったと言う服を春川さんは買う事に決め、俺達は一緒にカウンターに向かった。
「――あれ? 黒柳先輩じゃないですか?」
「え? ももちゃん? なんでここに?」
俺が名前を呼ばれて振り向くと、そこには背の小さい女の子――ももちゃんが居た。
「お母さんと服を買いに来たんですけど、先輩はデートですか? いいんですか? 先輩には副会長さんや桜井先輩、それに水沢先輩がいるっていうのに、他の女の子と遊んでて?」
なんだか、ももちゃんはニヤニヤした顔をしている。
「だから、先輩達とはそんな関係じゃないし、そもそもこれデートじゃないよ!」
俺が慌てると、ももちゃんは面白い事を思いついたように、ニヤ~っとさらに笑う。
なんだか、嫌な予感がする……。
初めて会った時のももちゃんの印象は、礼儀正しい女の子といった感じだったが、どうやらそうではなかったみたいだ。
「でも先輩、これ何処からどう見ても、周りからしたらショッピングデートにしか見えませんよ? でも、先輩が違うと言うのなら、このみちゃんにこの事話しても良いですよね?」
そう言って、ももちゃんはニコっとする。
わぁ……純粋な笑顔に見えて、悪魔の微笑みにしか見えねぇよ……。
「いや、このみ自体に話すのはいいけど、そこから夕美に絶対話がいくから、だめだよ!?」
俺が慌てる様子を、ももちゃんはニコニコと楽しんでいた。
「えっと……黒柳君って彼女さん居たのかな? そしたらごめんね、こんな風に誘っちゃって……」
悲しそうな顔をした春川さんが、俺達の方を見ていた。
「いや、だから違うって! ただ親しい女の子達ってだけで、付き合ってないから!」
「そうです、すみません私の悪ふざけが過ぎました」
ももちゃんは、慌てて思い頭をさげる。
そして顔を上げたももちゃんが春川さんの顔を見ると、一瞬キョトンとして、目をゴシゴシとする。
その仕草を見て、俺はももちゃんが春川さんのファンだった事を思い出し、ヤバイと思った。
「も、もしかして、春川選手じゃないですか!?」
俺はももちゃんの言葉に『あちゃー』っと顔を手で覆う。
もうバレてしまったら、手遅れだ。
この後の展開は、俺には簡単に想像できた。
「は、はい、そうです」
「やっぱり!! 私、春川選手の大ファンなんです!! 春川選手に会えるなんて光栄です!」
ももちゃんは春川さんの手を握り、ブンブンと上下に振っていた。
ももちゃんに好き放題されている春川さんは、周りの客から変な視線を向けられ、恥ずかしさで顔が真っ赤だった。
今にも踊り出しそうなくらいテンションが上がっているももちゃんが、これ以上騒いで周りに迷惑をかけないように、会計をさっさと済ませ、俺達は近くの喫茶店に入るのだった。
――そして、ももちゃんの母親は何が起きているのかわからず、三人の後姿を遠目から見つめていたのだった。







