12話「大物はすぐそばに」
――今日は喫茶店さくらへの出勤日。
私と龍は、ホールと厨房に分かれて仕事をしてる。
お店のお客さんは常連客ばかりで、柴宮さんも来てくれてた。
「加奈君、最近学校はどうじゃ?」
「いつもどーりですよ? 授業が難しくて大変です」
柴宮さんに話しかけられた私は、勉強が嫌と肩を竦める。
「そういえば、加奈君は勉強が出来なさそうなのに、よく桐沢学園に入れたのう? あそこは偏差値が高い進学校じゃろう?」
柴宮さんは、意地悪そうな顔で私を見る。
「あ~柴宮さんひどい! 加奈だって頑張れば勉強できるもん!」
私は頬を膨らませて、意地悪を言う柴宮さんに抗議する。
「ハハハ。それはすまなんだ。でも、どうせ龍君に教えてもらっとるのじゃろう?」
「う……」
柴宮さんに指摘された私は、図星だった為顔を背ける。
高校受験の際に龍と同じ高校に行きたかった私は、龍にお願いして勉強を教えてもらい、桐沢学園に合格したんだけど、合格できたものの、授業についていけれなくて、毎日龍に勉強を教えてもらってる……。
「なに、恥じる必要はない。人に教えてもらって勉強が出来るのなら、大丈夫じゃ」
さっき意地悪を言っていた柴宮さんが、優しい表情で私を見ていた。
「そうかな?」
柴宮さんの言葉に、私は首を傾げた。
龍に教えてもらってついていくのがやっとだったから、正直不安なんだよね……。
「人には向き不向きがあるもんじゃ。苦手なことから目を背けずに、他の人に教えを請う姿勢があるのなら、社会人になってからもなんとかなっていくものじゃ」
そう柴宮さんは優しく言い放った。
「前から思っていたんだけど、柴宮さんって何者なの? なんか凄く偉い人に見えるけど?」
私は前々から気になっていた質問を、柴宮さんにぶつけてみる。
「それは内緒じゃ。……いつかバレてしまうかもしれんがね」
私の質問を、柴宮さんは笑って誤魔化した。
質問をはぐらかされた私は、頬を膨らませる。
「おーい加奈、このケーキセットを2番テーブルのお客様に持って行ってくれ~」
龍が厨房から顔を出して、私を呼んでいた。
「は~い」
私は頭の中を切り替えて、厨房に戻るのだった。
2
「なぁ加奈、柴宮さんに何を聞いて頬を膨らませてたんだ?」
アルバイトが終わった帰り道、昼頃加奈達の会話が気になっていた俺は、加奈に尋ねてみた。
「ん~? 柴宮さんが何者なのかなって思って聞いたの。だって、あの人知識いっぱい持ってるし、落ち着いてて只者じゃない雰囲気を持ってるんだもん」
そう言って、加奈は考えるポーズをとった。
「おいおい、お客様の事を探ったのかよ。……まぁ、あの人は喫茶店さくらに来るお客さんとしては、変だよな。見た感じ何処かの社長って感じだしな」
「でしょ? 優しくていい人なんだけどね。そう演じてるだけで、実は買収目的で見に来てるとか?」
加奈はそう言って、不安そうな顔をする。
「いや、それは考えすぎだと思うぞ。たまたまお店に寄ったときに店の味を気に入ってくれたとか、そういう感じだろう。だからそんな気にするな」
俺は不安そうにしている加奈の頭を、優しく撫でる。
「うん、わかった」
加奈は頭を撫でられると、気持ち良さそうに目を細めた。
3
――家の近くまで帰ってくると、二つの人影が見えた。
「あ、お兄ちゃん!」
どうやら、このみと夕美が来ていたようだ。
「バイトお疲れさま、龍、桜井さん」
夕美は俺達に、さらっと労いの言葉を言ってきた。
「二人ともどうしたの? 今日なんか約束してたっけ?」
加奈は、不思議そうに首を傾げている。
「えっとね……お兄ちゃん達と一緒にご飯食べたいなって思って、待ってたの。だめかな?」
このみが上目遣いで、おねだりするみたいに俺と加奈の方を見ている。
「ううん! いいよ! 一緒に食べよ!」
加奈はこのみの上目遣いにやられてしまったようで、即答する。
俺も『仕方ないな』と笑いながら頷く。
「えへへ、ありがとう」
そう言って、このみは満面の笑みで喜んでいた。
「――でもこのみ、出来たら次は先に連絡してくれよ?」
俺は、このみの頭を撫でながら、ちょっとだけ苦言を言っておいた。
「え、私龍にレーン送ってたわよ?」
レーンとは、メールの代わりに普及された、電話通話も出来る連絡用アプリだ。
夕美の言葉に、俺は慌ててポケットを探る。
そして、ポケットに手を突っ込んだ俺は、血の気が引いた。
「やばい……スマホどっかに落とした」
「え、それまずくない!? すぐ探さないと!」
すると、加奈のスマホに電話が来た。
スマホに表示された相手の名前は、俺だった。
「もしもし?」
加奈は、俺達に電話が来たことを告げて応答する。
「あ、もしもし? このスマホ拾ったのですけど、あなたはこの持ち主の方と知り合いですよね?」
相手は若い女の声らしい。
「はい、そうです。すみませんが、あなたの今居る位置を教えてもらってもいいですか? すぐに取りに行きますので」
電話を拾った女性の位置を聞いた俺達は、急いでそこに向かうのだった。
4
教えてもらった場所に行くと――
「あ、ももちゃん!」
このみは一人ぽつんっと立っている女の子を見つけると、声を掛けに行った。
「あれ、このみちゃん? どうしたの?」
「えっとね、お兄ちゃんのスマホを拾ってくれた人が、ここで待ってるって聞いたから取りに来たんだよ」
「お兄さんのスマホ? もしかして、これかな?」
ももちゃんという女の子が、このみにスマホを見せる。
「あ、それだよ! ももちゃんが拾ってくれてたんだ、ありがとう!」
このみは嬉しそうに、ももちゃんと言う子から、スマホを受け取った。
「このみ、そっちの女の子は?」
俺がこのみに尋ねると――
「あ、先輩方、自己紹介が遅れました。私、このみちゃんと同じクラスの柊桃華です。どうぞお見知りおきを」
柊さんは、礼儀正しく頭を下げてくれた。
「どうして、俺達が先輩だってわかったのかな?」
俺達は制服を着ていなかったので、このみと一緒にいるからといって、先輩とは限らなかったので聞いてみた。
「ああ、それは先輩が学校では有名人だからですよ」
そう言って、柊さんはクスッと笑った。
「え、有名人ってなんで?」
「だって、黒柳先輩、副会長さんと付き合ってるって噂がありますし、この前サッカー部エースの方のスランプを直したって、新聞部が記事に取り上げていました。そういえば、このみちゃんのお兄さんだって言ってましたね」
「紫之宮先輩との噂はともかく、新聞部が記事に取り上げたって何のこと?」
俺が困惑してると、柊さんが鞄から校内新聞を取り出した。
それを見せてもらうと、俺と加奈と裕貴がサッカー部を応援している写真が、ばっちりと載せてあった。
「……これは会長の仕業かな?」
多分、悩み相談委員の名を学園内に広めるために、会長がこの前の事を、新聞部に頼んで書いてもらったのだろう。
「人助けって、素敵だと思いますよ先輩」
柊さんはニコッと、笑顔を俺に向けてくれた。
「そういえばお礼がまだだったね、ありがとう柊さん」
俺がお礼を言うと――
「このみちゃんのお兄さんなんだから、そんな他人行儀な呼び方じゃなく、桃華でいいですよ」
柊さんは笑顔のまま、そう言ってくれる。
だけど、流石にいきなり呼び捨ては出来ないため、このみと同じ呼び方をする事にしよう。
「じゃぁ、このみと一緒で、ももちゃんって呼ばせてもらうね。それで、ももちゃんはまだ制服という事は、部活動帰りかな?」
俺はももちゃんの制服姿を見て、尋ねてみた。
「はい、部活帰りです! 私女子サッカー部に所属してますので、遅くまで練習があるのです」
ももちゃんが両手を前にして、ガッツポーズをした。
「うちの女子サッカー部って、凄く強豪だったはずだよね」
「そうなの? 女子サッカー部ってうちにもあるのね」
加奈と夕美が、俺達の会話に混ざってくる。
「はい! 私の夢は日本代表に入ることなんです! そして、尊敬してる人と一緒にピッチに立つことが、目標なんです!」
ももちゃんは語っているうちにテンションがあがってしまったようで、元気いっぱいだった。
「憧れの選手って、なんて名前の選手なの?」
加奈が興味本位に聞くと――
「この人です!」
と、ももちゃんは写真を見せてくれた。
その写真を見て、俺は驚いた。
「この人は……」
「あ、やっぱり先輩も知っていますか? この人まだ高校生なのに、もう日本代表のトップ下というポジションで、司令塔を任されているんです!」
「あ、この人は私も知ってるよ。確か春川咲さんだよね?」
その名前を聞いて、あまりの驚きで言葉が出ない俺を置き去りにしたまま、女子四人は春川さんの話で盛り上がるのだった。







