11話「悩み相談委員初仕事」
「――暇だな……」
「ああ、暇だな……」
悩み相談委員の部屋で、俺と裕貴は暇そうに机に突っ伏していた。
何故裕貴がここに居るかというと、俺のおかげで彼女と仲直り出来たという事で、裕貴がお礼として悩み相談委員に入ってくれたのだ。
しかし、ここ数日相談者がまともに現れないせいで、とても暇なのだ。
すると――廊下から忙しい足音が聞こえてくる。
何事かと俺達が顔をあげると――扉が勢い良く開いた。
「りゅう~! 相談依頼者連れてきたよ~!」
加奈は凄く嬉しそうに、はしゃいでいた。
「本当か! はじめての依頼者だな!」
俺も笑顔で椅子に座りなおす。
そして加奈の後ろから現れたのは、背が高いイケメンの男子だった。
「えっと、よろしく」
イケメンの男子は戸惑いながら頭を下げた。
「あれ、お前サッカー部エースの山吹じゃん」
裕貴は、山吹君という男子の顔を知っているみたいだ。
「知り合いか?」
俺が裕貴に尋ねると、裕貴は意外そうに驚いた。
「あれ、黒柳知らねーの? 山吹って、県選抜にも選ばれてる奴で、女子から大人気で有名だぞ」
「そうそう、かなりサッカー上手いんだよ!」
裕貴の言葉に、加奈も同意する。
「いや、そこまで言われるほどじゃないよ」
山吹君は照れ臭そうにそれを否定した。
「なるほど。山吹君がここに来たって事は、悩みがあると思うんだけど、その内容を教えてくれるかな?」
「あ、うん。実は俺、最近スランプになってて、それを直したいと思ってるんだ」
山吹君は深刻そうな表情で言うが、その内容を聞いて俺は困ってしまう。
そして、加奈を呼び、小さい声で話しかける。
「加奈……この相談は俺達には難しいぞ。サッカー経験者が居ないのに、スランプを直す手伝いなんて……」
「だって、全然依頼がこないんだから、仕方ないじゃん。もしかしたら、私達でも力になれるかもしれないよ?」
「とは言ってもな……」
俺は頭を悩ませながら、山吹君に向きなおす。
「山吹君。自分がスランプになっている理由は、わかっているのか?」
「正直言うと、女子がいっぱい応援に来てくれてることが、理由だと思う」
「――自慢か……?」
山吹君の言葉を聞いた瞬間、裕貴が笑顔で問いかける。
笑顔だが、顔が引きつっているのが見てわかる。
「いやいや、そういうわけじゃないんだ! 女子たちが応援に来てくれるのは嬉しいことなんだけど、カッコ悪い所を見せられないと思ってしまって、体が上手く動かないんだ!」
「なるほど、かえって応援がプレッシャーになってしまっているのか……」
「そうなんだ。それで最近では練習も上手くいかないし、試合で点が取れてないんだ」
山吹君は、頭を垂れ下げてしまった。
「それはもう慣れるしかないんじゃないの?」
加奈が俺の隣の席に腰を下ろし、山吹君にアドバイスをする。
「それはわかってるけど、明後日公式戦のレギュラー選考を兼ねた練習試合なんだ。今すぐにでも解決しないと困るんだよ」
山吹君が、頭をガシガシと掻く。
俺はとりあえず、何か策はないかとネットで緊張しない方法を調べて、試してみる事にした。
手の平に人という字を書いて飲みこませたり、周りの人間をカボチャと意識させてプレイさせたりしたが、どうやら本調子には全然及ばないようだった。
その日はあきらめて、明日また何か手を考えてみようという事で、今日は解散した。
2
翌朝、ジョギングの際に同じスポーツ選手である春川さんに、意見を聞いてみる事にした。
「ねぇ春川さん。突然なんだけど、春川さんって試合とかで緊張する?」
「うん、緊張するよ。でも、少しだけどね」
春川さんは笑顔で、俺の質問に答えてくれた。
「何か緊張しすぎない秘訣かとあるのかな?」
俺の質問に春川さんは少し考えて――
「試合を楽しむ事かな!」
と、ガッツポーズをした。
しかし、これは求めてる答えとは多分違うよな……。
山吹君が緊張している理由はプレーじゃなく、観客だったからだ。
「春川さんは応援とか居たら、緊張しないの?」
「え、なんで応援の人が居たら緊張するの?」
俺の質問に、春川さんはキョトンとしていた。
「えっと、やっぱりミスするところを見せたくないとか、がっかりさせたくないとかって理由かな……」
「う~ん。それは勘違いしているせいだと思うよ?」
春川さんは立ち止まり、俺の方を見て、ゆっくりと首を振りながらそう否定した。
「勘違い?」
「うん。確かに応援してくれる人達に、ミスするところは見せたくないって思うかもしれないけど、多分その緊張してしまうってのは、ミスしたら馬鹿にされてしまうっていうマイナス意識があるんだと思うよ。でもね、それは違うの。ミスしても応援している人達は決して馬鹿にしたりしないわ。むしろ、頑張れってもっと応援してくれるはずよ。だって、応援してくれる人たちは私たちに勝ってほしいと思って、応援してくれてるんだもん」
春川さんは優しい笑顔で、俺にそう教えてくれた。
「なるほど……。でも、結局は応援してくれる人にカッコ悪い所は見せたくないっていう、根本的な所は解決しないんじゃないのかな?」
「ミスしたらカッコ悪いって思われるって思う事が、まず間違いなんだよ、黒柳君。一生懸命プレーする人のことを応援してくれる人は、絶対にカッコ悪いなんて思わないよ? ミスしたら、絶対に頑張れって応援してくれるの。だから、応援してくれる人がいる事を、自分勝手にマイナスに考えたらだめなの。それはとっても勿体ないことだよ。むしろ、自分にはこれだけ応援してくれる人がいる。心強い味方がいるんだって思うと、不思議と力が出るものなの」
力強く力説してくれる春川さんの言葉には、スポーツ選手では無い俺でも納得できるほど、気持ちが込められていた。
「ありがとう春川さん。どうすればいいか分かった気がするよ」
俺が笑顔でお礼を言うと、春川さんは顔を赤く染めて――
「うん、力になれたならよかった」
と、顔を背けるのだった。
3
俺は練習試合が始まる前に、春川さんから教わったことを山吹君に全て伝えた。
そして『試合を楽しめ』と言って、応援席に戻った。
今回の練習試合は学校のグラウンドでしているため、応援席とフィールドとの距離は近かった。
俺は応援席に戻ると、桐沢学園の方を応援するメンバーにある事を伝えていった。
その内容とは『決して選手がミスをしても、溜息をつかないでほしい。むしろ、ミスしたときこそ大声で励ましてくれ』と、伝え回ったのだった。
俺の言葉が応援席皆に行き届いたタイミングで、試合がスタートした。
やはり、山吹君のプレーはどこか堅く、上手く体が動いていないようだった。
そして――山吹君がゴール前の決定的なチャンスで、シュートを外してしまった。
どうやら力みすぎてしまったようで、ボールはゴールポストの上を通り過ぎてしまった。
決定的なチャンスで外してしまった山吹君は、俯いてしまう。
すると――
「どんまいどんまい! 今の惜しかったよ!」
「山吹君がんばれ~!」
「真剣にゴールを狙う山吹君、かっこよかったよ~!」
グラウンドに響くのは、山吹君を応援する声だった。
決定的なチャンスを外してしまい、陰口をたたかれてしまうと思っていた山吹君は、真逆の言葉を投げかけられて驚いていた。
そして、山吹君の視線が俺に向いた。
「山吹君、試合を楽しみなよ!」
俺が笑顔でそれを言うと、山吹君の余裕のない表情が、段々と変わっていった。
そして、自分が今まで周りを気にする余裕もなかったことに気づいた山吹君は、ゆっくりと深呼吸をして応援席を見つめた。
応援席にいるみんなの表情は、誰一人落胆としていなくて、真剣な顔で応援してくれていた。
山吹君は気合を入れなおすと、果敢にゴールを狙っていく。
――今度はチャンスで外しても、俯くことはなかった。
そして、試合終了間際に、山吹君のボレーシュートがネットに刺さった。
山吹君はガッツポーズを決め、応援席からは歓声があがった。
試合はそのまま1-0と、桐沢学園が勝利した。
試合後のミーティングが終わり、解散となった山吹君の元に俺達悩み相談委員のメンバーは向かった。
「山吹君、お疲れ様」
「スッゴクカッコよかったよ!」
「よく最後決めたよな!」
悩み相談委員のメンバーから労いの言葉をもらった山吹君は、俺達に頭をさげた。
「ありがとう、みんな。おかげでスランプから抜け出せたみたいだ」
そう言う山吹君の表情は、晴れ晴れとしていた。
「上手くいってよかったよ」
俺はそんな山吹君に、笑いかけた。
「そういえば、よくあんなアドバイスできたね、龍?」
加奈が不思議そうに俺の方を見てきた。
「あぁ、知り合いのスポーツ選手の人から、教えてもらったんだよ」
「へぇ~、多分その人、凄い選手なんだろうね。だって、プレーする選手の気持ちとか周りの気持ちとか、きちんと理解してるんだもん」
そういえば春川さんは、どこのチームでサッカーをしているんだろう?
「とりあえずこれで依頼完了だね。山吹君、これからもがんばってな」
「ありがとう、黒柳君。また何かあったら、相談に行かせてもらうよ」
俺は握手を交わし――その後俺は、会長に依頼が完了した事を報告に行ったのだった。







