ー消失の章ー
ー序章ー「奪われた日常」
ー悲しいー
その感情が心から離れない。何故だかは分からない。けど、忘れてはいけない。そう確信していた。
「!」
ベッドから飛び跳ねた。外は明るく、小鳥のさえずりが聞こえる。
「…なんだ…あれ…夢…?」
冷たい水滴が悠太の頬をつたる。手で確認する。
「涙…?」
それは涙だった。目から出ている水滴、涙だ。
「んだよ…なんで泣いてんだよ…」
悠太は涙を拭き、立ち上がる。足が震えている。そんなことはお構い無しに悠太は制服に着替え、台所へ向かう。時計を見ると、もう7時30分だ。早く朝ごはんを作って食べてしまわないと、学園に遅刻してしまう。
学園の授業中も、昼休み中も、あの夢のことが脳裏に焼き付いて離れない。あの夢はなんだったのか、何故あんな夢を見たのか、夢なんて見る事さえあの日以来忘れていた。
昔、歌を歌っていた。クラスの奴は俺の歌が気に入らなかったみたいで、色々な嫌味を聞かされたりしていた。その数日後に、俺の水筒にチョークの粉をいつの間にか入れられていた。その日、声が出せなくなった俺にクラスの奴が言った。
「なぁ、修理しても音が出なくなったオルゴールはどうするよ。」
「…はぁ?」
「価値ねぇから捨てるよなぁ?」
そう言って暴力を振ってきた。後から担任に聞いた。
「うちのクラスの音楽担当の先生いるだろ?あの先生、毎年生徒に将来の夢を聞いて、歌手になりたいとか声優になりたいとか言う生徒の声を何らかの方法で潰したり、不登校にしたりしてるらしいんだ」
それを聞いた時、夢を持ってはいけないと、俺の心は本気で叫んだ。何故声なんかでこんな仕打ちを受けなければいけないのだ。
…その日以来だ。夢を見なくなったのは。
「やーっほ!なーに暗い顔してんの?」
俺の腕に手で掴まれる感覚と同時に柔らかい胸の感触
が来た。
「神崎…」
幼馴染の女の子の神崎、成績優秀スポーツ万能そしてオマケに帰国子女。ほんとに非の打ち所のない女だ。
「何でもないよ…」
「あっ…」
俺は神崎の手を振りほどき、早歩きで帰った
「悠太…ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
神崎の声に耳を貸さず俺は家に帰った。
「ただいま…」
「お帰りなさい…顔色が悪いけど…大丈夫?」
「あぁ…大丈夫だよ母さん…」
「そう…なら…いいんだけど…」
「今日はご飯はいいよ…外で食べてきた…」
「そう…勉強…あんまり無理しないでね」
そう口にする母に背を向け、俺は自室へ向かい、ベッドに飛び込んだ。
「…夢…か…」
今朝の夢のおかげで疲れていたのだろう、制服のまま、すぐに眠りについてしまった。
翌日の朝、台所がやけに騒がしかった。壁に殴りかかっている勢いだ。
「母さん、なにやって……え…?」
そこにはいつもの母の姿は無かった。あったのは醜く変わり果ててしまった母だったものだった。
「グルルルルルル…」
「な…なんだよ…かあ…さん…?」
悠太は無意識に後退りしていた。あの指輪、あの髪型は確実に母のものだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
走った。生まれて初めて声を上げながら走った。必死に走ったのだろう、気づいた時には知らない森にいた。
「くっそ!なんだよあいつ!」
足音がだんだん遠ざかっていく。
「っ…ハァ…ハァ…撒いたか…?」
そう口にした時、横から鈍い痛みが走った。横から撒いたと思っていた化け物が来ていたのだ。
「うぐっ…!!」
悠太は勢いよく吹き飛ばされ、木の幹に体ごと追突した。
「ハァ…ハァ…なん…だよ…」
まだ信じられない、あれが母さん…?
遠くから足跡が聞こえてくる。
「かあ…さん…?」
「グルルルルルル…」
見たこともない姿をした母らしき怪物が目の前に立っている。
「もう…もういいや…もういいんだよね…?そういや…神崎に会ったのも久しぶりだったな…あのこと…謝っておき…たかっ…た…。」
その場に倒れ込んだ、目の前が真っ暗になった。
もう無理だ、走れない、殺される。
「ほんとに諦めちゃうわけ?」
声が聞こえた、神崎の声だ。
「神…崎…?」
怪物の動きも、周りの風も、時間が止まったような気がした。
「死にたいのかって聞いてんの!!ほら、答えて!!」
「死に…た…く…ない…。」
「そう…その答えが聞きたかったの!!」
一筋の光が視界を過ぎった。
「グアァァァァァァァァ」
怪物が木が倒れるように崩れ落ちていく。
「神…崎…」
その目にうっすらと映ったのは、金髪の女の子だった。
「き………かれ……………われた歌に…って」
意識が遠のいていく。
「なん…だ…って…きこ…え…な…」
俺は倒れ込んだ。神崎の言葉を聞き逃して。
序章ー終
ー第1章ー「天国に近い地獄」
小鳥がさえずる、そよ風が吹いているような心地よい音が聞こえる。
「…っ」
目を開ける。そこには知らない天井が目に映った。
「こ…こは…?」
「あ、目、覚めた?」
知らない女の子が俺の顔を覗き込む。
「…?君は…誰…」
その女の子は少し困った表情でこういった。
「あー…私は…えっと…」
「?」
「ア…アリス!私の名前はアリスよ!」
「アリス…?ここは…どこだ?」
起き上がろうとする。頭に鋭い痛みが走る。
「ぐっ…っ!!」
「まだ寝てなきゃ駄目よ!ナイトメアにやられて死にかけだったんだから!!」
「ナイトメア…?」
直訳は『悪夢』だったが…一体それがなんだというのだ。そう思うと、彼女は俺の考えを読むようにしてナイトメアの説明を始めた。
「ナイトメアって言うのは、その名の通り『悪夢』。
人の悪夢が具現化したものよ。あなたも悪夢くらい見たことあるでしょう?それの具現化よ。」
「悪夢の…具現化…」
俺も悪夢は何度も見てきた。だがそれの具現化と言われてもあまりピンとこない。
「黒い化け物よ。見たことあるんじゃないかしら?」
思い当たる節があった。この頭の痛みもそうだろう。
「そうだ…俺は死んだのか!?母さんはどうなったんだ!?」
そう言えばこの子は気を失う前に見た金髪の女の子によく似ている。…顔までは見れなかったが。
「あなたは死んではいないわ。私が助けたからね。あなたのお母さんは…残念ながら…」
「そ…そうか…」
「意外と冷静なのね。もっと取り乱すかと思ってた。」
「いや…悲しいよ…けどあの母さんを見た時、分かったんだ。もう助からない、数日後に死ぬって…」
「…そう…でもあなたが生き残って良かった。」
そう言い残すと、彼女は部屋を後にした。
そう言えばここがどこかを聞き忘れたな。
「キャァァァァァァァァァ!!」
「悲鳴!?…まさかナイトメアって奴か!!」
急いで部屋を出る。部屋の前で既に血の匂いが漂っている。
「うっ…すごい匂いだ…」
赤い線、血痕がが伸びた部屋を見つけた。
血痕が続いている部屋のドアを開けて彼女の名を呼ぶ。
「アリスッ!!」
そこには彼女の姿は無く、あったのは…
「…ッ!!」
ナイトメアの姿だった。
「ガァァァァァァァァァァ!!」
ナイトメアと目が合う。
「クソッ!!」
逃げようしたその時、掠れた声でアリスの声が聞こえた。
「…に…げ……て………」
「ア…リス…?何言ってんだよ…俺を助けてくれただろ…?恩くらい返させてくれよ…」
アリスに迫る怪物の拳を代わって受けた。
「…ん…ハッ!!」
目を覚ますと知らない天井、知らない体だった。
この体は俺のものじゃない。
「ど…どうなってんだ…?」
また小鳥の鳴き声が聞こえる。自分にはその鳴き声は、嘆いているように聞こえた。
第1章ー終
続
本作品をお手に取って頂き、ありがとうございます。本作はどうでしたでしょうか。誰しも物語の主人公になりたいという願望はあるかと思います。本作は、私が主人公になりたかった物語でございます。まぁいわゆる妄想ですね(笑)
そう言えば、もう卒業シーズンですね。私はまだ卒業出来ませんので、次回投稿は未定となります。本作を読んで下さり次回、2章から先が気になる方々にはご迷惑をお掛けします。ご了承くださいませ。




