規則正しく赤青黄色
信号がちか、ちか、ちかと点滅していました。車や人通りのない夜の交差点ではこのような信号機がたまにあるようです。私は横断歩道を前にして立ち止まりました。車は来ていません。信号機も点滅しています。
中学生のころに、とある男子生徒の財布が盗まれました。社交的で明るい彼の悲劇に、みなが大騒ぎしました。ある女子生徒が言いました。あなたはいつも財布を無造作に机の上に置いたり、ひきだしにつきさしたりしていた。それに自分が金を持っていると言いふらしていた。おとなしい人に横暴な態度をとった。無理やりジュースをおごらせたこともあった。人の悪口ばかり言っていた。だからあなたの財布が盗まれても何も不思議なことはない、と。
その女子生徒はしばらくして学校に来なくなりましたが、だれもそれを気にしませんでした。男子生徒の財布はまだ見つからないままでした。
休日、私は駅前のコンビニに入ってばったりとあの女生徒と出会いました。彼女はだぼっとした長袖のパーカーにスカート、サンダルという恰好をして、アイスを選んでいました。
「ああ。あなた、この辺りに住んでるの?」
「いや……××駅だよ。二駅はなれた」
「学校は?」
「今日は休みだよ」
答えながら、私は彼女の名前を知らないことに気が付きました。尋ねはしませんでしたが、おそらく彼女も私の名前を知らなかったでしょう。彼女は「あなた――」と私を呼んで、アイスケースから一つの袋をつまみあげ、「ちょっと外で待ってて」と囁きました。
彼女に誘われて、私たちはコンビニを出てすぐにあるベンチに並んで腰をかけました。彼女はさっそくアイスの袋を開けています。安い棒アイスです。ぺろぺろと舐めながら彼女はちらりとこちらを見ました。
「あなたが店を出ると、傘立てから傘がなくなっていました」
何の話だろう。私はじっと彼女の顔を見ました。彼女の熱心さはアイスに捧げられています。
「傘立てにはビニール傘から高そうな傘までたくさんあります。でもあなたの傘はどこにも見当たりません。どうしますか?」
その日はよい天気で、それでも涼しい秋でした。私はだらだらと流れてくる汗を長袖でぬぐいました。彼女はアイスを食べていました。
「わたしは、わたしなら、雨に濡れて帰る」
彼女がこちらを向いて、がちっと目が合いました。彼女の薄い唇はなだらかな弧を作っていましたが、びくびくとまぶたが震えていました。
「誰も見ていない暗がりに、雨に濡れて帰るの」
彼女は私にそれ以上、問うことはありませんでした。
夜間点滅信号をみるといつもそのことを思い出します。それから、ここで事故が起きたときのことを考えるのです。きっと点滅式の信号はふつうのものに戻るでしょう。私の父親は言いました。おまえには期待していたのだが。中学受験の失敗から父の態度は厳しいものとなり、私の生活を縛るようになりました。私が今、このような時間に出歩いていると知ったら激怒することでしょう。私の机のひきだしにあるものを知ったら――どんどん息苦しくなってゆくことでしょう。
私はその場で目を閉じました。
夜間に珍しい、車がやってくる音が聞こえました。
私の前を通り過ぎるのでしょうか。私の横を通り過ぎるのでしょうか。
まぶたの裏で、信号がちか、ちか、ちかと点滅を続けていました。