004
騒ぎが少し落ち着いた頃、制服のような出で立ちの男たちが数人診療所へと入ってきた。
カールさんとテオドラさんがそれぞれ応対をしている。どうやら現代でいう警官のようだった。
その人達の話だと、どうやらこの男達は村では結構有名な2人組らしく、色々な店で金や物を盗んでいる札付きのワルだったらしい。
通報を受けて駆けつけても男たちは既に逃げたあとで、そいつらのアジトも特定できず頭を抱えていたところだったという。
余談だが、今回この2人を捕まえられたので、報奨金がもらえるとのこと。それも結構いい額らしい。
動かなくなった大柄な男2人を運び出した後、制服姿の男性が、ご協力感謝いたします、と言い残し、診療所から去っていった。
どうやら、これで一旦、一件落着のようだ。
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「カールさん、右の頬、大丈夫ですか?」
「ははは、これくらい何とも……アタタ」
「はいはいやせ我慢しない。痛いときは痛いって言わないと」
警官が立ち去った後、カールさんはテオドラさんの治療を受けていた。重症ではないとはいえ、もろに突き飛ばされた挙句殴られるという散々な目に遭ったのだ。しかも殴られた頬は出血こそしていなかったが、患部全体が小さなコブのように腫れ上がっていた。
「テオドラ……もう少し優しくできないのかね?」
「治療は痛みを伴うものなので我慢してください」
カールさんの要望を、テオドラさんは軽くいなしている。恐らく普段からこのような掛け合いをしているのだろうが、2人のやり取りを見ながら、この診療所での力関係がなんとなく垣間見えた感じがした。
「いや、しかし驚いたよ。君、魔法が使えたんだね」
治療のさなか、カールさんがこちらに話しかけてきた。
「え?」
「あの火の魔法、すごい威力だったじゃないか。いやいや、もっと早く使ってくれてもよかったろうに、君も人が悪いなぁ」
「あ、あはは……」
悪いもなにも、正直俺自身も混乱している状況だ。俺の手から出た炎、あれがこの世界でいう魔法ということなのだろう。
だが、警官が診療所に来ている間、同じ炎が出せるかどうか試してみても、あの時と同じ炎を出すことはできなかった。推測だが、魔法にはある一定の発動条件があるのかもしれない。さっきのように、身の危険を感じた時だけ発動可能、とか。
全く、厄介な力を授けられたものだ。知らないうちに魔法使いにされ、しかも自由に使えないときた。能力を付与してくれているなら、もっと使い勝手の良い能力をくれよ、と心の中で悪態をついた。
これ以上この話題を続けられ、ボロが出ることを避けたかった俺は、話題を変えるため先のテオドラさんの動きについて聞いてみた。
「そ、そういや、テオドラさんさっきは凄かったですね。あんな大柄な男を1発で仕留めるなんて。それにあのスピード。横を通った時、一瞬何が何だかかわからなかったですよ」
「テオドラにとってはあれくらいなら朝飯前なんだよ」
俺の率直な感想に対して、カールさんがあっけらかんと答えた。朝飯前?
「元々、テオドラを雇った理由は私の用心棒をやってほしかったからなんだ」
「用心棒!?」
俺は驚いて聞き返した。こんな可愛い子が用心棒だなんて信じられなかったからだ。用心棒というと真っ先に頭に浮かぶのは屈強な男の絵なのだが。
「彼女は元々武闘派の獣人ギルドのメンバーで、用心棒の仕事も受け持っていたんだ。ただ、そのギルドで揉め事が起こったらしく、その事で私の診療所で治療をしたんだよ。その時に話を聞いてね。なら是非ウチに来ないか、と誘ったんだよ」
カールさんは昔を懐かしむように言った。まさか2人の馴れ初めがそんな形だったとは。
「あの頃は色々あって落ち込んでたんだ。まぁ、自暴自棄ってやつだね」
そう話すテオドラさんの表情は、いくぶん憂いを帯びていた。少なくとも、楽しい思い出ではないことが見て取れた。
「でも、おじさんに声をかけてもらって、そのおかげでここに来られて、医療の勉強までさせてもらえて……。本当に感謝の言葉もないくらいなんだよ」
さきほどまでの表情とは一転し、テオドラさんは顔をほころばせた。
「ならたまには先生、と呼んでくれんものかね?」
カールさんは芝居っ気たっぷりの言い方をして、テオドラさんへ哀願した。
「それとこれとは話が別かな」
テオドラさんは声を立てて笑いつつそう言うと、薬の補充のため部屋の奥へと消えていった。
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陽が沈み、闇が空を覆う頃、俺はベッドに横たわりながら物思いに耽っていた。
あまりにも激動の1日。あまりにも非現実的な1日。気持ちを整理するには時間が必要だった。
少なくとも、俺はこの世界で暮らしていかなければならないようだ。つまりは生活していかなくてはならない。そのための方法を考えることが最優先だ。帰る方法を探すにしても、生活ができなければ物事は前に進まない。それに、こんな夢とも現実ともつかない世界で野垂れ死ぬなんてまっぴら御免だ。
だけど、今日のようなことが毎日起きる可能性があることを考えると、そう悠長にも構えてはいられない。今はカールさんの厚意に甘えさせてもらっているおかげで寝床も食料も確保できているが、こんなことを何日も続けることはできない。
とりあえず、明日にはここを出発しよう。歩くことであらたな出会いもあるかもしれないし、情報も掴めるかもしれない。
それに魔法のことも。発動条件があいまいな能力なんてどんなに強力であっても無用の長物だ。実際に炎が出ることは今日実証済みだし、自分の意志で発動させられる状態には最低限持っていかなければならない。
脳内であれやこれやと考えている内に、突如、強烈な睡魔が襲ってきた。
そういえば、トイレに行ったのが夜中の3時頃だったはずだから、今日はほとんど眠れていなかったことを思い出す。
明日のことは明日考えればいい。もしかしたら、目覚めたら家のベッドにいて、実は全部夢だった、というオチもあるかもしれない。
そう思った俺は、襲いくる眠気に逆らうことをやめ、静かに目を閉じた。




