003
結論から言うと、俺は診療所に一泊することになった。
カールさんとテオドラさんの2人がかりでとんとん拍子に宿泊の手配が完了していった。
何よりも、二人が嬉々として俺の宿泊手配をしているのを見て、こちらまで何だか楽しくなるくらいだった。
「テオドラ、少し買い出しに行ってくるから彼のことをよろしく頼むよ。えーっと……」
カールさんが俺の方を見ながら口ごもる。
そうだ、そういえばこっちから名乗るのを忘れていた。
「あ、トモノリっていいます、名前」
「おお、そうかトモノリ君か。いや珍しい名前だね。そうかそうか。ではトモノリ君。私は買い出しに行ってくるので、くれぐれも無理はしないように」
「私が見張ってるから大丈夫だって。ほら、早くしないとお店閉まっちゃうよ」
「そうだった! では行ってくる!」
そう言うとカールさんは壁にかけてある小さなかごを掴むと、小走りで外へ駆け出していった。
本当に忙しいというか、テンションの高い人だなぁ、と半ば呆れつつ、俺はカールさんの後ろ姿を見送っていた。
「騒がしくてゴメンねー」
テオドラさんが少し困り顔を見せつつ、俺の方に向いて話しかけてきた。
「いえ、とても元気な人ですよね、カールさん」
「いやー、久しぶりの患者さんだからねー。おじさんも嬉しくてしょうがないんだよ」
「久しぶり?」
俺は疑問に思って聞き返した。
そういえば、部屋は複数あるように見えるのに、自分以外に治療を受けている人を見かけない。
「最近は魔法で治療する人が多いからね。私たちみたいな昔ながらの治療って受けが悪いのよ」
魔法。またしても異世界を強烈に意識させるワードが飛び出した。
「魔法で治療、ですか?」
「うん。昔はこの村で怪我の治療、といえばこの診療所だったんで、それなりに賑わってはいたんだけど、ここ数年で医療魔法の研究が凄く進んで、この村にも魔法で治療するお医者さんが来るようになったんだ。魔法の治療だと軽い怪我ならすぐ治せる上に痛みもないしってことで評判になって、それからはずーっとこんな状態なんだよね」
なるほど。この診療所に人がいない理由については合点がいった。
魔法で治療できるならそちらを優先するのは自然な判断だろう。テオドラさんはなおも続ける。
「ま、魔法治療は治療費が結構高いんで、すべての人が受けられるってわけじゃないけど、それでも法外ってほどの値段じゃないから、結局みんな魔法治療を優先しちゃうんだよねー」
テオドラさんはそう言うとため息をついた。
数少ない問題の1つである費用についても問題が取り払われている。これは診療所の治療に勝てる要素はないな、と思った。
魔法。どうやらこの世界で生きていくため、これからも避けて通れなさそうだ。
■
「おーい、今帰ったぞー!」
入り口からカールさんの元気な声が聞こえてきた。どうやら買い出しは無事完了したようだ。
カールさんを迎えに行こうと立ち上がろうとした瞬間、入り口から大きな声が聞こえた。
その直後、後ろから大柄な男2人が強引に診療所の中へ押し入ってきた。
「おい!ここ診療所だろ!治療できる道具をありったけよこせ!」
2人の内の1人が叫ぶ。強盗か?
「なんだね君たちは! ここは病人がいる診療所だぞ!」
「うるせぇ! 言う通りにしろ!」
そう言うと男はカールさんの胸ぐらを掴み、そのまま突き飛ばした。
カールさんが突き飛ばされたのを見て、俺は震え上がった。
このままだとまずい、早く助けないと。
すぐにそう思ったが、意志に反して体が全く動いてくれない。
そりゃそうだ、現実世界でも喧嘩なんてしたことないし、戦い方なんて全く知らない。
それに仮に1撃入れられたとしても、その後ボコボコにされるのが関の山だ。
どうする、どうすればいい?
そんな状態で動けないでいると、後ろから誰かに首根っこを掴まれ、そのまま身体を後ろへ引っ張られた。
誰だ? と振り向いた先にいたのはテオドラさんだった。
「静かに」
そう耳打ちすると、俺を連れて男たちの死角になる位置へ移動した。
どうやら、状況把握に努めているようだった。
入ってきたのはさっきの男2人だけのようだ。
左側にいるのがさっきから叫んでいる男。かなり威圧的だ。仮に男Aとする。
右側にいる男はその様子を見ながらニヤニヤしているだけで何も喋ろうとしない。
恐らく、右側の男の方が立場が上なのだろう。こいつは男Bとしておく。
「さっさとしろって言ってんだよ!」
男はそう言うと同時に、カールさんの顔めがけ拳を突き出した。
「がっ!!」
男の拳はカールさんの左頬へ当たり、カールさんはその勢いでふっ飛ばされた。
カールさんが吹き飛ばされたことに動揺した俺は、足元に落ちていた医療器具を蹴飛ばしてしまった。
その瞬間、カンッという音が辺り一面に響き渡った。
「あん? そこに誰かいんのかぁ?」
そう言いながら、男Aはこちらへゆっくり近づいていく。
このままではあいつに見つかってしまう。あんな簡単に人を殴り飛ばせる奴だ、このまま見つかったら何をされるか想像もしたくない。
だけどこの場にはテオドラさんもいる。女性のテオドラさんまで見つかってしまったら……。
テオドラさんだけでも守らなければ、と決心した俺は、自分の恐怖心を押し殺し、勢いよく男Aの前へ飛び出した。
「何だ、怪我したガキじゃねぇか?」
男Aは怪我人姿の俺を見て、明らかに蔑視の表情を浮かべた。
「あんたら、盗みが目的か?」
「だったらなんだんだ」
「盗みが目的なら暴力は必要ないだろ。取るもん取って、さっさと帰ってくれ」
威勢よく言ったつもりだったが、実際は声が震えっぱなしだ。
足もガクガクで立っているのがやっとの状態。おそらく目の前のこいつも気づいているはず。
「ははは! なかなか頑張るじゃねぇかボウズ。そのナリでさっさと帰れ、とはな。あぁ、お前の言うとおりこちとら盗みが目的だよ。だから取るもん取って帰るつもりだったんだが、そこのおっさんが気に食わなかったんでな、ちょいと一発お見舞いしてみたんだよ。だけどそういうならしゃーねー。お前の勇気に免じて取るもん取ったら帰ってやるよ!」
なんだ、風貌はアレなやつだが、話は案外通じるようだ、と俺は心の奥で安堵した。
このままいけば何とか俺含め2人の身の安全は確保できそうだ。
「……なんて、言うとでも思ったか?」
え、今なんて?
そして、男Aから続いて発せられた言葉が、そんな俺の一瞬の安堵をぶち壊した。
「ボウズ、残念だが俺らは姿を見られちまった。だからな、俺はお前らを生かしておけねぇんだよ!」
そう言うと、男Aは俺に殴りかかってきた。話が違うじゃねーか!
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。やられる!
直感的にそう感じた俺は、為す術なく、とにかく顔を殴られないよう、右手を顔の前へ差し出した。
その瞬間、俺の右手から真っ赤な炎が出現し、男の手を一瞬で包み込んだ。
「があああああああ!あつ、あつい、あついいいいいいいいい!!!」
男Aが叫んでいる。男Aの右腕がメラメラと燃えているからだろう。
なぜ男の手が燃えたのか、俺にはよくわからなかった。俺はただ拳から顔を守ろうとして顔を背けて……
「トモノリ君、下がって!」
頭の中を整理する間もなく、後ろから大きな声が聞こえたかと思うと、右側を凄まじい速度で駆け抜ける影が見えた。
あまりの速さに目で追えなかったが、次の瞬間、自分の正面でドカッ!と大きな音が聞こえ、続けてガラスが大量に割れる音が聞こえた。
驚いて前を向くと、さっきまで入口に立ったままニヤニヤ笑っているだけだった男Bが玄関で崩れ落ちているのがわかった。




