1-7 オムライスと奪還 前編
今、僕は、意識が覚醒するまでボーッとしている。
そして、数十秒後、意識が覚醒すると、僕は辺りを見渡した。
僕がいる場所は、宿屋の部屋で間違いない。
しかし、ここには僕以外誰もいない。
予感はしていた。
ツクヨが連れて行かれるのなら、ナフタリアも連れて行かれるだろうって。
今、僕が置かれている状況は最悪だと思う。
今なら分かるんだけど、あの僕を刺した男が持っていた槍は、王室にいた兵士の槍と同じ物なんだよね。
それに、ナフタリアもいないときた。
……え? チート能力与えてもらったからいけるだろって?
それは、残念ながら無理なんです。
だって、僕が与えてもらったチート能力は全て、攻撃力を上げるようなものでは無いんですから。
チート武器である【妖刀村正】は、攻撃力を底上げ出来る、いわゆる物理チートではない。
【妖刀村正】の能力を説明するには、まず僕がいる国シュバインからずっと東にある国ヤマトに伝わっている秘術である妖術の事を知ってもらわなければならない。
妖術は、魔術とよく似ているが、MPを消費しない。
何故なら、体外にある自然エネルギーや霊的エネルギーなどを体に取り込みMPに変換して、発動するからです。
しかし、妖術は魔術と違って、戦闘向きではない。
妖術は、ステータスを上昇させるバフや、バフとは逆にステータスを低下させるデバフなどを得意とするサポート特化なんです。
【妖刀村正】の持ち主はその妖術を扱えるようになるという武器なんです。
それなら、なんで攻撃特化している聖剣や魔剣を選ばなかったの? って聞かれたら、こう答えるしかありません。
攻撃は攻撃、回復は回復なんです。
その二つを一緒にしてはいけないんです。
これは、この世界に来る前から言っている事なので、曲げる事は出来ません。
これは、意地なんです。
ちっぽけな意地なんです。
しかし、これからもし、大切な人を守りきることが出来ないのなら、意地を捨て、攻撃力を上げると思います。
大切な人の方が大切ですから。
次は、【神降ろし】、【MP還元】、【蘇生】、【セーブ&ロード】、【叡智の図書】、【全属性耐性】の事なんですが、これらはささっと説明しますね。
【神降ろし】は、妖術の一つで、実際はヤマトの巫女さんが扱う技ですが、【妖刀村正】を選んだおかげで扱えるようになった。【神降ろし】は、選ばれた者にしか扱えない秘術中の秘術、 それ故に上手く扱う事が出来れば、強いが、今の僕では上手く扱う事が出来ない。そもそも僕が、神を降ろせるような器ではないからです。ですので、今の僕が【神降ろし】を発動した場合、神の力のたった3%しか扱う事が出来ない。
【MP還元】MPを他のステータスに変換する。
【蘇生】死者を生き返らせる事が出来るが、自身の寿命を縮まらせる。
【セーブ&ロード】 1日3回限定。セーブした地点に戻る事が出来る。
【叡智の図書】 この世界中のあらゆる本を脳内で読める。
【全属性耐性】 全ての属性攻撃を激減する。(75%減)
さて、これからどうしようか。
王宮に乗り込むか?
というか、何の為にツクヨとナフタリアを攫ったんだ?
意味がわからない。
……取り敢えず、武器と防具を装備するか。
武器である刀剣は、たすき掛けみたいな感じで装備する。
今、セーブしとこう。
「【セーブ】」
ティラリン。
なんか効果音が聞こえた。
外に出よう。
……ん? なんで、こんなに騒がしいんだ?
まだ、朝方なのに、昨日の昼頃より騒がしい。
何かあるのか、聞いてみるか。
「おじさん! 今日って何かあるんですか? いつもより騒がしいと思うんですが」
僕は、一番近くにいたおじさんに聞いた。
「今日は、奴隷の処刑日らしいよ」
「どんな奴隷か分かりますか?」
「容姿までは分からんが、女の子だと聞いているよ」
「どこで処刑するか、分かりますか?」
「広場でするって聞いたよ」
「ありがとうございます!」
まずいな。
ツクヨとナフタリアの可能性が高くなった。
早く広場に行かなければ。
幸い、広場への行き方は分かっている。
でも、普通に走ると、かなりの時間がかかる。
僕は、しばし考えたけど、あまり良い案は思いつかなかった。
だけど、一応案はある。
【神降ろし】と、【MP還元】の並行使用。
まだ、【神降ろし】は3%しか扱えないけど、無いよりかはマシなはず。
【MP還元】は使って、MPを敏捷に変換する。
どれぐらい速くなるかは、分からないけど、使った方が良いはず。
「【神降ろし】、【MP還元】」
そう言った瞬間、僕の身体は淡く光り出した。
「よし、行くぞ」
僕は、いつもと同じ様に走ろうとして、走ったら、壁に顔からぶつかってしまった。
「速すぎるよ、これ」
鼻から、鼻血を垂らしながらそう言った。
「抑えなければ、上手く走れない」
僕は、想像する。
【MP還元】の強化倍率を下げる為に。
何これ?
強化倍率、100倍?
敏捷に100倍かけると、10000オーバー!
……僕、めっちゃ強くなれるんだけど。
でも、もの凄い速さでMPが減ってる気がする。
1秒で10くらい?
多分、強化倍率を上げると、MPの消費量が多いだな。
取り敢えず、強化倍率を10に下げよう。
これだと、10秒に10くらい?
よし、行こう。
僕は、立ち上がり走った。
速いけど、ちょうどいい速さ。
これなら、壁にぶつかる事なんてないはず!
思った通り、壁にはぶつからなくなったのだが、また別の問題が発生しました。
その問題とは、人が多くて、ぶつかりそうになる事です。
……仕方ないなこれは。
屋根の上に飛び乗りましょう。
今の僕ならいけるはず!
「せーの! てやっ!」
おぉぉぉぉぉ!
僕、今飛んでます!
凄いです!
屋根より高いです。
鯉のぼりになった気分です。
よし、着地完了。
そして、僕はまた走り出す。
屋根と屋根との間は飛び、屋根の上にいる時は走る。
それを何分続けたかは、分からないが、広場に着くことが出来た。
さて、広場のど真ん中に着地しましょう!
3。
2。
1。
スタッ。
「しずくさん! どうして来てしまったんですか!」
着地した瞬間に喋るのやめてほしいな。
聞き取れないから。
広場には磔にされたツクヨとナフタリア。
そして、王様、王妃様、兵士、勇者の3人。
「さーてと、ツクヨとナフタリアを返してもらいましょうか」
そんな事言ってるけど、僕かなり危険な状況です!
仲間がいれば楽なんでしょうが、僕にはあいにくいないんですよね!
ほんとこれ、どうすれば無事に生きて帰れるのでしょうか。
「なんで生きてるかは知らないが、お前はそこで奴隷が焼き殺されるところを目に焼き付けろ!」
「王様、僕は知っていますよ。この国が滅びかけの事を。もし、僕の大切な人を解放するなら、僕がこの国を、世界を救ってあげましょう。さぁ、王様。どうしますか?」
さて、王様はどう出るだろう。
「嘘に決まっておるだろう。ここにいる勇者たちよりも弱いくせに、この国を救えるわけがないだろう」
いやぁ、ごもっともですね。
だがしかし、ここで折れるわけにはいきません。
ですので、嘘に嘘を重ねましょう。
「あの時はすみませんでした。王様の事なんて嫌いなんて言いましたけど、実際は……大好きです」
おおっと、露骨に嫌な顔をしてますね。
ん? 王妃様の様子もおかしいですね。
僕が見る限り、あれはどう見ても、笑いをこらえてるように見えますね。
王妃様は、今口に手を当てています。
笑い出さないようにしているようです。
だが、今は王妃様の心配なんてしてはいられません。
ここは、土下座をして素直に謝りましょう。
膝をついて、頭を下げて、手をついて、皆さんも一緒に言いましょう。
せーの!
「すみませんでした」
と、同時に僕はナフタリアとお話しを開始します。
(おい、起きろ。ナフタリア。)
(何でしょうか?)
(《スキル》【狐火】で、縄を燃やせないか?)
(大丈夫だと思いますが、あまり火力が高くないので、時間がかかります。)
(よし、分かった。時間稼ぎは僕がするから、ツクヨとナフタリアを縛っている縄を焼き切ってくれ。これは、命令じゃなくて、お願いだからな。)
(はい! ではまた後で。)
さて、僕がすべき事は決まりました。
時間稼ぎです。
「気持ち悪いわ、ハズレ勇者!」
うっ!
僕だって、そんな事言われたら傷ついてしまいますよ。
「王様。どうすれば、こいつらを解放してくれますか?」
「じゃあ、そこで死ね」
「そ、それは困ります! 僕はまだオムライスを作っていないんです。これだけは最後につくりたいんです。お願いします! 死んでほしかったら、僕が言う食材と料理器具を持って来てください!」
「オムライスっていうのは何だ?」
「卵料理です!」
「し、仕方ないな。用意してやるから、作り終えたら、死んでくれよ」
「はい、分かりました」
よーし、時間稼ぎ完了だな。
まさか、ここまで上手くいくとは。
しかし、あの王様の反応はなんだろう。
卵料理が好きなのか?
分かりませんが、結果オーライです。
「お持ちしました!」
早っ!
何でこんなに早いんですか!
もう少し、時間稼ぎ出来ると思ったのに。
まだ、言ってから数分しか経ってないよ!
……はっ!
スフレオムレツも作れるから、少しだけど、時間が稼げる。
くっくっくっ。
これなら、大丈夫なはず!
さぁ、料理を始めよう!