2-1 1日の始まりと無視
今はナフタリア達を奪還した、翌日の朝。
僕たちが泊まっている宿屋の部屋には、ベッドが二つしかありません。
ですので、誰かと誰かが同じベッドで寝なければならないと分かりますよね。
普通なら、女の子同士で寝るのが普通で常識だと思うんですけど、どうやら彼女達にはその常識が通用しないようです。
最初は女の子同士で寝ていたとしても、朝起きたら、必ずどちらかは僕が寝ているベッドに潜り込んでいます。
奪還以前なら、ナフタリアが毎日のように潜り込んでいたんだけど、今日はツクヨが僕のベッドに潜り込んでいました。
別に潜り込むのはいいんだけど、なんか知らないけど、いつも顔が近いんだよね。
それが、僕には耐えられません。
だって彼女達、すんごいいい匂いがするんですから。
自分でも何を言ってるんだと思うのだけど、それは事実なんです!
それで、どちらと一緒に寝たいかと問われれば、ナフタリアと僕は答えます。
なんせ、彼女には尻尾がありますから。
朝起きた時、必ず僕たちは向き合って寝ているんですが、その時にね、ナフタリアの尻尾が僕に当たるんですよ。
それが暖かくて、暖かくて仕方がないんです!
でも、ちゃんとツクヨにもいいところがあるんですよ。
ツクヨは小さい分、場所を取らないし、それに髪がサラサラだから、飽きない!
何が飽きないのかというと、横になりながら髪の毛をいじる事が出来るんです。
三つ編みにしたり、ポニーテールにしたり、ツインテールにしたり、はたまた三つ編みとポニーテールを合わせた髪型にしてみたり。
でね、たまに僕何してるんだろうって、現実を見てしまうんです。
現実を見てしまうんだけど、まぁこういうのでもいいのかもなと思ってしまうんだけどね。
というわけで、そろそろ起きましょう。
僕は朝ご飯を作らなければいけないので、彼女達より、早起きです。
やっぱり朝ご飯って言いますと、ご飯派か、パン派で分かれますが、僕は断然パン派です。
……え?
誰も僕の好みなんて聞いてないって?
まぁまぁ、そんな事言わずにさ、もっと話を聞いておくれよ。
彼女達はね、僕と同じパン派なんだけどね、妹の優香はご飯派だったんだよ。
それでね、たまーに朝ご飯をパンにしただけで怒られるんだよ。
1ヵ月に1回くらいのペースでパンにしてただけなんだよ?
酷いと思わないかい?
……思わない、か。
ま、どっちでもいいんですけどね。
この世界には、食パンという物が存在しないので、ロールパンがパンの中では定番です。
ロールパンも勿論美味しいんですけど、僕はやっぱり食パンが食べたいという事なんで、今度作ろうと思います。
そこまで、難しいものでもないんですが、食パンを焼く時の型がないんで、どうしようもないと思っていたんです。
でも、そこで見つけたのが、《スキル》【創造】。
【創造】は、イメージさえあれば、なんでも創れるというものなんです。
勿論、自動車や自転車なども創れる。
創りませんけど。
というわけで、出来ました!
ロールパンに、スクランブルエッグに焼いたベーコンにレタス、そしてコーンスープ。
出来たんだけど、まだ彼女達は寝ています。
彼女達は、平均9時間は寝ないといけないんです。
分かりませんけど。
ナフタリアは起こすの簡単なんだけど、ツクヨがなかなか起きないんです。
ナフタリアならお腹をこちょこちょしたら起きるんだけど、ツクヨはこちょこちょとか、揺らすとかそんなことではビクともしない。
それで、どう起こすのかと言うと、まずツクヨを抱き締め、愛の言葉を囁く、これでOK。
いつも、ツクヨは顔を真っ赤にして起きます。
勿論、ツクヨは僕が何を言ったのかは分かっていません。
ですのでツクヨは、愛の言葉を囁いた事によって、見ていた夢が変化して目が覚めるという事です。
どんな夢に変化しているのか気になりますが、聞いても応えてくれないんです。
顔を真っ赤にするだけで。
と、そんなこんなで、僕たちの1日が始まります。
「おーい。今日は、クエストを受けに行くぞ」
「分かった」
「分かりました」
「返事をするのは、いいんだけどさ、何その眠たそうな顔。ちゃんと寝てるのか?」
「寝てますけど、まだ体が慣れないんです。」
「つまりは、今の生活になかなか慣れないと言いたいのか?」
「はい」
「ふーん。それで、ツクヨはどうして眠たそうにしてるんだ?」
「夜型なので」
「……それだけ?」
「はい」
「なるほどな。僕はあなた達とは結婚出来ませんね」
「「っ!」」
おおっと、食いついてきましたね。
「僕は優しくて、ちゃんとしてて、料理が上手な人が好みなんで、あなた達は論外ですね」
これぐらい言ってやらんと、多分一生治らなさそうな気がする。
「し、ししししずく! ツクヨはともかく私はしずくの好みに合わせますから、どうか嫌いにならないでください。お願いします!私、しずくがいないと生きていけません」
ナフタリア、僕に対する想いが重いよ。
僕がいないと生きていけないんなら、今までどうやって生きてきたんだって話だよ。
それに、泣かないでほしい。
僕、涙に弱いから。
「しずくさん! 私頑張りますから、捨てないでください! お願いいたします。何でもしますから」
だから、泣かないでほしい。
後、今ツクヨ、何でもしますからって言ったよね!
よっしゃあ、何してもらおうかな!
一緒にお風呂入ってもらおうかな!
デートしようかな!
……何を言ってるんだろう、僕。
「捨てないから、頑張ってくれ、頼むから。後、服ぐらい着ようよ! 何でいつも下着オンリーなんだよ! 少しぐらい恥じらいを持って!」
「ダメなんですか。これなら、おとせると思ったのに」
何をおとすの?
「ダメですか。エロ仕掛けならいけると思ったのに。また違う作戦を練らなければ」
「普通にしていてほしいんだけど。それに、お前達の裸を見たくらいで、今更どうも思わないから」
嘘です!
めっちゃ興奮してます。
……はぁ。
溜め息吐いてる場合じゃないわ。
クエストを受けに行かなきゃ。
冒険者ギルドに来るのは、久しぶりだと思ったけど、二日前に来てたんだよな。
最近、どうも時間の感覚がおかしいんだよな。
それで、どんなクエストを受けようか、クエストボードの前で突っ立っています。
クエストには、討伐系、採取系、護衛系があるんだけど、護衛系はまず論外だし、採取系も僕たちには向かないから、討伐系のクエストに強制的になってしまう。
まぁ、討伐系のクエストの方がワクワクするから、構わないんだけどさ。
それで、僕たちは未だレベルは1だし、経験もないから、高難易度のクエストを受けることが出来ない。
その理由は、冒険者には階級があるからです。
階級というのは、レベルやクエストのこなした数で上がっていくもので、その階級が上がっていく事によって、クエストの難易度が高いものを受けられるようになるのだけど、僕たちのレベルは1だし、クエストも受けた事がないから、階級の中では一番下の、ブロンズとなっている。
ブロンズっていうと、本当に弱い魔物の討伐するクエストや、近場にある森の薬草を採取するクエストしか受けられない。
ま、取り敢えず、このゴブリン討伐でも受けてみようか。
ゴブリンは集団で行動していない限り、そこまで危険な魔物ではない。
と、そこでナフタリアとツクヨもクエスト用紙を持って来た。
スライム討伐とオーク討伐。
スライム討伐はいいんだけど、何故にオーク討伐?
オークっていうと、人型で豚みたいな魔物だよな?
「あの、ツクヨさん? 何故オーク討伐なんでしょうか?」と僕は聞いてみた。
そしたら、返ってきた言葉は、見てみたい!だった。
唯の好奇心でした。
「じゃあ、ゴブリン討伐とスライム討伐とオーク討伐を同時に受けるのでいいんだな?」
「はい! これぐらいでないと、クエストを受けた気がしません」
いやぁ、あなた達はそうかもしれませんが、僕は最弱職の治癒術師なんだけど。
「あのさ、忘れてない? 僕が最弱職だって事」と一応言っておく。
「あ、そうでしたね、忘れてました。すみませんでした」
何だよ、忘れてたのかよ。
ま、ツクヨは忘れてたんじゃなくて、元々知らなかったんだろうけど。
だって、初めて冒険者ギルドに来て、冒険者登録して、ステータスカードを発行してもらった時、僕拗ねてたんだけど、ツクヨはその時、自分のステータスカードをに釘付けになってたもんな。
多分、ナフタリアは知ってるんだろうけど。
てか、知らない方がおかしいよな。
僕、前に言ったもん。
僕、治癒術師だって言ったもん。
言ったもん、絶対言ったんだもん!
……うぅぅ、ナフタリアの優しさが胸に刺さる。
だって今、ナフタリアは僕をよしよしと背中を撫でていますから。
ナフタリアは、僕の事を知り尽くしているようです。
それに比べてツクヨは、本当に僕の事が大事だと思ってるのか?
……もういい。
確かめてやる。
ツクヨの事を、無視してやる!
(ナフタリア。僕は少し調べたい事があるから、少しの間ツクヨの事を無視するけど、ナフタリアはいつもと同じように接してやってくれ)
【念話】を解除して、「それじゃあ、ナフタリア行こうか」と言う。
「はい」
さて、ツクヨが泣くまで無視してやる。
……無理はしてないからな。
してないからな。
というわけで、初めて門の外に出たわけなんだけど、凄いなと思った。
だって、緑が一面に広がっているんだから。
さてと、魔物討伐に行きますか!
さて、僕の愛刀である【妖刀村正】と【流天】の初めての戦闘。
僕も初めての戦闘なんだけど、そこまで怖くはない。
だって、ナフタリアとツクヨがいるからな。
取り敢えず、僕は【神降ろし】を使う。
どうやら【神降ろし】は使えば使う程、体に馴染み、器が成長していくらしい。
「じゃあ、ナフタリア。背中は頼んだよ」
「はい! 頼まれました」
ちょっと嬉しそう。
それから、ゴブリン、スライム、オークと戦って、クエスト達成出来る数をを倒した頃、ついにツクヨが泣いた。
何故、泣いたかというと、僕がナフタリアばかり褒めていたから。
どういう風に褒めていたのかと言うと、「流石だ、ナフタリア。やっぱり僕の相棒はナフタリアだけだな」とか、「ナフタリアと僕って、とても相性いいよな!」というような事。
それを何度も何度も、ツクヨに見せつけていた。
そうしたら泣いた。
というわけで、謝らなければ。
これは流石にやり過ぎたなと思っている。
そして僕は、謝ろうと思っていたら、先にツクヨが言ってきた。
「どうして、私の事を褒めてくれないんですか? 私、しずくさんに何かしたでしょうか? ……私、嫌でした。しずくさんとナフタリアが仲良くしていた事が、たまらなく嫌でした。なんで、私とは仲良くしてくれないのに、どうしてナフタリアとは、あんなに仲良くしているんだって。そう、ずっと思ってました。それに、しずくさんは私とは、目も合わせてくれないし、見向きもしないし、話もしてくれないし。嫌です。私、嫌です。これなら、しずくさんと会わない方がよかったです」と。
この子、想いが重いよ。
この子、将来ヤンデレになんかならないよね?
なったら、どうしよう。
僕、殺されちゃうよ!
そんな事を考えながら僕は、ツクヨを抱きしめてこう言った。
「ごめんな、ツクヨ。ツクヨは僕の事、どうでもいいんだと思ってしまったから、ツクヨを無視してた。僕は唯、腹が立ってしまったんだ。ツクヨは僕が言った事を何も覚えてくれないし、僕の言う事を聞いてくれないから。でもな、ツクヨ。僕は、君の事が大好きだよ。大好きだからこそ、こうして無視してしまったんだ。だから、その。これからも、ずっと一緒にいてくれよ」
「ごめんなさい。私、しずくさんに甘えてた。何をしても許されるって。でも、違ったんだね。あの、それでね、私もね、これからもずっとしずくさんと一緒にいたいです。迷惑をかけるかもしれないけど、頑張りますので、どうか私とずっと一緒にいてください」
「こちらこそよろしくな、ツクヨ。ツクヨもよく頑張ってくれた。ありがとう。ツクヨがいなければ、こんな簡単にクエストをクリア出来なかったよ」
……あぁ、やっぱりいいなぁ。
ツクヨは、やっぱり泣き顔やり、笑顔の方が似合うな。
それで、しばらく微笑み合っていると、背後から殺気が感じられた。
ナフタリアではない。
ナフタリアの殺気は、こんなに弱っちくない。
「誰だ!」
僕は、振り向きざまにそう言った。
「あなたがお姉ちゃんが惚れた男ね。……あなたはお姉ちゃんには似合わない。だから、死んで」
声から、女性だと思うのだが、黒いフードを被っているせいで、顔が分からない。
「なんで、死ななければならない? 【セーブ】」
最後に、小声で【セーブ】と言って発動させる。
「あなたに何も言う事はないわ、ハズレ勇者。」
ハズレ勇者と言っている時点で、この人は王族か、その関係者。
なら、逃げるのみ!
「ナフタリア、ツクヨ、僕に掴まって! 【MP還元】!」
【MP還元】の強化倍率を、100にする。
一か八かの勝負。
この速さをコントロール出来れば大丈夫!
「それじゃあね、バイバイ!」
僕はナフタリアとツクヨを抱きかかえて、門に向かって走る。
後ろを振り向かずに走った。
それで、しばらくしたら、門の前に着いたから、【MP還元】を解除し、彼女達を壁にもたれされる。
「はぁ、はぁ。何なんだ? あいつ。急に死んでとか言ってきて。僕、何か悪い事したっけな?」
「……」
「……」
「どうしたんだ、お前達?」
「少し寝かせてください」
「酔いました」
マジかよ、……まぁ酔うのは無理もないか。
だって僕は、敏捷が10000を超えるスピードで走ってたんだから。
MPの消費量は、3000くらいか。
やっぱり、長時間は使用できないな。
疲れた。
それにしても、何だったんだろう。
それに、あの黒いフード、あの男の人が被っていたのと同じだったな。
やっぱり、王族かその関係者か。
また、厄介な事に巻き込まれたのかもしれないなぁと僕も彼女達と同じように壁にもたれながら思った。