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翔(かける)との出会い

「あっ」

「あ・・・栞さん?」


人を避け、書架のコーナーをさまよっていた栞は、不意にかけると遭遇し、目が合った。


あまりにも恥ずかしい失敗をしたあと、調べ物の時間になったのを良いことに、栞は逃げるようにこの場所へ来ていた。まだ頭の中が真っ白で、自分のしてしまったことを受け止めることができなかった。


普通だったら翔に対しても目を反らして、その場を通り過ぎて、自分ひとりで悩み続けるところだっただろう。しかし、栞はいま誰かに依存しなければ自分が壊れてしまいそうだった。


そして目の前に翔がいた。話しかけたかった。もしかしたら、ごく最近同じ失敗をした同士だから、そうさせたのかもしれない。



「私、今日、恥ずかしいことをしてしまって・・・」


栞がそう言うと、翔は栞の穿いているブルマーに少し目を落としてから、言った。


「そんな、僕だって、きのう栞さんの前で派手に失敗しちゃって、恥ずかしかった・・・だから、ほら、お互い様だよ」


細身の身体で中性的な顔立ちの翔が浮かべる笑みは、爽やかだった。


《この翔くんが、おもらししちゃったなんて・・・》


栞は、翔が昨日失敗したときの情景を思い浮かべ、そして今の自分と重ねた。



「翔くんは、ここにどのくらい通ってるの?」

「もう半年以上になる・・・かな」

「そんなに長く?」

「でも無事に卒業していく人たちもいるよ。ほら、みづきさん」

「え、みづきさんって、最初の日に私が会った人よ。書架のところでおもらししちゃってた」

「あ、そうか・・・ごめん、違った・・・。でも卒業する人はいるよ」

「どうしたら卒業できるのかしら?」

「大きな失敗をすると、その集団の中で立ち直れなくなってしまいがちだけど、それを乗り越えるっていうのも課題の一つだって聞いたことがあるよ」

「失敗かぁ・・・私、恥ずかしくて、絶対に立ち直れない」

「僕だってはじめはそうだったよ。少しずつ慣れていくのさ」


ここで栞は、気になっていた疑問をぶつけた。


「でも、不思議なの。私、小学校でもおもらししたことなかったのに、さっきはほんとに我慢できなくなって、漏らしちゃった。それにみづきさんや翔くんまで・・・どうしていろんな人がおもらししちゃうの?」

「ああ、まず栞さんに言っておくけど、このセラピーでは『おもらし』のことを、『失敗』って言うんだ。おもらしって言うと、予めトイレに行っておかなかったり、水分を摂りすぎてたりと、その人の自己管理のせいにも聞こえるけど、このセラピーでのおもらしはそうじゃないからね」

「どういうこと?」

「よく分からないけど、レッスンでは毎回必ず、最初にお茶とお菓子をいただく時間があるじゃない?」

「あの、お茶とお菓子をいただいて、一人ひとり感想を1分で話すっていう? コミュニケーションの訓練だって恭子先生は言ってたけど」

「あの中に一人分だけ、利尿効果のすごく高いものが入っているらしいんだ」

「そうだったの?」

「でも、毎日入ってるわけじゃなくて、時々。それもその日は誰、って決まっているみたい。もちろん僕らには分からないけど」

「怖い・・・」

「うん。でも、考えてみれば、人生ってそういうものじゃないかな、って思うんだ。どんなに注意していても、自分にいつ、どんな災難が舞い込んで来て、どんな失敗をするかなんて、誰にも分からないじゃない? 避けようと思ったって避けられないことのほうが多いんじゃないかな?」

「そういうふうに考えられる翔くんって、もう今にも乗り越えられそうな感じね。私なんて当分ムリそうだし」

「そうかな? 僕もようやく、失敗しても割とすぐ立ち直れるようにはなってきたけど。でも、『あれ』って忘れた頃にやってくるでしょ? その日、漏らす、いや失敗するのが自分だって分かったときは、まだ頭が真っ白になっちゃう。昨日もそうだったし・・・」

「じゃあ、翔くんもまだ出られないの?」

「たぶんね」

「よかった・・・」

「でも、僕は出る方法を考えようなんて思わないんだ。ここでの失敗の経験を通して自然に分かってくる気がする。それを待とうって、今は思ってる」

「すごい。私なんて、また失敗したらどうしようって思っちゃう」

「僕だって、栞さんのような綺麗な女の子の前で、また失敗するなんて思うと、顔から火が出るほど恥ずかしい。でも、それは必ずまた来るものだから、しょうがないよ」

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