借金取立人と町長その2
空がうんと高く見えるような青空に、赤黒い雲が浮いていた。黄色い太陽は口から緑色の何んだかよく分からないものを吐き出している。
グランデとバッソは、ショッキングピンクに塗られた格子門をくぐってその街に入った。両開きの大きな門ではなくて、脇にあるドアみたいな方だ。
門から真っ直ぐ伸びていくクリーム色の大通り。
歩道と車道の間には、等間隔で街路樹が植えられていた。歩道の右側には普通の家や保育所や公園が、スペースの有効活用とか、そんなこと考えられていないように雑多に置いてある。
ふと、右側の公園から子供たちのはしゃぐ声が聞こえて来た。
それと同時に、グランデとバッソの前に何かが転がってくる。目で追うと、それは表面に凹凸のある少し歪な丸形で、一部に明るい茶色の毛が生えていて、黒い穴が二つ並んで開いていた。
「あー、ごめんなさーい!」
転がって来たものがそう言いながら二人の前を通り過ぎる。そしてそのすぐ後に、七、八歳くらいの男の子の物と思われる身体が走って来た。
男の子の身体は、運良く木の根元に引っかかって止まった転がって来たものを拾い上げると、グランデとバッソに向き直る。
「あれ!? よく見たらグランデさんとバッソさんだ!」
男の子の手の中に収まっている転がって来たものが嬉しそうに言った。身体がトコトコ近付いてくる。
「ぼく、ガーです! 覚えてる?」
「……あ」
バッソがポンと手を叩いた。
「ガー君だったんだ。大きくなったね、気付かなかった」
グランデが言うと、ガーと名乗った男の子はどこか得意げに胸を張る。
「背が大きくなりたくて、毎日牛乳飲んでるんだ! グランデさんにはまだ全然届かないけど……」
「そのうち伸びるよ。個人差はあるけど」
「わかった!」
男の子は身体ごと大きく頷いた。
「おーい、ガー! 何してんだよー!」
「あっ、ごめーん! 今行くー!」
公園の方から別の男の子の声が聞こえて来た。彼と一緒に遊んでいた子供たちのようだ。
「グランデさんとバッソさんも一緒に遊ぶ?」
そう言って、少年は手に収まっているものを前に突きだした。
「頭転がし。する?」
目玉の無い男の子の頭はそう言って笑う。
目玉は男の子の着けているブレスレットにぶら下がった透明なケースに収まっていた。右手首と左手首に一つずつ。
「これから町長さんに会わないといけないから、また後で来るよ」
「……」
バッソも頷いた。
「そっか。じゃあまた後でね! 絶対だよ! ショウ君の手でキャッチ拳もするから!」
男の子は大きく手を振りながら仲間たちの方へ戻っていく。グランデとバッソも手を振り返した。
それから数十分後、二人は町役場の応接室で革張りのソファに座って札束を見ていた。
向かいには、二人掛けのソファの背もたれにぐでっと寄り掛かって座る小さな女性がいる。彼女がこの町の町長だ。
「……」
バッソがグランデの方を見て頷く。
「はい、確かに。ではこちらにサインと判子をお願いします」
「はーいはいっ」
町長は跳ねるように身を起こし、グランデの差し出したペンを手に取り紙に走らせた。
「ほほいのほいっ……と。これでええかー?」
『セツ』というサインの横に判子も押し、町長が書類を差し出す。
「はい、確かに」
グランデとバッソはそれを確認すると、頷き合って、書類を鞄に仕舞った。
町長――セツがまた、ソファの背もたれに寄り掛かる。
「はあ~、ちかれた。おまはんらが来ると変な力使うわあ~」
「さっき子供たちに会いましたけど、みんな大きくなりましたね」
「スルーかーい! まあええけど……」
唇を尖らせたセツはうーんと伸びをして首をコキコキ鳴らした。
「せやろ? 最近は他の町からの移住者も増えてなあ。この前、保育園と公園をまた一つ作ったんや」
「なるほど」
得意げに胸を張るセツに頷いて、グランデは先程子供たちに一緒に遊ぼうと誘われたことを話した。
コーヒーを一口飲む。
「美味しいです」
「……」
隣で紅茶を飲んだバッソも頷く。
「ウチの秘書がわりみたいな職員がお前らのこと気に入ってんねん。おかげで役所の紅茶とコーヒーはモーどんどん高級品になって、どんどん美味くなっていってんのや。経費はかさむけど、本当に美味くてグレードダウン出来へんのが憎いところやなあ」
「苦情とか来ませんか?」
「税金使ってるからか? これくらいええやん、温泉とか避暑地に旅行しとるんやあるまいし。毎日頑張っとる職員たちへのねぎらいや」
そう言って、セツは自分もコーヒーを飲んだ。一つ二つ満足げに頷く。
しかし、そんな楽し気な様子も束の間で、不意にセツの顔が強張った。変化に気が付いたグランデとバッソは、顔を見合わせてから、同時に首を傾げる。
「……秘書で思い出した。思い出してもーた……。あー……お前ら、そのう……最近首吊りの所には行ったか?」
「首吊り……。ああ、ツーさんの」
セツの問いに、グランデとバッソは頷いた。
「つい一か月前くらいにうかがいました」
「……ふ、ふーん。……どうやった?」
「何が?」
「なっ。あー、そのー……せや! 町の様子とか、住民のこととか! どんな感じやった!? あそこは辺鄙な所やからなー! ここと違って小さい町やし! 町長は鈍臭いし! 何より姉さんがおるしな! 心配してやっとんねん!」
「皆さんお元気そうでしたよ。ツーさんもジュウさんも、住民の方々に好かれてるみたいですし。お二人で協力して、町づくりをしているみたいです」
「うっ……。ふ、ふーん! さよか! でもなー! やっぱり心配やなー! 今度休みでも取って……」
「セツさん」
コーヒーを飲んでいたグランデがセツの大きな独り言を遮った。
「別に分かってますから。ツーさんに会いたいって言って良いんですよ」
「…………」
はぁあ……! と、セツが息を呑む。その顔は、みるみる内に真っ赤になっていった。
グランデとバッソはカップで口元を隠しながらその様子を見守る。
「ち……」
たっぷり三十秒ほどの間があって、ようやくセツの口から音が出た。
「ち、違うねん! ウチはこの街の町長やで!? なんであんな奴に会いたいとか、そんな……!」
ブンブンとセツが大きく首を横に振って、両の手をバタつかせる。
「ちゃうねん……。ウチが会いたいのは姉さんで……、もう、いらん写真付きの手紙とか寄越すから……。ちゃうねん……」
首と手を振りながら、セツはうわごとのようにそんなことを繰り返し口にした。
すると、
「ちゃうねん……」
唸り声と共に、セツの右手が外れて床に落ちた。
「ちゃうねんて……」
次は左手がゴトっと音を立てて正面のテーブルに落ちる。
「ううう~……」
その次は首が太ももに落ちた。それでも、セツの唸りは止まらない。
「ううう~!」
「セツさん、両手と頭が落ちてます」
「ううう~! つけ直して!」
グランデが言うと、もはや涙目になっていたセツは両腕を前に突き出した。赤い肉と白い骨の色が実に鮮やかだ。
グランデとバッソは立ち上がり、せっせとセツの手と頭を元の位置に戻す。
「はあ~……。もう! もうええ! もう知らん! 首吊りの町のことなんかもう知らんのやからな!」
五分ほど経ってある程度手と頭がくっつくと、セツはそう言いながら勢いよく立ち上がった。
「月曜に休みもろうて行くんや! 自費でな!」
「行くんですか」
「自費でな!?」
こぼれ出そうなほど目を大きく見開いてセツは言う。
それから突然、屈伸や伸脚、ストレッチを始めると、キッと睨むようにグランデとバッソを見た。
「ほらほら、もう仕事は終わりや! これからチビッ子の所に行くんやろ!? ウチも行くから早く支度しいや!」
「了解です」
「……」
頷いて、二人はコーヒーと紅茶をキッチリ飲み干すと、ソファから立ち上がる。
「早く!」
「はいはい」
頭をグラグラ揺らしながら走る町長を先頭に、グランデとバッソは役所の廊下を走った。