診断
「えっと……具体的に、俺は何をすればいいのかな……」
しかし、ナミは何か躊躇しているようだった。
「あの……沖田様は、仙人様……ということは、医学の知識もお持ちなのですか?」
ユリが遠慮がちにそう尋ねてきた。
「医学? ……いや、残念ながら医者じゃないからね……」
その答えに、三人娘は一様に暗い顔となる。
「……一応、父親が人の怪我を治す仕事してるし、俺自身、医者目指して勉強はしているんだけど……」
「えっ……じゃあ、今『見習い』ぐらいってことか?」
「いや、そこまでもいってないよ。良くてまね事ぐらい……」
「まね事でも構わないっ!」
ナミが必死の形相でこちらを見てくる。
後の二人も、驚いたような、すがるような目だ。
この瞬間、俺は「しまった!」と思った。だが、もう遅い。
「……私達の父が、病で伏せっているのです。藩内のお医者様に見て頂いても、はっきりした原因すら分からなくて……」
ユリは既に涙目だ。
……やっぱり、こういう話になったか。
「お願いします、出来るだけのお礼はしますから、診るだけでもお願いできませんか?」
うーん……美少女三人からそうすがられると、何にもしないわけにはいかない。
決して、彼女たちの『出来る限りのお礼』にちょっと惹かれたとか、そんなわけではなくて。
「分かった、とりあえず診るだけなら……ちょっと、それなりの支度してくる」
俺はそう言い残して、一旦現代に戻ることにした。
約三十分後、俺は再びこの地に舞い戻った……といっても、ゲートを通っただけだけど。
そこでは、ナミだけが待っていてくれた。
後の二人は、既に自宅に戻ったという。
荷物は、全てリュックに詰めてきたのだが、荷物を運ぶといえば風呂敷が常識のこの時代、そのリュック自体にも彼女は興味を示していた。
それから約、十分ほど歩いて辿り着いたその屋敷に、俺は思わず
「大きい……」
と呟いてしまった。
立派な門構えに、蔵が三つほど見える。
三姉妹の身なりから、普通の農民の娘ではないのかな、と思ってはいたが……。
「ひょっとして、君たちは、さっき言ってた『なんとか家』の娘?」
「ああ……剛田部家、この屋敷の者だ」
そして門の前まで行くと、使用人と思われる初老の男が、
「ようこそいらっしゃいました、先生」
と深くお辞儀をしてくる。
うん、どうやら先に帰った二人が、俺の事を『医者が来る』と皆に報告していたようだ。
門から屋敷までちょっと歩いて、玄関を上がった後もまだ歩く。
その間、すれ違ったり案内された使用人の数、計五人。
なんでも、剛田部家は代々続く庄屋で、大地主でもあるらしい。
使用人の方々は皆年配で、礼儀も行き届いている印象だった。
そして、一番奥の部屋に案内された。
「父上、新しいお医者様をお連れ致しました」
ナミがそう挨拶する……うーん、なんちゃって医者の俺としては、ちょっと心苦しいものがある。
中から男性の声があり、彼女が障子を開けて、俺は中に入れてもらった。
そこにいたのは、布団に横たわった中年の男性と、ユリ、ハナの姉妹だった。
彼は俺を一目見て、
「……ずいぶんと若いお医者様だ……」
とだけ言った。
かなり痩せており、あまり気力が感じられない……ゆえに、その一言がどういう意図で言ったものか、判断が付かなかった。
「……先生、わしが後どれほど生きられるか、それだけでも教えてくださらんか……」
うーん、ずいぶん弱気になっているようだ。
彼の名前は『剛田部銀治郎』、数え年で四十になるという。
妻は十年以上前に、病で亡くしているとのことだった。
この重々しい空気……こんな中、医者でもない俺なのに、診察するのか?
三姉妹の方を見るが、一様にすがるような目のままだ。
こうなっては仕方が無い、出来る事をするまでだ。
俺はリュックから、いくつかの小道具を取り出した。
聴診器、体温計、ペンライト……。
一同、見たことも無いそれらの奇妙な道具に息を飲んだ。
「……めずらしい道具をお持ちですな……」
彼女らの父親も興味を示したようだ。
「はい、仙界……正確には、今から三百年後の世から持ち込んだ品々です」
「なっ……三百年!?」
俺の一言は、ナミにも、他の二人の姉妹にも、衝撃を与えたようだった。
そして俺は、まず問診を開始した。
具合が悪くなったのはいつごろか。
どこか痛むところはないか。
食欲はあるのか、夜は眠れるのか。
細かくメモを取っていく。
その姿に、三姉妹も父親も、俺のことを本物の医者と信じ始めたようだった。
実のところ、俺の『医者を目指している』という言葉に嘘はない。
父親は『柔道整復師』の資格を持っているのだが、俺にはさらに上の『整形外科医』の資格を取って欲しいと望んでいるのだ。
整形外科医になるには、いわゆる『医師免許』が必要になる。
まあ、それは大学の医学部に入ってから勉強をすれば良いのだが、子供の頃から医者になることを期待されていた俺は、気がつけば医療に興味を持つような環境に置かれていたのだ。
聴診器は、中学生の時に誕生日プレゼントとして買ってもらった物だ。
ふつうこんな物をプレゼントする親はいないが、それで俺が大喜びしたのだから仕方が無い。
また、普段から医療関連の書籍やネットでの調査を趣味としていたので、多少は知識があるのだが、もちろん素人レベルだ。
それでも、触診や聴診器を用いた診察を診て、この場の人たちは俺を医術の心得のあるものだと信じて疑わなかっただろう。
そして、俺はある病気を疑い始めていた。
それは、ごく簡単な検査で分かる。
足を組ませ、膝の下のくぼみをゴムハンマーで叩く。
しかし、彼の足が跳ね上がることが無かった。
「……脚気だっ!」
俺は大きく言葉に出した。
「わ……分かったのか!?」
ナミが心配そうに声を上げた。
俺は彼女をみて頷くと、
「銀治郎様、最近、白米だけ食べて、玄米を食べたことがないのではないですか?」
「玄米……確かに、いや、それどころかここ数日は白米のおかゆしか口にしておりません」
「おかゆ? ……それじゃ逆効果だ、えっと……この病は、食べ物を変えれば回復に向かいます。今言った玄米や、あと蕎麦なんかもいいです。その他には、ぬか漬けとか……食欲があまりないかもしれませんが、なんとか頑張って食べてみてください」
「……確かに、今言われたものはこの数ヶ月……いや、一年以上ほとんど食べておりませんが……それだけでいいのですか?」
「はい、それで回復してきますが……念のため、サプリメント……いや、お薬を持ってきます。そうそう、鰻なんかも良いですよ」
「うなぎ……いや、でもウナギはまずいので……」
「まずい? 鰻の蒲焼き、お嫌いなのですか?」
「蒲焼き?」
「……ナミ、鰻ってこの地方では、どうやって食べているんだ?」
「どうって、ぶつ切りにして串に刺して……」
「……もういい、わかった。ちょっと俺、現代……仙界に行って、銀治郎様によさそうな食材、集めて来るよ」
「あ、ああ……それで、父上の容態は……」
「さっき言っただろう? 食べ物に気を付ければ、すぐに良くなるはずだよ」
と、俺が笑顔で告げると、三姉妹はほっとしたような、狐につままれたような、そんな表情をしていた。
その後、俺は宣言通り、現代に戻ってスーパーで鰻の蒲焼きとか、玄米がゆのレトルトパックとか、彼の回復に良さそうな物をたくさん買ってきて持ち込んだ。
特に蒲焼きを炭で温め直して、タレをかけて鰻丼にしたものは、三姉妹にも大好評だった。
そして、なぜこんなに簡単に食材を集められるのかと聞かれて、俺は正直に、仙界とは、つまり三百年後の世界であることを告げた。
そしてこの力は神の化身により与えられた物であり、七日後には失われてしまうことも。
その話……七日後には会えなくなる、という部分を聞いて、三姉妹はちょっと悲しそうな顔をしてくれたのが嬉しかった。
きちんと食べられたのが良かったのか、あるいは生き伸びられるという希望を持てたのが嬉しかったのか、父親も幾分元気になり、俺は三姉妹と使用人達から歓迎された。
特にこの村は、海にも比較的近いと言うことで、鯛や伊勢エビなんかを使ったご馳走まで食べさせてもらって……食材の値段だけだとずいぶん得をした。
ただ、ナミだけが少し、申し訳なさそうな顔をしていた。
「なんだ、なにか悩みでもあるのかい?」
「あ、ああ……実は、もう一つ、お願いしたいことがあるんだ……」
「えっ、もう一つ? ……まあ、俺に出来る事なら」
「ある『獣』退治に協力して欲しいんだ」
「獣?」
「そうだ。通り名は『山嵐』、村に多大な損害をもたらし、そして私達の友の命を奪った、憎むべき『仇』だ……」
そう語るナミの形相と言葉の内容に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ――。




