九話
「……まさか、レオンハルト王子がスタルジックにお越しになるとは思いませんでした」
「このような事になってしまい、本当に申し訳ありません」
レストがアーガスト王、つまりは私の義理の兄上になる人と面会をしてから、しばらくして呼び出しを受けてしまった。
さすがにお忍びと言う事であまり多くの者達には知らせられないと言う事で王城の一室でわずかな人数での面会となったわけだけど、アーガスト王やスタルジックの者達は頭が痛そうだ。
それはレストを始めとしたシュゼリアの者達も一緒のようでレストはスタルジックの者達に深々と頭を下げているのだけど、レストが頭を下げる度にスタルジックの者達の顔が引きつって行く。
「レスト、頭を下げるのを止めたらどうかな? どうも、皆、気が気じゃないみたいだし」
「……どの口が言うんだ? お前が馬車に紛れ込んでいなければこんな事にはなっていないんだ」
「何を言っているんだい。周囲を警戒していたレストの手の者は気が付いていたと思うけど」
スタルジックの者達の事を考えて言ったはずなのに睨まれてしまったよ。
ただ、スタルジックの者達は私の意見に賛成してくれたようで大きく頷いてくれる。
まったく、レストも自分の欠点を理解して欲しい物だね。
ここでこれ以上、何かを言うとまた睨まれてしまうから言わないけど。
「それでザシド先生に会いたいのですが……城下ですか?」
「……なぜ、そうなる?」
「いや、ザシド先生なら城下で美味しいケーキを探していても不思議じゃないだろ?」
睨まれる事はなれているとは言え、長時間はさすがの私でも心臓に悪い。
そのため、本題に移ろうとわざとらしくないくらいに表情を引き締めてザシド先生の居場所を聞く。
居場所はなんとなく言ったまでなんだけど、私の言葉にスタルジックの者達の空気がわずかに張りつめる。
どうやら、ザシド先生はずいぶんとスタルジックを満喫しているようだ。
しかし、私も甘い物は嫌いではないけどそこまでザシド先生を突き動かす物は何なんだろうね。
レストもスタルジックの者達の空気に状況は察したようだけど認めたくないようだ。
認めたくないにしてもザシド先生の気質はレストが誰よりも知っているはず、だから、ため息交じりでわかっているなら聞くなと言う。
レストの表情は小さく歪むのだけれどこれに関してはこの場にいる人間で私以外は気が付いていないようだ。
ただ、レストの空気が変わった事はわかる人間がいるのか空気が少し張りつめる。
「……アーガスト王、ザシド先生は何を?」
「たぶん、レスト殿とレオンハルト様が思っているような事を」
「……そうですか。申し訳ありません」
状況を正確にとらえようとレストはザシド先生のスタルジックの行動について聞く。
アーガスト王はレストの顔が直視できないのか視線は泳がせながら私の推測を肯定するのだけど、なぜだろうね。
レストが謝罪の言葉を言うたびにスタルジックの者達の空気が凍り付くのは、さすがに少しだけ可哀そうに思えてきたよ。
「いえ、それにザシド殿は城下に行く度にメリルを喜ばせようとケーキなどを買ってきてくれます。メリルも喜んでいるようですし、それ以外にも私達が聞こえていない民の声を聞いてきていただけますから感謝はしているんです」
「それはそうだね。王族や国を回す者達が聞けない民達の本音を聞くのは身分を隠して城下に潜り込むのが1番だ」
「そうだとしてもザシド殿に何かあってはシュゼリア王に申し訳が立ちません」
ザシド先生からもたらされる民の声にはアーガスト王も感謝しているようだけど、やはり、ザシド先生の身の安全は気になるようだ。
元々、ザシド先生は平民出身だからその辺の情報収集能力は高い。
それに元教授と言う肩書きの割には頭でっかちなわけでもない。
自分の身を守る術ぐらいは持ち合わせている人だ。
下手をすれば捕まえようとする人間が返り討ちに遭う可能性だってある。
私はあまり心配はいらないと思うのだけど、シュゼリア王国の重要人物となればスタルジックの者達からすれば大問題だろう。
「その件に関しては私からザシド先生にお話をさせていただきます。メリル様を連れて歩き出されては困りますし」
「お願いいたします」
「無駄だと思うけどね」
レストはザシド先生に城下に出ないように話をすると言っているが、私は聞き入れて貰えるとは思えない。
思っていた事がため息と同時に漏れてしまった。
私の言葉にレストは無言で私へと視線を向けるのだけど彼自身説得が無駄だと言う事は誰よりも理解しているはずだ。
私やレストはザシド先生の教え子の中で最も彼の教えの影響を受けていると言える。
「だとしてもだ」
「無駄な事をして労力を使うなら自由にさせたら良いと思うけど、ザシド先生は私に城下の歩き方を教えた人だよ。下手に口を出したら返り討ちだろ?」
「……」
元々、教授と言う立場で多くの人間に勉学を教えていた人が相手だ。
それもレストは優等生と言われる枠にいた人間。
ザシド先生相手にかなうわけがない。
それは私も同じであり、ため息しか出てこない。
1人だけ、ザシド先生を説得もとい黙らせる事ができそうなのも知っているけど、そいつはこの場にはいない。
まあ、説得と言うか会話が成り立たないからザシド先生が諦めると言った感じで折れると言うのが正しい認識だろうか?
取りあえず、アーガスト王を始めとしてスタルジックの者達が頭を抱えているのだから適任者がいるわけもない。
「だからと言って、そのままにしておくわけにも行かないだろう? そのままにしておいて何かあれば問題だ」
「どうせ、出て行っちゃうんだから、ザシド先生の邪魔にならない人間を同行させたら良いよ。スタルジックには甘い物が好きな女性の騎士や兵士はいないのかな?」
「いるにはいますが、能力的にはさほど期待が」
女性が同行した方がケーキ屋や喫茶店などは入りやすい。
レストもそれはわかっているためか、この意見には何も口を出しては来ないけどアーガスト王は同行させる者が選べないようで難しい表情をしている。
「それでも何もしないよりはマシですよ。後は同行させる時は騎士鎧とか重装備をさせないようにね。目的は戦う事じゃなく、ザシド先生が襲われた場合に無事に逃がす事、先生が逃げるだけの時間や城下にいる警備兵がくるまでの時間を稼げれば良いんだから」
「……確かにそうか」
「無理に抑え込まないでザシド先生が行きそうなところに巡回の兵士を歩かせれば良い。今は国王が代わっているし、治安維持の名目でどうにかならないかな?」
私の提案にレストやアーガスト王は一理あると言いたいのか小さく頷いている。
実際、この方法は有効だ。
私がシュゼリアの王都でザシド先生にやられている方法だからね。
自分で言うのも悲しくなるけど、シュゼリアの王都で私が行く先々には警備兵の巡回は多い。
気になって兵を問い詰めたところ、白状したんだけど。
自分の立場がわからないほど愚かではないし、わかってからは彼らは私の情報源の1つだ。
重宝しているし、公務を取り仕切る上で強力な協力者だ。
「しかし、ザシド殿の立ち寄りそうな場所に私達は心当たりがないのですが」
「そこは大丈夫。レストがいるから」
「……不思議と地図さえ見せていただければ、ザシド先生がどこに行くかわかる気がする。アーガスト王、申し訳ありませんが城下の地図を」
アーガスト王達、スタルジックの者達は困り顔だけど、ここにはザシド先生と同類の味覚を持ったレストがいる。
私の言いたい事をレストは理解したようで大きく肩を落とすのだけど反対意見は無いようで地図を要求する。
アーガスト王は頷き、臣下に地図を持ってくるように指示を出すとすぐに地図が運ばれてくる。
レストはその地図を眺めるとぶつぶつと言いながら、地図に印を書き込んで行く。
「レオンハルト様、助かりました」
「いえ、こちらこそ、アーガスト王にご迷惑をかけてしまったみたいで申し訳ありません」
「別に迷惑と言うわけでは私も忙しくなって、メリルの相手をできなくなってしまったため、ザシド殿がメリルの側にいてくれるのは安心できるので」
1つ問題が解決した事にアーガスト王は安心したのか胸をなで下ろしている。
年はさほど変わらないアーガスト王が国を動かす重責の1つから解放され様子に未来の自分を重ねてしまう。
私も将来、このようになるのかと思うと他人事のようには思えない。
苦笑いを浮かべながらアーガスト王を労うと彼は少しだけ気恥ずかしそうに笑う。
その笑みから彼が妹であるメリル王女を大切にしている事は私でも容易に想像がつく。
「……良い娘なんでしょうね」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。後、巡回兵についてなのですが、いくつか提案してもよろしいでしょうか? 治安を良くするためや民の声を聞くためにもやっておいて損はないと思いますけど」
民のために実の父親を追い落とした若きスタルジック国王。
そんな彼の大切な妹。
元々、レストが選んできて父上に進言した姫だ。
悪い子ではないと言う事は理解しているつもりではいたけどね。
ただ、愛する事ができるとは思えないけどね……