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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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六話

父様を捕らえて兄様が王様になった事は瞬く間に国中に伝わりました。

兄様は以前から多くの準備をしていたようであり、反乱で父様を追い落としたため、多くの反発があるとも考えていたようですが悪政を強いていた父様から国王が兄様に代わった事に多くの民達が好意的な態度を示してくれているようです。

兄様はすぐに父様や姉様達が無駄使いで買いあさった宝石や服を売り払い、父様達とともに国を傾けていた者達の財も回収し、苦しんでいる民達へと分配したようです。

シュゼリア王国からも国境沿いに支援金は運ばれていたようで反乱がなった事ですぐにスタルジックを動かす資金を手に入れたようです。

父様はスタルジックが属国になると叫んでいましたが『ザシド=レンディル』殿を中心としたシュゼリアから派遣された方達はスタルジックの者を見下す事もなく、全力で協力してくれているようで関係は良好らしいです。


らしいのですが……なぜか、スタルジックから派遣された方達の代表であるザシド殿が険しい表情で私の目の前に立っています。


「あ、あの」


部屋のドアをノックされて、兄様かと期待してドアを開けてしまった事を後悔しています。

ザシド殿の噂話は私の耳にも届いてきています。ザシド様は父様より、少し年上らしいのですがまだ独身らしいです。

元々は教師として教鞭を振るわれていたそうですが、5年前のスタルジックやシュゼリアを含めた国々を襲った流行り病がきっかけでシュゼリアの内政に重用されるようになったと聞きました。

今ではシュゼリア国王の右腕と言われている方らしく、そのような方を送ってくれた事に兄様や臣下の者達は驚いていたと聞きました。

そんな、方がなぜか私の部屋を訪れました。


……状況がわからないです。


何があったかわからずにザシド殿に声をかけます。

声が震えてしまいました。


「……先日、レスト=レクサスから、このような物が届いた」

「レスト殿からですか? あの、ザシド殿とレスト殿は」

「レスト=レクサスは私の教え子だ」


ザシド殿は険しい表情のまま、手にしていた箱を開けて見せてくれる。

箱の中には先日、ケーキが入っていました。レスト殿が送ってくれたのだと嬉しく思いましたが……なぜ、ザシド殿がケーキをと言う疑問が頭をよぎります。

レスト殿とザシド殿の関係が気になり、思い切って聞いてみるとレスト殿の関係を話してくれる。


レスト殿の先生?


レスト殿のお知り合いと聞き、少し安心したのか肩の力が抜ける。

ザシド殿は部屋に入って良いかと聞かれてすぐに頷いてしまいました……ケーキの魅力に釣られたわけではないです。


「あの、ザシド殿」

「どうかしたか?」

「ケーキを届けてくれたのは大変、ありがたいのですけど……お仕事の方は?」


お部屋の中央のテーブルを挟んで座る。

ザシド殿は手際よく、ケーキを並べてくれます。

このような方にケーキを並べていただいて良いのかわからずに身体が強張ってしまうのですが、この方はシュゼリアの代表、私と一緒にケーキを食べていても良いのでしょうか?

そんな疑問が頭をよぎり、小さく手を上げる。

私の疑問にザシド殿は手を止めた。


怒らせてしまったのではないかと思い、背中に冷たい汗が伝います。


「私が出る必要はない」

「必要はない?」

「うむ。メリル様の兄上のアーガスト王は優秀だ。今は私が何かを言う状況ではない」


どういう事かわからずに聞き返すとザシド殿は兄上を高く評価してくれているようで小さく笑みを浮かべてくれる。

兄様が褒められた事が嬉しくて笑みがこぼれてしまいました。


「嬉しそうですね」

「はい。嬉しいです……すいません」


嬉しいかと聞かれてすぐに頷いてしまう。

ザシド殿はそんな私の姿が面白いのか口元を緩ませており、恥ずかしくなってしまいました。


「いや、気にする必要はありません。どうも、私の教え子は腹黒かったり、興味のある物にしか反応しなかったり、勝手に悪い方向に考えて悪循環に陥ったり、表情が変わらなかったりとメリル様のように感情豊かに笑ってくれる者がいなかったので新鮮だっただけです」

「は、はい」


バツが悪くなってしまった私を見て、ザシド殿は気にする必要はないと笑うと並べ終えたケーキを食べるようにと促してくれます。

返事をして、フォークに手を伸ばし、ケーキを1口大に切り、口の中に頬張る。


……美味しいです。

レスト殿が送ってくれたと言う事はこれもミルアさんのケーキなんでしょか?

でも、ザシド殿がミルアさんとお知り合いとは限りませんし。


「……うむ。まだまだ、ベルダーの腕には及ばないが美味い」

「ベルダー?」

「このケーキを焼いた者の父親だ。私はその者のケーキが好物だったんだ。良く学生に出した宿題の点数を付けるのに通ったものだ」


その時、ザシド殿はケーキを評価が聞こえる。

私には充分に美味しいものなのですが、ザシド殿のお口をうならせるには不足のようです。

このケーキよりも美味しい?

……少しだけ興味がわいたわけではありませんが、ザシド殿の口からでた『ベルダー』と言う方の事が気になりました。

ザシド殿は昔を懐かしむように笑うのですが、その笑みは少しだけ寂しげに見えます。

それ以上の事は聞けずに私はケーキへとフォークを伸ばします。


「あの、レスト殿はどうして私にこのようにしてくれるのでしょうか?」

「このように? それはいったいどういう事かな?」

「私のような者にも気を使っていただけていますので」


ザシド殿と何を話して良いかわからず、共通の知り合いである無表情なレスト殿の名前を出します。

私の質問にザシド殿は小さく首を捻ると質問の意味を確認するように聞いてきます。

小さな疑問……先日まで、私は王城の隅の部屋で生活をしていました。

兄様以外の人とはほとんど触れ合う事もなく……そんな私を始めからスタルジック王女として見てくれた方。

表情からは何も読み取れない事もあり、レスト殿が何を考えているかは私にはわかりません。

レスト殿の先生だったザシド殿なら何かわかるのではないか?

そんな考えが頭をよぎったからです。


「ふむ……なかなか、好奇心は旺盛」

「あ、あの?」

「いや、なんと言うか、レスト=レクサスは改めて優秀だと思っただけだ」

「は、はあ」


それなのにザシド殿は私の質問に答える事無く、レスト殿を褒めています。

どうして良いかわからずに相づちを打ってしまった時、ザシド殿は私を見て笑う。


「どうかしましたか?」

「性格はまったく違うが、あなたが持つ雰囲気がレオンハルト=シュゼリアと重なったと言っていた」

「私とレオンハルト様が似ている?」


ザシド殿の笑みの理由がわからずに聞き返すと思いがけない名前が聞こえました。

レオンハルト=シュゼリア様、シュゼリア王国の次期国王様で私の婚約者。

その彼にレスト殿は私が似ていると感じているそうです。


「どういう事でしょうか?」

「それは私にはわからない。ただ、レスト=レクサスはこうも言っていた。メリル様のかけた部分を埋められるのはレオンハルト=シュゼリアであり、逆もまた然りと……私としてはあの不出来な生徒がそのような事をできるとは到底思えないが」


それに次期国王様を不出来と言うのは問題がないのでしょうか?


どうやら、レオンハルト様もザシド殿の教え子らしいのですが……意味がわからないです。

何も与えられずにただ生きてきた私とレオンハルト様が同じなわけがありません。

私には兄様以外何もないし、誰もいないんですから……


「ふむ……そうだった。本題を言うのを忘れていたな」

「本題ですか?」

「そうだ。明日から、メリル様がシュゼリアに行く間、私がメリル殿の基礎学力を上げるために協力する事になった」


自分には何もないと言う事実を再確認した時、ザシド殿は私の家庭教師になると告げる。

ザシド殿が私の先生? 今までの先生はどうしたんでしょうか?


「……手におえないと言われた」

「そ、そうですか? 申し訳ありません」

「いや、今のは性質の悪い冗談だ」


先日まで私に多くの事を教えてくれた方はどうしたのだろうと思っているとザシド殿は真顔で言う。

私は今まで王城の隅の部屋に閉じこもっていたため、知識が少ない事は理解している。

見捨てられても仕方ないと思ってしまったのですが、ザシド殿はすぐに否定してくれました。


「そうですか……良かったです」

「これは私のわがままだ。教職から離れて時間も経ってしまったからな。久しぶりに誰かに物を教えたくなった。最後の生徒として私の相手をしてくれないか?」


否定していただけた事にほっとしてしまいます。

ザシド殿は表情尾を引き締めると私に向かって深々と頭を下げるのです。


私がザシド殿の生徒? 良いのですか?

自分で言うのも恥ずかしいのですが、あまり、頭は良くないですよ。


「あの、私で良いのですか? 私はあまり……」

「メリル様は自分を卑下し過ぎだな。明日からよろしくお願いします。メリル様」

「はい。よろしくお願いします。ザシド先生」


ザシド殿にお勉強を見られて、私のできの悪さを知られるのは恥ずかしいです。

ですが、ザシド殿は気にする必要はないと笑ってくれました。



……期待を裏切らないように頑張ろうと思いました。


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