五話
レストからスタルジックの王女と婚約の話を聞かされたわけだけど、父上達からは詳しい話はない。
私の婚約者の話だ。私が知らないのはおかしいのではないかと詰め寄ってみたのだけど、私に言う必要はないと言い切られてしまった。
……いや、私は当事者なんだよね?
身内から聞き出せない事もあり、レストとともにスタルジックに足を運んだ者達にも話を聞いてみたのだけど誰も私の疑問に答えてはくれなかった。
レストも後日、報告書を持ってくると言ったのにあれ以来、音沙汰もない。
調べてみるとどうやら、私に聞かせないようにとかん口令がしかれているらしい。
完全に私はこの話から外されているため、話を聞き出す相手をレストへと決める。
付き合いの長い、レストを籠絡する方法は成否を問わなければいくらでも考えられる。
そう思い、何とか作った時間を使ってレクサス家の屋敷に顔を出す。
レストは書斎で仕事をしているだろうから、その前に情報収集も兼ねてこの屋敷のメイドであり、あの表情筋が固まりきったレストに見初められた次期レクサス家夫人の『ミルア=カロン』ちゃんに声をかけると決め、厨房に向かう。
厨房を覗くと彼女は愛するレストのために彼の大好きなケーキを鼻歌交じりで焼いている。
「ミルアちゃん、聞いてよ。レストが酷いんだよ」
「……レオンハルト様、見てわかりませんか、私は忙しいんです」
念のため、レストがいない事を確認してから厨房に入り、笑顔でレストにいじめられたと訴えてみるのだけど彼女の反応は冷たい。
さっきまで鼻歌を歌っていたのに眉間にしわまで寄せる始末だよ。
これでも次期国王だよ。それなのにこの扱いなんだから、信頼って本当に大切だと思うよね。
ため息が漏れてしまうけど、今はあまり遊んでいるヒマはない。
それより、ミルアちゃんはドMの変態だから、ドSの私と相性が良いと思っていたんだけどね。
ミルアちゃんいわく、方向性が違うらしくて私の相手はあまりしてくれない……まあ、友人のレストの想い人を独占するわけにもいかないから別にかまわないんだけどね。
ただ、私も婚約者のメリル=スタルジックの事を調べないといけない。
私もそれなりに調べてみたんだけどね……なぜか、メリル=スタルジックが表舞台に出てきたと言う記録がない。
兄が1人、姉が2人いるんだ。
それも姉2人は夜会と言った派手な物が大好きで露出が高い。
私は隣国の夜会や社交界まで足を運んだ事はないけど、スタルジックまで行った者達からは良く話を聞くくらいだ。
普通に考えれば、その妹である第3王女も引っ張り出されて夜会などに出ているはずだ。
それなのに情報がないと言う事は……家族関係はあまり良くないと言う事だろう。
王族や貴族の子息は平気で身内でも追い落とそうとするし、仕方ないかレストが姉2人を選ばなかったと言う事から問題は姉側だと言うのは予想できるし。
ミルアちゃんの背中を眺めながらメリル王女の性格などを推測していると彼女は振り返り、わざとらしいくらいに大袈裟に肩を落とす。
態度から見るに邪魔だと言いたいのはすぐに理解できるのだけど、ドMな女性がそこにいるわけでドSな私としては方向性が違うと言われても彼女をからかわなくてはいけないと言う使命感がふつふつと込み上げてきたりもするわけだ。
彼女がどのような反応を見せてくれるか考えるだけで口元が緩んでしまう。
口元が緩んだ事にミルアちゃんは気が付いたのか、顔を引きつらせて後ずさりをする。
良い反応だ。
私はドSなわけだけど、相手に肉体的な苦痛を与えて悦ぶほど歪んではいない。
ミルアちゃんは方向性が違うと言うのだけど表情1つでいろいろと察して勝手に窮地に追い込まれる彼女は私的には最高のおもちゃだ。
「レ、レスト様は書斎におられますよ。ケーキが焼けましたら、書斎に運びますから待っていてください」
「うん。知っているよ。スタルジックの件でいろいろと忙しいみたいだからね。だから、ミルアちゃんが私の相手をしてくれないかな?」
「ダ、ダメです。私にはお仕事があるんですから、レオンハルト様に遊ばれている時間はありません」
彼女は私から逃げ出したいようでレストの元に向かわせようとするのだけど、すでに私の目的はミルアちゃんで遊ぶに切り替わっていたりする。
……そして、ミルアちゃん、さすがは自他ともに認めるドM。遊ばれている自覚はあるんだね。
彼女の発言に若干、引いてしまうのだけど、それとこれとは別。
どうやってからかうか考えるだけで口元が緩んでしまう。
「遊ばれている時間って、酷いな。私だってヒマなわけじゃないんだよ。ミルアちゃんのせいで大忙しなんだから」
「私のせいで? だ、だまされませんよ」
笑みを見せないように大袈裟に肩を落として見せる。
自分のせいでと聞き、首を1度、傾げる彼女だけどやはり、私の事を疑っているようですぐに警戒したように言う。
うん。この反応は予想通りだね。
疑われているのはわかる。
私だって無自覚な天然物のドSじゃない。
だから、疑われている事も理解できる……だからこそ、話している相手を自分の好みに動かして行く事ができるんだ。
それに私が抱えている問題の中にはミルアちゃんの事も確かにある。
それも割と厄介な問題だったりするのだ。
「だましてないんだよね。ミルアちゃんは今、権力者達の話題の中心だからね」
「私が話題の中心? ……何の冗談ですか?」
ミルアちゃんが貴族、有名商家達で話題と言うのは本当の話だ。
現在でもシュゼリア王国内外で名前が知れ渡っており、私が王位を継いでも同様の位置に立ち続けるであろうレスト。
そんな彼の婚約者のミルアちゃんは同格の家の者ではない。ただの庶民なのだ。
レクサス家と縁を結びたいと思っていた者達も多く、娘をレストと婚約を結ばせようとしていた者達も多い……ただ、レストの表情が変わらない不気味さに娘達は拒否されていたようだけど。
そんな彼を射止めたのは庶民で他に身よりもない娘。
自分の養女にする事はできないかと話を持ってくる者も多い。
当然、レストは拒否しているのだけどそうもいかない状況になってきている。
父上も頭を抱えており、面倒になったのか私に丸投げしたのだ。
それでミルアちゃんの縁組許可が私の元に来る。
その対処で時間は制限されているため、婚約者の素性を調べる時間が取れないと言うのもある。
……そうか。それがあるから、父上は私にレストとミルアちゃんの問題を押し付けたのか?
1つの謎が解けたような気がするが、今は置いておこう。
「あの顔面鉄仮面のレストを籠絡した庶民出身の少女、ミルアちゃんを養女にしたいから許可をくれって」
「……なぜ?」
「いろいろとあるんだよ。ミルアちゃんはこの間、断ったけど周囲を納得させるために近いうちにどこかの家の養女になって貰うからね」
「……」
大変なんだとわからせるために大きく肩を落とすのだけど、ミルアちゃんは自分を養女にしたいと言う話が出てくる意味を分かっていない。
レストへの告白をたきつけるために前に身分を同格にしようかと提案した時に彼女は断ったけどいろいろと問題が出てきている。
これはレストにも相談しないといけない事だから、ミルアちゃんに話しても仕方ないんだけど。
ミルアちゃんは意味がわからないようで首を傾げているのだけど、それなりに立場がある人間もいろいろと面倒だったりする。
望まない関係を結ばないといけなくなったり、知らない間に婚約者が出たりとか。
……そうだ。私は婚約者の事を調べに来たんだ。
「なるべく、ミルアちゃんが嫌がらない相手を選んであげるから、私のお願いも聞いてくれないかな?」
「……お願いって何ですか?」
本題を思い出して交換条件を出してみるのだけど、ミルアちゃんは警戒しているように見える。
長くレクサス家に仕えているとは言え、他の家だとどうなるかわからない。
実際、他家の使用人ともミルアちゃんは交友があるから他家の話だって聞いているだろう。
変に話を聞かないでいると私に嫌がらせをされると思ったのかも知れない。
それでも態度を軟化させてくれたのは望ましい事だ。
「お願いって言うのは私とスタルジックの第3王女の婚約が決まったとレストから聞いているかな?」
「……き、聞いていませんよ。初耳です。ご婚約、おめでとうございます」
「うん。祝福する気がまったく見えないけど、ありがとう」
まずはミルアちゃんが私の婚約について知っているかと聞いてみる。
彼女は知らないと言うのだけれどその目は完全に泳いでおり、嘘がつけない娘だと改めて思う。
「私の婚約者なのに誰も話を教えてくれないんだよ。だから、ミルアちゃんから何か聞けないかな? と思ってね」
「し、知らないですよ。私だって、今度、初めて会うんですか……な、何でもありませんよ」
「会う? それってどういう事かな?」
「……お前には関係のない話だ」
ミルアちゃんは口を滑らせ、興味深い事を言ってくれる。
ここは追い打ちをかける時だと思い、彼女に詰め寄ったのだけど、私の肩がつかまれてしまう。
背後から聞こえた声はレストの物であり、私の身体は強制的に屋敷の外まで引っ張られ、屋敷の外に出されてしまった。
……私の扱い酷過ぎやしないかな?
次からはメリル視点に戻ります。




