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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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最終話

レオンハルト様がシュゼリアに戻る前に手作りのお菓子を贈ると決めたわけですが、厨房を借りるなどの準備はすでに終えられていました。

ディアナさんはすべてレスト殿が終わらせてくれていたと教えてくれたのですが……この準備の周到さにレスト殿が優秀だと言う事がわかります。


教えていただきながらレオンハルト様に贈るお菓子を作ろうと思ったのですがあまり難しいお菓子を手伝っていただいても簡単に作れるとは思えませんでした。

ミルアさんは出立までに完成させるように頑張りますと言ってくださったのですが、ミルアさんはシュゼリアへの長旅が待っているのですからそんな事はできません。

ザシド先生からお借りしたお菓子の本を読みながら、私が作れそうなお菓子でレオンハルト様がお喜びになってくれそうな物を必死に探しました。


「こんな感じです」

「キレイです」

「……地味ね」


その中で見つけたお菓子をミルアさんがお手本に作ってくれました。

ミルアさんがお菓子を作ってくれる姿を見るのは初めてだったのですが、彼女の手で作り上げられて行くお菓子に素直な感想を漏らしてしまいます。

ただ、姉様は出来上がったお菓子が不満のようです。


「そ、そうかも知れませんね。ですけど、幸せの種とも言われるお菓子ですし、贈り物には悪くないと思うんです」


私が選んだお菓子は『ドラジェ』と言うお菓子です。

アーモンドなどをお砂糖で包んだ物です。幸せの種とも言われているらしく、手にした方には幸福が訪れるとも言われている物だそうです。


「お砂糖に色を付ける事も出来ますから、何種類か作れば見た目も華やかになると思いますよ」

「……ミルアさん、本当にそう思っているの?」


ミルアさんは私を応援してくれようとするのですが、姉様に睨まれて視線をそらしてしまいます。

選択を間違えたのでしょうか? ですが、準備などを手伝ってみてわかったのですが……どうやら、お菓子作りのような物は向いていないようです。

ミルアさんがここ数日で焼いてくださったケーキのような物を私が焼けるわけがありません。


……贈り物と言う物は贈りたい相手が喜んでくれるか贈り主の気持ちが伝わるのが1番なのです。


先ほどのレスト殿の言葉を思い出し、迷いを振り払うように首を大きく横に振ります。

私は何も知らない、何もできないのです。以前の薄暗いお部屋から出て王女として扱っていただけるようになってわかった事です。

ですけど、兄様が私をあのお部屋から引っ張り出してくれました。姉様はため息を吐きながらも私を見守ってくれました。ミルアさんやディアナさんは背中を押してくれました。

そして、レオンハルト様は優しい笑みを浮かべて手を差し伸べてくれました。


わがままかもしれません。でも、私はレオンハルト様から差し出された手を握りたいです。隣に立っていたいです。

気持ちが伝わるかもわかりません。

レオンハルト様は年上ですし、私より多くの世界を知っているのです。

あの後、レスト殿から教えていただいたのですが、レオンハルト様には婚約が私に決定権があるとは知らされていないそうです。なぜかまでは教えていただけませんでした。

私が断らなければレオンハルト様へ嫁ぐ事が正式に決まります。でも、それは本当にレオンハルト様の隣に立つ資格があるとは思えません……ですから、このドラジェをレオンハルト様に贈りたいと思いました。

姉様やミルアさんには話していませんが、幸せの種をレオンハルト様に贈り、一緒にこの幸せの種が芽吹き、花を咲かせて行くのを見て行きたいと思いました。


「……メリル、本当にこれで良いのですか?」

「大丈夫です。これが良いのです。ミルアさん、お願いします」

「……頑張りなさい」


自分が揺らいでしまわないように姉様のため息交じりの言葉に笑顔で頷いて見せます。

不満げな姉様に1度、頭を下げてミルアさんの隣に並ぶと背中越しに姉様の声が聞こえました。


「……やっぱり、地味ね」

「そ、そう言わないでください」

「キレイに包めば見た目も良くなりますよ……ただ、この辺は専門外です」


ミルアさんの指導で見栄えの良いものが完成したのですが、姉様はやはり不満のようです。

私なりに努力したのですからできれば褒めて貰いたかったです……ただ、ミルアさんのケーキを見ているせいか姉様の言いたい事もわかります。

姉様とのやり取りにミルアさんは少しだけ困ったように笑うのですがお菓子作り以外はどうして良いのかわからないようで首を傾げています。


「どうするのよ? 贈り物でしょう。このまま、贈るわけにも行かないでしょう?」

「そうですね……姉様、ディアナさんにはお話は聞けないのでしょうか?」


困ってしまい、意地悪なところはありますが博識なディアナさんに意見を求めたいと思ったのですがいつの間にか厨房から姿を消していました。

見落としただけかと思い、厨房内をもう1度、見渡すのですがやはり、ディアナさんはおられません。


「……ディアナに聞くのは止めた方が良いわ。ディアナの場合、引っ掻き回そうとする可能性が高いわ」

「それは心外です。カタリナ様」


姉様は何かイヤな予感がしているのでしょうか、眉間に深いしわを寄せられました。

そんな姉様の背後に楽しそうに頬を緩ませたディアナさんが突然、現れました。

突然の彼女の登場に厨房内は驚きの声が上がるのですが、ディアナさんは気にする事無く、ドアのある方へと向き、姿勢を正すとゆっくりと頭を下げます。


「えーと、お取込み中みたいだけど、私が入っても良いのかな?」


……どうやら、私達がドラジェをどのように包んでレオンハルト様へ贈るかを考えている間にディアナさんはレオンハルト様を迎えに行っていたようです。


「お呼びではありません」

「ミルアちゃん、何度も言うけど、私は君の主君になる人間だからね……これはドラジェかな?」

「知っているのですか?」


突然の事で呆然としている私達の中で1番初めに正気に戻ったミルアさんがレオンハルト様を追い払おうとします。

その言い方はどうなのかと思うのですが、レオンハルト様はあまり気にされていないようでため息を吐かれると私が作っていたドラジェの1粒を手に取りました。

レオンハルト様からドラジェの名前が出た事に驚きの声を上げてしまいます。


「知っていますよ。贈られた人間には幸せが訪れると言われている祝い事には欠かせないお菓子ですね。おめでたい事?」


レオンハルト様は何か思う事があるのか、なぜか、ドラジェとミルアさんのお腹の当たりを交互に見て、すぐにミルアさんに睨まれています。

意味がわからないのですがなんとなく、触れてはいけない気がしました。


「あ、あの。レ、レオンハルト様が明日、シュゼリアにお戻りになりますのでいただいた小説やダンスの練習に付き合っていただいたお礼です」

「私にですか?」

「は、はい。受け取っていただけますか?」

「もちろんです。だ、大丈夫ですか?」


ドラジェに込めた私の想いを隠して、レオンハルト様へ贈りたいと伝えます。

レオンハルト様は一瞬、驚かれた表情をした後、優しい笑顔を浮かべて頷いてくれました。

緊張していたのか、レオンハルト様の笑顔を見た瞬間に身体から力が抜けて倒れそうになってしまいました。

レオンハルト様は私の異変に気が付いてくれたようで、私の身体を受け止めてくれます。


「は、はい。大丈夫です。ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません」

「迷惑ではありませんよ……メリル王女」

「はい?」


目の前に映るレオンハルト様の緋色の瞳に恥ずかしくなって慌てて離れてしまいました。

胸がドキドキとします。それに慌てて離れてしまった事にもったいない気がしました。

その時、レオンハルト様に名前を呼ばれ、反射的に顔を上げると口の中に何かを入れられ、同時に甘さが広がって行きます。


「いただいた幸せを独り占めにするわけにはいきませんから、幸せは育て広げて行く物ですからメリル王女にも多くの幸せが舞い降りますように」

「は、はい」










……できれば、その幸せはあなたの側であなたとともに分かち合いたいです。









まだ、口に出す事のできない言葉ですが、この幸せの種が花を咲かせる時にあなたに自分の言葉で伝えたいと思います。


ご愛読、ありがとうございました。

今回で完結とさせていただきました。

メリルから贈られた幸せの種が芽吹くかは同シリーズでその内書きたいと思います。


至らない部分もたくさんあったとは思いますがお付き合いいただきありがとうございました。


また、ドラジェに関してはこの世界にあると言う事でお願いいたします。

勝手にお菓子の名前を作るより、受け入れられやすいかな?と思った限りです。

次回作は同シリーズになるかは不明ですが、また、お付き合いしていただければ幸いです。

後、裏話的な短編をそのうち活動報告内で更新したいと考えていますが予定は未定の方向でお願いいたします。

同シリーズで『ひとくちの魔法』と言う新作を投稿しています。

時間軸的には今作より、少し前の話になります。

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