三四話
レオンハルト様の事をお慕いしていると自覚してから、姉様に教えていただく礼儀作法やダンスのお勉強は厳しくなりましたが何とかついて行けています。
ディアナさんは愛がなせるものですねと言って笑っているのですが、その笑顔には何か背中が冷たくなる何かがあるのですが気にしないようにしています。
本日のレオンハルト様は明日、スタルジックに戻ると言う事で兄様やレスト殿達と一緒に公務を行っているようです。
ミルアさんもザシド先生の養女としてその場に同席しなければいけないようで昨日はこのお部屋で不平不満を漏らしておられました。
「だいぶ、形になってきましたね」
「そうですか?」
姉様に褒められてわずかに頬が緩んでしまうのですが姉様の目は厳しくまだ喜ぶまでの事はできていないと語っています。
まだまだだと思い直し、姿勢を正した時、ディアナさんに休憩の準備ができたと呼ばれました。
レオンハルト様と練習を始めた時から姉様はしっかりと休憩時間の事も考えてくださっています。
「レオンハルト様達は明日、シュゼリアに戻ってしまうのですね」
「何をいまさら言っているんですか? 最初からわかっていた事でしょう」
「最初からと言えば、最初はレオンハルト様がスタルジックに来る予定もなかったのですけどね」
紅茶を飲んで一息吐いた後、つぶやいてしまいました。
それは姉様やディアナさんに否定して貰いたいと願うような物でしたがお2人の口からはそのような言葉が出てくるわけがありません。
もう少し優しい言葉が欲しかったのですが私の考えは姉様にはお見通しだったようで睨まれてしまいました。
「メリル様はシュゼリアに留学するのですから、すぐにお会いになれるでしょう」
「そうかも知れませんが……」
姉様に睨まれて怯んだ私の姿にディアナさんは苦笑いを浮かべます。
留学と聞き、シュゼリアの生活を考えるのですが知らない国に行くのはやはり不安です。
それに兄様や姉様と離れるのも心細いです。
始めは兄様と離れる事だけが心残りだったのですが、わずかな時間で姉様とも離れるのが辛く感じられました。
口に出すと姉様にまた呆れられるような気がして、言葉には出せません。
それでもわかって欲しくて姉様へと視線を向けると姉様は視線をそらしてしまわれます。
寂しいと思っているのは私だけなのでしょうか?
姉様に視線をそらされた事に落ち込んでしまったのですが、ディアナさんが小さな声で照れているだけと教えてくださいました。
「それで留学の事はどこまで決まっているのですか?」
「それが良くわかりません」
「わからない? あなたが留学するのでしょう」
ディアナさんの言葉は姉様の耳にも届いていたようで不機嫌そうな表情で話を変えようとされます。
留学の事を聞かれたのですがレスト殿から教えていただけているのはスタルジックからの希望者が集まってきたからと聞かされています。
素直にわかっていない事を話すのですが姉様は呆れ顔です。
私は悪くないのに……少しだけ納得がいかないです。
ただ、それを口に出す事はできません。
「シュゼリアで学びたいと言う方達がある程度、集まってからとレスト殿はおっしゃっていました」
「そうですか……そうなるとまだ時間がかかるかも知れませんね」
私が悪いのではないと姉様に知っていただくためにレスト殿から教えていただいた留学の話をします。
その説明に頷いてくれるのですが何かあるのか、姉様は考え込み始めてしまいます。
「メリル様、レオンハルト様をこのまま、見送ってもよろしいのでしょうか? 何かしておく事はありませんか?」
姉様が何を考えているかわからずにいた時、ディアナさんは私に1つの質問をします。
このまま見送っても良いのかと聞かれてもどう答えて良いかわかりません。
何かした方が良いと言うのはわかります。でも、私には何をして良いかがわかりません。
その時、机の上に置いてあったレオンハルト様からいただいた恋愛小説が目に映りました。
「何か贈りたいです。何が良いかはわかりません」
レオンハルト様からいただいた物、レオンハルト様はこのような小説を読まないにも関わらず、レオンハルト様が私の事を考えて選んでくれた物。
そう考えた時、自然と言葉が出てきました。ディアナさんは私の言葉を聞いて満足そうに頷いてくれました。ただ、何をレオンハルト様に贈って良いかは想像がつきません。
「確かに贈り物は必要かも知れませんね。留学までまだどれだけの時間がかかるかわからないのですが婚約も正式に発表されていないのならシュゼリアでも婚約の話を聞きつけた者達が実力行使に出る可能性もありますしね」
「実力行使?」
「次期シュゼリア王妃を狙っている者は多いと言う事です」
何を贈ろうかと考え始めた時、姉様は難しい顔をして言います。
言葉の意味がわからずに聞き返すと姉様はため息を吐かれました。
レオンハルト様の事を狙っている人がいる?
確かにレオンハルト様は素敵な方です。多くの女性がレオンハルト様をお慕いするのはわかります。
ただ、レオンハルト様の隣で女性が笑っている姿を思い浮かべて胸が痛みました。
「どうしたら良いでしょうか?」
レオンハルト様の隣にいるのは自分で居たいです。
気持ちを吐露してしまうのですが姉様やディアナさんからの言葉はありません。
その代わりに私の身体に勢いよく何かがぶつかってきました。
何事かと思い顔を上げるとディアナさんが私に抱き付いています。
「あ、あの」
状況がわからずに声を上げるのですがディアナさんは私の頭を撫でまわします。
ね、姉様、助けてください。
状況がわからずに姉様へと助けを求めようとするのですが姉様は頭が痛いと言いたいようで額を手で押さえています。
「……ディアナ、いい加減にしなさい」
しばらく、ディアナさんに頭を撫でまわされていた時、姉様はため息を吐きました。
ディアナさんは満足そうな表情で私から放れると何事もなかったかのようにイスに座り直しました。
「レオンハルト様に何か贈るとしても何を贈るかですね。何が好きかとか聞いてはいないのですか?」
「お、覚えていないです。姉様は何か覚えていないのですか?」
姉様に言われてレオンハルト様と初めてお話をした時の事を思いだそうとするのですが、緊張していた事もあってか何も頭には浮かんできません。
あの時は姉様も同席していたので確認するのですが姉様はたわいのない話だったため、気にも留めていなかったと首を振ります。
2人で顔を見合わせた後、この場に1人だけ話を覚えていそうな人がいる事に気が付きます。
それに気が付いてディアナさんへと視線を向けるのですが彼女は優雅に紅茶を飲んでいます。
「まったく、想像がつきませんね」
……絶対に嘘だと思いました。
私と姉様の視線にディアナさんはとぼけたように言いますが彼女は絶対にレオンハルト様のお話を覚えていると思います。
ただ、どう聞き出して良いかわからないため、姉様に助けを求めます。付き合いの長い姉様ですからディアナさんを説得してくれる方法がきっとあるはずです。
そう考えていたのですが、私の考えは甘かったようです。姉様は眉間に深いしわを寄せられて頭を抱えています。
「あの、姉様」
「……ディアナから話を聞き出すのは諦めなさい」
どうやら、簡単にお話は聞けないようです。
それなら、もう1人、あの場所にいたミルアさんに聞いてみようと思うのですが彼女は今、レンディル家の者として公務を担っているはずです。
どうしましょう? レオンハルト様が何を好きかまったくわかりません。あの時にこの想いを自覚出来ていれば一言一句、レオンハルト様のお言葉を聞き逃さなかったのに。
「差し出がましいようですが、メリル様もカタリナ様も贈り物について勘違いされていませんか?」
「……差し出がましいと言う割ににはずいぶんな態度ですね」
悩んでいる私にディアナさんは微笑みかけてくれるのですが、彼女の態度に姉様は納得できないようで眉間にしわを寄せられています。
でも……贈り物とは何なのでしょうか?
ディアナさんの言葉に考えてしまいます。
私は今まで贈り物と言う事をした事がありません。
贈り物をいただいたのも、レオンハルト様から小説をいただいた事とレスト殿やザシド先生からケーキやお菓子をいただいた事くらいです。
「姉様、贈り物とは何なんでしょうか?」
「メリル、あなたは何を言っているんですか? 贈り物は贈り物でしょう」
……ため息を吐かれてしまいました。
姉様にとって贈り物は当たり前の事のようです。ただ、私にはわかりません。
贈り物とは何なのでしょうか?
「メリル様はレオンハルト様から小説以外の物を贈られても嬉しかったでしょうか?」
「小説以外の物ですか? ……たとえば何でしょうか?」
「男性から贈られるとすればドレスや宝石でしょうね」
「それは恐れ多いです」
頭を抱える私にディアナさんはしびれを切らしたのでしょうか?
彼女の質問に考えてみるのですが想像がつきません。
姉様は以前に男性からいただいた物を例に出してくれるのですがドレスや宝石を言われても私にはもったいないものです。
そんな高価な物をいただくわけにはいきません。
私に似合うとも思えませんし。




