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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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三三話

「……婚約話がお芝居ですか?」

「はい……申し訳ありません」


姉様とディアナさんに婚約話の真相を説明した後、姉様はかなり怒っているようで眉間に深いしわを寄せられています。

すぐに怒鳴られると思っていたのですが姉様からの怒声はなく、ディアナさんが代わりに確認するように聞いてきます。

その言葉に頷くのですが秘密にしていて欲しいとレスト殿から言われていた事を話してしまった事への罪悪感からなのか顔が上げられません。


「……ディアナ、どう思いますか?」

「判断しかねます。メリル様のお言葉を信じれば、アーガスト王もご了承されている事のようですし、大変、言い難いのですが元々、シュゼリアにはスタルジックと婚姻を結ぶ必要などないと思っていた事は充分に考えられますから」

「そうね。兄様が父様達を追い落とさなければ、この国は勝手に自滅の道をたどっていたでしょうし」


姉様はディアナさんに意見を求めます。

ディアナさんは本当にメイドさんなのかと思うくらいにいろいろな事に見識があるようで難しい事を言われます。

それは姉様も同じで頷かれているのですが何かあるのか視線を泳がせてしまいました。


「そうですね。状況を理解せずにアーガスト王の気を引きたくて間違った努力をされていた方もいますし」

「……黙りなさい」


ディアナさんは姉様が視線を泳がせた理由がわかっているようでくすくすと笑います。

姉様は彼女の様子に不快感を露わにするのですがディアナさんは気にする事無く、紅茶を口に運んでいます。


「兄様に聞けば何かわかるでしょうか?」

「どうでしょう? アーガスト王にも了承を得ていると言うのはレスト殿からメリル様が説明を受けただけです。レスト殿に問いただす方が確実だと思います」


この件に関して言えば、兄様もスタルジックの方達の訪問や王位を継いだ事で増えた公務で会う事も困難になってきているため、兄様がどのような考えを持たれているか聞けていません。

姉様は兄様にお話を聞いて来ようと思ったのか立ち上がるのですがディアナさんは確認する相手はレスト殿だと姉様を止めました。

レスト殿の名前に姉様が顔をしかめられました。どうやら、姉様はレスト殿が苦手なようです。

その気持ちはわかります。何度も話をさせていただき、レスト殿が優しい方だと言うのは理解しているのですが、あの瞳で見られると身体が強張ってしまいます。


「レ、レスト殿は」

「同盟は本当でしょうが、婚約話を伏せておく理由はないと思います。実際のところ、アーガスト王がスタルジックの王位を継いだ時に多くの臣下の前でメリル様をレオンハルト様に嫁がせる約束をなさっているのですから、それを考えると何か裏があるような気がしてなりません」

「裏? メリルには口止めをしておいて兄様にシュゼリア王からの書状は届いていないと言う事もあると言う事ですか?」


姉様はレスト殿との面会は遠慮したいようですが、ディアナさんは話を続けます。

ディアナさんはレスト殿が私にした説明を疑っているようにも聞こえます。

姉様はそのような考えも確かにあると思ったようですが私はレスト殿が姉様やディアナさんが言うような事をしているとは思えません。

なぜ、そんな事を思うのかと聞かれては勘としか言えませんが自信はあります。


「あの、レスト殿は私の身を守るためだともおっしゃっていました」

「メリルの安全のためですか?」

「はい。私は微妙な立場にいるので婚約のお話が父様を怒らせるためだけの物だと周囲に知れるのは良くないと」


レスト殿は私の安全を守るためにシュゼリアの留学の事も話してくれました。

すべては思いだせませんがそこで多くを学び、自分でレオンハルト様との婚約に付いて考えて欲しいと。

姉様とディアナさんがお話を聞いてくれた事で少しだけ落ち着いてきたのか、少しずつ、レスト殿の言葉を思い出します。


「……どういう事ですか?」

「婚約のお話が嘘だと広がってしまうと私に多くの者が近づいてくるので、その方達を追い払うためのものだとおっしゃられていた気がします。そして、シュゼリアで多くの事を学んで欲しいと」

「……」


レスト殿から説明を受けた事をゆっくりと話し始めると姉様は私の言葉に嘘がないか考え始めたようです。

その表情は真剣に見え、姉様が私の事をここまで心配してくれている事に胸の奥が温かくなってきたような気がしました。


「確かに頭が悪いから、悪意を持ったものにおかしな事を吹き込まれる可能性は高いですね」


……ただ、もう少し優しい言葉が欲しかったです。

肩を落とす私の姿にディアナさんは口元を緩ませており、このまま落ち込んでいればまた遊ばれてしまうと思い、姿勢を正します。


「レスト殿はずいぶんとメリル様の事を考えてくださっているようですね」

「はい。いろいろと学んだ上でレオンハルト様との婚約に付いて考えて欲しいとおっしゃっていました。その上で気に入らなければ断ってくれても良いと」

「……断ってくれても良いとレスト殿は言ったのですか?」


姿勢を正すとディアナさんはつまらないと言いたいのか、小さく肩を落とされます。

彼女の様子に正しい判断をしたと安心した時、姉様は何かあったのか眉間に深いしわを寄せて聞き返してきました。


何かおかしな事を言ってしまったのでしょうか?


姉様の様子に身体が強張ります。

絶対に怒られるような気がしたせいか完全に腰が引けてしまったような気がしました。


「は、はい。私が婚約のお話を断ってもシュゼリアからスタルジックに制裁を与えるような事はしないと」

「……頭が悪いと思っていましたが、ここまでとは。レスト殿もこのような事になっているとは思いもしないでしょうね」


怒られると考えていた私へと向けられた言葉は予想に反した物でした。

ため息を吐かれている姉様の姿に今、私が姉様にバカにされている事はわかります。


「あ、あの、姉様、どうかしたのでしょうか?」

「……話を聞いた限り、どこに婚約話がお芝居だと言っているのですか? 最終的に決定権はあなたにあると言っているのですよ」

「で、でも、レスト殿はお芝居だと……」


呆れたように言う姉様の言葉に反論しようとするのですが睨まれてしまい、言葉が続きません。

私の様子に姉様はため息を吐きます。


「あ、あの、お芝居ではないのですか?」

「すぐに婚約のお話がお芝居だと広がってしまえばシュゼリアとの同盟が決まったから大人しくしている者達が良からぬ事を考え始めます。レスト殿やシュゼリア王はその事を考えているのでしょう。メリル様がシュゼリアで多くの事を学んでいる間にアーガスト王がスタルジック内を掌握する時間を作る意味合いを込めてレスト殿はお芝居と言ったのでしょう」


ディアナさんはレスト殿の言葉を推測を交えてお話してくれます。

ただ、良くわかりません。


「ディアナ」

「はい。もの凄く簡単に言えば、メリル様とレオンハルト様は発表前ですが間違いなく婚約されています。ですから、メリル様がレオンハルト様をお慕いしていてもまったく問題がありません」


首を傾げていた私の姿にしびれを切らしたのか姉様がディアナさんを呼びます。

ディアナさんは苦笑いを浮かべながら私の想いを肯定してくれました。


「……本当ですか?」

「はい。間違いありません」

「そうですか」


レオンハルト様の事をお慕いしていても良いと言われて再び、涙が両頬を伝います。

ただ、先ほどまでとは違って胸は痛みません。


「結局、泣くのですか?」

「す、すいません」

「まったく、泣くのは勝手ですが、あなたはわかっているのですか?」


私の泣いている姿に姉様は呆れたようにため息を吐くのですが涙が止まる気はまったくしないです。

泣き止まない私の姿に姉様はもう1度、ため息を吐かれます。

それは姉様が何かを懸念しているように見え、涙が止まらないまま、姉様へと視線を向けました。


「婚約の決定権はメリルにあるとしてもレオンハルト様がどう思っているかはわかりません。あなたがいくら慕おうとレオンハルト様はただの政略結婚だと思っていれば辛いだけでしょう?」

「確かにそうですね」


……喜んでいたところを背中から蹴られて谷底に落とされた気分です。


姉様の言葉に溢れていた涙が止まってしまいました。

その言葉は事実のようでディアナさんは苦笑いを浮かべていられます。

でも、姉様の言う通りです。レオンハルト様はお優しい方ですが、その思いが私に向けられるとは限りません。

そう考えた時、胸の奥がもやもやとしてきました。


「あの、私はどうしたら良いのでしょうか?」

「とりあえずはレオンハルト様に嫌われないように努力するしかないでしょう。あなたには淑女として足りない部分が多すぎます」

「それは……」

「明日からのお勉強はいっそう厳しくしなければ行きませんね」


胸のもやもやを振り払う方法が知りたくて姉様に意見を求めると姉様はきっぱりと言われました。


……付いて行けるのでしょうか?

そんな考えが頭をよぎるのですが、弱音を吐いてはいけないと思い、大きく首を横に振ります。


「姉様、シュゼリアに行くまでよろしくお願いいたします」


レオンハルト様の想いが私に向くように頑張ろうと決意し、姉様に頭を下げると姉様は頑張りなさいと励ましてくださいました。


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