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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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三一話

何なんでしょうか?

レオンハルト様から逃げるようにお部屋に戻ったのですが、頭の中がぐちゃぐちゃしています。

どうして良いかわかりません。


レオンハルト様は気分を害していないでしょうか?


考えがまとまらないのに、自分が逃げ出したのに……

逃げ出す時に抱えて来たレオンハルト様から贈られた恋愛小説を抱きしめてしまう。

それで何か変わるわけがないのに。


頭の中がぐちゃぐちゃでどうして良いかわからないでいると涙が溢れだして頬を伝い始めました。

溢れ出てくる涙を必死に止めようと必死で涙を拭うのですが、涙は止まりません。


……どれくらい泣いていたのでしょうか?


やっと、涙が止まった時にはすでにお部屋の中は日が沈んできたのでしょう。暗くなり始めています。

限界まで泣いたせいなのでしょうか、少しだけ落ち着いたような気がします。それでも胸の奥は小さく痛んでいるのですがこのまま泣いていられません。

もう少しすればお部屋に明りを灯しにお部屋に人が着ます。その方にこんな顔を見せるわけにはいきません。

涙を拭いて深呼吸をして自分を落ち着かせようとします。

お部屋に来た方に泣いていた事を知られて心配などさせられません。

何とか泣いていた事を知られないようにしようとお部屋の中を見回すのですが何も思いつきません。


「一先ずはベッドの中に入ってしまいましょうか?」


わざわざ、顔を見ようとは考えないでしょうし、眠っていると思っていただければ良いわけですし。

私自身はこのお部屋の前は1日中薄暗いお部屋で生活していたわけですからお部屋が暗いままでも問題ありません。

そう考えてベッドの中にもぐりこみました……もぐりこんだはずでした。


「ひゃう!?」


ベッドにもぐりこんで寝たふりをしようと目をつぶった時にまるで狙ったかのように首筋に息を吹きかけられました。

いきなりの事に何が起きたかわからずにおかしな声が漏れ出てしまいます。

慌てて両手で口を塞ぐのですがすでに遅いです。


「メリル様、ダンスの練習もなされているのですから、汗を流されてからお休みになられてはいかがでしょうか?」


侵入者はディアナさんだったようですがいつの間にお部屋の中に入ってきたのでしょう?


「メリル様が『一先ずはベッドの中に入ってしまいましょうか?』と言われた時です」

「……そ、そうですか」


ディアナさんは私の考えを見透かしているようです。

どう反応して良いかわからないのですがそれより、どうして彼女が私のお部屋にいるのでしょうか?


「ドアを叩きましたが、返事が有りませんでしたから、何かあったのかと思いまして勝手ではありますがお部屋の中に入らせていただきました」


……そして、まだ聞いてもいない質問の答えがすぐに返ってきます。

どうしてなんでしょうか? ……考えていても仕方ありません。それよりも今はこの顔が見られない事が重要です。きっと。


「わ、わかりました、お風呂に入ってから眠りますので、ディアナさんは姉様のお部屋に」


何でもないと言って、ディアナさんをお部屋から追い出そうとしてみます。彼女は姉様付きなのですから私ではなく姉様優先のはずです。

……彼女の行動を見ていると自信がありませんけど。


「それに関しては何も問題はありません」

「問題ない?」

「カタリナ様はお部屋の前にいますので」


……どうして、姉様がお部屋の前にいるんでしょう?


返ってきた言葉は予想していた物とはまったく違いました。

どうして良いかわからずにいるとディアナさんの気配がベッドから遠のいて行きます。


「……こんな時間から眠る気? 確かに夜更かしはお肌の敵ですが、眠る前にやるべき事はいくらでもありますよ」


どうやら、ディアナさんは廊下まで姉様を迎えに行ったようです。

ため息交じりの姉様の声に身体が強張りました。


「そんなに疲れているの?」

「そ、そう言うわけでは」

「それなら、どういうわけですか?」


泣き顔を見せられない私はベッドから出られません。そんな私の姿に姉様はもう1度、ため息を吐かれます。

ベッドから出て何でもないと言いたいのですが先ほどまで泣いていた事もあり、出る事ができません。

姉様は私の反応に不機嫌になっているようで声に怒気が含まれて行きます。


「メリル様、失礼します」


その時、私を覆い隠していたお布団がディアナさんの手によって剥がされてしまいます。

何とかつかもうとしたのですが気が付いた時にはディアナさんの手の方が早く、私の姿を隠す物はなくなってしまいました。


「……か、返してください」

「その命令は聞けません」


泣いていた顔を見られないように両手で顔を隠して訴えるのですがディアナさんはきっぱりと私のお願いを切り捨ててしまいます。

指の隙間から彼女の顔を見るとディアナさんは楽しそうに笑っています。そして、姉様は私の反応が不快のようで眉間に深いしわを寄せられています。

姉様の表情から機嫌が悪い事は直ぐに理解できて広げていた指の隙間を閉じます。


「メリル、あなたは何をしていたのですか?」

「な、何もしていません」

「それなら、その手を放しなさい」


しばらく、お部屋の中に静寂が訪れるのですが姉様のお怒りが空気越しに伝わってきます。

その恐怖に身体が強張った時、姉様はゆっくりと口を開かれました。

その言葉は私の状況へと問いであり、慌てて首を振るのですが誤魔化せるわけなどありません。

姉様は声を荒げる事無く、凛とした声で言います。ただ、その言葉に頷くわけにも行かないのです。


「ディアナ」

「はい。メリル様、失礼します」


何とか逃げ切る方法はないかとも考えるのですが、そんな私の様子に姉様はしびれを切らしたようでディアナさんの名前を呼びました。

なんとなくですが、逃げないといけないと思ったのですが思った時にはすでに遅く、私の両手はディアナさんに捕まれてしまいます。

手を捕まれて無理やり顔を見るつもりだと理解して、必死に抵抗してみるのですが腕力にはまったく自信もなく、すぐに手は顔から剥がされてしまいました。


「……泣いていたのですか?」

「な、何もありません。泣いてなんていません」

「それなら、この顔は何ですか?」


私の顔を見た姉様の眉間には深いしわが寄ります。

勘違いだと首を大きく振って見せるのですが姉様はゆっくりと私に近づいてきます。

姉様は私の両頬を手で押さえて私の顔を覗き込んでため息を吐かれました。

そのため息に怒られると思い、目をつぶってしまいます。


「ディアナ」

「はい。メリル様、失礼します」


しかし、私が予想していた怒鳴り声はなく、姉様は呆れたような声でディアナさんを呼ぶと両頬から姉様の手の感触が消えました。

姉様は私の行動に呆れてしまったのでしょうか?

心配になって目をゆっくりと開くと目の前には柔らかい表情をされているディアナさんの顔があり、彼女は「姉様は怒っていない」と言うと私の両頬の涙の跡を拭き取ってくれました。


「あ、あの」

「これで目立ちませんね」


涙の跡を拭き取られた後にディアナさんはどこから取り出したかわかりませんが薄く化粧をしてくれました。

どうして良いかわからない私は目を伏せてしまうのですが、彼女は優しげな表情で笑った後に私の手を取ります。

そして、姉様の前まで強制移動させられてしまいました。


「それで何が有ったのですか? ディアナの話だとレオンハルト様からまた恋愛小説をいただいていると聞いていたので浮かれていると思ったのですけど」

「それは……」


レオンハルト様から恋愛小説を新たにいただいた事は姉様の耳にも届いているようです。

でも、私がレオンハルト様から逃げ出してしまった事は知らないようです。

どう答えて良いのかがわからないせいか言葉が続きません。

それに説明をするのならば婚約のお話がお芝居だと言う事も話さなければいけません。婚約がお芝居だと言う事はレスト殿から口外しないように言われています。


「メリル」

「は、はひ!?」

「カタリナ様、そのような怖いお顔をされてはメリル様も話せない事がでてきてしまいます」

「仕方ないわね。ディアナ、長くなりそうだから紅茶の用意でもしてきなさい」


どうしようと考えていると姉様に名前を呼ばれます。

その声から姉様が苛立ってきている事がわかり、声を裏返してしまいました。

私の様子にディアナさんは姉様をなだめるように声をかけてくれ、姉様は小さくため息を吐くと待つと言われます。

ディアナさんは姉様の指示に従い、私達に頭を1度、下げた後にお部屋を出て行ってしまいました。

ただ、私としては姉様とお部屋に2人でいるのが辛かったりします。


「あ、あの、姉様」

「沈黙に耐え切れなくて何か話そうとしなくても良いです。そんな事に頭を使う前に話す事をまとめなさい」

「は、はい!?」


このお部屋の空気に耐え切れずに姉様の名前を呼ぶのですが、姉様には私の考えなどお見通しのようです。

ですが、考えをまとめるにしても私自身、良くわからずにレオンハルト様の前から逃げ出してしまったため、何と説明して良いかがわかりません。


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