三話
「お久しぶりです。メリル様」
「レスト殿、お久しぶりです」
王城に手紙が到着してから、数日後、兄様がレスト殿を連れてお部屋に足を運んでくれました。
レスト殿の他に彼の警護の任を受けたと言う聖騎士の『ロゼット=パルフィム』殿も同行していました。
ロゼット殿はレスト殿のご友人らしく、今回のレスト殿の警護に進んで付いてきてくれたそうです。
……先日は聖騎士の方がご一緒ではなかったようですが。
下手をすれば戦争になるかも知れない。
兄様の言葉を思い出します。
レスト殿やシュゼリアの方達もそれがわかっているから、今回は聖騎士を連れてきたのでしょう。
そのせいか、王城の様子はピリピリしているようにも感じるのですが、私に何かできるわけもない。
それにレスト殿が私に会いに来てくれたのですから、粗相がないようにしなくてはいけません。
「レスト殿、ロゼット殿、本当に申し訳ありません」
「いえ、国王となれば公務を多いでしょう。それに日持ちをするものをお土産にしましたが長旅ですから傷んでしまう可能性もありますから」
「そうですね。今回はミルアさんが自信作と言っていましたし」
兄様の様子から察するに父様達はシュゼリアからの使者がお越しになってくれたにも関わらず、まだ準備が終わっていないようです。
レスト殿とロゼット殿は気にする必要はないとおっしゃってくれているのですが父様達が行っている事が失礼な事だと言うのは私でも理解できます。
私と兄様の表情が沈んでしまったのを見て、ロゼット殿はケーキを取り分けてくれます。
「ミルアさん?」
初めて聞く名前。
女性の名前のように聞こえます。
その名前を口に出すとロゼット殿はバツが悪そうに笑いました。
「……私の大切な女性です。先日の物もミルアが焼いて持たせてくれました」
「そうなんですか」
「……」
レスト殿は表情を変える事無く、自分の大切な女性だと話してくれるのですが表情は変わらなくても少し気恥ずかしそうに見えます。
その様子に笑みがこぼれてしまい、慌てて口元を手で隠す。
おかしな事をしてレスト殿を怒らせてはいけない。
父様達が失礼な事をしているのに私までもがそんな事をしてはいけない。
そう思っていたのですが、隣に座っていた兄様はレスト殿に大切な女性がいると言う事実を聞いてどうやら私よりももっと失礼な事を考えてしまったのか呆然としています。
……ど、どうしましょう?
兄様が何を思ったかは私でも容易に想像がつきます。
表情がまったくないレスト殿は王城内でも不気味だったと言うお話が持ち上がっていたくらいです……それも私の耳に届くくらいです。
レスト殿に好意を寄せてくれる女性?
考えてはいけないと思いながらも考えてしまうのですが、想像がつきません……い、いえ、こんな事を考えてはダメです。
表情が無くても、レスト殿はお優しい方、その方もきっとレスト殿のそう言うところに惹かれたんでしょう。
……ロゼット殿?
1つ、深呼吸をして自分を落ち着かせるのですが目の前に座っているロゼット殿が肩を震わせているのがわかります。
あれは絶対に笑いをかみ殺しています。
レスト殿もロゼット殿の様子に気が付いたようで無言の圧力を放ち始めます。
それに気が付いたようでロゼット殿は視線をそらすのですが、私と目が合ってしまいバツが悪そうに笑っています。
「あ、あの。ロゼット殿」
「い、いえ、すいません。なれているつもりなんですが」
どうして良いのかわからずにロゼット殿を呼んでみる。
ロゼット殿は私に声をかけられた事で込み上げてくる笑いが抑えきれなくなってしまったようです。
レスト殿は少し頭にきているようですが、兄様の前で声を荒げるわけにはいかないと思っているのか、紅茶に大量の砂糖を入れた後に口に運びます。
……甘すぎるのではないでしょうか?
1度、見ているとは言え、見ているだけで胸やけがしそうです。
レスト殿は紅茶を1口飲んだ後に私の視線に気が付いたようでケーキを勧めてくれます。
先日、初めて食べたケーキの味を思い出した私は小さく頷くとフォークで1口大に切り分け、口に運びます。
「……甘くて美味しいです」
「それは良かった。ミルアも喜ぶと……思います」
口の中に広がる美味しさに笑みがこぼれてしまいます。
純粋に漏れてしまった言葉にもう少し気を利かせた事を言えれば良かったと思うのですが、レスト殿は小さく表情を緩ませて優しい声をかけてくれました。
ただ、ミルアさんが喜ぶと話してくれた時にわずかに表情が険しくなった気がします。
どうしてでしょうか?
聞いても良い物かとロゼット殿へと視線を向けるのですが、ロゼット殿は困ったように笑っています。
これは聞かない方が良いと考え直し、もう1口、ケーキを頬張る。
1口目より、大きく切ってしまったため、大きく口を開けてしまい、少し恥ずかしくなります。
兄様ははしたないと思っているのか、眉間に小さくしわを寄せているのですがロゼット殿は気にする必要はないと私の味方をしてくれました。
ケーキをごちそうになりながら、レスト殿と兄様は難しいお話をされています。
私には難しいお話で少し寂しいのですがお2人の邪魔をする事などできません。
そして、難しいお話だと思っているのはロゼット殿も同じようで私と目が合うとロゼット殿は少し考えた後に私にシュゼリアのお話をしてくれました。
ロゼット殿にお話を聞き始めてしばらくすると父様達の準備ができたと言う連絡が入りました。
謁見の間に私が行くわけにはいかないため、兄様達を見送ろうとするのですが兄様が私も行くのだと手を伸ばしてくれます。
兄様の突然の行動に私はどうして良いかわからずに立ち止まってしまいました。
それは父様からの連絡を伝えに来た方も同様のようですが、兄様は私の手を取る。
「に、兄様?」
「レスト殿達はスタルジックの提案についての話を持ってきてくれたんだ。シュゼリアとの婚姻の話、第3王女のお前にとっても必要な話だ」
「ですが、私が選ばれる可能性は低いと兄様も……」
手を取られて驚きの声を上げてしまうのですが、兄様は私の顔をまっすぐに見て言います。
以前に兄様が言っていた事、兄様の側を離れたくない私には信じたい言葉。
「メリル、来て欲しい。メリルがあの場にいてくれれば私は覚悟を決められると思うんだ」
「兄様……わかりました」
兄様は私の言葉を遮ると助けを求めるように私にお願いをするのです。
その様子から兄様が何か大きな決断をしようとしているのが私にもわかります。
大好きな兄様のために私が力になれるのなら、これ以上に嬉しい事はありません。
覚悟を決めるように大きく頷いて見せる。
私の返事に兄様は小さな声でありがとうとつぶやいた後、優しく頭を撫でてくれました。
「……覚悟は決まりましたか?」
「はい……ご迷惑をかけてしまい。申し訳ありません。本来なら、もっと早くに私達が動かなければいけなかった事、そうすればシュゼリアにも迷惑をかける事がなかったのです」
「仕方ありませんよ。大切な物がある者は大切な物を守るために動き出す事ができない場合をありますから」
兄様の顔を見上げると兄様は表情を引き締めています。
その瞳には強い覚悟の色が見えますが私には兄様が何を覚悟したのかまったくわかりません。
ただ、レスト殿とロゼット殿は兄様が何を決意したのか理解されているようです。
「迷惑などと思っていません。そのおかげでシュゼリア王国は盟友を手に入れる事ができたのですから」
「そう言っていただけるとありがたいです。行きましょう」
レスト殿は表情を変える事無く、スタルジックをシュゼリアの盟友と言う。
話を聞いて、姉様のどちらかをレオンハルト様の婚約者にと言う提案を聞いてくれた事は理解できます。
ただ、1人だけ、お話に置いて行かれている気がするのですが深くは聞けずに兄様達の後を追いかけて謁見の間に向かいます。
謁見の間に到着すると私達が最後のようですでに父様や臣下の者達、そして、シュゼリア王国からの使者の皆様もそろっています。
父様は私の顔を見て、あからさまに表情を変えます。
それは同席している姉様や義母様も一緒であり、兄様は気にする必要はないと優しい声をかけてくれます。
兄様が声をかけてくれても私にとって、これは当たり前の事であり、特に何とも思いません。
それよりも兄様が決意した事が気になっています。
「……レスト殿、さっそくだがシュゼリア王国の回答はどうなった?」
「……まずは使者を待たせた事を詫びるのが先でしょう」
「アーガスト、何か言ったか?」
「……なんでもありません」
父様は私の事を無視するとレスト殿にシュゼリア王国からの返事を聞く。
兄様は父様の態度に怒りを露わにするのですが、父様は高圧的な言葉で兄様を黙らせてしまいます。
「レスト殿」
「はい。それではシュゼリア王からのお返事を……シュゼリア王国はスタルジック王国の提案を受け、王女をレオンハルト様の正妃として受け入れましょう」
レスト殿の言葉に臣下の者達から安堵の声が漏れる。
「ただし、条件があります」
「条件だと?」
「現状のスタルジックでは盟約を結ぶ意味はありません」
「それなら、先ほどの我が娘を正妃に受け入れると言うのはどう言う事だ?」
しかし、レスト殿は表情を変える事無く、話はまだ終わっていないと言われます。
その言葉に父様は鋭い視線を向けるのですがレスト殿の表情は変える事無く、続ける。
対照的に父様の顔は怒りで真っ赤になって行くのですが父様は何とか平静を保っているように見えます。
「条件は5つ。1つ、王位は第1王位継承者アーガスト王子に譲る事、2つ、ここまで財政を傾かせた者達は王族を含めて全員、政から排除する事、3つ、財政を立て直すためにシュゼリア王国から派遣される者を重用する事、4つ、次代を担う者を育てるためにシュゼリアへの留学を望む者を支援する事、最後になりますがレオンハルト様と婚約を結ぶのは第3王女のメリル=スタルジック様とする事」
「バカにするな。これならスタルジックはシュゼリアの属国になれと言っているようなものではないか!! この者達を殺してしまえ!! なぜ、私の命令を聞かない!!」
レスト殿は父様が怒りを露わにしようが関係ないと言いたいのか淡々とした口調で続けます。
提示された条件に父様は臣下にレスト殿達シュゼリアからの使者を殺すように命令するのですが臣下達の多くは命令に従わない。
わずかに動き出した者もいましたがその者達は同席していた聖騎士や兵士達に捕らえられてしまう。
「……父上、もう遅いのです」
「アーガスト、どう言う事だ?」
「このままではスタルジックが滅びてしまいます。民のためにもこうしないといけないのです」
兄様は首を横に振ると臣下の者達に指示を出し、父様の命令に従おうとした者達や義母様、姉様達を捕まえて行く。
兵士達に捕らえられた父様は兄様を睨み付けるのですが兄様は兵士に捕まえた者達を連れて行くように命令をする。
「……レスト殿、私、アーガスト=スタルジックはこの国の王としてシュゼリア王からの提案をすべて受け入れます」
「ありがとうございます。それでは少しずつ、婚約の話を調整して行きましょう」
何が起きたかわからないのですが兄様はレスト殿達に深々と頭を下げると国王としてシュゼリアからの提案を受ける。
兄様が提案を受け、私は異国の地であるシュゼリア王国に嫁ぐ事が決まりました。
次はレオンハルト視点となります。




