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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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二九話

「ミルアさんとザシド先生が親子になるためですか」

「はい。あの2人は放っておくとまともに話しもしないでしょうから」

「そうですね」


中庭でお花を眺めていた時、レオンハルト様にお声をかけられました。

その後にダンスの練習相手を断られてしまいました。

今日の休憩後の練習で何度もレオンハルト様の足を踏んでしまったため、いやになってしまったのだと思いました。

申し訳ない気持ちにいっぱいになっていた私にレオンハルト様は心配ないと微笑みかけてくれました。

中庭にあるイスへと案内されてから、レオンハルト様に入ってしまった予定について聞かせていただきました。

先日、養子縁組をされたザシド先生とミルアさんのために時間を作ってあげたいようです。

私のお部屋に来た時にミルアさんが先生に気を使われていた事やミルアさんを養女に向かい入れると決まった時にどうして良いかと頭を抱えていた先生の姿を思い出しました。

お互いに拒絶をしているような様子はありませんでしたが、緊張してしまって話せないようです。

そのためにレオンハルト様がお気を使ってくれたようですが1つの疑問が残ります。


……そこにレスト殿が同席すると皆さんが怯えてしまうのではないでしょうか?


婚約者ですからミルアさんがレスト殿を恐れる事はないと思います。

先生も今更、レスト殿の顔で怯むような方ではない……ただ、義理の親子になったばかりで緊張している場所にレスト殿?

お店のお客様達が完全に怯んでしまう気しかしません。


良いのでしょうか?

その場の様子が目に浮かんでしまいますが、それをレオンハルト様に尋ねて良いのか判断できません。


「選ばれたお店は災難だろうね」


……どうやら、レオンハルト様も同じ事を考えていたようです。

ただ、その表情は楽しげで不安になってしまいます。


「あの、災難だと思うのでしたら、場所は別に用意するべきではないでしょうか?」

「それも考えたんだけどね。王城内でその場所を準備してしまうとミルアちゃんが逃げるからね。知らない城下でレストの恐怖を知らない者達がいる場所で難しい表情をした男2人を喫茶店に残していけるかな?」

「……お店のお客様はミルアさんを逃がさないために人質ですか?」


どうしても不安しか感じられません。

場所を提供するのではあれば、城内でも良かったはずです。

レオンハルト様なら、その事も考えているのではないかと思って尋ねて見るとレオンハルト様はミルアさんを逃がさないために手を打ったとため息交じりで言われます。

どうやらレオンハルト様はミルアさんの行動をすべて予想しているようで完全に逃げ道をつぶされているようです。

これが先生達がレオンハルト様を黒いと言う理由なのでしょうか?


「それで申し訳ないのですが、明日の練習の相手は休ませて貰えないでしょうか?」

「そ、それはかまいません。元々、無理な事をお願いしてしまったのは私達の方ですし、姉様も納得してくれると思います」


先生達が話しておられたレオンハルト様の印象を思い出してしまったのですが、それを口に出す事はできません。

どうして良いのかわからずにいる私を見て、レオンハルト様は優しく微笑むと改めて私に向かって頭を下げます。

元々は私が不出来なために起きている問題であり、レオンハルト様が頭を下げる事などまったくありません。


ミルアさんには私や姉様もお世話になっています。

姉様もミルアさんの本当のお父様の働いていたお店を探すのを手伝うと言っていましたし、許してくれると思います。


そう思い口から出た言葉でした。

ただ……


「お願いします。カタリナ王女を説得するのは大変そうですので」


レオンハルト様の口から姉様の名前が出た事になぜか小さく胸が痛みます。

どうしてでしょうか?


「メリル王女? どうかされましたか?」

「な、何でもありません。そうですね。レオンハルト様は姉様とあまり仲がよろしくなさそうですから」


レオンハルト様の声に身体が小さく震えてしまいました。

それを誤魔化すように声を出すのですが、なぜか、姉様とレオンハルト様が不仲だと言う事を強調してしまいました。

自分の口から出た言葉に慌てて両手で口を塞ぎますがすでに遅いです。

レオンハルト様は私の言葉に1度、困ったように笑われますがすぐにいつも通りの優しい笑みを浮かべてくれます。


……気分を害されてしまったでしょうか?

先ほどの言葉が失言だった事はわかります。謝らなければいけないはずなのですがその言葉が出てきません。

それどころかレオンハルト様が今、何を考えておられるかが気になってしまっています。


「確かにお互い我が強そうですからね。それにカタリナ王女から見れば私は妹であるメリル王女を奪って行く者ですから、面白くはないでしょう」


レオンハルト様は関係的に仕方のない事だと答えてくれます。

それは私のような何も知らない子供をあやすような大人の方の反応でした。

実際、子供の反応だとは思います。

正体のわからない胸の痛みにレオンハルト様に当たってしまったのですから、情けなくて涙が出てきそうになります。


「そうでしょうか?」

「はい。メリル王女も突然、アーガスト王が婚約者を連れてこられては面白くないでしょう?」


ここで泣いてしまえばレオンハルト様を困らせてしまうのではないかと言う考えが浮かびました。

何とか涙を抑え込みます。

レオンハルト様は笑みを浮かべたまま、小さく頷いてくれました。

その言葉で胸のつかえが少しだけ取れた気がしました。


ただ、兄様に婚約者ですか?

今まで聞いた事が無かったため、その言葉に何かが引っかかってしまいます。

お世話をしてくれている方達がこぼしていました王位を継いだのに兄様は浮いた話の1つもないと。

私と兄様の状況は少し違うかも知れませんがそう考えると胸の奥がもやもやとします。

このもやもやが面白くないと言う事なのでしょうか?

姉様もレオンハルト様を相手にこのような事を思っていてくれているのでしょうか?


「この胸の奥にあるもやもやが面白くないと言う物なんでしょうか?」

「そうですね。メリル王女は本当にアーガスト王をしたっていられるようだ。少しだけ妬けてしまいますね」


昔のお部屋の中に閉じこもっていた時には知らなかった感情に戸惑ってしまいます。

それを確かめたくて口を開くとレオンハルト様は頷いてくれた後、少し大げさに肩を落とされました。


妬ける? レオンハルト様もこのような想いをしてくれているのでしょうか?

そう思った時、一気に顔が熱くなったような気がしました。

ど、どういう事なのでしょうか?

自分の状況が理解できません。ただ、この場から、レオンハルト様の前から逃げ出したい気持ちでいっぱいになります。


「どうかされましたか?」

「な、何でもありません。明日の件はわかりました。あの、私、そろそろ、お部屋に戻ります」

「そうですか? 忘れるところでした。先ほど、ミルアちゃんやディアナとともに城下に行ってきたのですが、明日の約束を破ってしまったお詫びです。受け取ってください」

「は、はい。ありがとうございます」


ただ、ここに居たいと言う気持ちも同時に存在しています。

不思議なのですが、今は逃げ出したい方が強いようで慌ててレオンハルト様に向かって頭を下げました。

レオンハルト様は私の態度に深く追求する事無く、小さく頷かれると私の前に本を置かれました。

私はその本を胸に抱えると逃げ出すように中庭を後にしました。


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