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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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二七話

「……なんで、一緒に来るんですか?」

「あの部屋にはいたくなかったんだよ」

「何ですか? こんな物で懐柔なんてされませんよ」


レストの状態から話を聞き出せないと判断した私はミルアちゃんとディアナに同行させて貰って城下へと訪れた。

私が城下に行くと言う事で、少しスタルジックの者達が慌てたわけだけど元々、私が提案したザシド先生包囲作戦がある。

それを使って私服の兵士達が何人か付いてきていたりする。

私はそれで構わないのだけど、ミルアちゃんはどうやら私が同行する事に不満のようだ。

ただ、ミルアちゃんのお願いを聞き入れるしかなかったレストは絶対に機嫌が悪く、私の疑問に答えてくれるわけがない。

それどころかあの冷たい視線を間違いなく受ける事になるだろう。

そんな事は絶対にごめんだ。

ミルアちゃんの言葉にため息を吐くとお菓子を売っている露店を見つけて袋詰めのキャンディを買う。

キャンディを1つ取り出してミルアちゃんの手のひらに乗せると彼女は文句を言いながらもすぐにキャンディを口の中に放り込んで表情を和らげる。


……ずいぶんと安いもので機嫌が直るね。


キャンディ1つで機嫌を直す彼女は単純で良いなと思いながらも口に出す事はない。

下手な事を言って機嫌を損ねるとレストとの話し合いで不利になる。

袋からキャンディを取り出してディアナや同行してくれている兵士達にも配る。

任務中だと言う者達もいたが、その辺は難癖を付けて押し切った。


「それで、ミルアちゃんとディアナは何を見に来たんだい?」

「ケーキ屋さんです」

「まだ、食べるの? ふと……」


全員でキャンディを頬張りながら城下を歩くと言うおかしな状況に笑みがこぼれそうになるけど、何とか我慢する。

それを誤魔化すように今回の目的を聞くと彼女は趣味のケーキ焼きの参考にするためにスタルジックのケーキを食べに行くと言うのだ。

今日はすでにメリル王女の部屋でいくつもケーキを食べている。正直、食べ過ぎだ。私はメリル王女とともにダンス練習をしていたからそれなりに運動はしていたから余裕はあるけど、ただ、練習を見ていただけのミルアちゃんとディアナのお肉には確実に繋がる。

女性は体重が少し増えただけで騒ぐのだから、少しは自重したら良いのに。

ため息とともに言葉が漏れかけるとミルアちゃんだけではなく同行している女性兵士にも睨まれてしまったよ。


「別にケーキを食べに行くわけじゃないです。お話を聞きに行くんです」

「話? ダメだよ。いきなり現れた娘にケーキ作りのノウハウを教えてくれるわけないじゃないか」


彼女の周りには優しい人間が多いせいか、話をすれば簡単にいろいろと教えてくれると思っているようだ。

多くの職人はケーキを焼く事で生きる術としているのだから、簡単に教えてくれるわけがない。


「それは聞ければ嬉しいですけど、私だってそこまでの事を聞けるとは思っていませんよ」


ミルアちゃんは言われるまでもなく、わかっているとため息を吐くのだけど、そうするとケーキ屋に話を聞く理由がわからない。


「ミルアさんの本当のお父様はスタルジックでケーキ作りを学んだそうです。それでお父様の事を知っている職人がいないか調べてみようと言う話になりました」

「そうなんだ……それ、ザシド先生に聞いたら早いんじゃないの?」


首を傾げている私を見て、ディアナはミルアちゃんの目的を教えてくれる。

ただ、私達の周辺でミルアちゃんの実父に付いて1番詳しいのは彼女の養父になったザシド先生だ。

ケーキ屋めぐりなどしなくても先生に確認をすれば外れを引く事無く、父親の過去にいた店にだって行きつく事だってできるはず……それなのになぜ、城下を歩くのかな?

効率の悪いミルアちゃんの考えに眉間にしわが寄ってしまう。

私の考えはミルアちゃんもわかっているようであり、視線を泳がせる。

彼女の様子から、なんとなく、状況を察する事ができた。彼女はまだ先生とまともに話をできていないらしい。


「ミルアちゃん、どうして先生と話をしないのかな?」

「仕方ないじゃないですか。お忙しそうですし、私が養女になったせいで、レスト様がスタルジックにいる間にまとめないといけない報告書だってあるみたいですから」


彼女なりに先生の事を気づかっているようだけど、それが本当に先生と彼女のためになるとは思えない。

確かに彼女の言い分もわかる。レストがスタルジックにいる間にまとめないといけないものも多い。

だからと言って、彼女が先生と話さなくて良いと言うわけではない。


「時間が限られているのはミルアちゃんも一緒じゃないの? シュゼリアに戻ったら話す機会もなくなるよ」

「そうかも知れませんけど……」


ある程度、なれておかなければ時間が経つほど話しにくくなるだろう。

せっかく、家族になったとは言え、ミルアちゃんは数日後にはシュゼリアに戻るのだから、戻ってしまえば話す機会などなくなってしまう。

手紙と言う手段もないとは言えないけど先生の場合、返事をくれるかに疑問が残る。それに返事が有っても形式的な物に見えるものかも知れないし、報告書のような淡々としたもの可能性だって高い。

レストがいるから先生はこんな人だと話してくれるだろうけど、だからと言って人となりを自分で確かめていなければ戻ってきた返事を見て落ち込む可能性は充分に考えられる。


「ケーキ屋めぐりは明日にしようか? レストも付けるから、それなら先生とも話ができるだろうし」

「何を言っているんですか? お2人はお忙しいんですよ。レオンハルト様と違うんです」


……せっかく、気を使ったのに酷い言われようだね。


何とか、レンディル家の管理以外の話は他の人間に振り分けてレストと先生に時間を作ろうと考えたのだけど、即座に否定されてしまう。

彼女の反応に眉間にしわを寄せてしまう私を見て、兵士達は戸惑っているのか眉間にしわを寄せているがミルアちゃんは気にする様子も見せない。

その辺に付いては彼女に期待などしていないから良いのだけどね。


「2人が忙しいのは知っているよ。だから、私が動くと言っているんだ」

「レオンハルト様が動く? ……また、おかしな事をするつもりですか?」


……だから、どうして、この娘は私を疑う事から入るかな?

ため息が漏れてしまうけど、ここでくだらないやり取りをするのも時間の無駄だ。

私とミルアちゃんのやり取りにディアナは笑いをかみ殺しているけど兵士達は気まずいようだし、あまり、おかしな事にしていると指揮にも関わるからね。


「おかしな事と言うわけではないよ。スタルジック側と詰めなければいけない話は私が代わりにやるよ。報告書は書く事はできないけど2人が必要としている要点くらいはまとめる事はできるよ」

「……熱でもあるんですか?」

「ミルアさん、それは流石に言い過ぎではないですかね?」


2人の代わりの仕事を買って出ると言うのだけど、ミルアちゃんからは疑いの視線を向けられたままだ。

さすがに私の事が哀れになったようでディアナが味方に付いてくれたのだけど、彼女の目にはこれは貸しだと言う意味が込められているのがわかる。

いつまでも時間がかけられないため、仕方ないと割り切って頷くとディアナがミルアちゃんの説得を代わってくれたわけだけど、ここまで疑われる事には納得がいかない。


「本当にできるんですか?」

「やるよ。これでも2人の主君筋なんだから、臣下ができる事ができないわけにはいかないだろう」


ディアナに説得されて何とか納得したようだけれど、それでも私の事を疑っているようだ。

かかる時間は多少違ってもできなくはない。これは本当だ。ただ、余計な事を言うとまたグダグダと言って逃げ道を探すに違いない。

だから、余裕と言った感じを見せる……信じてくれると良いんだけどね。


「……わかりました。お願いします」


ミルアちゃんはまだ疑っていたのか少し考え込んだ後に頭を下げる。

時間がかかってしまった事にため息が漏れそうになるのだけれど、ここでため息を吐くと不評を買うのは予想できるため、バカな事はしない。


「ですけど、レオンハルト様は良いんですか?」

「何が?」

「スタルジックにいる間は、メリル王女のダンスの練習相手をすると約束していませんでした?」


……メリル王女の事をすっかり忘れていたよ。


ミルアちゃんに言われて気が付くと言う醜態に眉間にしわが寄ってしまうけれど気にしてもいられない。

現状で言えば、メリル王女より、懐柔すべきはミルアちゃんなのだ。

ただ、同盟を続けるにあたり、婚約者様の機嫌を損なうのは得策ではない。


「……とりあえず、メリル王女の機嫌を損ねないためにも何かお土産を買って帰ろうか? せっかく、城下に来たわけだし」

「そうですね。何にしましょうか?」

「恋愛小説にしようか? 同じものを何度も読ませるのもなんだし」


メリル王女は事情を話せば特に疑いを持つ事無く、頷いてくれそうだけど万が一もあるため、機嫌取りの贈り物をしようと決める。

ミルアちゃんも贈り物に付いては賛成のようで一緒に頭を悩ませてくれた。

その後、書店に顔を出して同行していた女性兵士にも意見を聞きながらメリル王女に贈る小説を選んだ。



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