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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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二六話

「……はい」


メリル王女の部屋から出た後、ミルアちゃんをディアナに押し付けてレストに与えられて部屋のドアを叩く。

部屋の中からはいつも通り、不機嫌そうな声で返事がある。


返事を聞いてドアを開く。

部屋の中を見渡すとレストは机に向かって報告書をまとめているようだ。

彼は1度、私の顔へと視線を移すもののすぐに視線を元に戻す。


「何の用だ?」

「何の用だって、わかっているんじゃないのかい?」


レストの声はいつも通り淡々としている。

反応から見ても、そろそろ、私が来るのがわかっていたと言う事だろう。

部屋にあるイスを引っ張り出してレストの向かい側に腰を下ろして挑発するように笑ってみる。

だけど、レストの表情が変わるわけがない。


本当につまらないね。

ミルアちゃんとまでは言わないものの、もう少し反応してくれても良いじゃないか?

サド心に火が点かない相手だとつくづく思うのだけど仕方ないか。

ため息を吐いて見せるけど、レストが反応する事はない。

それどころか無表情ではある物のその瞳は早く出て行けと言っている。


「そろそろ、父上やレストが何を企んでいるか教えて貰えないかと思ってさ。いたいけな王女をだましているのは心が引けるからさ」

「そのような心を持っていたとは初耳だな」


……酷い罵声を淡々とした口調で浴びせられたよ。


レストの反応から見ても、父上達が何かを企んでいる事はわかる。

それがシュゼリアだけに利が有ってスタルジックを食い物にする可能性がないとは言えない。

レストはミルアちゃんが関わってくると甘々ではあるけど何かを切り捨てなければ道が切り開けない時には冷酷とも言われても判断をする男だ。

そして、それは父上も同様だろう。

私もそれくらいの覚悟はしているが、さすがにあんなにサド心を刺激する人間を簡単に絶望のどん底に叩き起こすのはもったいな……気が引ける。


「レスト、私も無駄な事をやっているつもりはないんだよ。私は自分の立場は理解しているんだよ。何かあった時に情を移す事はないから安心しなよ」


ため息を吐いて見せる。

私の言葉に嘘などはない。

私自身、国を動かして行くために重要な1つのコマである事は理解している。

だから、情などメリル王女にかける事はない。

利用価値はあるだろうから、しっかりと好印象も与えて来た。

ただ、カタリナ王女は私を疑っていたようだけどね。

カタリナ王女の評価は少し上げなければいけない。

彼女はきっと自分の立ち位置を理解できている私と同じ考えをできる人間だ。

考えはまだ浅はかではありそうだけど、どちらかと言えば、彼女を妃に迎えた方がこの先、上手く行くだろう。

レストの事だから、それは理解しているはずだ。

それなのに国の良く末を何も考えていないバカな王女を婚約者に指名したのだ。

何か裏があると考える方が普通だろう。


「……その考えをメリル様なら変えられると思っているのだがな」


……聞き逃してしまったよ。

レストがため息を吐いた時、何かつぶやいたのだけど聞き逃してしまった。

まったく、もっとはっきりと話をして欲しいものだね。


「何を言ったんだい?」

「……なんでもない。お前が気にする事ではない」


つぶやきに付いて聞き直して見るのだけど、反応から見るに先ほどのつぶやきはどうやら口を滑らせていたようだ。

聞き逃した事にため息が漏れてしまうけど、いつまでもそのつぶやきに付いて聞くと部屋から追い出されてしまうだろうからここまでにしておこう。


「それで父上は何を企んでいるんだい? そろそろ、教えてくれても良いんじゃないかな? レストも口ではメリル王女に接触するなと言っていたけど、どうやら、力づくで止める気は無かったようだし」

「……メリル様にお会いしたのか?」

「したよ。ミルアちゃんは良い反応をしてくれたよ。ミルアちゃんには私をメリル王女に会わせないようにとは言っていたようだけど、行動が伴っていないんだ。疑うなと言う方がおかしいだろ。これも計算の内だとしか思えないね」


ただ、このままだとレストにはぐらかせて終わってしまう可能性がある。

若いが彼はシュゼリアの次代を担う優秀な外交官なのだ。

すでに他国の強者達とも淡々とした口調で渡り合っている。

熱くなる時はある物の基本的にミルアちゃんが関わっている時だけなのだから厄介だ。


それにこちらが熱くなってしまえば、話にならないとこの場すら打ち切られてしまう可能性もある。

ため息を吐きながら冷静な判断で何か裏で何かあると告げて見る。

口では会うなと言っていただろうと言っているが、彼の中では私がメリル王女に接触するのは想定内なのだ。

……若干、彼の手のひらの上で動かされている事に面白くなかった事を思い出してミルアちゃんの名前を出してみる。

彼女の名前にレストの眉間には小さなしわが寄るがそのしわはすぐに元に戻ってしまう。


やっぱり、彼女を上手く使わないといけないのかな?

いや、でも、レストの事だからミルアちゃんの事も計算の内かも知れない。

表情が読み取れない友人の様子にため息が漏れてしまう。


「それが計算内だと言うのなら、お前に話をしないのも計算内だ。気にする必要はない」

「話を聞かせないのも計算の内……それは言われた方は面白くないと思うんだけど」

「知らん。だいたい、女性に取り入るのはお前の特技の1つだろう。私の仕事の邪魔をしていないでその特技を生かしてメリル様の関心でも引いていろ」


あくまで話さないのには意味があると言いたいようだ。

正直、あまり面白くはないね。

それも誹謗中傷まで付いてくる。

確かに女性を口説くのはレストやロゼットに比べれば得意だけど私だって節操ナシなわけではない。

だいたい、女性を口説くのは駆け引きが楽しいので有って誰かに言われて口説くのは面白くはない。

その辺がわからないから、ミルアちゃんとまとまるまで10年もかかるんだ。


「レストはわかっていないね。確かに女性を口説いてからお楽しみの時間も確かに楽しいけど、そこまでの過程が楽しいんじゃないか。それがわからないとミルアちゃんと愛想をつかされちゃうよ」


……失言だった。


その一言を言った瞬間にこの部屋の温度が一気に下がったような気がした。

目の前のレストの表情は微動だにしていないが自分が間違った選択肢を選んだ事は理解できる。


「レスト、これは言葉のあやってやつで悪意はないよ」

「……そうか」


息がつまる。

この空気に耐え切れずに弁明をしようとするのだけど、声が上ずってしまう。

間違いなく、顔は引きつっているだろう。

レストは表情を変える事無く、小さく頷くのだけど、この部屋の空気が元に戻る気配は感じられない。


……今日は逃げ出そうか?

長い付き合いだけどこの空気には耐え切れない。

その時、ドアを叩く音が部屋に響いた。

その音は控えめな音だったのだけど、しっかりと部屋の中を伝わり、この動きを止めようとした部屋の時間を戻す。


「た、助かった」

「レスト様、ミルアです」


空気が戻って行く様子に大きく息を吸う。

肺の中に入って行く空気はすごく温かいものに感じた。

その空気に安堵した時、ドアを叩いた者がレストの名前を呼ぶ。

来訪者はミルアちゃんだったのだけど……まさか、レストはドアを叩く音でミルアちゃんだとわかったのだろうか?

レストは入室許可を出すとゆっくりとドアが開き、ミルアちゃんが部屋の中に入ってくるのだけど私の顔を見て顔をしかめる。


……本当に君は私の事を主君だと思っていないようだね。


ため息が漏れそうになるのだけど、助けて貰ったと言う事実がある。

今回は許してあげようと思い直す……次は覚えておくと良い。

私が考えている事を本能で察したのか、ミルアちゃんは身体を小さく震わせる。

そして、レストから冷たい視線を向けられてしまう……悪かったよ。頼むから、その目で睨みつけないで欲しい。


「ミ、ミルアちゃんはどうしたんだい? ケーキでも運んできてくれたのかな?」


レストの視線から逃げるためにミルアちゃんへと話を振る。

ケーキと言っては見たものの、彼女は手ぶらであり、『何を言っているんですか?』と言う視線を向けられてしまう。

……知っているよ。いろいろと有ったんだよ。それくらい察して欲しい。


「ミルア、何か問題が起きたのか?」

「そう言うわけではありません。あのですね」


レストは私の事を無視するようにミルアちゃんへと声をかける。

表情は見た目では微動だにしていないのだけど、その雰囲気は先ほど、私の体感温度を一気に下げた男と同一だとは思えない。

扱いの差にため息が漏れそうになるのだけど、下手な事をしてあの視線を向けられるわけにはいかない。

黙って、ミルアちゃんの言葉に耳を傾ける。


「えーと、これからディアナさんと城下にお買い物に行ってきても良いでしょうか?」

「城下に?」

「はい。少し見てきたいものがありまして」


ミルアちゃんが城下に行くと言った瞬間にレストの放つ空気がわずかに変わる。

彼女は気が付いていないようでダメですかとレストの顔を覗き込んだ。

最愛の彼女のお願いにあの無表情なレストが頷く姿にレストを味方に引き込むのに必要なのは彼女だと再認識した。


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