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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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二五話

「他にはありますか?」


促されて何度もたわいもない質問をさせていただきました。

本当にたわいもない質問で姉様には何度もため息を吐かれてしまいます。

姉様のため息が聞こえる度にもっと気の利いた質問がなかったかと落ち込みそうになしました。

それでもレオンハルト様は柔らかい笑みを浮かべたまま、イヤな表情1つする事無く、質問に答えてくださいました。

そして、他にもないのかと聞いてくれるのですが思い浮かぶものが無くなってしまい、どうして良いかわかりません。


「……メリル、あなたはレオンハルト様に言わなければいけない事があったのではないですか?」

「言わなければいけない事?」


必死に考えるのですが何も思い浮かばず、助けを求めようとした時、再び、姉様のため息が耳に入りました。


……レオンハルト様に言わなければいけない事? 何かあったでしょうか?

お芝居の婚約話に付いてでしょうか? ……いえ、このお話は姉様も知らないはずです。

そうすると……


「……レオンハルト様にいただいたものがあるでしょう?」


考えてもすぐに思いつかないでいると姉様は我慢できなくなったようです。

レオンハルト様にいただいた物?

ど、どうして忘れていたんでしょう。初めにお礼をしなければいけない事なのに。

顔から血の気が引いて行く気がします。

姉様におかしな事をすると私だけではなく、兄様やスタルジックの評判も落としてしまうと言われていたのに。


「あ、あの、レオンハルト様」

「はい。慌てなくても良いですよ」


慌てて、レオンハルト様の名前を呼ぶのですが言葉が続きませんでした。

私の様子にレオンハルト様はイヤな顔を1つする事無く、微笑んでいてくれています。

気持ちを落ち着かせようと深呼吸をするのですが、簡単には収まりそうもありません。


どうしよう……どうやって、お礼を伝えたら良いのでしょうか?


言葉に出せればすぐに終わるはずなのになぜか言葉が続いてきません。

どうすれば良いかわからずに周囲を見回しているとレオンハルト様からいただいた小説が目に映りました。

慌てて手を伸ばして、小説の表紙をレオンハルト様へと向けます。


「あ、あの。あ、ありがとうございました」


すでに慌てている私には気の利いた言葉など出てくるはずも一言でお礼を言うのが精一杯でした。

隣で姉様が険しい表情をしているのがわかります。

それでも精一杯でした。


「気に入っていただけましたか?」

「は、はい」

「それは良かったです。私はあまりこのような物を読みませんので気に入っていただけるか不安でした」


レオンハルト様は元々、恋愛小説を読むような方ではないようです。

男性ですし、年上だからだとは思いますけど、もしかしたらこの小説のお話ができるのではとも考えていたので少し残念でした。


「そうだ。レオンハルト様」

「何?」

「これ、どういう事ですか? 私への嫌がらせですか?」


その時、ミルアさんが何かを思いだしたかのようにレオンハルト様を呼ぶと私の持っている恋愛小説を指差してレオンハルト様を威嚇します。

そう言えば、先日も嫌がらせだと言っていたような気がします。

ただ、なぜでしょう?

何度も読みましたが、この小説がミルアさんを怒らせるようなものではなかったはずです。

お話はメイドさんと若い当主様の恋愛のお話です。

ミルアさんを怒らせる要素などまったくないはずです。


「ミルアちゃん、まったく意味がわからない。なんで、メリル王女に贈った恋愛小説がミルアちゃんに嫌がらせをしている事になるんだい?」

「……」

「睨まれる意味がわからないからね。それにメリル王女への贈り物に因縁をつけるのは止めてくれないかな。下手したら、外交問題になるから、あの失礼なメイドを処分してしまいなさいとか言われたら、私はレストになんと言えば良いんだい?」


レオンハルト様もミルアさんが怒っている理由がわからないようです。

それなのにミルアさんは嘘を吐いているのではと疑っているのか、レオンハルト様のお顔をじっと見ています。

彼女の視線にレオンハルト様は心外だと言いたいようでため息を吐かれた後、ミルアさんが私や姉様から不評を買ってしまうと言います。


ミルアさんを処罰なんて私ができるわけがありません。

そんな事はしないと首を大きく横に振って見せます。

姉様だってそんな事はしないです。

そう思っていたのですが、姉様の表情はとても険しいものでした。


「あ、あの。姉様」

「……安心しなさい。この程度の事では怒りません。それにミルアさんに言っても無駄でしょう」


姉様の表情にもしやと思ってしまいました。

私の声に姉様は首を横に振った後、ため息を吐かれます。

良かったと胸をなで下ろすのですが、姉様の言葉に何か引っかかります。

レオンハルト様は私の疑問の答えを知っているようで苦笑いを浮かべておられます。


「申し訳ありません。ミルアちゃんは幼い頃からすぐそばに恐ろしい者がいたので恐怖に関する基準が他人とどこかずれているせいか、その辺の気づかいができないんです」

「……そうですね。確かにあの恐怖と始終対峙していてはどこかずれてくるでしょう」


疑問の答えを聞こうとした時、レオンハルト様は姉様に謝罪をされます。

姉様は謝罪の言葉を聞いて頷かれた後、ミルアさんのお顔を見て眉間に深いしわを寄せられました。

……なんとなくですけど、レオンハルト様と姉様がレスト様の事を言っている事がわかります。

気になって声をかけようとするのですがディアナさんと目が合いました。

彼女はまたも必死に笑いをこらえているように見えます。


間違った答えを出すとまた笑われてしまいます。

……いえ、彼女は私がレオンハルト様と姉様に話しかけようとした様子に笑っていたのです。

きっと、今回は話しかけない方が良い気がします。


そう考えて何とか踏みとどまるとディアナさんはつまらないと言いたげにため息を吐いています。

どうやら、正解を選べたようです。


「嫌がらせでなかったら、なんでこのお話を選んだんですか?」

「なぜと聞かれても困るんだけど、さっきも言ったけど、私はこのような小説は読まないんだよ。ただ、非公式とは言え、婚約者がいるスタルジックに行くんだ。何か贈り物をと思っていて友人に相談しただけだよ」


ミルアさんはまだ疑っているようです。

レオンハルト様は小さく肩を落とすとこの小説を送るためにご友人に相談されたそうです。

そのご友人はどのような方なのでしょう?

恋愛小説を読まれる方? やはり、女性なのでしょうか?

その時、胸の奥が小さく痛んだような気がしました。


「あ、あの。そのご友人とは女性でしょうか? あ、あの。なんでもないです」

「男性ですよ。王都の図書館で司書をしている友人なのですがこのような小説に詳しい人を紹介してくれました」

「司書さんの知り合いで恋愛小説に詳しい人? ……イヤな予感しかしないです」


そして、無意識にご友人の性別を尋ねてしまいました。

慌てて首を横に振るのですがレオンハルト様は気分を害する事無く、答えてくれました。

自分の行動が恥ずかしくなってしまい、視線を伏せてしまうのですがミルアさんは何かあるのかぶつぶつとつぶやいています。


「レオンハルト様、1つ聞いても良いでしょうか?」

「疑いが晴れるならね」

「その人はこの小説に付いて何か言っていませんでしたか?」

「抽象的過ぎてなんて答えたら良いかわからないよ」


何か確認したい事があるのか、ミルアさんはレオンハルト様を呼びます。

疑われるのも嫌になってきたようでレオンハルト様は頷かれるのですが、ミルアさんの質問にすぐに肩を落としてしまわれます。

確かに意味がわからないです。


「質問を変えます。この小説を紹介してくれたのは自称根暗な文学少女ですか?」

「そうだね。自称根暗な文学少女だって言っていたよ。私はキラキラしているらしくて話を聞いて貰うのにかなりの時間を有したよ。私は身分を隠していたんだけどね。根暗な文学少女って言っているわりに本能で動く感じの子だったね」

「本能で動くと言うのは賛成ですけど……キュリアちゃん、おかしなところでレオンハルト様と繋がらないでください」


どうやら、ミルアさんはレオンハルト様にこの小説を薦めてくれた方とご友人のようです。

肩を落とす彼女の様子にレオンハルト様も私と同じ事を思ったようで苦笑いを浮かべられました。


「そう言えば、それはどのようなお話だったのですか?」

「は、はい。あのメイドさんと若い当主様の恋愛のお話でした」

「なるほど、それで私が嫌がらせをしたか。それにあの子の最近、友人に同じような事があったんですと言っていた意味がわかったよ。ミルアちゃんはその子と友人だったんだね」


レオンハルト様は小説の内容を聞いて状況を察したようです。

この小説を薦められた時の事を思い出しているようで表情を緩ませているのですがなぜでしょうか?

胸の辺りがもやもやとしています。


「メリル、レオンハルト様、そろそろお話はこれくらいにして練習に戻りませんか?」

「そうですね。お話はまた休憩の時にでもしましょうか?」

「は、はい。レオンハルト様、よろしくお願いいたします」


意味がわからない胸のもやもやに首を捻っていると姉様が練習に戻ろうと言われます。

その言葉に頷いて練習を再開するのですが、なぜか休憩の後の練習は上手く行かず、レオンハルト様の足を何度も踏んでしまいました。

それでもレオンハルト様はイヤな顔1つせずに最後まで練習に付き合ってくれました。


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