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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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二三話

「……やはり、男性が必要ですね」

「はい」


姉様に礼儀作法以外にダンスの練習相手にもなって貰っているため、1日のほとんどを姉様と過ごしています。

ザシド先生は1度だけ、お部屋に顔を出されたのですが私と姉様の様子を見て、レスト殿達がスタルジックに滞在している間はすべて礼儀作法とダンスの時間にしても良いと言ってくだされました。

ダンスの練習では姉様が男性役を買って出てくれているのですが、身長の関係であまり上手くはいかないようで難しい表情をされています。


「メリル様、カタリナ様、休憩にしませんか? あまり、根を詰め過ぎると転んでケガをしてしまうかも知れませんし」

「……そうね。そうしましょうか」


練習の様子を見ていたミルアさんが温かい紅茶とケーキを用意してくれます。

確かに休憩なしで行っていて疲れて転んでしまった事もありました。

私はミルアさんの提案に頷きたいのですが、姉様がなんと言うかわかりません。

姉様へと視線を向けると目が合ってしまいました。

私の考えている事を察してくれたのか、姉様は小さくため息を吐くと休憩にしましょうと言ってくれました。


「そう言えば、ディアナさんはどうしたんですか?」

「今日は少し遅れると言っていたわね……おかしな事を考えていなければ良いけど」


ミルアさんが淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついたのですが、今日はディアナさんがいません。

姉様もディアナさんが何をしているのかわからないようでため息を吐きました。

ただ、姉様の中ではディアナさんが何かおかしな事をしている事が前提のようです。

その様子に私とミルアさんが笑ってしまうと姉様は不機嫌そうに頬を膨らませてしまいました。


「ミルアさん」

「何ですか?」

「ミルアさんはメリルの部屋に入り浸っていてもよろしいんですか? レスト殿のお世話をするためにスタルジックに来たのですよね?」


姉様の機嫌を直そうと話しかけようとした時、姉様がミルアさんを呼びます。

首を傾げるミルアさんの姿に姉様は彼女がこのお部屋に入り浸っている理由を尋ねました。


確かに姉様の言う通りです。

ミルアさんはレスト殿のお世話のためにスタルジックに来ていたはずです。

先日まではスタルジックの使用人さん達とともに働いている姿も見かけました。

何度かケーキを焼きに行ったりはしているものの、そんな彼女が今日はずっと私のお部屋にいます。


「えーと……余計な事をしないようにとレオンハルト様に怒られてしまいました」

「レオンハルト様に怒られたんですか?」


ミルアさんは少し気まずそうに笑いながら、レオンハルト様に怒られたと言います。


なぜ、レオンハルト様がミルアさんを怒るんでしょうか?

そ、それに怒ると言う事は……レオンハルト様は怖いお方なんでしょうか?

勝手にお優しいと私が思い込んでいるだけなんでしょうか?


「あ、あの」

「ミルアさん、何をされたんですか?」


詳しいお話を聞きたいのですか、どう聞いて良いかわからないです。

私がどうしていいかわからずに困っていると姉様はミルアさんに非があると考えられたようです。


「どうして、私が何かをした事になるんですか?」

「私の耳にもレオンハルト様やミルアさんのスタルジック滞在中の噂は入ってきますので」


疑われた事にミルアさんは不満なのか頬を膨らませるのですが姉様はぴしゃりと彼女の言葉を切り捨ててしまいます。

ミルアさんは何をされたのでしょうか? それに噂と言うのは?


「あの、ミルアさんは何を?」

「わ、私は働いていただけですよ」

「そう言う事にしておきましょう……美味しいです」


噂の事が気になったせいか、ミルアさんに尋ねるとミルアさんは自分は何も間違っていないと言われます。

姉様はかなり詳しくお話を聞いているようでため息を吐いた後、ケーキを1口食べて表情を和らげました。


「ミルアさんは料理人ではないんですよね? なぜ、メイドなのにケーキを焼かれているんですか? この味はスタルジックの名店と言われているお店と同等と言ってもいい出来です」

「ケーキを焼くのは趣味です。カタリナ様は褒めすぎですよ」

「褒めすぎではないと思います。普通にお店を開けそうですよね?」


ミルアさんのケーキを姉様も気に入られているようです。

ただ、彼女はレクサス家でメイドとして仕えているため、そんな彼女が料理人達を差し置いてケーキを焼いているか疑問に思ったようです。

ミルアさんは質問の意味がわからずに首を捻りました。

趣味とはレスト殿から聞いていたのですがこれだけ美味しいのですから、ケーキ屋さんをしていてもおかしくないと思います。


「趣味でここまで上達するんですか?」

「ミルアさんの本当のお父様は喫茶店をなさっていたそうです……」

「メリル、どうかしたんですか?」


ザシド先生から聞いていたミルアさんの本当のお父様のお話を思い出すのですが何か忘れている気がします。

何か思いだせそうで首を傾げていると私の様子を姉様は不審に思われたのか眉間にしわを寄せています。


「えーと、ザシド先生から前にミルアさんの本当のお父様に付いて聞いたような気がするんですけど、もう少しで思いだせそうなんですけど」

「そうなんですか?」

「はい……そうです。ミルアさんの本当のご両親はスタルジック出身でお父様はスタルジックでケーキ作りを学んだと」

「そ、それって本当ですか?」


ミルアさんのご両親がスタルジック出身だと言う事を思い出します。

私の言葉にミルアさんは一瞬、何が起きたかわからなかったようですがすぐに慌てて聞いてきます。

彼女の様子に戸惑ってしまいますがそれ以上の事を私は知らないので頷く事しかできません。


「お父さんがスタルジックでケーキ作りを学んでいたんですか?」

「は、はい。確か、先生がそのような事をおっしゃっていました。どこのお店か私はわかりませんけど」

「そうなんですか? 確かにそれならスタルジックの名店でケーキ作りを学んでいたのかも知れないですね……この味はどこだったでしょうか?」


先生からどこのお店で学んでいたかは聞いていませんでした。

私の言葉にミルアさんは小さく頷くのですが少し残念そうです。

その様子に姉様は何かあると感じたようでミルアさんのケーキの味と同じお店を思いだそうとするのですがすぐには出てこないようです。


「カタリナ様、知っているんですか?」

「……申し訳ありません。食べたのはかなり昔だった気がします。どうしてもお店の名前が思いだせません」

「そう……ですか」


姉様はしばらく考え込むのですがどうしても思いだせないようです。

ミルアさんは残念だったようで小さく肩を落とした後、気にしないで欲しいと笑顔を見せてくれるのですが、その笑顔には無理があるように思えます。


「私の方でも少し調べて見ましょう。ミルアさんのケーキは王城の使用人達も食べているのでしょう? それなら、知っている者達もいるでしょうし、ただ、ミルアさんが滞在している間に見つかるかはわかりませんよ」

「お、お願いします」

「気になさらないでください。私も興味がありますから」


彼女の笑顔が不自然だと言う事は姉様にもわかったようでミルアさんのお父様がケーキ作りを学んでいたお店を調べると言います。

ミルアさんは頭を下げると姉様は自分のためだと答えるのですが、その表情からは姉様がミルアさんのために動きたいと思っている事がわかりました。

姉様の考えている事がわかった事が嬉しくて笑みがこぼれてしまいました。

ただ、その様子を姉様に見られてしまい、睨まれてしまいます。


「メリル、あなたはザシド先生が買ってきたケーキをいくつも食べているんでしょう? ミルアさんのケーキに似た味はありませんでしたか?」

「……全部、美味しかったです」

「聞いた私がバカでしたわ」


姉様は恥ずかしいようでミルアさんのお父様が学んだお店の手がかりはないかと聞くのですが考えた事もなかったため、何もわかりません。

首を横に振る私の姿に姉様は大きく肩を落とされてしまいます。仕方ないじゃないですか、そんな事を考えてケーキを食べていなかったんですから。

なんとなく、居づらいので誤魔化すように紅茶を飲みます。

ミルアさんは私を見て、気にしなくて良いですと笑ってくれるのですがその優しさが辛いです。


「あ、はい」

「ディアナです。お客様をお連れしました」

「ど、どうぞ」


その時、ドアを叩く音が響きました。

気まずかったせいか、慌てて返事をすると姉様はもう少し落ち着いていなさいと言いたいのか小さくため息を吐かれます。

姉様のため息にどうして良いか迷ってしまうのですがドアを叩いたのはディアナさんであり、彼女はお客様を連れてきたと言われました。

お客様と言われたのですがディアナさんが連れてくる方に心当たりがありません。

私が首を傾げた時、ゆっくりとドアが開き、ディアナさんと一緒に綺麗な銀髪で燃えるような緋色の瞳をした美しい男性がお部屋に入ってきました。

そのお姿に見とれてしまった時、男性は柔らかな笑みを浮かべた後に深々と頭を下げました。


「初めまして、レオンハルト=シュゼリアです。メリル王女、カタリナ王女、お目にかかれて光栄です」


男性は私のお芝居での婚約者様であり、突然の事で私と姉様が言葉を失っているなか、ミルアさんの絶叫だけがお部屋の中に響きました。


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