二十話
「……今度は何ですか?」
「ミルアちゃん、何度も言うけど、私は君の国の次期国王だからね」
「知っていますよ。でも、私は見ての通り、忙しいので邪魔をしないでください」
レストとザシド先生に部屋から追い出されたため、ミルアちゃんにお茶会の様子を聞こうと接触したのだけどすぐにジト目で見られてしまう。
大きくため息を吐いて見せるのだけど、ミルアちゃんが態度を変える事はない。
彼女は当然のように王城に仕える使用人達と一緒に働いており、忙しいと言って私を追い払おうとする始末だ。
「ミルアちゃん、気になっていたんだけど、なんで、ミルアちゃんはスタルジックの者達と一緒に働いているんだい?」
彼女はレスト達と言ったシュゼリアの者達の世話をするためにスタルジックに来たのだけど、スタルジックの者達に混じって仕事をするように指示は出ていない。
現にレスト以外が連れてきた各家の使用人達は主の世話のみをしており、レストがケーキを焼かせるためにミルアちゃんを連れてきたとしても彼女がスタルジックの者達をともに働く理由はない。
しかし、彼女は私の言っている意味がまったく理解できないようで首を傾げており、その姿にため息が漏れてしまう。
「……また、私をバカにしていますね」
「そう言うわけではないけど、あまり部外者が何かすると他の者達も気を使うんじゃないかな?」
ミルアちゃんはバカにされていると思ったようで頬を膨らませるのだけど、一般的な考えだと伝える。
私の言葉でミルアちゃんは一緒に仕事をしているスタルジックの使用人達へと視線を向けた。
使用人達は少しだけ困ったように笑うともう慣れましたと言い、ミルアちゃんは問題ないと残念な胸を張るのだけど……いや、すでに彼女達は諦めたと言っているんだよ。
ミルアちゃんの行動を謝ると使用人達は慌ててしまう。
扱いはぞんざいでも隣国の王族に頭を下げさせるのは不味いと思ったのかすぐに頭を上げて欲しいと頼まれる。
「レオンハルト様、嫌がらせですか?」
「そんなつもりはないよ。だいたい、ミルアちゃんがおかしな事をしていなければこんな事になっていないんだから」
使用人達の様子にミルアちゃんは私を責めるような視線を向けてくる。
彼女は自分が悪いとはまったく思っていないらしい。
それも彼女らしいと思うし、短時間でスタルジックの使用人達と親交を深める事ができたのは才能だとは思うけど、もう少し自分の立場を理解して欲しい。
先日まではただのレクサス家の使用人だったけど、今ではレンディル家の令嬢でもあるんだから、立場をわからせるために皮肉を込めて言ってはみるものの彼女が理解するはずもない。
「私は何もおかしな事はしていませんよ」
「あのね。ケーキを焼くのは確かにレストやアーガスト王に許可を貰ったミルアちゃんの仕事かも知れないけど、他は違うでしょ。それもこの間からはミルアちゃんは先生の義娘なの。先生はスタルジックでも重要人物、意味がわかるよね?」
……ダメだ。絶対に理解していない。
話をかみ砕いて説明してはみるものの、ミルアちゃんはまったく理解できていないようだ。
ため息しか漏れてこないのだけど、今、ミルアちゃんとこれ以上、不毛な話をしていても仕方ない。
使用人達に許可を貰ってミルアちゃんを借りる。
ミルアちゃんは不満げではあるけれど、それでも私の命令には従わないわけにも行かないようで頬を膨らませながら私の後を付いてくる。
「それで、今度は何の用ですか?」
「情報収集かな?」
「情報収集ですか?」
厨房で話し合いをすると他の者達の邪魔になるため、中庭へと移動する。
移動するなり、彼女は不満を隠す事無くため息を吐いて見せた。
その態度に苦笑いを浮かべるも私にも私の目的があるため、本題に移ろうとするのだけど彼女の視線は完全に私を疑っている。
……確かにミルアちゃんをからかってはいるけど、ここまで疑られる事はしていないつもりなんだけどね。
ため息が漏れるのだけれどもあまり時間をかけてもいられない。
1つ深呼吸をして表情を引き締めるとミルアちゃんは私がどのように踏み込んでくるのか警戒するように1歩下がった。
「別におかしな事は聞かないよ。お茶会の様子はどうだったのかと思ってさ。レストや先生も心配ないとは言っていたけど……あの2人に微妙な女心がわかると思う?」
お茶会の様子を聞こうとするのだけどお茶会と聞き、ミルアちゃんの警戒色が高まった。
その様子にため息が漏れるのだけれど正直な話、心配ないと言っていた2人に微妙な女心が理解できるとは思えない。
その辺を強調して言っては見るのだけれど、聞いた相手がかなり悪かった気がするね。
「微妙な女心って、メリル様とカタリナ様は姉妹なんですから、何があるって言うんですか? まさか、良からぬことを考えているんですか?」
……やっぱり、悪かった。
10年も自分へ向けられていたレストの気持ちをまったく気が付かなかったミルアちゃんだ。
そんな彼女がカタリナ王女の思惑など読み切れるわけがない。
無駄な事をしてしまった事にため息が漏れてしまった。
ミルアちゃんはそんな私を見て、疑いの視線を向けているのだけれどこのままにしていくわけにはいかない。
「……そういう事は考えていないよ。本当にカタリナ王女がメリル王女に敵意がないかは気になるんだよ」
警戒を解いて貰わないと話にならないと考えてあくまでもメリル王女の事を心配していると伝える。
ミルアちゃんは私の言葉が真実かを考え込み始める……もう少し、ミルアちゃんから信頼して貰えるように少し努力しようと思ったよ。
「敵意なんてないですよ。メリル様も最初は緊張していましたけど、最後の方は緊張もなくなっていましたし、それに明日からはメリル様の礼儀作法はカタリナ様が教えてくれるそうです」
「……うん。まったく状況がわからない」
「なんでですか」
彼女は問題などまったくないと残念な胸を張るのだけれど、全然、意味がわからない。
カタリナ王女がメリル王女に礼儀作法を教える理由が理解できない。
ミルアちゃんは私の事を見て、ため息を吐くのだけど普通にわからないからね。
だいたい、メリル王女は王族なのだから礼儀作法くらいは今更だろうし、しっかりとした先生だっているはずだ。
それなのに姉であるカタリナ王女がメリル王女に礼儀作法を教えると言っているのだ……正直、あまり、良い印象は受けないのが普通だろう。
本当にメリル王女が礼儀作法を苦手としている可能性もあるけれど正直、そんな娘を同盟国になろうとしている国に嫁がせるだろうか?
「ミルアちゃん、メリル王女は礼儀作法とかは苦手なのかい?」
メリル王女が本当に礼儀作法を苦手にしている可能性も確かに考えられる。
礼儀作法が苦手であれば彼女が姉2人と違って夜会や舞踏会など目立つ場所に出てこないと言うのも納得がいく。
確認のために聞いてみるとミルアちゃんは私の質問の意味がわからないようで首を傾げながらも頷いてくれる。
……苦手なのはわかったけど、カタリナ王女が出てくる理由がわからないね。
何か企んでいると見るべきか? それとも本当にメリル王女の事を考えてか?
情報が少ないせいか判断ができない。
「……レオンハルト様はどうして、カタリナ王女の事を疑っているんですか? 姉妹なんですよ」
「姉妹とは言ってもね。王族や貴族になってくると血を分けた兄弟でも骨肉の争いをするからね。信用するには情報が足りないかな?」
「骨肉の争い? そうなんですか?」
私が考え込んでいる様子を見たミルアちゃんは不満げに口を尖らせる。
それは平民出身の彼女らしい考えではあるのだけれども、王位継承者と言う事で地味に命が狙われたりしている身からすれば彼女の考えは甘いとしか言えない。
ミルアちゃんは信じられないと言いながらも自分には関係のない事だと思っているようで首を傾げるものの危機感はない。
「……ミルアちゃん、レクサス家もシュゼリアの有力貴族なんだから、何十年か後にレクサス家にも起こりうる事なんだからね」
「そんな事は起きませんよ」
当事者になる可能性もあると忠告してみるのだけれど彼女は絶対にありえないとため息を吐く。
レストならその辺の事は後腐れなく処理しそうだから問題はないとは思うけど、万が一がないとは言えないんだけどね。
「レオンハルト様がカタリナ様の何を疑っているかはわかりませんけど、変な事はしないでくださいね。せっかく、メリル様がカタリナ様とお話しできるようになったんですから、姉妹の絆を引き裂かないで下さいよ」
「……いや、今まであまり話をしてこなかった姉妹に引き裂けるほどの絆があるとは思えないんだけど」
「そんな事はありません」
ミルアちゃんはおかしな事をするなと言うのだけど、何か起きそうな気がして眉間にしわが寄ってしまう。
私の反応にミルアちゃんはメリル王女とカタリナ王女の間で間違いなど起きないと言うと私を置いて厨房に向かって歩き出す。
「……心配し過ぎなのかな?」
ミルアちゃんの目には2人の関係は良好に見えていたようで私の質問は不愉快だったようだ。
彼女の背中を見ながらため息を吐くのだけど誰からも返事などあるわけがない。




