十九話
「……それなら、なぜ、メリルの顔を見に来ないのですか? 女好きの節操ナシなら早く子をなしてしまえば同盟も安泰ですのに」
「王城に仕えている娘や貴族の娘にも手を出していると言うお話は聞きませんね……ちょっかいを出しているのは主にミルアさんだと」
姉様はミルアさんの言葉に何やらぶつぶつと言いながら考え込んでいます。
私にはよく聞き取れませんがディアナさんは姉様の考えている事が理解できているのか、小さく頷くと2人の視線はミルアさんへと向けられました。
……私、完全にお話から外されていますね。
少し寂しいのですが姉様の邪魔をしてはいけないと思います。
「ちょっかいと言うか、完全に遊ばれているだけですよ。レオンハルト様は私の事をおもちゃだと思っていますから」
「おもちゃですか? ……確かにそれは理解できますけど、それならば絶対にこの場に顔を出すでしょう。私なら絶対にこの場所に顔を出します」
大きく肩を落とすミルアさんの様子にディアナさんは私や姉様の顔を見た後にレオンハルト様なら間違いなくこの場に現れると断言します。
その言葉に姉様の額には小さく青筋が浮かび上がりますが姉様は声を上げる事無く、自分を落ち着かせようとしているのか紅茶を口に運んでいます。
「この場に来る? なぜでしょうか?」
ディアナさんの確信めいた言葉がきになり、声に出してしまいました。
私の言葉にディアナさんの口元が小さく緩みます。
その表情の変化に私の背中にはなぜか冷たい物がつたった気がしました。
「あ、あの……」
「どうしてか、メリル様は興味がおありですか?」
「え、えーと」
正体のわからない恐怖に頬が引きつります。
私の反応とは逆にディアナさんの表情は喜色に満ちて見え、私の中に存在している何かがこれ以上は踏み込んで聞いてはいけないと言っている気がします。
「メリル様、申し訳ありません。ディアナさんも私とは方向性が違うんです。ですから、ご自分で乗り越えてください」
助けて欲しいと思い、ミルアさんへと視線を向けるのですがなぜか視線は逸らされてしまいます。
それも意味がわからない事をおっしゃりながらです。
ほ、方向性とは何でしょうか?
意味の解らない言葉に頭が混乱して行きます。
「興味がおありですか?」
「ひ、ひい」
ディアナさんは楽しそうな笑顔です。
ただ、私はその笑顔に恐怖しか感じず、おかしな声を上げてしまいました。
笑顔を見て、恐怖を感じるなど相手にとって不愉快でしかないのに、そんな失礼な事をしてディアナさんを怒らせてしまってはいけないと思い、ディアナさんへと視線を向けます。
……どうしてでしょう?
彼女の顔はつやつやとして潤っているように見えます。
「……ディアナ、いい加減にしなさい。話が進みません」
「ね、姉様」
「メリル、あなたもしっかりとしなさい。あなたはシュゼリアに行くのですよ。このような場面に遭遇する時だってあるのです。自分でどうにかするように努力するべきではないのですか?」
その時、姉様がディアナさんを止めてくれました。
姉様の助けに嬉しくて泣き出しそうになります……すぐに姉様に睨まれてしまい、何とか我慢します。
泣くのを我慢している私の様子に姉様は小さくため息を吐くと眉間にしわを寄せられました……何をお考えになっているのでしょうか?
「レオンハルト様はあまり隣国の夜会や舞踏会などには出席されないお方……ただ、その手腕はすでにシュゼリアには欠かせないとまで言われています。その方があえてメリルと顔を合わせに来ないと言う事は何か策を弄しているのでしょうか?」
「……」
「ミルアさん、あなたは何か知らないのですか?」
姉様のつぶやきにミルアさんはなぜか視線を泳がせてしまいます。
彼女の様子に姉様も気が付いたようでミルアさんに鋭い視線を向けました。
ミルアさんが何かを隠していると姉様は確信したようにも見えます。
「わ、私は何も知りませんよ」
姉様の視線にミルアさんは首を横に振り、否定するのですがその様子から彼女が何かを隠している事はわかります。
でも、それはきっとこの婚約話自体がお芝居だと言う事であり、私の視線も泳いでしまいました。
「……メリル、あなたも何か隠しているのですか?」
「な、何も隠していません!?」
「そう……」
姉様は私の視線が泳いでしまったのを見逃していなかったようです。
ミルアさんに向けられていた姉様の鋭い視線が私に突き刺さりました。
ただ、婚約話がお芝居だと言う事は誰にも話してはいけないとレスト殿に強く言われています。
スタルジックや兄様の事を真剣にお考えになられている姉様に隠すのは心苦しいのですが私もスタルジックや兄様のためにレスト殿との約束を違えるわけにはいきません。
何とか誤魔化そうと首を横に振るのですが声は裏返ってしまいます。
姉様は小さく頷きはしますが私とミルアさんの事を疑っているようで眉間に深いしわを寄せられています。
……ご、誤魔化せたのでしょうか?
「そう思われたのなら、もう少し堂々とされてはどうですか?」
「……」
「メリル様、どうかなされましたか?」
姉様が考え込んでいる様子にびくびくしているとディアナさんに声をかけられます。
彼女の表情はまたも喜色に満ちており、その様子から見て私の行いが失敗したと言うのがなんとなくですがわかりました。
「……なんでもありません」
「そうですか」
「一先ず、メリルとミルアさんが私に何か隠していると言う事はわかりました」
何も隠していないと言うために姿勢を正しますが、ディアナさんの表情から笑みが消える事はありません。
その様子から何かしないといけないと考えていた時、姉様は大きく肩を落とします。
「な、何も隠していないですよ。か、隠しているはずがありませんよ」
「ミルア様、取りつくように言ってもすでに無駄かと」
「な、何も隠していません!? だ、だから、聞かないでください。話すとレスト様に怒られて……しまいます」
慌てて否定しようとするのですが、私よりも先にミルアさんが声を上げられます。
ただ、その慌てようにディアナさんは楽しそうに笑いながら否定するだけ無駄だと言われます。
それでもミルアさんは隠そうと必死に否定しようとするのですが、なぜか、一瞬だけ表情を緩ませました。
そして、何かおかしな考えを振り払うかのように大きく首を横に振ります。
「話してしまえば楽になりますよ……レスト様のあの冷たい視線でゴミ虫を見るように見られて、淡々とした口調でののしられるんです」
「レオンハルト様が……ダメです。余計ない事を言うわけにはいきません」
そんなミルアさんにディアナさんは口元を緩ませながら彼女の耳元で何かをささやいています。
ミルアさんは頬を小さく緩ませて何かを言いかけるのですが何とか思いとどまったようで両手で両耳を塞ぎました。
ただ、ディアナさんはまだ何かを考えているのか口元を緩ませています。
こ、怖いです。
先に声を上げていれば、ディアナさんに責められていたのは私だと理解して身体が小さく震えてしまいます。
ディアナさんが私の方を見ないようにとミルアさんには悪いのですが考えてしまっています。
「メリル様、お話をしてくださるのはメリル様でもよろしいのですよ。せっかく、カタリナ様がメリル様の事をお考えになっているのですから」
……祈りは届きませんでした。
私の考えをあざ笑うかのようにディアナさんは私へと視線を向け直します。
彼女の視線に身体が小さく震えてしまいました。
ど、どうしたら良いでしょう?
逃げ出せる気はまったくしません。
姉様も先ほどからの私とミルアさんの態度を不審に思われているようで今度は助けてくれそうにありません。
「あ、あの……」
「か、観念します。レスト様からレオンハルト様をメリル様に近づかせないように言われています。これはシュゼリア王からの指示だそうです」
2人からの責められるような視線に耐えきれなくなり、婚約話がお芝居だと口を滑らせようとした時、ミルアさんから思いがけない言葉が出てきました。
シュゼリア王が私とレオンハルト様が顔を合わせないようにしている?
なぜでしょう?
疑問に思ったのは私だけではないようで、姉様とディアナさんも首を傾げておられます。
「なぜ、そのような指示が?」
「く、詳しくは聞いていませんが、婚約のお話はまだ正式に発表がされていない物です。その状況でメリル様に何かあられてはスタルジックの方達に申し訳ないからと聞いています」
「確かにレオンハルト様は女性にだらしない方と聞きましたし、発表前に子をなしたとなると……体裁的に良くはありませんね」
姉様が私達の疑問を代表して聞いてくれました。
ミルアさんは申し訳なさそうに答えてくれます。
それはレオンハルト様に問題が有っての事であり、姉様は納得してくれたようで小さく頷きます。
「あ、あの。この件を私から聞いたと言う事は内密にお願いいたします」
「わかっています。わざわざ、自国と同盟国の恥を晒すわけがないでしょう」
「あ、ありがとうございます」
ミルアさんは誰にも言わないで欲しいと頭を下げると姉様は仕方ないと言いたいのかため息を吐かれます。
その様子にミルアさんは胸をなで下ろすのですが、なぜ、私にも隠されていたのかが気になりました。




