十五話
スタルジックに来てから、3日ほど経ったわけだけど私はまだメリル王女に会ってはいない。
ミルアちゃんの件はレストを交えてザシド先生と少し話をしたようだけど、突然、できた養父に戸惑っているようであまり実のある話は出来なかったようだ。
それは先生も同様なわけでその時の話をレストから聞いた時は時間がかかるとため息を吐いたのだけど、ミルアちゃんは先生が甘党と言う事で日に日にケーキを焼く数が増えて行っている。
私はアーガスト王と有益な話をさせて貰ったり、スタルジックの街並みを拝見させて貰ったりと貴重な経験をつませて貰う傍らで彼女をからかいに厨房にも顔を出している。
今日も空いた時間で彼女をからかいに行こうとするのだけどスタルジックの使用人達にはミルアちゃんの悪い影響が出ているのか、すでに隣国の王子であるはずの私の扱いがぞんざいになってきている節もある。
ただ、特に気にするつもりもない。あまり、うるさくされると歩き回りにくくなってしまうからね。
「レオンハルト様は何をなされているんですか?」
「どうかしたかい? ミルア=レンディル嬢」
「……とりあえず、私をからかいたいのはわかりました」
すれ違う使用人達と笑顔で挨拶を交わし、厨房を覗いてみると私の顔を見たミルアちゃんはわざとらしいくらいに大袈裟に肩を落とす。
その様子に笑みがこぼれてしまい、ミルアちゃんは怪訝な表情をして言う。
「別にそう言うわけではないけどね……」
からかってなどいないと言うのだけど、疑いが晴れる事はなさそうだ。
そのため、話をそらそうとミルアちゃんが焼いていたケーキへと視線を移す。
用意されていたケーキの数はいつもより多い……4人分くらいかな?
レストは先生と今後のレンディル家の領地に関して話し合いをしている。
アーガスト王は地方の有力者達が謁見を申し入れてきたため、多いと言ってもこの数では足りそうにない。
「どこに運ぶんだい? レストのところ?」
「違います。メリル様とカタリナ様とディナアさんと一緒にお茶会です。レオンハルト様はレスト様とザシド様と一緒に食べてくださいね。お部屋に運んでありますから」
「お父さんじゃないの?」
「し、仕方ないじゃないですか。いきなりなんですし」
小さな疑問にミルアちゃんにどこに行くのかと聞いてみる。
彼女はメリル王女とお茶会だと言うのだけど、聞き逃してはいけない名が聞こえてしまう。
その名前に私は小さく反応してしまったのだけど、ミルアちゃんに気付かれないように彼女をからかう。
どうやら、ミルアちゃんは先生の事をまだ父とは呼べていないようで困り顔だ。
そんな彼女を余所に先ほどの聞いた名前を頭の中から引っ張り出す。
カタリナ=スタルジック第2王女。
メリル王女の半分血が繋がった姉姫。
年は確か……21才だったか?
この国を傾けた者がなぜ、まだ王城にいる?
命まで奪えとは言わないまでも王族と言う立場を取り上げてそれ相応の罰を与えなければいけないはずだ。
……下手をすればこれはシュゼリアへの裏切りに値する問題。
レストは知っているのか?
「……付いてきたらダメですよ」
「付いて行かないよ。女性のお茶会に男の私が顔を出しても面白くないからね。レンディル家の娘として交友を深めてきたら良いよ」
あまり歓迎できない状況に眉間にしわが寄ってしまった。
ただ、ミルアちゃんは私の表情を見て、私がメリル王女に近づこうとしていると勘違いしたようだ。
誤魔化すようにため息を吐く。
確かにメリル王女の顔を拝見するのも目的の1つではあるけど、まだ、レストや彼の手の者に警戒されている。
滞在は10日あまりの予定だったはず、行動に移すのは今ではない。ただ、私の言葉を信じる気にはなれないのかミルアちゃんは疑いの視線を向けたままだ。
……でも、少しだけ、カタリナ王女の事は気になるね。
「カタリナ王女とはどこで知り合ったんだい?」
「……ダメですよ。レオンハルト様の御婚約者はメリル様なんですから」
「別におかしな事を考えているわけではないよ。私が聞いている話だとメリル王女はアーガスト王以外の兄妹とは仲が良くないと聞いていたからね」
ミルアちゃんの事だ。
メリル王女の事は気を付けているだろうけど、他の事だと上手く誘導すれば簡単に話してくれるはずだ。
情報収集は必要だと考えてカタリナ王女の事を聞くのだけど……なぜか疑われてしまう。
ため息を吐いて見せるとミルアちゃんは私の言葉の意味がわからないようで首を傾げるのだ……情報が間違っているのか?
「……仲良いの?」
「えーと、ディアナさんから聞いたんですけど、ディアナさんは昔からカタリナ様のお世話をしている人です」
「そう。そのディアナさんはなんて言っていたの?」
「カタリナ様はアーガスト王が大好きでアーガスト王がメリル様を可愛がり過ぎるから面白くなかったそうです」
確認するように聞いてみると予想外の回答が戻ってくる。
その事実に若干、頭が痛くなるのだけどもう少し話を聞く必要がある。
「それって、嫉妬?」
「です。王妃様とお姉さんが綺麗なドレスや宝石で着飾っていたのは個人の趣味ですけど、カタリナ様はアーガスト王に褒めて貰いたかったから完全に間違った方向で努力していたとディアナさんは言っていました。アーガスト王が国王に即位してからはわがままを言う事無く、過ごされているようです」
ミルアちゃんは特に何も考えていないのか、ディアナから聞いた話を私にも聞かせてくれるのだけど……
なぜだろう? ディアナには親近感がわく不思議だね。
「……そのディアナって娘は方向性が間違っている事に気が付いていた節が見えるんだけど、教えてあげなかったかな?」
「温かく見守っていたそうです」
「そう」
なんとなく、カタリナ王女より、ディアナと言う娘の方に興味がわいてしまう。
ミルアちゃんの言葉で疑問が確信に変わってしまった……彼女は間違いなく、私と同種の人間だ。
そんな彼女に生温かい目で見守られていたカタリナ王女、そして、私が最高のおもちゃと評価しているミルアちゃん、スタルジック城内で聞いたメリル王女は純粋系の娘だと言う。
そのお茶会にもの凄く興味が湧いてきてしまう。
「レオンハルト様、そろそろ、私は行っても良いですか? お待たせするのも失礼ですし」
「そうだね。それじゃあ、楽しんできてよ」
……念のため、レストに確認を取ってきた方が良いかな?
ミルアちゃんは警戒心を持っていないけど、カタリナ王女が静かにしているふりをしていた場合、ミルアちゃんとメリル王女が危険だ。
レストの事だから、ミルアちゃんには護衛は付いているとは思うけど確認しないわけにはいかない。
そう考えてレストがいるザシド先生の部屋へと向かう。
「何で付いてくるんですか?」
「仕方ないじゃないか。ここを通らないと先生の部屋に行けないんだから」
ただ、目の前にミルアちゃんがいるせいか、あらぬ疑いをかけられてしまったりする。
「失礼します」
「……どうかしたか?」
「ミルアちゃんから、私の分のケーキはここにあると聞いたからね。顔を出さないと食べられてしまうと思ってね」
ミルアちゃんと別れてザシド先生の部屋に着くとノックをする事無く、ドアを開く。
2人とも私の行動に何も言う事はないのだけど、レストは私がここに来ると思ってもいなかったのか怪訝そうに言う。
最初から本題を切り出す気にはなれず、笑って誤魔化すとイスに腰を下ろす。
テーブルの上を見ると多くの書類とそれ以上に多いケーキの数に頭が痛くなるが、甘党のこの2人の事だ。諦めるしかない。
「本題は何だ?」
「ミルアちゃんはお茶会だと言って遊んでくれなくてね。仕方ないから、レストと親交を深めに来たんだよ」
「御託を並べる必要はない。私も先生も忙しいんだ。用件を言え」
冗談めかして笑うのだけどレストは表情を変える事無く、本題に移るように言う。
話し合いをしている内容は元々、今回のスタルジック訪問にはなかった事だ。
レストもザシド先生も時間は限られているのだろう。
仕方ないねとため息を吐くのだけど、目の前の2人の口の中には大量のケーキが流し込まれており、どうも胸やけがしてしまう。
「カタリナ王女が王城内に残っているようだけど、彼女の処罰はどうなっているんだい?」
「……その件か、問題はない。先代の国王や先代王妃、第1王女は暴れて大変だったようで現状は軟禁されているが、カタリナ様は素直にアーガスト王の指示に従っている。長年、側に仕えていた者達にも聞き取りを行ったがカタリナ王女はアーガスト王が関わらなければ常識的なようだ。メリル王女に行っていた嫌がらせも嫉妬によるものと判断された」
私の身体を襲った胸やけを何とか抑え込んでカタリナ王女の事を聞く。
レストも調査は行っていたようであり、危険性は無しと判断したようだ。
ただ、レストはわかっていないようだけど女性の嫉妬はかなり面倒だ。
一見、仲が良さそうでも腹の中では何を考えているかはわからない。
「婚約者のメリル様の事が心配か?」
「それはね。何かあれば2国間の問題になるかも知れないんだからね」
理解ができない。
そんな事を考えている私を見て、レストは言う。
その表情はいつも通り、無表情だけどなんとなく笑われたような気がして面白くはなかった。