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君へと贈る幸せの種  作者: 紫音
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十四話

難しい本を読むのも飽きてしまったため、お部屋を抜け出して中庭へと向かいます。

兄様が国王になった後はお部屋を抜け出しても誰かに怒られる事はありません。

中庭に置いてあるイスに腰を下ろして空を見上げる。


……レオンハルト様との婚約はお芝居ですか?


先ほど、レスト殿から聞いたお話を思い出す。

どこかほっとしたような気がするのですが……なぜ、婚約話が嘘だと言う事を秘密にする必要があるのでしょうか?

意味が理解できなくてため息が漏れてしまいます。


「何をしておられるのですか?」

「ザ、ザシド先生!? こ、これは休憩であって別にお勉強が嫌になったわけでは決してありませんよ」


その時、背後からザシド先生のため息交じりの声が聞こえました。

ザシド先生の声に驚いてしまい、声が裏返ってしまいます。

しどろもどろになりながら、言い訳をしてしまいました。

すぐに言い訳だとばれてしまったようでザシド先生はため息を吐いた後、私の前に1冊の本を差し出します。


「あ、あの? これは」

「先ほど、私の部屋に来た教え子が置いて行った本です。私の渡す本はメリル様には難しすぎて飽きてしまうだろうと言っていました。シュゼリアでメリル様くらいの年代の娘達が好んで読む物らしいです」


手渡された本はザシド先生が忙しい時に置いて行くような本ではなく、かわいらしい装飾がされた本でした。


教え子? レスト殿でしょうか?

レスト殿なら、先ほどお部屋を訪れた時に渡してくれても良かったのではないでしょうか?


なぜ、お部屋を訪れてきた時に渡してくれなかったかわからずに首を傾げてしまいます。

ザシド先生は私の向かい側のイスに腰を下ろすと難しい表情をしてしまいました。


……私は何かしたのでしょうか?


怒らせる事をしてしまったのではないかと思ってしまい、視線が泳いでしまいます。

ザシド先生は空を見上げた後、何か心配事があるのか大きなため息を吐きました。


「あの、宿題から逃げてしまってすいません。お部屋に戻ります」

「メリル様、私は怒っているわけではありませんがなぜ、そのような事を?」

「……私が先生を怒らせたわけではないのですか?」

「そうですね」


そのため息にお部屋を抜け出した事がいたたまれなくなってしまいました。

慌てて立ち上がり、お部屋に戻ろうとするのですがどうやら私が原因ではないようです。


それなら何があったのでしょうか?

ため息の理由がわからないため、何も言えないのですがお勉強のために戻らなくて良くなった事はわかります。

先生がお話になるかはわかりませんがなんとなく、イスに座り直してお言葉を待ちます。


「……年頃の娘の考えている事を学ぶようにと言われてしまいました」


ザシド先生は眉間に深いしわを寄せたまま、大きなため息をされました。


ザシド先生は独身ですし、レスト殿が良いお話を持ってこられたのでしょうか?

先生はシュゼリアでは現国王の右腕とも呼ばれるお方です。

……年頃の娘さんと考えるとかなりの年の差があるのではないでしょうか?


不思議です。なぜか、わくわくします。


「それはザシド先生にご家族が増えると言う事でしょうか?」

「……そう言う事ですな」

「そ、それはどのような方でしょうか?」


身近だと思える方が結婚するかも知れないと言うお話に我慢ができずに聞いてしまいます。

先生が小さく頷かれたため、お相手の方がどのような方かと詰め寄ってしまいました。

自分の行動に驚いて慌てて姿勢を正して先生のお言葉を待ちます。


「メリル様もお会いしたでしょう。ミルア=カロンです」

「ミ、ミルアさんですか!? ど、どうしてですか!? ミルアさんはレスト殿の婚約者ではないですか!?」


先生の口から出た名前に慌ててしまいます。

どうして、先ほどお会いしたお2人は息の合ったご様子でお互いの事を大切にしているのが私にもわかりました。

そんなミルアさんがザシド先生の元に嫁ぐと言うのでしょうか?


「そうだな。そう考えると家族が急に2人増えると言う事になるのか?」

「ふ、2人もですか!? お、王族はそ、側室を迎える事もありますし」

「……ん? メリル様、何か勘違いをされていませんか?」

「か、勘違いですか? な、何も勘違いなんてしていません。シュゼリア王の右腕とも言われればそのような事もあるんですね」


先生は落ち着いた様子で答えた後、何かに気が付いたようです。

ただ、すでに私は聞いてしまったお話の内容にどのように反応して良いかわからない状態です。


「……落ち着いてください。家族が増えるとは言っても、結婚をするわけではありません。ミルア=カロンを養女にする事になったのです」

「ミ、ミルアさんをザシド先生の養女にですか? どうしてですか?」


私の様子にザシド先生は眉間に深いしわを寄せながら、ミルアさんが先生の娘さんになった事を教えてくださいました。

養女と聞き、驚きの声を上げてしまうと同時に勘違いしていた事への恥ずかしさで顔が熱くなって行くのを感じます。


「うむ……このまま独り身でいられると与えられた領地などの管理を誰がやるのだと小言を言われてしまった。ミルア=カロンを養女として迎え入れれば、本人にはできなくてもレスト=レクサスが管理をするだろうからな」

「確かにレスト殿なら、その辺の事はしっかりとされそうですね」


先生は自分の領地などにはまったく興味がなさそうです。

確かに領地などに興味があれば、引退すると決めてしまえばスタルジックではなくシュゼリアで領地運営をしているはずですね。

それを補うための処置と言うのもわかります。

シュゼリアにはどのような方達がいるかはわかりませんが、私の知っている方達ではレスト殿以上に適任の方はいられないようにも思えます。


「これに関して言えば、全権は王ではなく、レオンハルト=シュゼリアにあると言う事でな。ミルア=カロンが納得すればと言って追い払ったはずなのだが、すぐに本人だけではなく関係者の署名を連ねた書類まで用意してすぐに戻ってきたのだ」

「そうなんですか。ずいぶんとレオンハルト様は手際が良いですね」

「そうですね。あの手際の良さは才能でしょう」


先生は簡単に決まるとは思っていなかったようでしたが予想以上の手際の良さにため息を漏らしています。

あまり見ない先生の様子に笑みがこぼれてしまったのですが、聞き逃してはいけなかった言葉があったような気がしました。


「……あの、ひょっとしてレオンハルト様はスタルジックにお越しになられているんですか?」

「言いませんでしたか? その本もレオンハルト=シュゼリアがシュゼリアから持ってきた物ですが」

「レオンハルト様がですか?」


レオンハルト様がスタルジックに来られている?

いくら婚約と言うのが演技でもお会いしなくてよろしいのでしょうか?

ザシド先生はこの嘘の婚約話をどこまで知っているのでしょうか?

婚約話が嘘だと言う事は兄様を始めとしたわずかばかりの人間しか知らないはず、先生が知らないのでしたら聞いてはいけない事かも知れません。


「……あの、私はレオンハルト様にお会いしなくてよろしいのでしょうか? こ、婚約者なわけですし、お会いしないのは不自然だと思ったのですけど」

「確かにそうですな……ただ、レオンハルト=シュゼリアは何を考えているかわからないところがあるからな。目的があって会わないようにしているか? 後は単純に勝手に婚約者を決められた事への嫌がらせか」


あくまでも婚約者として会うべきではないかと聞いてみます。

嘘の婚約話だとしても会わないのはおかしい話ですし、先生は頷いてくれますが先生にもレオンハルト様の性格はつかめていないようです。


ですが……嫌がらせ?

確かに婚約話が嘘だとしても、婚約している間に公に女性の方に会うわけにはいかないでしょうし。

そう考えるとレオンハルト様は私の事を面白くないと思っているのでしょうか?

でも、それだと……


先生から渡された本へと視線を移します。

顔も見たくない相手にこのような贈り物をされるのでしょうか?

レオンハルト様が何を考えられているかがわかりません。


「レオンハルト様はそのような嫌がらせをするような方なんですか?」

「ふむ……性格はあまり良いとは言えないな。捻くれている」

「そ、そうですか」


私がここで考えるよりはレオンハルト様を知っているザシド先生に聞いた方が良いと思い、恐る恐る聞いてみます。

先生は小さく頷いた後、レオンハルト様の性格を捻くれていると切り捨ててしまいます。


「メリル様にはわからない性格だろうからな。良くも悪くも直情的な人間が多い」

「そ、そうでしょうか?」

「そのような者達の中で育ったメリル様には理解できない人種の人間かも知れませんね」


先生は私に関係している人達とレオンハルト様を比較したようで小さくため息を吐かれます。

良くわかりませんが、先生は小さく頷くのですが……その表情からは嫌悪のような物は見られません。


先生の表情になんとなくですがレオンハルト様はお優しい方なんだと思いました。


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