転機
「俺、就職するわ。」
バンドのスタジオリハーサルが終わり、ホールで煙草を吸おうとした矢先である。バンド結成から、いやっ、高校からの仲であった智明から出た言葉はあまりにも衝撃だった。
「お、おん。何と無く分かってたよ。遅かれ早かれこうなる事は。」
本当に何と無くは分かっていたのだ。
活動して三年。ファンは愚かバンド仲間だってほとんどいない。
これでもまだ目をギラギラさせ、熱く夢を語れていたら相当なマゾヒストだと思う。
成功している人や充実した活動をしている人からしたら‘まだたった3年じゃん'なんて鼻で笑われるかもしれない。
しかし、我々の三年というのは実に虚無が溢れ出ていた。溢れ出過ぎて、視認できるんじゃないかというレベルだった。
「そうか、やっぱりお前、薄々は気付いてたんだな。悪いな、せっかく夢見させてくれたのに。」
そう言って智明は今日のスタジオ料金を払い、出て行った。
あまりにもあっという間過ぎて、本当に夢なのではなかろうかと思ったが、夢では無いみたいだ。
それまで空気同然だったメンバーの姫野成海がボソッと呟いた。
「...っ、ウケる。」
今の流れのどこにウケる要素があったのか、はたまた彼女が常人より笑いを司る神経が発達しているのか。
いずれにせよ、毎回、この女は何を考えているのかわからない。
「お前、まさか知ってた?」
まさか、昔から付き合いがある自分を差し置いて、この毒電波女に実は相談していたなんて事実があったら...
「何も聞いてないよ。ただ今日の智明は覚悟の念をだしていたっ!」
凄くホッとした。
ホッとしたと同時にこれからの事が何も見えなくなってしまったのである。