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限りなく水色に近い緋色【原作版・連載中止】  作者: 尾岡れき
第1章 限りなく水色に近い緋色
9/48

7



 ひなたは、爽の顔を見て、もう一度声に出した。


「本当にバケモノの片棒担ぐつもりあるの?」


 ひなたは聞く。水原爽が小さく笑んだ。


「愚問だね」

 

 水原爽は何一つ揺るがず、あっさりそう答えた。


「私は未だに持て余してるよ、この力を」


「研究者がそもそも持て余していたんだ、当然じゃない? その為にデバッガーの俺がいるんだから、いいんだよ」


「私は誰かを傷つけるよ、きっと」


「ひなたが傷つかなきゃ問題ない」


「でも私、バケモノだけど、みんなとも友達になりたい」


「なれるよ、ひなたなら」


「…バケモノなのに?」


「ニンゲンの本性なんてそんなもんでしょ? ひなたがバケモノなら俺もバケモノだから大丈夫」


「────爽君、力を貸して」


「うん」


 爽はにっこり笑んで、指を向ける。先程、彼女が焦がした体育館の壁を。


「一撃、あそこに。ただ少し力は抑えて。俺もブレーキをかけて微調整はするけど、溶かしてしまったら意味がないから」


「……」


 意識して力を使うのはこれが始めてだ。こんなワガママが許されるのか、正直ひなたには分からない。目の前の彼女の水原爽に対しての純粋な想いすら羨ましい。ただ、だからと言って、自分を犠牲にしたいと思えなくなった自分もいて。


(私なんかいなくなればいのに)


 過去のひなたは、いつもそんな事を思っていた。だって、ひなたの制御できない能力が、かつての水原爽のように誰かを焼いてしまうかもしれない、それこそ恐怖だったから。


 だけど爽は言う。バケモノの片棒は担ぐ、と。ひなたは思う。エゴでしかないとしても、目の前の誰かに手を伸ばしたい、と。


 そして、こんなにも純粋な気持ちを捧げる彼女が、あまりにも苦しそうに見える。


「ひなた?」


「あの子の苦しさも、きっと私と一緒だと思うんだよね」


 水原爽は軽く息をつく。


「多分、彼女は廃材(スクラップ・チップス)だ。いわゆる実験失敗作。オーバードライブしてるし、無理だと思う」


「……バケモノの片棒かつぐんでしょ? デバッガーは私を助ける為にいてくれるんでしょ? そして爽君は私を助けるために手をつくしてくれたんだよね? だったら、あの子も助けてあげて。その方法を考えて」


 ひなたはにっこり笑んで、水原爽に応じる。彼は憮然とした表情でスマートフォンに目を落とす。


「確証はないぞ?」


「やるだけやる。私はあの子に手を伸ばしたい」


「作戦は変わらない。とりあえず、壁を吹っ飛ばせ」


「やってみる」


 頷くと同時に、彼女は言葉にならない咆哮を上げた。


 力がコワイ。誰かを傷つけるのがコワイ。誰かを失う事も。コワイ。コワイ。誰かに手を伸ばす事も、誰かに後ろ指をさされる事も。誰かに背中を向けられる事も。────だから水原爽が自分に手を伸ばしてくれた事は嬉しい。でもその半面、彼女の気持ちを突っぱねる水原爽を哀しいと思ってしまう。勿論、世界中の人間と仲良くなれるなんて思ってない。


 ただ、目の前の彼女は苦しそうだ。それだけ爽に手を伸ばしたと思っていた証拠だと思うから。


『ミズハラ先輩…先輩…先輩、先輩!』


 伝播する声。ひなたは握り拳を固める。


「爽君を信じる」


 自分の意志で力を放つのはこれが初めてだ。うまくいくか? 不安が生まれる。だけど、水原爽を信じると決めた。力は最小限、学校もできるだけ壊したくない、みんなを傷つけたくない。力を込めて。だから────。


「へ?」


 ひなたは目を疑った。炎は生まれなかった。その変わり、無音で壁が崩壊する。


「重力操作か! さすがひなた、想像以上だ!」


「え?」


 鉄骨が剥き出しになるのに罪悪感を感じていたのに、出たのは賞賛の声。


「ひなた、もうひと押し。鉄骨を束ねる事ができるか?」


「やってみる…」


 ぐっと拳を握る。鉄骨がぐにゃりと曲がって、一本に集中する。その瞬間、暴れくれっていた電気の弾丸が鉄骨に集まった。


「避雷針?」


 爽が狙っていたのは通電しやすい避雷針モドキの確保だった。それで過剰帯電保有を分散する事ができたらと思案していたが、ひなたの能力はその計算をはるかに超越していた。


「ああぁああっ…あっ!」


 彼女の叫びがこと切れ、体が倒れる。慌ててひなたは駆けつけた。


「ひなた!」


 爽が止めようとしたが、ひなたの方が早かった。彼女に触れた瞬間、手を押し返す程の電流が体を駆け巡る。それでも構わず、彼女に向けて手を伸ばした。


 彼女も無意識に手を伸ばす。

 手を握る。電流がさらにひなたの躰を駆けまわった。


「ひなた!」


 水原爽が叫ぶ。ダイジョウブ。声にならない声。ようやく唇だけ動かす。考えてみたら腹ただしい。勝手に実験して、弄り回して、そしてサンプルだの廃材だの。実験室の科学者達は勝手過ぎると思う。そんなに実験したいのなら、自身の体を使えばいいのに。


 だから────。


 ひなたは伸ばしたその手を絶対に離さない。電流を押し返すようなそんな動きを体の中に感じる。電流を押し返す? 違う、そうじゃない。電流そのものを飲み込む【力】を感じた。

 その手に爽も伸ばす。


「爽君?」


「迷わなくていい。ひなたなら大丈夫」


 と爽が手を伸ばした瞬間に【力】がより力強く、波打った。


「これが爽君のブースター?」


 唖然とする。ブレーキをかけたり、倍増したり。暴走なく思った方向に、ひなたの感覚で【力】を放つ事ができる。これがデバッガーの能力? 思考する。水原爽は迷うな、と言う。それだけで完全に【力】を使う事への迷いが消えた気がする。


 だから、だから、だから、だから、迷いなく。


 ひなたは手を伸ばした。


 仄かな光は、火垂るのようで。でもそれがひなたの掌から、雨のように、シャワーのように、それでいて縦横無尽に光注ぐ。


「遺伝子レベル再構成、か」


 水原爽は息をつく。光が彼女の体を駆け巡って、過剰電流はすでにかき消されていた。最早、何を驚いていいのか分からない。分かっていた事ではあったが、宗方ひなたの遺伝子特化型サンプルとして、底が知れないと思う。末恐ろしいが、愛おしい。今回はあの時のような暴走はなかった。いや、それ以上の成果で被害を最小限に抑えたのではないだろうか。


「爽君?」


「スゴイ。よくやった!」


 ひなたの髪を無造作に撫でた。ひなたの膝が力を失い、倒れ込みそうになるのを、爽は何でもないように受け止めた。ぐっと、ひなたを抱き締める。爽自身も過労で倒れそうなのを堪える。


「ひなた、もう少しだけ頑張られる?」


「え?」


「あそこ」


 爽は指差す。何の変哲もないLED電灯だ。


「電波を感知した。多分、見られてる。実験室に」


 ひなたは最後の気力を振り絞る。彼女と応対した時には見せなかった、敵意を向けて。


「ひなたが監視対象なのは変わらないし、放っておいていいと思う。でもそれじゃ踊らされてる感があって、俺も癪だ。どうする?」


「どうするって…」


「策としては気付いてない素振りが望ましいけど、ね」


「うん…」


 ひなたは拳を握る。水原爽の言う通りだ。廃材(スクラップ・チップス)と実験室。結局、終息したのではなく息を潜め、研究を水面下で続けていたに過ぎない。今回に関しては想像と少し異なる部分────廃材(スクラップ・チップス)の暴走────があるのだが、それはひたなや水原爽が知る由もない。


 そして、ひなたはムシャクシャしていた。


 結局、今後も監視され、道具として利用しようとするのが変わらないのなら?


 廃材(スクラップ・チップス)という存在が現実にいるから。


 水原爽はバケモノの片棒を担ぐという。そして爽は、思案した上で『癪だ』と言い切った。結論はひなたに任せる、と言いながらも。それは彼自身も遺伝子特化型サンプルとして生きてきた苦悩から、と言える気もする。


 だから、ひなたは押し殺した感情を吐露するように、拳を固めた。

 熱を感じる。無造作にボールを投げるような感覚で腕を振った。


 生まれる火球が、激しく音をたてて破裂する。そして静寂。もう力を出し尽くした。今度こそ────ひなたは、力なく爽のもとへ倒れる。


「お疲れさま、俺のお姫様」


 小さく笑んで、その頬に唇を重ねた。



第1章間もなく完結です。これは急いでストック作り、精を出さないと(笑)

頬にキスはあれですね。ひなたさん覚醒していたら、思考麻痺。うん、別の意味で暴走します。暴走エピソードも書けたらいいね。あ、でも一般男子が恋愛でするのは、微妙ですと言っておく。ちゃんと距離は縮めてから、ね(笑)

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