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限りなく水色に近い緋色【原作版・連載中止】  作者: 尾岡れき
第3章「鎖に繋がれた獣は、朝陽を前に夢を見る」
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 ゆかりはステップを踏む。雷撃を放ち、国民国防委員会の量産型サンプルを灰にしながら、次の行動に移す。

 爽から出た指示はあまりにも無茶が過ぎた。


〈桑島は濡れずに、奴らをできるだけ濡らして〉


 どうしろって言うの? と思うが兎に角動くしかない。


〈桑島さんに地図情報を送るね〉


 今度は彩子が言う。間髪いれず、瞼の裏側に地図が浮かぶように視える。現在地を青い円が浮かび、矢印で進行方向を示す。スマートフォンのアプリでは当たり前だが、それを神経に直接伝送するから、研究者トレーこと水原茜の技術力は計り知れない。


〈やほー。 なかなか楽しいことなってるじゃない?〉


 当の研究者トレーの出番にゲンナリする。


〈訓練の成果を出すには実戦が限るでしょ。ここはちょっと爽君のブーストを切ってみようか?〉


 いきなり、とんでもない事を言い出す。


 ブーストはサンプルの能力稼働効率を上げ、負荷を極力減らす技術で、研究者トレーこと水原茜が開発したのは今さら説明の必要も無い。ブーストの研究も進み、脳内にチップを埋め込むことで、簡易的に施すことも可能とした。現にゆかりも実験室の被験体時代には、埋め込みによる稼働試験を受けていたが――。


 爽のブーストは、電子チップによる制御をはるかに上回る稼働効率があるのは、実戦が証明する。


 ほんの軽微な能力起動で、国民国防委員会の量産型サンプルは、あっさりと灰と消してしまう


「姉さん、今は訓練じゃない。実戦中に変に茶化すのはやめてよ。桑島の状況を悪化させないで欲しいんだけど?」


 淡々と言う。爽に守られていると思うだけで、思わずニヤけて――雷撃が迸る。


「桑島、制御が甘い」

〈桑島さん、稼働効率を考えて。無駄な放出が多いよ〉


 ――前言撤回。姉弟きょうだい揃って鬼教官だ。


 ゆかりは、アーケード街を走り、雨をかわしながら、彩子の指示通りに駆ける。群衆がどよめくが、意に介さず人の群れの間を爽と一緒に、縫うよに駆けていく。


 並走する爽は息を切らさず、時に襲ってくるサンプルの念力弾を冷静に不可視物理防御壁・ファイアーウォールで防ぐ。


 この先輩は本当に支援型サンプルなんだろうか、と首を捻る時がある。運動量もさることながら、戦闘に関してのセンスがあまりにも抜きん出ている。


 本人に言えば、ひなたの為なら戦闘型サンプルになってもいいかもね、とサラリと言いそうなので、口が裂けても言うかと思ってしまうが。


(それにしても、大丈夫なんだろうか?)


 と思ってしまう。彩子の指示通りに動いているが、闇雲に走っているようにしか思えない。


〈心外ね。私は爽やか王子の指示通りに情報提供しているだけなんだけどね〉


 彩子は意地悪く笑った。それを言われたらグウの音も出ない。


〈でも面白いね。今まで静観を貫いていた人達が、こうも派手に動くとはね〉


 と茜は言う。全くだ、とゆかりも思う。むしろ――あまりにこの動き極端すぎた。まるでウイルスに侵されたコンピュータが情報を吸い取って、一斉に迷惑メールを垂れ流すような無節操ぶりを感じる。


「あるいは」


 と爽は呟く。


「全く、切り離して考えるのがいいのかもしれないね」


 思わず爽を見ようとして――地図情報が痛いくらいに通知を繰り返してきた。平衡感覚を狂わされうようなこの感覚はやっぱり慣れない。


目的地に到着しました(・・・・・・・・・・)


 え? と見る。無機質なビル案内の看板には小さく【遺伝子工学研究所第8研究室】とある。ゆかりは目をパチクリさせ――唾を飲み込んだ。


 遺伝子工学研究所。


 厚生労働省の外郭団体にして、非合法研究組織。法律の外に位置しながら日本政府公認の遺伝子人体実験の専門機関。通称、【実験室】――。


「量産型サンプルに定期的に送られてくる命令を逆探知してたら、辿り着いたんだよね」


 爽は小さく微笑む。その笑顔はあまりに確信犯的で、意地悪くて。弄ぶように指を回し――その先から銀色の糸を何本も伸ばし、ビル玄関のタッチパネルに触れる。


 爽の能力スキルの一つ【デバック・チェイン】だ。


 電子機器に外部から強制接続し、情報を抽出したり機器の制御を丸ごと奪う事に特化した能力で、遺伝子研究特化型サンプル【デバッガー】ならではの手技とも言える。


 ぴん、ポ、ん。

 無機質な電子音が雨の音をかき消すように響いた。


【認証しました。通行を許可。機密情報の取り扱いには十分に注意してください】


 爽は満足そうにと笑んだ


「それじゃ、行きますか」


 ゆかりは拳を握る。今度は遠慮なく、肉薄してきた黒スーツの量産型サンプルに向かって雷撃を放って――。


〈訓練の成果、見せてもらうね。まぁ合格なら爽君とのデート、認めてあげてもいいかな?〉


 灰になったサンプル達を尻目に、ゆかりは目をパチクリさせた。

 お姉さまは今、何ておっしゃいましたか?


〈迷わず最上階を目指して!〉


 苦笑しながらの彩子の声を合図に、ゆかりはステップを踏む。

 私が水原先輩を守る――それを強く胸に刻んで。


 デートに釣られたワケじゃないからね、と言い訳がましく呟く声は誰に向けてなのか。


〈緊張感もって、桑島さん。量産型サンプルの接近を確認!〉


 彩子の声にシンクロして、爽のブーストがさらに加速する。

 爽が背中を押してくれている。


 それだけで幸せいっぱいになる私は何て単純だんだろう、と思う。


 単純だっていい。どんな理由だっていい。

 恋する女の子は強いのだ。


 ゆかりは、容赦なく雷をその手に帯電させて、量産型サンプルに放り投げた。

 










「なにがどうなってるんだ?」


 遠藤警部補からの電話に、川藤巡査部長は小さく息をついた。我が上司ながら、こんな時はなんて疎ましい。


 一人の少女が絡むと、途端に冷静に欠く。弁護なき裁判団の中でも自律思考のできるサンプルが少ない中、エラー扱いされているのが腹ただしい。もっとも――川藤自身、エラー扱いされても仕方ないと思っているが。


 目下、【弁護なき裁判団】が検索している最中だ。知りたければシステムに検索を――と川藤はそこまで言いかけて失笑する。


 想定外(イレギュラー)は今に始まったことではない。上司ご執心のサンプルが巻き起こす問題の数々は実験室を揺り動かしてくれた。それは国家という視点から見たら些細な問題と、研究者たちは正視しようともしない。


 ――室長【フラスコ】と研究者【ビーカー】を除いては、だが。


 室長は全てが実験の延長戦だ。彼にとっては人の生き死にすら、数字が示す実験結果でしかない。たからこそ乱数が弾き出される程に彼は研究欲を掻き立てられる。


 研究者ビーカーは――正直、よくわからない。実験狂の異名をもつが、接触してみれば悪ガキ並みに好奇心旺盛だった。後進ながら特化型サンプルを三体開発した成果の評価以上に――食わせ者だと思う。


 遠藤を通してだが、何を考えているか分からない、そんな印象しか無い。実験室の中の彼はそんな素振りすら見せない程に、研究熱心だった。


「今、絶賛検索中なのはシステムに接続したら分かるでしょう!」


 苦言もまた現状への八つ当たりに近い。が、当の上司はどこふく風で、


「そっちの方が面白そうな展開になってるなぁ」


 なんてほざく。

 何が、と思う。当の対象を監視する役を誰にも譲るつもりなんかは無いクセに、そんな事を言うからエラー扱いされるのだ。


「だってさぁ、こんな雨だぜ? ひなちゃんが出るワケないじゃん」


「水原君と桑島さんは、堂々と偵察としゃれこんでますが?」


「彼らなら、そろそろ行動に移すだろうな。黙って監視されるのにも飽きた頃合いだろ?」


 何を悠長な――と喉まで出かけた言葉が止まる。


「どうした?」


「警部補、桑島さんと水原君の位置情報を特定しました」


「どこだ?」


「遺伝子工学研究所第8研究室です」


「……あそこは欠番だろ?」


「ですね。そして動いている量産型サンプルは国民国防委員会の旧式番号(オールドナンバー)ですから、まぁ予定通りといったところでしょうか」


「悪ふざけが過ぎるだろう。シリンジは第三勢力を作るつもりでいるのか?」


「まさしくですよ。そこは室長の想定内ですから。あの人からすれば、実験が継続されているに過ぎませんからね? そうでなくては面白くないと言ったところでしょう。警部補のご執心の宗方さんのことも、ともにね」


「分かっている」


 承服しているのなら、そんな不機嫌な声にもならなくても、と意地悪い事を思っていると、当の上司の方が慌てた声を上げた。


「悪い、川藤! また後で連絡する! ログだけは定期的に送信してくれ」


「了解ですよ」


 その声を聞いて、遠藤警部補――【弁護なき裁判団】No.Kは、通信を切断する。やれやれ、と川藤は小さく息をついた。


「無自覚ですよね」


 と、弁護なき裁判団から感覚リンクを外している事を再確認する。


 弁護なき裁判団であれば、命令(コード)で指示を出す。遠藤は川藤の上位ナンバーだ。コードを示す管理権が与えられている。それなのに、だ。


「警部補、あなたのそれは世間一般的に【おねがい】って言うんですよ」

 苦笑を漏らしつつ、今度は【弁護なき裁判団】のネットワークへ接続する。

 




 

〈各ナンバーズに告ぐ。プログラム通り、監視体制を強化。特変時の対応に留意し、計画を実施せよ。緊急事態を除き、両対象との交戦は禁止する〉

〈了解、計画を実行する。Enter.〉

〈Enter.〉

〈Enter.〉

 :

 :






 

 接続を切って、川藤は小さく息をつく。無機質な感覚通知の応答は、聞いていて頭が痛くなる。切ってなお、電子音がこびりつくように離れないのが、たまらなく不快だった。

 それこそエラーと言われても仕方がないか、と苦笑する。


(ま、【おねがい】されましたからね)


 もう一度笑む。遠藤が動いたという事は、まさに室長が望む展開になったという事だ。


 そうでなくては――。

 この退屈でアクビが出そうな現状を破ってもらわなくては――。そうでなくちゃ、面白くない。


 川藤は小さく微笑んだ。









「何がどうなってるんだ?」


 と廃棄体4号と言われた彼は目を丸くした。期せずして、【弁護なき裁判団】No.Kと同じタイミングで同じ台詞を呟いていた。


「こっちが聞きたい! そもそも今までお前は何を――」


 シリンジは激昂する声が止まり、何度もまばたきをして、そして見比べた。


「……そもそも、このガキは誰だ?」

「拾ってきた」


「は?」


「だから拾ってきたと言ったんだ。そんな事でいちいちわめくな。お前が誇る量産型サンプル達が、お前の調整ミスで暴走して、収拾がつかないだけだろ? そこに【雷帝】と【デバッガー】が逆探知で、此処を突き止めたにすぎない。それ以上も以下もない。逆に俺からしてみれば、飛んで火に入る夏の虫だ」


 ニヤリと笑んで見せる。


「は?」

「退屈だったからな。遊んでやるよ」


「お前、派手な事は避けろと――」


「安心しろ。運が良ければ、あいつらを壊さずにおいてやる。そのあと好きなだけ、体を弄くり回せばいいだろ? だいたい、ここまで来て派手もクソも無いと思うが?」


 その言葉を聞いて、シリンジは舌打ちをする。


「いいだろう。お前の 能力スコアを図るチャンスだ。好きにしろ」


 そのかわりと、付け足す。


「指示には従え。緊急時は撤退するぞ?」


 好きにしろと、廃棄体4号は肩をすくめて出て行く。誰がお前の命令を受けるか、という意思表示のつもりだが、奴が意にも介していないのも分かる。





――お前、死ぬのか?

――僕は……目的の為だけに生かされてますから。





 他人がドコで死のうが、どう生きようが、どんな理由があろうが興味など無かった。【実験室】が実験を目的に危害を加えようとするから、反発して 命令コードを受け入れてこなかった。その結果、廃棄体扱いだ。その事そのものには後悔していない。価値観が研究一色の実験室の奴らをからかってやったに過ぎない。


 そして廃棄体4号の開発者は、その事をよく理解していたように思う。

 そんな自分が言うのもおかしな話だが――。


(あのクソガキは死ぬ場所しか探してない)


 ドコの誰か知らないが、勝手に死ねばいい。そう思う反面、このチビは命を終わらせる覚悟がまるでできていない、と思う。


 縋るような目がすべてを物語る。

 それは生きようとする意志に他ならない。


(面倒臭いしムカつくし、どうでもいいが――)


 自分の行動が矛盾しているのを感じながら。その八つ当たり気味な感情のまま、当のサンプル達を探す。


 闇雲――なワケが無い。


 あのサンプル達は、他人に頼りすぎている。そもそも支援型サンプルなんて存在、必要があるのか? 研究者そのものが不要だ、と思う。生命維持のしがらみさえ無ければ、今すぐ揉み潰したいと思う程に高飛車なシリンジは不快だった。


 好きにすればいい、と思う。


 或るのは、ツヨイかヨワイ、それだけだ。

 そしてお前らは、あまりに脆弱だ。


(見つけた)


 唇が裂けんばかりに、歓喜の笑みを零す。少しは楽しませろよ? そう呟きながら。

 廃棄体4号は【雷帝】の少女めがけて、肉迫した。











「まずは廃棄体と【雷帝】【デバッガー】が接触したか」


 モニターを見ながら、スピッツは小さく笑む。


「スピッツ、君のお遊びはいつ見られる?」


 フラスコは淡白な微笑みを浮かべる。その目はまるで笑っていないが、スピッツはどこ吹く風で、モニターを見やりながらワインを舐めていた。


「さて、頼元君次第かなぁ。私は彼の自主性を尊重しているので、ね」

「何が自主性か。全部、計画の上での話だろう?」

「実験室の研究者の矜持ということかしら?」


 特化型サンプルの【クイーン】までもが薄い微笑みを浮かべる。


「そんな大層なものじゃないよ。ただ、予想外のお楽しみがあってこそのサプライズじゃないか?」


 スピッツはにんまりと笑む。フラスコを前にしても変わらないペースは、離脱前と何ら変わらない。彼は実験室とっての鬼才であり、油断のならないハイエナでもある。


 と、フラスコの個人端末に通知が届く。眉を少し上げた程度で、モニターを再び見やる。






〈研究者プレパラートより緊急連絡。【禁断の林檎】は予定に反して 廃棄体4号に接触。計画の修正を検討しています。随時レポートを報告予定です〉






 プレパラートの補佐の任についている【弁護なき裁判団】No.Bは堅実に仕事をしてくれる。その一方で管理権を持つナンバーズがエラーを起こすのだから、よく分からない。


 実験に想定外はつきものだが、こうまで先を読めない展開もなかなか無い。


(面白いな――)


 フラスコはほくそ笑む。


 生真面目なプレパラートには同情するが、それはそれで興味深い。研究に誤差はつきものだ。まして多重テストとなれば、なおのこと。目的はたった一つとしても、布石はばら撒いておくにこした事はない。

 だが、まずは――。


「君たちの性能テストといこうじゃないか」


 ワイングラスに注いだ薬液を舐めながら、フラスコは【雷帝】の反撃の閃光に、微笑を浮かべ目を細めた。


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