23
デベロッパーという名前より先に、野原彩子という名前が先がつけられたのを今でも覚えている。
水原爽が開発されるより早く、彩子は開発された。
研究者【トレー】が理想とした自律した戦略構築により、戦局を支配する支援型サンプル設計計画に基づき開発された。言うなればトレーの理想とした遺伝子研究支援型サンプルの初号機と言ってもいい。
開発者の過去を一緒に共有し、消去することなく見てきた。開発者なら消し去ることもできたはずだ。だがトレーは、
――蓄積することこそが、あーやの役目だからね
と笑って言う。
茜は 命令を強要することはなかった。
――自律的に戦局を支配するべき支援型サンプルが、研究者の命令にだけ従っているようじゃ、存在意義がないでしょ?
茜の研究者哲学と言える。そんな茜だからこそ、彩子は全てを託して実験室を離れた。
――あーやのチカラを爽君に貸してくれない?
茜に言われるまでもなく、そのつもりで。
正直、新世代のサンプルに対しての嫉妬はあった。旧世代はレガシーモデルと蔑むことがサンプル同士である。だが茜はきょとんとした顔で言うのだ。
――ひな鳥を戦場につっこんで、戦果をあげられると本気で思ってるの?
その言葉にどれだけ救われたことか。茜に拾われたあの日から、彩子は決めていた。茜のためだけけに生きる。ただ、それだけを。
――それが私の存在定義だ。
その定義の意味合いが大きく変わりつつある今に、自分自身が驚く。
爽やか王子は、いつまでも真っ直ぐだ。同一実験のサンプル対象にガムシャラに手をのばそうと、文字通り全力で。
制御不能の限りなく危険な爆弾、それがひなたのデータを初回収拾した時の彩子の雑感だった。実験室時代より、ただ爽に危険がないように、監視を続けてきた。
――大丈夫だって、あの子はそんな子じゃないから。野原は心配性すぎるんだよ。
姉にあたるサンプルになんて物言いか。第一、保護対象の自覚が足りない。そうクドクドと説教をした矢先だった。
極限能力最上稼働――。
オーバードライブしたどの遺伝子研究サンプルの暴走も比にならない。制御不能のまま獰猛で狂った炎は、まさに業火としか言いようがなかった。
爽がその業火に飲まれた瞬間を、彩子は見ていることしかできなかった。一歩踏み出そうとして、茜に制止されたこともある。だがそれ以上に、自分の足が恐怖ですくんだ。
「大丈夫だから。爽君は大丈夫だから」
あの時も今も、茜の言葉は揺るがない。サンプルに向けた高出力干渉信号が放たれても、常に現場分析と状況打破に行動するだけ、そうあっさり言ってのける。
茜が可能と言ったら、それは可能なのだ。
「――爽君、その選択は間違ってないぞ。いいよ、すごく良い。支援型サンプルも戦力なんだ。今、ココという場所で能力を展開するのは立派な戦術だよ。そこを含めて戦略として組み立てることに成功したね。桑島さんをこの場所で覚醒させたのは間違ってない」
彩子もうなずく。データから桑島ゆかりがスクラップ・チップスでなないことは確認済みだった。だが爽は作戦立案の為の打算じゃないと苦笑して言う。
――桑島が自分の力で立ち上がらなくちゃ、オーバードライブするのと一緒だろ? だから俺、待ちたいって思うんだ。特化型とかスクラップ・チップスだとかそんなのどうでもいいから。ひなたのように、格好良く手を差し出すことはできないけどさ。
なんて青い。彩子はそう一笑に付――せなかった。理由は分かってる。その青さに感化されている自分がいて。
図書室に強襲をかけたシリンジに向けて毅然と返すひなたの言葉が耳から離れない。
――図書室を焼くつもりですか?
――焼いても私には支障がありませんので。特に友達を守るためなら
そんなに簡単に言えるのか、とため息が出る。無防備で疑心が何一つなく、それでいてまっすぐで。彩子はあくまで爽を守るための手段として、監視のために近づいただけなのに。
彩子は雑念を打ち払う。今は分析と情報の整理、どうやって状況を打破するか、それだけだ、
「水原君が稼動力低下。能力行使不能。完全にスリープ状態に入ったよ、茜ちゃん」
ディスプレイを見やりながら、報告をする。茜は小さく頷いた。シャーレことひなたの母は、微動だにせずデータを映すディスプレイを凝視している。
「爽くんの身体レベルは?」
「 生命徴候安定、正常値。脳波安定、意識レベル、正常範囲内だよ」
「意識保ってるんだね、爽君。よくやった」
「え?」
「あーやが知っての通り、ファイヤーウォール・レベル2は稼動試験してないから危険な賭けなのは、承知の上。でも戦場で意識を手放すのは、殺してくださいと言っているのと一緒。後は爽君のもつ肉体と精神のポテンシャルによるから、ひとまずは実戦試験としては花マルかな」
「そうね、実験室もデータが欲しい。シリンジも干渉信号も咬ませ犬でしかない。ひなたと爽君を揺さぶるための、ね。だからココで倒れられたらなお困った事態になるわね」
とシャーレも頷く。淡々と事務的に。彩子は忘れかけていた。茜もシャーレも元実験室研究者、遺伝子研究の酸いも甘いも目の当たりにしてきた。それどころか彼女たち自身が悪魔の研究に手を染めてきたのだ。
それを茜のそばで彩子も見てきたらから、綺麗事を吐くつもりはない。今回の廃材を活用とする実験も珍しくもなんともない。ただその規模が大きい、それだけで。だが、
「これは――」
茜はデータを見て絶句する。オーバードライブしたスクラップ・チップスたちは、お互いを求めて融合と同化を繰り返していく。限界を超え、一つの生物としての臨界点を越えた答えの一つ。
カメラのレンズ越しながら、その様はあまりにも酷く醜い。と、ドアをノックする音がして、こちらの返事を待つことなく、その人物は入室してきた。
「ただいま、日和。ひなたはどうしてる? 大丈夫か?」
と自然にシャーレを抱き寄せて、頬に口付ける。
「お帰りなさい、あなた」
シャーレが小さく笑むが、その視線はディスプレイに釘付けだった。
「お取り込み中悪いけどね、 【採血管】。今、そんなに余裕ないから後にして」
茜が小さく息を吐く。
「チビッコには刺激が強すぎたかな? ゴメンよ、茜ちゃん」
「宗方先生のところのお嬢さんほどじゃないから、ご心配なく」
「だよなぁ。ひなたはちょっとキスしただけで、顔を真っ赤にするんだから。あれは若い時の日和にそっくりだ。それがまぁ、またカワイイんだけどね」
「だからスピッツ、今はそんな場合じゃないって――」
「経験が足りない。だから、これがその格好の時期だと解釈してるんだけどね、トレー?」
「……」
「苦戦は仕方がない。実験室がそんな甘い相手じゃないのは百も承知だ。シリンジならまだしも、ビーカーまでお出でとなればなおさら。それでなお、特化型サンプルは参入していないんだろう、デベロッパー?」
と彩子を見る。彩子はコクリと頷いた。
「ならば、これは勝たなくちゃウソだ。我々のサンプル達は実験室に反する意思があるんだろう? 僕らはその彼らの気持ちを誘導して利用する。時期尚早という想いは拭えないが、稼働試験の頃合いと言うべきだろうね。むしろ、弱体化した実験室に引導を渡すタイミングとしては好機だ。この点については再三話し合ったはずだ。トレーもその結論は変わっていないのであれば、待つしかない。被験体たちの実験の結果が出るのをね。結果が出なければ次の研究にシフトするだけだ。ただそれだけのことだと思うんだが、トレーが何を焦ってるのか、僕には理解できないね」
「……何度も言うが、あの子達を実験動物扱いするのは不愉快だ、スピッツ。あまり僕を怒らせるな?」
「君のサンプルに向けた愛情は異常だが、研究者としての君の才能を僕は心底愛してるんだが――」
「――茜ちゃん!」
彩子が声を上げる。淡々としたスピッツの物言いに不快を感じるが、それどころじゃない。
それはほんの刹那の瞬間だった。ディスプレイに倍速でデータが流れては消える。その意味を理解するのに一秒もかからなかった。
スピッツは覗きこみ、 声もなく笑みを零した。
「エクストリームドライブじゃないか、まさしく」
と口笛を吹く。彩子は唇を噛んだ。
――私はひなたと仲良くなりたい。
青臭くそんな言葉で近づいたのは彩子だ。全ては弟分のサンプルを守る為の打算でしかない。それなのに、ひなたは本当に嬉しそうな声で言ったのだ。
――私でいいんですか?
ひなたは純粋に言ってのけたのだ。シリンジに向けて、迷いも躊躇も一つも見せず。
――焼いても私には支障がありませんので。特に友達を守るためなら。
ひなたの言葉が彩子を揺らす。
それなら彩子は、そのトモダチを助けるために全力を尽くすのみだ。単純? スピッツ、あなたは笑っていればいい。【デベロッパー】として、私はひなたも最大限にアシストをする。エクストリームドライブを解除する数式を導き出すのみで。
そう思った瞬間だった。爽からの感覚通知が彩子に届く。
【データー分析を頼む】
言われるまでもないぞ、水原君。彩子は内心で不敵に笑いながら、キーボードに指を滑らせた。
それは不思議な感覚だった。
ユルサナイという感情はニエタギル、抑えきれないイカリの感情に類似していて。それなのに、ひなたはたゆたうように漂う。
ずっとひなたの中にいて眠っていた誰かと、すれ違った。触れるように、その髪をそっと撫でるように。
唇を裂くように、その誰かは破顔した。歓喜を隠すことなく、あふれんばかりに零して。
――あとは、まかせておせ。
そう誰かは囁いた。
その言葉すらも、ひなたの鼓膜にはボンヤリとしか届かない。
ぱちん、と火種が弾けて。
暖炉の炎のように、橙の淡い灯りがひなたを暖める。その視界全てを染めて。埋め尽くして。
ひなたは目を細めて、小さくアクビをした。
眠い、本当にねむい。
――た、ひな――ひ――先輩――ひな――お姉ちゃ――ひな――。
ブツギレの声がなお、眠りを誘う。ぱちぱちと燃える炎は、甘美なまでに優しくて。
マカセテオケ。
そう囁いた声は、ひなたに届かない。
炎が弾ける。
――水色、お前が憎んだ世界を妾が焼こう。
ひなたに良く似た、そしてひなたが絶対出さないであろう哄笑をあげながら、炎はなお歓喜に舞う。
呼吸をする。息を吐き、吸う。その動作を確認するように、ひなたは胸に手を当てる。大きな深呼吸がいやでも耳に届く。
爽は余力ない気力を振り絞って、その様を凝視した。ひなたは爽を見やり、ニヤリと舌で唇を舐めて―― 嗤った。
と、国民国防委員会の量産型サンプル達が靴を鳴らして、ひなたを整然と取り囲む。シリンジがオーバードライブした廃材に飲みこまれた今、彼らもまた古い 命令コードを尊守しているに過ぎない。もしくは彼らもオーバードライブしているのか? 爽の思考はグルグルまわる。
(今はそんなことはどうでもいい!)
思考を打ち消す。デベロッパーのデータを確認するまでもなく、ひなたがエクストリームドライブしたことは間違いがない。この肌を突き刺すような熱気を爽は忘れない。忘れられるはずがない。
「また会えたな」
ひなたは爽に向けて笑む。
爽はゴクリと唾を飲み込む。恐怖はない。ただ、ひなたを奪われた。それだけで。
一瞥するだけで、熱風叩きつける。足元が揺らぐほどの風圧を刹那に孕んで。
ひなたの歓喜を表すように、その手から炎が踊る。あれほど 発火能力の暴走を恐れていたのがウソのように。
と、ひなたはステップを踏む。量産型サンプルに躊躇なく肉迫し、至近距離で炎を放つ。それは真紅の炎だった。それをあえて腕に纏う。
ひなたは腕を凪ぐ。瞬間、熱風が温度を増した。膨れ上がった炎は溶岩流のように量産型サンプル達を飲み込む。彼らのサイコネキシスバレットなどまるで意に介さずに。
ひなたはクツクツと笑みをこぼす。
「愚か者どもが。こんな土人形同然の駒で、妾に抗うなど笑止千万なことよ」
と、満足そうに頷いて。ゆかりは唖然とひなたを見た。
「ひ、ひな……先輩?」
その呟きに当のひなたは興味深そうに見やる。
「ふむ。水色のことか。その認識は正しくもあり過ちだ。今の妾に、汝らが言うところの宗方ひなたというニンゲンは存在しない。実験室の研究者どもは妾を 識別名 【緋色】と呼んでいたな。まぁ、どう呼ぼうが妾には興味ないことだが。汝らが言う水色は、もう目覚めることはない。遺伝子情報の海に妾が沈めたからな」
「う、ウソだ! ひな先輩は、ひな先輩はあなたなんかに屈しない! 絶対、絶対に! 絶対に諦めないってひな先輩なら言うから! だから私は絶対に諦めない!」
ゆかりが声を荒げる。その手に青白い雷光を灯して。
それをひなたは、軽薄な視線を投げて歪んだ笑みで返す。
「愚かな。水色はこの醜い世界を焼きつくすことを妾に祈った。久方に目覚めてみれば、なんとも醜い生き物を作り上げたモノだな実験室は。実に愉快だ。妾は水色の願いを叶える義務がある」
「なにを言って――」
「この醜い生物を灰に帰す。それが何よりの手向けであろう?」
ニッと笑む。その手に再び炎と明確な敵意を向けて。その意味を理解した上で、緋色は言っている。
「お、お姉ちゃん、やめて!」
みのりが悲痛な叫びをあげて、オーバードライブ体の前に立つ。この中にはみのりの両親も飲まれた。それを見越して、ひなたは笑む。
ひなたは躊躇なく、ゆっくりとしたモーションで炎を投げはな――
「させないって言ってるでしょう!」
ゆかりが電撃を全力で放つ。それを造作なく炎で飲み込もうとした刹那、ひなたは大きく膝を崩した。
「な、に?」
ひなたは目を向ける。
金木涼太が緊張で呼吸を乱しながら、掌を向けていた。涼太の電気信号でひなたはペースを乱される。
「小賢しい。自身では何もできぬ痴れ者が!」
「金木先輩、ナイス!」
と電撃を打ち続ける。ひなたは――緋色は、それを炎で無造作に振った。
「無駄なことを! 無益なことばかり続けおって――」
「無駄じゃない」
と爽は静かに言った。緋色は爽を見る。その一瞬でゆかりが接近する。拳を固めた。至近距離から電力を最大限に、接触を局地集中して。ゆかりはそれだけをイメージする。
「無駄じゃないよ、ひなた。ひなたががんばってきたことは何一つ無駄じゃない。見てごらんよ? 涼太が勇気を出してくれた。あれだけ自棄になってた桑島がこんなに一生懸命だ。みのりちゃんはひなたを信じてる。俺はひなたの相棒だ。だから、今まで苦しかったこと、悲しかったこと、少しずつでいいから俺に分かち合わせて」
「何をたわけたことを。水色はもう目覚めん! 妾が水色にとってかわって――」
「ひなたはひなただよ。だから緋色、俺にとってはお前もひなただ。焼きたいくらい憎い世界のかわりに俺を焼けばいい。ひなたの発火能力全部受け止めるから」
「支援型サンプルがなにを戯れを――」
と言うひなたの敵意剥き出しの目に、一筋、雫が落ちる。それをひなたは――緋色は信じられないと言わんばかりに、拭う。
ひなたはその拳を固めた。
その瞬間に、ゆかりは拳を振り上げる。電力を最大限に解放して。
「ひな先輩を返せっ!」
「愚かな」
動作一つ見せることなく、炎が渦巻き電撃を飲み込む。熱風が激しく煽り、ゆかりを吹き飛ばす。体勢を整えようとするも、ゆかりは手足の火傷で苦痛に表情を歪ませた。
「愚か、だと言っている。生まれながらに、ケモノはケモノの枠の中で生きる。食われるケモノと食うケモノに分かれて。努力を如何に重ねたところで、食われる運命は変わらない。そもそも生命の生存競争に打ち勝つ中で、共存などと言う甘い考えをもつ水色こそ誤りだ。救うだと? 自身のチカラをコントロールできない水色に何ができると言うのだ? 汝ら、身の程をわきまえ――」
「桑島、よくやった。もう大丈夫だ」
意に介さず、爽は歩み出る。
「デバッガー?」
ひなたは首をかしげた。爽はお構いなしに前に出る。
「緋色、ひなたの中で随分と学習をしたんだな」
「……」
「呼吸が乱れているぞ? 同調律が低いんじゃないか?」
「黙れ、デバッガー。貴様の意見など求めてない!」
「随分、焦ってるじゃないか? 力を使いすぎたな? あの時の炎の温度に比べたら不完全燃焼なんじゃないか?」
「黙れと言っているだろうが、デバッガー!」
ひなたは――緋色は吼える。手をかざし火球を爽に叩きつけようとしたが、その火球は大きく逸れて、施設を燃やす。バチバチと焦げた匂いを嗅ぎながら、爽は避けるでもなく、涼しい顔でそれを見やる。
「緋色、ひなたはまだあきらめてないみたいだぞ?」
「五月蝿い、黙れ、黙れ、ダマれ、ダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレ、ダマレ!」
炎が真っ赤に燃えるのを見やりながら、爽は表情一つ変えずに緋色を見やる。
スマートフォンに表示された、 野原彩子からの通知をもう一度、目に落としながら。
【エクストリームドライブの仮解析、終了】
時間が足りない中での解析は、彩子への負荷が重かったことが容易に想像できる。ゆかりが時間を稼いでくれた、この功績も大きい。凉太を信じていいかどうかは未知数だが、何より緋色の中のひなたは諦めていない。
その理論と根拠を問われれば、苦しい。確率としては0.01%にも等しい程の確率かもしれない。単に緋色がひなたの体をうまく操作できていない可能性もある。
そして未だ悶え咆哮をあげるオーバードライブ体の存在もある。
立案した作戦は脆くも崩壊した。これが戦場か、と今になって姉の言うことを理解できた気がする。戦況は変化する。戦場は待ってはくれない。その戦局を支配するのが支援型サンプルの務めだと研究者トレーは言う。
爽は遺伝子研究特化型サンプル【限りなく水色に近い緋色】のサポートを目的に調整された。ひなたに執着するのはだから、と言うわけじゃない。
ただ、あの時のひなたの――緋色の――ひなたの全部を含めて、爽は受け止めると決めた。軽い気持ちで相棒と言ってるわけじゃない。パートナーよりもバディ。一蓮托生で、文字通り共に生きることに躊躇ない。
だから――。
オーバードライブ体が 、咆哮をあげる。その体の一部、臓器を撒き散らし、雨のように弾丸のように残骸を打ち付ける。
爽は 不可視防御壁を起動させた。みのりはもとより、ゆかり、金木涼太にも貼り付ける。激しい勢いで割れる音が響いた。
ひなた――緋色はつまら気に欠伸をしながら、その腕で凪ぐ。瞬時に引火し灰と散る。
オーバードライブ体は自分の肉体に筋力局所を施した上で、それを千切り、銃弾として投げつけた。破損したファイアーウォールはそれぞれ五枚を貫通、警戒レベルの威力と言わざる得ない。
涼太は信じられないという顔で爽を見た。爽は小さく息を付く。
「ひなたが涼太を友だちだって言ったんだ。別におかしなことじゃないだろ?」
「爽、俺は――」
「もしそう思うなら、力を貸せ」
「え?」
「ひなたの為に力を貸せ。本気でひなたを思うなら」
「成功する見込みはあるのか?」
「確率の話を言わないと、涼太は協力できないのか?」
「そ、そうじゃない! 宗方さんの為なら何でもする。何でもするけど――」
「お姉ちゃんもお父さんも助けたい」
小さく、そして力強くみのりは呟く。
「やるかの100%、やらないかの0%。私にとってはそれだけだけど?」
ゆかりはニッと笑って言う。
「確率を上げるのは 【デバッガー】の仕事だからね。桑島の言う通り、100%しか考えてないよ」
小さく笑んで見せる。ひなたの為なら、どんな事でもする。本気でそう思ってきた。今がその時なのだ、と思う。もう後悔だけを引きずって生きたくない。ただ、単純にそれだけで。ひなたが隣にいない時を過ごすのは、もう御免なのだ。
当のひなたは無造作に火球を捏ね回す。爽に向けてニンマリと破顔して。
「余興はこれまでだ。オワリにしようか、デバッガー?」
呼応するようにオーバードライブ体が、声にならない声を多重に響鳴させて吠え上げた。




