表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限りなく水色に近い緋色【原作版・連載中止】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
24/48

21

 耳を貫く音は鳴り止み、やっと爽は体が動かせるようになった気がした。遺伝子研究特化型サンプル【デバッガー】の爽は、分析や探査にも特化している。故に、サンプルに働きかける高周波干渉信号は、苦痛が伴う。廃材に特化した信号であることは思えない程の、疲労感を体に残す。


「……これは出力が強すぎるな、検討の余地ありだ」

「殺す気か」


 遠藤が唾を吐く。


「遠藤警部補、あなたも実験室のサンプルなのか……?」


 爽はコンディションを整えながら、言葉を投げかける。もっとも、この場所に同席している時点で、彼は実験室側の人間であることに間違いない。


「疑問を投げかけてる場合なのか、デバッガー?」


 ビーカーはニンマリと笑んだ。


「廃材に特化した干渉信号だぞ、これは? 保育園で試した周波数からさらに、出力を上げてある。君たちのダメージをみても効果は覿面だ。あの廃材の少女はどうなってるだろうな?」


 非常灯に照らされたビーカーの笑みを、爽はただ見やる。感情が扇動されないように思考を巡らし。ビーカーは雄弁に語る。その優位性に酔いしれるように。


 爽はじっとビーカーを見やる。感情を振り乱したり、激昂することは逆効果だ。むしろビーカーはそれを願っている。


 それならば──。


 爽はあえて可視化して、能力を展開する。銀の糸が幾数も指先から放たれる。本来なら見ることすらできない、支援型能力をあえて見せつけて。


「な?」

「これは【デバッグ・チェイン】と言います。ビーカー、貴方が言うように僕らは切羽詰まっている。だから、藁にもすがる想いで、反抗させてもらう」


 ビーカーの首を糸が拘束しようとする。

 同時にビーカーの握っていた、USBメモリ状の機器へ向けて糸が這う。


「小賢しいぞ、水原君!」


 遠藤が拳銃を抜き放つ。寸分の躊躇いを見せずに。爽の【デバッグ・チェイン】を撃ち抜くが、何ら問題ない。次の糸が生え、信号発生装置に絡みつく。爽のデハッグ能力は【接触】することで稼働する。攻撃手段と遠藤が勘違いしてくれて助かった【ファイアー・ウォール】もそうだが、根底となる能力は同一だ。情報を収集し、編集し、改訂する。その為に時に接続し、時に情報を遮断する。


 【ファイアー・ウォール】は単に物理的な防御壁なのではなく、爽のもつ情報そのものを守る為のセキュリティシステムだ。


 一方で【デバッグ・チェイン】は情報への接続、抽出を目的とする。爽は【デバッグ・チェイン】を用いて、旧清掃工場のシステムを攻撃(ハック)することに成功したのだ。

 とビーカーは、首に巻き付いた糸を無造作に引き千切る。


「弁護なき裁判団。これは武力行為じゃない、騙されるな。彼はこの銀の糸で情報をハッキングしたようだ。君を挑発し、事態をより混乱の方向へ誘導することも目論んでな。あえて彼の策に嵌る必要もないだろう、見誤るな?」


 爽は目を細める。ビーカーは常に冷静に分析していた。


「データはすでに転送されている。これ以上のやり取りは無意味だ」


「さすがは、茜ちゃんの作ったサンプルってことか。データを茜ちゃんが分析した上で再度君が干渉すれば、起死回生をも狙える計算か」


 別に、と爽は思う。ハッキングしなくても勝率は高値だ。ただ検証する時間がなかっただから、保険は二重にも三重にもかけたに過ぎない。言葉にするつもりもないが──。


 爽は【デバッグ・チェイン】の能力を終了させる。たん、たんと、ステップを踏んで。

 こちらも、これ以上の時間稼ぎは無意味だ。


「行かせるとでも──」


 と拳銃の引き金を引く瞬間に、爽が動く。シューズから車輪が発生し、駆動音が鳴り響いた。そのまま遠藤に【ファイアー・ウォール】を発生させたまま衝突する。遠藤はものの見事に、弾き飛んだ。


 迷わず爽が制御室を脱出した。【デベロッパー】が用意してくれたおまけは、見事としか言い様がない。


 爽は思考を切り替える。


 データは確保した。それだけで重畳、と急ぐ。上手く立ちまわった自負はある。撹乱も充分にした。後はひなたと合流するのみだ。


 風を切り、ローラースケートで駆ける。ひなたの位置情報を確認する。


 ──実戦は魔物が潜むからね。計算通りにはいかないよ? だからこそ戦況の把握と柔軟な戦術と、確固たる戦略が必要なんだからね。


 姉の言葉が突き刺さる。自分は支援型として立ち回れているのだろうか?


 確証はない。でも、爽の【検証】(サーチ)は間違ってないと思う。【調整】した時のデータと、【デベロッパー】の演算補助の算出結果から考えても、可能性は一つしか無い。その仮説が本当なら──。


 とは言え、気が急く。


 脳内で金属を打ち付けるような音が、打ち付けられては消えて、また鳴り響く。


(ナンバリング・リンクスか……)


 実験室のサンプル同士の存在を主張する共鳴本能。だが特化型サンプルであれば、あえてそれを消すことも可能だ。音にも特徴があり、この弱々しくも、音程がずれたような不協和音は間違いなく、廃材スクラップ・チップス達の存在を示す。


(でも、その量が多い……)


 爽が頭痛を感じる程に。耳鳴りをする程に。


 急げ、と念じる。その一方で、情報を整理する。【デベロッパー】からは常に情報が送信され続ける。その情報を活かすも殺すも爽次第で。


 ──爽君の支援型サンプルとしての腕の見せどころだね?


 姉のニンマリと笑む表情が浮かぶ。


(まったくだね)


 爽は脳内に直接伝送されるデータを弾き、整理し、削除し、保存しながら思う。


 ──やるしかないでしょ?


 楽天的なゆかりの言葉と重なって。やるしかないよな? 爽は大きく深呼吸する。データはデータとして参照するが、今は自分のやるべきことに集中するしかない。戦況を分析し打開の一手を打つことこそ、それが【デバッガー】水原爽の仕事だから。


 ──爽君、力を貸して。

 ひなたの諦めない目を思い出しながら。


(ひなた、俺に力を貸して)


 爽は急ぐ。ひなたのもとへ。ゆかりのもとへ。みのりのもとへ。羽島のもとへ。諦めない為に、実験室に屈しない為に。


 爽が今まで諦めてきた、もう出会えないと思っていたひなたの為に。絶対に諦めない──諦めることが当たり前だったムカシの自分に決別する為に。


(ひなた、俺に力を貸して)


 爽はさらにスピードを上げた。











 茜は宗方家のパソコンを我が物顔でキーボードを叩く。その横で、真剣な顔でモニターを覗く姿が一人。


「あーや、もうある程度は爽君に任せないと、どうにもならないよ?」

「そのお言葉は茜ちゃんにそのまま返すよ」


 表情を崩さず、画面を見やる。数字の羅列が止まることなくスクロールしていく。【デバッガー】が収集した情報を再計算することこそが【デベロッパー】の仕事だ。直接の戦力は皆無。その【デベロッパー】にできることはと言えば【デバッガー】が動きやすい分析を送信すること、ただそれしかない。


「随分熱くなってるじゃない、あーや?」


「……別に。戦況は常に変化する。単一のプランでは、最初から敗戦宣告するのと一緒と、言うどこかの低身長な元研究者の言葉に従ったまでだけど?」


「あーや? 一々心に突き刺さるのはなんでかなぁ?」

「事実に該当するナニカがあるんじゃない?」

「も……もういいです」


 茜が項垂れる。クスクスと、それを見てシャーレは笑みを零した。トン、と元研究者とサンプルの前に紅茶を置く。


「彩子ちゃんは爽君のデータを収集するのが仕事だものね。実戦でひなたを支援することに特化した爽君と、実戦能力は一切ないけど、爽君の支援に特化した彩子ちゃんと。さすが、ね」


「そんなんじゃない」


 茜は画面を見やりながら呟く。


「爽君もあーやも、醜い私を支えてくれた。ただ、それだけだよ」

「それでもエメラルド・タブレットを諦めるつもりはないんでしょう?」


 彩子は画面だけを見やる。茜のキーボードをタイピングする音が響く。かちゃかちゃと、ひなたの母は紅茶をティースプーンで混ぜる。規則ただしく、無機質に。


 シャーレは茜を煽っているのだ。彼女の本音を、弱さを。その傷を抉るように。


 茜とともに歩んできたからこそ【デベロッパー】は思う。本質の茜は、実験室の研究者と言うにはあまりに、純粋過ぎた。


 不完全な天才と言われた実験室・研究者【トレー】

 支援型サンプル研究を得意分野とする彼女のもう一つの側面は、特化型サンプルを安定的に排出した――【被験者殺し】の異名を持つ。特化型サンプルの排出数は、その実験の数に他ならない。


「原初の特化型データ、エメラルド・タブレット。遺伝子工学研究の原点とも言えるわね。私達はその写本(コピーデータ)をもとに研究を続けたに過ぎない。言うなれば、今の実験室はその上澄みの上の上澄みしか、結果を出せてないということでもあるかな」


 シャーレは紅茶に口をつける。

 小さく喉を鳴らして。茜はキーボードを叩き続けて。


「シャーレ、それは今必要なことなのですか」


 と、彩子は画面を見やりながら、言葉を投げ飛ばした。


「戦闘能力が無いとは言ってくれる。仮にも実験室の【トレー】が作った特化型サンプルだけど、私は? あなたを潰す方法も皆無だとでも思ってるの? ひなたの母だからと言って、私が手加減する理由はないんだけど?」


「あーや!」


 と、茜が制す。その目は落ち着け、と言っている。クスクスと、シャーレは笑みを零していた。


子ども(サンプル)達に恵まれてるじゃない、茜ちゃん」

「ボクは、現役高校生でオカンじゃないんだけどね」


 と溜息をつく。


「あーや、君の仕事は爽君のデータ分析。シャーレの挑発にのることじゃない。シャーレはああやって、時々遊ぶんだ。ボクはボクの目的で、彼女は彼女の目的で動いている。別に今更、エメラルド・タブレットのことで後悔もしていない。現状の打開、まずはソコだよ」


 彩子は茜の顔を見る。迷いは無い、研究者【トレー】の表情で真っ直ぐに見つめていた。


「フラスコから写本(コピーデータ)を奪う、そこに変更は無いということでいい?」

「もちろん」


 茜は小さく頷く。事態がシャーレとスピッツの思惑により加速したことは否めないとしても。結局、爽がひなたに特化した支援型サンプルであり、彩子が爽のバックアップであり、シャーレとスピッツがエリクシールを求め、全てはエメラルド・タブレットに集約していくのだから、どうしようもない。


「それで、茜ちゃんは何を一生懸命に作業してるの?」

「――【廃材】(スクラップ・チップス)の干渉信号を解析中」


「へ?」


 今度は、シャーレが狐につままれたような顔になる。


 ひなた達の奇襲、干渉信号の発生までは想定内。だが爽の支援型サンプルの能力は想定を大幅に上回る。無論、計画の中で【トレー】とは常にそれぞれの能力について情報をトレードしてきた。だが実戦の中で、自身のスキルを活用できるかは、サンプルのセンスに関わってくる。例えば、ひなたが強い発火能力(パイロキネシス)をもっていたとしても、相手を傷つけることに躊躇するように。


「干渉信号のデータを爽君がハックしてくれたんだから、それを活用しないといけない手はないよね?」


「従来の支援型サンプルの能力(スコア)を凌駕してるじゃない」


「だから、あーやがバックアップとしているんだよ。爽君がデータでパンクしないよにね。もっとも、本人の努力もあるかな。実戦で力を磨くタイプかもね、爽君も宗方さんも。二人とも不器用だけどね」


「……そうね」


 文字だらけのモニターをシャーレも見やりながら、頷く。


「ひなたが廃材に接触した。心拍数が少し高い。でも他の稼動は安定している」


 彩子が淡々と言う。


「データのハックと電気制御室の制圧に成功したから、実験室からの干渉の心配は少ないかな」

「問題ないと思うわ」

「あーや、カメラを回そう。本日最大のハイライトだ」

「もう、やってる」


 と、モニターにひなたとみのりが映し出される。

 項垂れるように、かろうじて立つ人影に囲まれて。蠢き、よろめき、それでもひなたへ向けてそれぞれが手をのばす。


「これ全員、廃材(スクラップ・チップス)か。ビーカー、やってくれたね」


 茜は息をつく。廃棄処分寸前の実験失敗作。最早、この人影達は生きている、とさえ言えない。


「数、300強を確認。今、状況を精査する」


 ひなたの炎が画面で踊るのが見えた。


「想定内であり予想外ね。これ全員、能力最大上限稼動(オーバードライブ)している訳でしょ?」

「間違いなく」

「羽島さんもゆかりちゃんも廃材よね?」

「……」


 どう答えていいか分からず茜が思案していると、画面を裂くような黄金色の光が幾重にも奔る。


「電気反応確認! サンプルによる生態電圧接触!」


 彩子はログを読み上げる。

 ひなたに肉圧する稲光が、縦横無尽に迫る。その光に、ひなたは手をのばす。


「ひなた?」

 シャーレが乗り出す。それは子どもを心配する、母の顔だった。







  声が虚ろに、無気力に反響し、木霊する。

 

 ──イヤダ、シニタクナイ


 ──コワレタクナイ


 ──スクラップチップス、ッテナンナノ?


 ──ワタシハ、マダイキテル


 ──マダ、ジッケン ハ オワッテナイ


 ──イキタイ、イキタイ


 ──マダ、オワリジャナイ


 ──タスケテ、クルシイノ、タスケテ


 ──アナタガ ムリヲシナイデイテクレタラ


 ──モウイッカイ、マウンドニタッテ、ボール ヲ 


 ──タスケテ


 ──ミノリ

 

 声が幾重にも重なる。実験室の無機質な量産型サンプルなら、まだ「敵」と思い込むことで立ち向かうことができた。だが、この声は紛れも無く、生きている人だ。ひなたの足が竦んでしまう。


 ただ本能でみのりを守る為に、炎を生み出す。その意志が弱い自覚がある。


(爽君、ゆかりちゃん──)


 もうダメだ。廃材が幾つも手を伸ばしてくる。その手が、念力弾サイコネキシス・バレットを飛ばす。目を瞑る。もう防げない。


 と、電気が奔った。


 ゆかりもオーバードライブしたのか。声はもう届かないんだろうか。手をのばす。ゆかりを救えなかった。奇跡はもう起こらない。何て自分は無力なんだろう。爽が尽力してくれたのに、応えることができない自分が歯痒い。何もできず、抵抗すらできず。


 せめて、みのりを守れたら。それだけを思う。炎を投げ放つ。それを嘲笑うかのように、雷鳴が鳴り響く。

 ひなたの炎をかき消さんばかりに、電流が暴れ狂う。


「ひな先輩、すぐに諦めちゃだめだよ、ひな先輩らしくない」


 え?

 ひなたは顔を上げる。廃材の群れに臆することなく、声の主は背筋をのばし、対峙する。その手に電流を青白く纏わせながら。


「お姉ちゃん……」


 みのりが、ひなたの手を握る。


「ひな先輩が諦めないでいてくれたから、今の私がいる。だから私は諦めない。それだけだよ?」


 ニッと彼女は笑う。


「ば、バカな──」


 シリンジは口をパクパクさせて喚くが、言葉にならない。


「廃材が、廃材のくせに、廃材がなんで干渉信号の影響を受けない? ナゼだ?! ナゼそんなことが──」


 泡を吹くように声を荒げるシリンジに向けて、当の廃材の少女は静かに動いた。


「あの信号は二回目だけど、正直気持ち悪かった。まだ頭痛いし。だから、私は機嫌が悪い。ひな先輩を追い詰めたのも、金木先輩を道具扱いしたのも。この回りくどいやり口も。胸糞悪いこの有様も。だから、良く聞いてよ、実験室の研究者さん?」


 その手に帯電させたまま、シリンジの顎を掴む。群がる廃材達をもう片方の手で、放電し消滅させながら。


「私達は、廃材とかサンプルとか、そんな名前じゃない。まして記号じゃないし部品でもない!」


 ゆかりの電流が青白く猛る。そこに熱く燃える焔が同調することに気付き、ゆかりはニッと笑む。

 いきますか? そう炎に向かって囁いて。


 ゆかりは──そしてひなたは、全力で自分の能力を開放したのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ