表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限りなく水色に近い緋色【原作版・連載中止】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
16/48

13

 ビーカーは漫然とモニターの電源をオフにした。


「ん?」


 背広の男はビーカーを見やる。


「監視システムは、羽島に直接埋め込んでいる。彼は廃材と言う名の囮だ。あえて遠隔監視システムを稼働する必要もないし、リアルタイムである必要も無い。それに────」


 ビーカーは彼を見やる。


「弁護無き裁判団、君らがオーバドライブした廃材の監視と処理をしてくれるんだろ?」


 ビーカーはもう彼の顔は見ない。スケジュールは詰まっている。フラスコ交え、政治屋連中との会談もある。研究者のスケジュールは分単位な事も珍しくないのが、非公式にして政治的には公式な「実験室」という組織なのだ。


 もっとも背広の男もビーカーの思惑は予想の範疇だ。漫然と棒付きキャンディを堪能しながら、沈黙したモニター越しに写るフラスコの表情を観察する。好きにやれ、という事だと解釈した。何より、自分へ情報収集を託したという事だ。今回の廃材では【限りなく水色に近い緋色】のデータを精密に収集する事は叶わない。それならば、可能な限りのデータ収集と処分。その方が能率的で波紋も少ない。なにせあの遺伝子特化型サンプルはあまりに未知数すぎる。


 まるで煙草の紫煙を吐くように、棒付きキャンディをつまみ、息を吐く。


 脳内にピ、ピというかすかな電子音。ピン!と高く音が跳ね上がる。リンクする。ビーカーはこちらに一瞬視線を送るので、手付かずの棒付きキャンディーを贈呈する。


「……そういう意味じゃない。派手にやりすぎるなよ、という事だ」


「研究者が【遺伝子実験監視型サンプル】に命令コードを示した以上、命令コードは遵守する。ただしその経過プロセスについてまでは干渉されるいわれは無い」


「……」


「重ねて言うが、命令コードは遵守する。廃材は処分し、監視データは実験室に確実に届ける。世間一般に明るみに出る事はしない。【限りなく水色に近い緋色】については過干渉はしない。その上で、お楽しみを遂行する事を避難するいわれは無いと思うが?」


 ビーカーはこの言葉に小さく息をついた。


「好きにろ。それと、例の特化型サンプルに接触するなら、接触時のデータも私に提出しろ」


「…了解」


 背広の男は棒付きキャンディーを口に含みながら、唇の端で笑む。実験室研究者の情報戦にはまるで興味はないが、ビーカーは比較的、寛大だ。これがフラスコならそうはいかない。それぐらいのサービスは心置きなく応じるべきだ。


【No.D No.F No.Kは稼働可能です】


 脳内に無機質な自分の声が響く。


【No.Fを稼働。No.Dは監視モード。No.Fは撹乱ディスオーダーに備える。他、弁護なき裁判団、随時稼働に向けて調整せよ。タスクは自動監視システムに一時常渡可能であれば回せ。遺伝子特化型サンプル対応に注力。システム稼働の余力は確保の上でだ】


【了解。可能です】


【実行せよ】


【Enter】


 電子音が切れる。接続が切れた。


 珍しい事にビーカーはまだそこに居た。彼ら研究者のスケジュールは分単位で動く事は熟知している。だからこそ、遺伝子実験監視型サンプルなるモノが存在するのだ。


「どうした?」


「これはどういう事だ?」


 と渡された棒付きキャンディーを見やる。


「美味いぞ?」


「イチゴ醤油ラーメン味……が、か?」


 絶句する。


「舐めておけ。この後の仕事がはかどる事請け合いだ」


 ビーカーは思案の挙句、白衣のポケットに仕舞い込んだ。


「美味いのにな」


 現職、県警警部補はニンマリと笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 



 

 桑島ゆかりはニンマリと笑んだ。些細な幸せを噛み締めながら。

 廃工場の前で、拳を固める。その度に無意識に青白く放電された。


 保育園とはまるで別物のように、力がみなぎる。これはブーストではなく調整コーディネイトだと言う。爽が外皮から遺伝子情報に接触、遺伝子レベルで調整をするのだ。実験室の実験体サンプルには少なからず、研究者の調整を必要とする。そして廃材であるという理由で、ゆかりは放置され過ぎたのだ。爽の計算でいけば、廃材・羽島への電気ショックは、筋力局所強化があったとしても活動停止に追い込む事ができたはずだ。それができなかったのは、未調整により能力稼働の効率が悪かったに他ならない。


 だが、ゆかりとしては、爽に手を握ってもらった、それだけで勇気を貰った気がする。これなら行ける! 躍動する心を抑えるのに必死で。


「俺はあくまで支援型サンプルだから、完全な調整はできない。方が付いたら、本格的な調整を手配するから。ちょっと気になる事もあったし。ひなたもね」


「うん!」

「…うん」


 快活に頷くゆかりと、複雑そうな表情で頷くひなたと。ひなたは爽の服の裾を微かに引っ張る。爽はさり気なく、一瞬だったが、ひなたの手を握る。


 ゆかりはそれを見ない振りに徹した。


 爽は多分、自分の欠陥について知ったのだ。ゆかりが廃材スクラップ・チップスとして抱える爆弾について。実験室の研究者達が自分を廃材として放棄した日から、覚悟はしていた。


 自分はその代償の代わりに、報酬を得たのだ。もう悔いは無い。そう思っていた。けれども、せめて水原爽にほんの少しだけ手を伸ばせたら────それが今日、些細かもしれないけど叶った。だから本当に悔いは無いと思う自分がいて。


 その反面、多分ひなたは自覚していないが、その心に宿したのは無自覚なヤキモチで。幼い嫉妬未満なのは間違いなくて。ひなたは自分のライバルだ。本当なら蹴落としてでも、爽の隣に行きたいはずなのに、ひなたを傷つけてまで奪うという事を考えられない自分は、なんて甘いんだろうと思う。


 ひなたの考え方が伝染したのかもしれない。

 ひなたは甘い。手を伸ばして、目にとまる人を助けたいと言う。


 それは危害を加えたゆかりであり、そして今回は廃材・羽島であり。


 ひなたは実験室という組織を知らなすぎる。その中核で、ハーザード級極秘プロジェクトとして研究された、特化型サンプルであるはずなのに。戦意というものがまるで欠けていながら、意志が強い。


 それがゆかりに手を伸ばしてくれた、ひなたという存在だからこそ。


 実験室の【廃材】として残された時間が少ないからこそ────ひなたに生きる術を教えたい、そして爽の力になりたい。それはゆかりの偽らざる本心で。


「桑島」


 爽の声は合図で。無造作に指を鳴らす。ひなたとゆかりにブーストをかけて。


「不具合は?」


「今のところ、無いかな?」


 ぐっと拳を握る。電流が青白く奔る様からも、自分のアドレナリン分泌量の増加を実感する。


「ひなたは?」


「大丈夫、だと思う」


 ゆかりを真似て拳を握る。その手から真紅の炎が渦巻く。ひなた本来の能力、【限りなく水色に近い緋色】の発火能力パイロキネシス。揺るぎない朱色の焰が美しいと思う。だがこの炎が爽を焼き、実験室を一時的に壊滅させた現実があるが、爽はまるで気にしてないようで────寧ろ、その炎を愛おしいように見やっていた。


「爽君?」

「水原先輩?」


 ひなたとゆかりに視線を向けられ、ほんの微かに笑みを零す。


「ひなたは心配をしない事。自分の力を信じて。羽島を救うんでしょ?」


 コクリと頷く。


「桑島は無理するなよ? ひなたと俺を頼っていいから。その上で、ひなたを助けてあげてくれ」


 ゆかりは、きょとんとした顔で爽を見る。水原先輩は、憧れの人だった。距離が遠くて彼のことを何も知らないし、今だって水原爽という男の子の事を少しも分からない。でも彼にとってひなたがどれだけ大切な存在か分かる。それが痛いと思う時もある。でも、自分の中でもひなたを大切に想う自分がいて。


 自分はなんでこの場所にいるんだろうか?


 ────実験室に抗う為?

 ────水原先輩を助けたいから?


 ────ひな先輩の力になりたいから?


 ────せめてこの命、最後は綺麗に輝かせたいから?

 ────同じ廃材スクラップ・チップスとして、羽島を助けたいと思ったから?


 ────手を伸ばしたいから?


 思索しても答えは出てこない。ただ満たされる自分がいる。そして羽島の娘の泣き顔が瞼にちらつく。そうか、と思う。自分の体を売ってまで守りたかったモノと似ているのかもしれない。


(お父さん)


 もう居ない人の事を思う。結局は守れなかった。自分の体は廃棄されるだけ。それでも爽は、自分の体を気にかけてくれた。今はそれで良い。


 だから、ゆかりは明るく笑った。


「任せて、水原先輩」


 水原先輩もひな先輩も私が守る。せめて一回ぐらい、誰かを守らせて。泣いていた女の子、あなたの事もお父さんの事も守るから────。


 ひなたの火花と、ゆかりの電流が一緒に弾ける。

 それが決行の合図だった。

 

  

   

     







 羽島は幻覚を追いかけながら、鉄球を握る。

 鉄球は真っ白な野球ボールに幻視する。


 マウンドに立ち、速球を武器にバッター達を三振で抑え続けた。

 歓声と拍手がその度に湧き上がる。


 羽島はヒーローだった。


 甲子園、期待の星。プロになる事はもう約束されていたもので。

 自分の投げる球が勝利を決める。


 そう、それだけを信じて。


 チームに最大の貢献をしたエースピッチャーが投げる豪速球。高校球児としては目を見張る155キロをマークして。試合が終わった。


 喜びの声が上がる。

 熱狂が観客席を占め────て?


 妙に静まり返るベンチを、羽島は思い返していた。


 おめでとう。

 そう誰かが呟いた。


 お前一人で勝った甲子園。

 おめでとう。


 思考がぐらぐら揺れる。

 プロになって、成績を上げられなくなってきた。


 お前はお前しか信用しないんだな。監督の言葉は冷然としたもので。三振をとるも、点を取れないチームに苛立つ日々が続いた。


 そして敵チームの情報戦が始まる。羽島の癖、傾向を科学的に分析する。そして羽島が登板した時の連携の悪さを知る。


 結果、三振数も多いが、点を取られる事も多くなった。

 陥落は早い。


 どうして?

 オレハ、チームニトッテノ、ヒーローの、ハズダ────。


 結果が出せない、和を乱す選手は第一線では起用できない。そう監督は機械的に宣告した。二軍に落ち、彼は這い上がる為には速球に磨きをかねるしかない。だが高校球児のヒーローから五年、肉体は磨耗していた。


 肩が故障したのが半年前。


 元アナウンサーの妻は、とうの昔に娘を連れて去った。いつから言葉を交わしていなかったのかも忘れた。勝てない投手はマウンドに上がる資格は無い。稼げない野球選手はプロから早々に決別すべきだ、と豪語していた羽島だから、将来設計を考えても不安になったに違いない。元より、熱烈な恋愛をしたわけでもない。羽島自身が、恋愛の意味すらよく分かってない。


 気付いたら女の子達は声援を送ってくれていた。だから相手には困らなかった。


 戯言が耳に残る。

 ────あなたを応援したいだけなの。


 誰だ、そんな事を言ったのは?


 ────体を壊してまでして欲しくない! あなたはあなた一人だけの体じゃないって分かって!


 なんて戯言だ。野球選手という生き物は勝つか負けるかで。生き残れない選手に価値などあろうはずかない。


 ────お父さんは私のヒーローなの。


 誰だ、こんな事を言ったのは?

 近くで蠢く生き物が、似たような単語を発するが、まったく関心がわかない。


「お父さん!」


 オトウサン、というイキモノとはなんだ? 認識できない。エラー。エラー。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。えらー。


 ────思考がぐるぐると回る。

 その思考を、熱が止める。


 熱風が頬を焼く。焔が弾丸となって、羽島の足元を肉迫する。敵の攻撃方位ルートを確認。撃退に向けて思考をシフトする。


 火弾が次から次へと雨のように注ぎ、羽島にも着弾、筋肉を焼くが筋力局所強化体である羽島には意味をなさない。

 否────能力最大上限稼働オーバードライブにより感覚神経すら焼き切れていた。痛覚は羽島にとっては意味を為さない。危険信号を感じる事なく、目的を遂行するのみで。


 目的?

 ナンダソレハ?


 障害トナル者ノ排除。

(了解だ。排除する)


 羽島は鉄球を握る。筋力が波打つのを感じる。火弾へ応酬するように、鉄球を放っていく。


「お父さん!!」


 何かが羽島を阻む。それを全力で振り払った。


 障害トナル者ハ排除セヨ。

(了解だ)


 鉄球を放つより多く、火の雨が降り注ぐ。羽島は気が付かなかった。彼をお父さんと呼ぶ存在が無傷である事も、羽島に肉迫するもう一人の存在にも。


 火弾が止まった。


 少女が羽島の目の前で、不敵に笑んだ。拳を握る、その手が青白く、光り輝く。オーバードライブしている羽島でも、少女が危険である事は察知できた。彼女の手に集中する電圧の意味も。


 声にならない声で羽島は咆哮を上げ、少女の存在を潰そうと行動を起こす。


 だが、少女────桑島ゆかりの意志は揺るがない。そして羽島の行動は遅すぎる。


 ゆかりは拳を固める。打撃の効果なんか最初から期待していない。接触さえすればいい。電流は水の流れにも等しい、と爽は言った。だからこそ、力で圧っする事は無駄が生じるから。

 接触インパクトは最小限に。その電圧をもって、心臓エンジン)に最大負荷をかける。


 ひなたの発火能力パイロキネシスが時間を与えてくれた。


 爽のシールドが羽島の娘を守っている。

 もう遠慮する事は何も無い。


 ゆかりの拳が軽く、とんと羽島の胸を打つ。

 電撃を開放。出力最大。

 ブースト2乗、局所負荷に集中。


 ゆかりは拳まっすぐに突きつけて微動だにしない。イメージは流れるがままに。体の奥底の血流、それを押し出す心臓エンジンめがけて。ただそれだけをイメージして。


 羽島は苦悶し、筋肉を弛緩させる。それは声にならない絶叫になり────眩い光とともに、その体が弾けて。


「目を覚ませ、ダメオヤジ! あなたはそれでもあの子にとってのただ一人の親なんだから!」


 ゆかりは届けと願う。自分のように一時的でもいい。


 能力最大上限稼働オーバードライブよ、止まれと願う。

 届け、届け。今だけでいいから。お願いだから。暴走よ、止まって。あの子の声とともに────届け!


次回 限りなく水色に近い緋色

廃材・羽島に完全圧勝できたかに見えたが、弁護なき裁判団が動く。そして実験室以外の監視者の存在も。ひなたの長すぎる一日はまだ続く……?





ひなた「長い、まだ転校三日目……」

爽「長いよな」

ゆかり「長い……」



前話更新から二ヶ月強。お待たせしました! 次回は二週間以内にはお届けする予定です。では!


■■■

2014.9.18修正


後書きにおいて

▶ひなた「長い、まだ転校初日……」という台詞を

◯ひなた「長い、まだ転校三日目……」に修正しました(笑)

後書きなんですけどね。後書きですけどね。設定を理解してない僕はバカでした。謹んでお詫びを。

ご迷惑をおかけしました。


作者 拝

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ