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限りなく水色に近い緋色【原作版・連載中止】  作者: 尾岡れき
第1章 限りなく水色に近い緋色
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「さて、どうしようかな?」


 気合をいれたは良いが────と言った感じだが、保育園の前、小休止して爽は思考する。ひなたは不安そうに爽を見ている。ゆかりは、もう突っ込もう? と臨戦態勢だが、頭脳労働担当としては、そう安易に言えない。


「どうするも何も助けるんでしょ?」


 とゆかりは、少しイライラしながら、電流を発する。通りを、人々は何も無いかのように通り過ぎて行く。それもそうか、とひなたは思う。爽の手に入れた情報が早過ぎるのだ。


「電流を収めろ、桑島」


 と爽は特に意にも介さずタブレットの画面を見やりながら、情報検索を続けている。


「お前、実験室のサンプルが、世間的に公認されると思っているのか?」


「…………」


「桑島の方が今の内部事情は詳しいだろ? 統制がとれない廃材を実験室がどう管理しているか。多分、やり方はもっと姑息で電子化されてると思うけど?」


「────遺伝子実験監視型サンプル、弁護なき裁判団────」


 へ? ひなたは爽とゆかりを見る。固い表情で、お互いを見ている。


「やっぱり、監視システムは維持しているんだな。あの人は何も教えてくれないからなぁ」


 爽は鬱陶しい表情を隠さずに言う。


「え? え? え?」


「まぁ当然と言えば当然か。一番、廃材を処理しやすいし、データを集めやすいし」


「えっと、爽君?」


 ひなたは訳分からないという顔をしている。ゆかりは、これでもかと不機嫌な表情を浮かべていた。


「ひなた」


 爽がひなたの目を直視する。


「ひなたはドコまでしたいんだ?」


「へ?」


「常に実験室の監視はある。ひなた自身に、ね。そして今言ったように、廃材スクラップ・チップスに対しても。常に奴らは実験を繰り返し、データを欲している。ひなたが能力を行使するって事は奴らにデータを提供するって事だ。遺伝子特化型サンプル【限りなく水色に近い緋色】はSS級の情報ハザードだ。ひなたは実験室とどう向き合う?」


「え…え…?」


 パンクしそうになる。まだ現実を直視できていない自分がいる。爽やゆかりは、自分より多くの情報を持っている。でも自分は? 実験室は崩壊したと思う事で日常を両親と求めた。だが結果はどうだ? ひなたは、ドコにも受け入れられない。


「────ごめん、みんな。私が助けたいって言ったのに、私が一番消極的だ」


 ひなたは顔を上げる。


「答えは出ない。でも、保育園の子を助けたい。ダメ?」


 爽を見る。軽く彼はため息をつき、微苦笑する。


「どっちでもいいさ。俺はひなたを守りたい。でも実験室とどう向き合うか、これだけはそのうち結論を出そう」


「うん」


 ひなたは爽がまた協力してくれる事を感じて、笑顔が溢れる。嬉しい、すごく嬉しい────。


「ひな先輩、私もいるからね」


 ぐっと拳を固める。


「はいはい、先走るな」


 と、その拳を無理矢理、爽は降ろさせる。


廃材(スクラップチップス)は一人だけ。突っ込めばすぐだな。だが、子どもたちを人質にする可能性もある。被害は最小限に抑えたい。後は、実験室にデータを収集される事も防ぎたい」


「うん、そうだね」


 と、ひなたも頷く。


「プラス、遺伝子実験監視型サンプル、弁護なき裁判団の介入も防ぎたい。で、時間としては5分でいく」


「5分?」


「桑島、活躍してもらうぞ?」


 爽はニッと笑った。











 桑島ゆかりの能力は「過剰帯電保有」を軸としていた。いわゆる生体電力兵器であり、非常電力電源確保の為の補給兵を目的に開発し、失敗した被験体だ。つまり廃材(スクラップ・チップス)とは、実験に失敗した成れの果てを指す。あえて、爽はその事はひなたに説明はしなかったが。


 だが、ひなたの能力によって、遺伝子レベルで再構成をされ、ゆかりの体は、廃材からは逸脱した電力を保有するに至った。そもそも彼女の細胞は、空気中から電子を取り込み、増幅帯電させるものであったが、そのプロセスは失敗。ゆかりの周囲にある電圧を貯蓄する事で過剰放電を行うものに成り下がった。かつ、体が電力による細胞打撃に耐えられない。実験後、余命一ヶ月が彼女の運命だった。


 だから焦っていた。


 ゆかりが、被験体になった事には理由がある。廃材であれ、サンプルであれ、相応の理由で実験室に魂を売り渡す。


 ゆかりはひなたが被験体になった理由を知りたいと思う。持て余すほどに未知の力を秘めたひなただが、実験室に関わったニンゲンとは思えない程無垢だ。


 ひなたと爽の過去もいずれは聞き出す。だって悔しい。まるで繋がってる二人。阻害される自分。でもひな先輩はいじらしいし、可愛い。そして爽を想う自分の感情は変わらない。爽がひなたに一途な事を突き付けられたのは3日前。それまで、水原爽が実験室の関係者だと露にも思わなかった。


 感情はグルグル回る。


 自分の中で混乱しているのは分かる。余命一ヶ月しかない命だ。先日のオーバードライブで、自身の細胞寿命は大きく劣化したと思われる。


 時間は無い────。


 無いからこそ、自分のできる事をしたい。それはせめて、この前までは爽に想いを告げる事で。でも、もう一つ『したい』事ができた。


(ひな先輩の力になりたい)


 矛盾している。水原爽が、ひなたに想いを寄せているのは一目瞭然だ。心が焦げそうなくらい、自分の無力さを感じる。それは恋だけの単純なモノでない事も分かっている。


 それでも────。


 【実験室】に抗う、それすら自分の感覚ではあり得ない話だ。この流れは誰にも止められない。自分達は実験動物で、その対価とともに『体』を提供した。


 彼らは言う。


『これは契約だよ? 充分に精査した上でサインをしたまえ』


 実験室・室長“フラスコ"は作り笑いを浮かべて言った。


 これは国策による臨床実験だ。成功すれば君には力が手に入る。失敗しても国の保護による、支給と補償が待っている。だが、その失敗がどのようなカタチの失敗かは、ワレワレもソウゾウすらできないのだヨ?


 用意された台詞を読み上げるように“フラスコ"は言う。感情は消し去って、機械的にテンプレートとしてある言葉を呟いているのに過ぎない。


 でも、あの時のゆかりは高揚していた。


 力が────力が欲しくてたまらなかったから。


 その力は、今や実験室の枠から外れて、以前以上にゆかりに『力』をくれる。

 帯電と放電を繰り返す。


 それは深呼吸をするようなモノだったけど。爽の作戦を頭の中に叩き込む。爽の偵察が終わったら、すぐに作戦は開始だ。


 今は静かにその時を待つ。


(役立たずの私が、誰かの『チカラ』になるなんて────)











 爽は注意深く、操作を始める。あの人の言葉を思い出しながら。


 ────作戦(ミッション)において重要なのは、戦略と指示命令形等による統率。立案者の「こう思う」はどうでもいい。どう伝えるか、どう伝わるか。どう動いているか。揺るぎない予測、迅速な情報収集と取捨選択、迷いない指示と評価のプロセス。流動的な状況への即時対応。水のようにあるべし。風のようにあるべし。その覚悟、爽君はもてる?


 物言いは柔らかだが、その目は厳しくて。さすがは元実験室所属といったところか。

 とまで思って、思考を切り替える。

 今回の事は、またあの人に怒られるだろう、と思う。



 ────戦略と戦術を勘違いしないこと。どう戦うかじゃない。どう戦場を動かすか。場当たりな対応なんて意味がない。空気を支配してこそ、頭脳労働者は評価される。その点、わかってる、爽君?


 分かってる……つもりではいるのだが、どうもひなたが絡むと、爽は後手後手に回る気がする。本来であれば、ひなたに判断させるべき場ではない。


 自分だ。自分が、情報を誘導しひなたを守らなくてはいけない立場だ。


 何より、ひなたは【実験室】のもたらす【現実】を知らなすぎる。


 このご時世に、ひなたは単純に「子どもたちを守りたいから」と言う。それは暴走なく力を使えた事への安心感もあるのかもしれない。ゆかりを助けられた事への安堵も、当然ある。


 だからこそ爽は思う。


(ひなたは、自信を得たんだろうな。でも安易な自信は危険だ────)


 実験室と対峙する事は、日本政府の政策に反する事に他ならない。今後どうするかの結論は、爽自身にも言える。自分は戦闘型ではない。単純戦闘では凡庸型にすら劣る。あくまで支援型の特化サンプルでしかない。そこを理解した上で行動が、爽の生存率を増やす。


 だけれど────やっと出会えた、ひなたと別離を余儀無くされる事は考え難い。


 ────まぁ、爽君がそこまで執着するサンプルだし、君も戦闘特化型サンプルと組まないと、本領発揮できないだろうし。いいんじゃない? 


 あの人はあっさりとそう言う。ただし、その発言の裏には、打算と計算で埋め尽くされているのも分かる。


 でも結局は、爽がどう行動するか。どう想うか。どの結果を予測した上で選択するか。思索するには、あまりに情報が乏しかった。


 そういう意味では、ひなたの衝動に乗る事は情報収集と、ひなた自身の能力チェックを行う事にも────違う。それじゃ、実験室の研究者と何も変わらない。


 そうじゃないだろ?


 俺はひなたを守りたいんだ。それだけだろ? 幼い時の過ちは繰り返したくない。この手なら離さない。焼かれても、どんな逆境でも、その覚悟は決めたじゃないか。


 だから。


 ひなたを守る最大限の方法を思索する事に妥協をしない。桑島ゆかりの時は、完全にひなたの能力に助けられた。そこに【デバッガー】の能力は発揮できなかったに等しい。


 そして今後も、純粋な戦闘ではひなたに頼らざる得ない現実がある。男としては、やはり歯痒い。


(雑念ばかりだな)


 溜息をつきながら。スマートフォンから、現在収集している情報を整理する。電子情報侵入(ハッキング)を試みる事も考えたが、労力の割に得られる情報は少ない。特に今回の場合は、公開情報データベースを検索する事で、彼の存在を特定したが、こんな事は稀だ。まるで情報が整理され、収集しやすいよう────に?


(そういう事か、実験室?)


 この短い時間で爽は対策を練ろうと懸命になる。ひなたがいる。ゆかりもオーバードライブしなかったら問題無い。戦力は、だが。だがそれ以上の喜劇を実験室は求める、この図式はそういう事だ。奴らはひなたのデータをより詳細に記録したいがために、この事件を設定した可能性がある。


 爽はスマートフォンに集めた情報を整理しながら、思案を巡らす。そして出した答えは────今までの自分では出さない答えで。


「桑島!」


「へ?」


 隠密に行動すると言っていた爽が叫んだのだ。ゆかりは目を丸くする。


「最大出力、最大広範囲で雷撃だ!」


「え、いいの水原先輩?」


「早く! 早く!!」


 ゆかりは爽の言う通り、力を込める。逆の手をひなたがぎゅっと握ってくれた。


 掌を広げる。


 青白い光。爽が指を鳴らす。その途端、帯電がより強さを増す。力を効率的に倍加するブーストが爽の手で行われたのを、ゆかりは実感する。


 だから?


 今まで無いくらい冷静に、力を桑島ゆかりは投げはなった。

 最大出力、広範囲で。


 保育園の窓ガラスが割れる。爽が指で合図した刹那、ひなたとゆかりは動く。


 ふざけるな。爽は思う。お前らにデータは与えない。五分で────データ収集をされる前に打開する。


 爽の中に芽生えた感情。


 それは【デバッガー】として、宗方ひなたを実験室から守りたいという、一心で。守れないのは────諦めるのは────探し続けるのは────もうたくさんで。


 絶対に、ひなたを守る。


 それだけを胸に刻んで、爽はひなたとゆかりの後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

  残り4分20秒────。


第2章「使い捨てられる廃材達」開始です。色々な葛藤と伏線をもりこみながら。爽君が頭脳労働担当として、罠を張れるのはイツだ?(笑)

ではまた来週の日曜日〜。


■■■


2014.9.18 修正


第一章ラストお弁当を食べるシーンにおいて、数日の経過ある描写をしていましたが、本稿では3時間しか経過していないと描写していたため


▶爽を想う自分の感情は変わらない。爽がひなたに一途な事を突き付けられたのは3日前。それまで、水原爽が実験室の関係者だと露にも思わなかった。


と変更させて頂きました。すでに読まれている皆様、大変申し訳ありませんでした。


作者 拝

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