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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第9話 オルターナティヴ
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 これでひとまず理紗の悪夢という問題は解決した。しかしこのままここにいてはそのうち城からの追っ手がやってくるだろう。色のない騎士達は仮面の呪いに縛られ、この国の秩序を守るために理紗を亡き者にしようとするに違いない。自ら女王の仮面を捨てた少女はこの国を転覆させかねない存在だ。

 しかし現実を見れば、イールテニップの城はすでに大神殿の部隊によって制圧されている。輝名(かぐな)が騎士達の呪いについても何らかの手段を講じてくれているならば、理紗の命についての心配も要らないということになる。どちらにせよ、一度は城に戻って状況を確認する必要がありそうだった。

 るうかは理紗と(ほぎ)を見て、そのことを口にする。すると祝がわずかに顔をしかめた。

「確かにそうだけど、な……」

「桂木くん?」

「舞場、お前少し休んだ方がいいんじゃないのか。怪我は治ってるみたいだけど、酷い顔色だぞ」

 そう言われて初めてるうかは自分がひどく疲れていることに気が付いた。理紗がそっとるうかの背に手を当てて、労わるようにそこをさする。祝もまた都の方をちらりと見やってからるうかの頭をぽんぽんとあやすように叩いた。

「頑張りすぎ。“天敵”は倒したんだろ。だったらもう少し休んでから考えよう」

「そうだよるーか。こんなにいっぱい血がついて……痛かったでしょ? 怖かったでしょ?」

 優しい2人の言葉を聞いているうちに、るうかの目から大粒の涙が溢れてくる。止めようと思っても止まるものではない。これまでの緊張の糸がぷつりと切れてしまい、そう簡単には抑えることのできない感情が堰を切ったように溢れ出す。理紗と祝はるうかの身体を支え、代わる代わるその背中や肩をさすった。

「よくやった、本当によくやった。すごかった。お前がいなかったら、きっと誰も助からなかった」

「るーか、いいよ。いっぱいいっぱい泣いていいよ。ごめんね、ありがとうね、るーか……」

「理紗ちゃ……桂木、くん……」

 労いと感謝の言葉を掛けられ、優しく宥められ、それがなお一層るうかの涙を増やしていく。どうして。どうして今ここに“彼”がいないのだろう。

 るうかは確かに精一杯戦った。しかしたくさんの犠牲を防ぐことはまるでできなかった。タヨを始めとするイアナロアン・ホームの人々や多くの騎士達が死んだ。犠牲を最小限に抑えることができた、ということはできるのかもしれない。それでもるうかは悔しかった。助けられなかった命を思うと胸が張り裂けそうだった。そしてその思いを分かってくれるのは“彼”だけだと感じていた。

 “彼”は自分の命をなげうってでも他人を助ける道を選ぶ。るうかもまた、似たような性分を持っている。だからこそ、こうして自分が生きて他人が死んだという事実に打ちのめされることがある。その辛さを分かち合い、共に支え合って前を向くことができるのは“彼”という存在がいてこそだと。るうかはそう考えていたというのに。

 どうして頼成はここにいないのだろうか。何故佐保里(さおり)と行動を共にし、黒い蝶を操るなどということをしていたのか。止まらない涙と共に次々と思考が流れていく。頼成は城の中庭で一体何をしていたのだろう。黒い蝶を集め、青緑色をした聖者の血を残して姿を消した。それは一体どういう意味だったのだろう。

「……舞場」

 だらだらと涙を流し続けるるうかに祝が心配そうな声を掛ける。るうかは顔を上げて彼を見た。星明かりの下では彼の目はほとんど茶色に見える。

「桂木くん……どうして、都の鱗粉は変異原じゃなかったんだろう」

「……は?」

「あのね、聖者の血には“天敵”の細胞を殺す力があるの。それで、治癒術とその血を組み合わせると“天敵”になりかけた人を治す薬も作れるの」

「……はあ」

「槍昔さんは、ひょっとして黒い蝶の鱗粉を……自分の血で害のないものに変えて……ええと、浄化していたのかもしれない」

「……!」

 それはるうかの流れる思考の中でふと閃いた考えだった。わざわざそんなことをする理由は分からない。しかし己の血を流して“天敵”を生み出す黒い蝶の鱗粉を無効化するというのは実に頼成らしい行動であるような気がした。ところがそんなるうかの思い付きに、祝は苦い顔で溜め息をつく。

「お前……まだあの男を信じているのか」

 祝はほとんど睨むようにしてるうかを見る。

「彼氏を疑いたくないのは分かる。でも現実から目を逸らすな。あいつは鼠色の大神官の妹と組んで、イアナロアン・ホームをめちゃめちゃにしたんだぞ。おまけに城の中庭に特大の“天敵”を持ち込んだ。あいつのせいで、一体何人死んだと思ってんだ!」

「そんなの分かってる!」

 思わずるうかも叫ぶ。分かっている、事実は事実でしかない。少なくとも、頼成があの黒い蝶の開発に一役買っていたことは間違いないし、彼が佐保里と手を組んで転移術を用いて“天敵”を城の中庭に運んだことも間違いないだろう。祝の言うことは正しい。

「分かって、る、けど……」

 けど、何だというのだろうか。るうかは自分でも何が言いたいのか分からなくなっていた。頼成を庇いたいのだろうか? いや、そういうものとはまた違う。頼成を信じていたいのだろうか? そうかもしれない。しかしそれ以上に頼成が何故このようなことをしでかしたのか、その理由が気になっていた。

 そう、あの頼成が何の理由もなくるうかや佐羽を裏切るような真似をするとは考えにくい。そこには何かのっぴきならない理由があると考える方が自然だ。それは一体何だろうか。考え始めたるうかに祝は呆れるような視線を向け、理紗はそんな祝の脇腹を肘でつつく。

「祝っ、そういう言い方ないでしょ!」

「……女を裏切るような男は最低だ。お前だってそう思うだろ」

「思うよ! 思うけど! でもるーかはあんなのでも好きだから。あたしも前にちょっと会ったことがあるだけだけど、るーか……幸せそうだったから」

「……」

「でも今は……幸せそうじゃ、ないね」

 理紗の悲しげな声が林の中で静かに響いて、消えていく。その余韻に乗せるようにして祝が口を開く。

「舞場……諦めよう。あの聖者はお前を裏切ったんだ」

「そいつは聞き捨てならねぇな」

 その声は突然るうか達の背後から聞こえた。すぐさま振り返った祝が黒い剣を構え、るうかはまだ涙を流したまま顔を上げる。そこには林の中にいてもなお煌めく銀色の短髪を風に揺らした輝名が鋭く光る眼差しでこちらを見ながら立っていた。

「頼成が裏切った? そんな馬鹿な話があるかよ」

「輝名さん……」

 輝名はそう言いながらるうか達のところまで歩いてくると、まずは祝と理紗の方へと視線を向けた。そして小さく肩をすくめながら「まるでお遊戯だな」と小馬鹿にした口調で言う。

「は? どういう意味だ」

 祝が敵意も剥き出しに言うと、輝名は「そういうところがお子様だっていうんだ」と返す。

「元・色のない騎士。一応報告に来てやったぜ。城は完全に大神殿が制圧した。他の騎士達の身柄は一旦こちらで預かる。そのうち落ち着いてきたところで仮面の呪いを解いて、それで後は国内の混乱をどう収めるかだ。何しろ治癒術師達を殺す連中がいなくなるんだからな。放っておけば治癒術による“天敵”の発生も起こりうる。それを防ぐためにどんな方法を選択するか……また別の誰かが治癒術師達を殺して回るのか、それとも神殿で祝福を受けて神官を犠牲にしながら術を使うのか、はたまた魔王の呪いを受けて治癒術師自らが犠牲になりながら術を使うのか。選択の時だ。そう簡単に決められることじゃあねぇだろうし、答えは人によって様々だろう。下手をすれば国ごと解体なんてことにもなりかねない。……だから神殿の部隊がしばらく国内に駐留して推移を見守る。そういうことにした」

 輝名の話を聞いて、祝はそうかと小さく頷く。そして「あんまり興味がないな」と呟いた。輝名がはっと鼻で笑う。

「何をふざけたことを抜かしてやがる。てめぇも色のない騎士として随分と治癒術師を殺してきたんだろうが。それが今になって興味がないだと?」

「そう言われたら返す言葉もない。でももう、正直懲り懲りなんだよ」

 祝はそう言って疲れた顔を見せた。

「“天敵”だの治癒術だの……祝福だの呪いだの。なんだってこの世界はこんなに面倒で辛いことばかりでできているんだ。どれだけの血を見ればこの世界で生きていけるんだ。夢を見るからなおそう思う。高校で大して興味のない授業を受けて、部活をやって、くったくたに疲れてそれでも気楽に寄り道でもして帰るような毎日がそれこそ夢みたいにそこにあるから……この世界の残酷さが余計に際立って見えるんだよ。できることなら向こうの方を現実にしてしまいたいくらいだ」

 祝の独白のような言葉にはたかだか16年を生きてきただけの少年のものとは思えない、老成した響きがあった。この世界の過酷な現実に翻弄されながらも戦い、抗った彼だからこそそう思えるのだろう。仮面の呪いを解けば彼は彼自身の殺人という罪と向き合わなくてはならなくなる。それでも彼は自ら呪いを解き、理紗とるうかのために動いていた。彼にとって最早この国、この世界は守るべきものではなくなっているのだろう。そんな祝の言葉を聞いていた輝名はふんと小さく鼻を鳴らして彼を見た。

「今の言葉、本気か?」

「……ああ。できることならもう、二度とあの夢から目覚めたくない。この現実は……要らない」

「そうか」

 輝名はひとつ頷くと、その1本だけの右腕の先、人差し指をびしりと祝の眉間に突き付ける。

「もしもお前が本気でこの世界を捨てるっていうなら。……手伝ってやってもいいぜ?」

「何だって?」

 祝は思い切り胡散臭そうな目で輝名を見やった。輝名は祝よりいくらか背が低いが、それでも彼を圧倒するような存在感をもって口元には笑みすら浮かべている。祝はしばらく黙り、やがて震えるように小さく頷いた。

執筆日2014/03/08

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