表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第8話 仮面を捨てる時
32/42

3

 “天敵”はほとんどその場から動くことはない。つまり近付かなければ捕食される危険もほとんどない。しかしそれではそれを倒すことはできず、いつまで経ってもこのままだ。あるいは空腹に耐えかねた“天敵”が突如として動き出さないとも限らない。15分の間睨み合っているだけで済むのなら勿論それに越したことはないのだが。

 残っている色のない騎士達もここに来てようやく“天敵”の習性に気付いたようで、不用意に近付くことなく遠巻きにしていた。その判断は正しいが、果たして彼らがどれほど戦力になるだろうか。

 るうかがそんなことを考えた、そのときだった。騎士の1人がバルコニーを見て、そして大声を上げる。

「おい、貴様! 女王陛下をどうするつもりだ!?」

 見れば(ほぎ)が女王を抱きかかえ、その場から立ち去ろうとしていた。改めて問うまでもない。彼は彼女を安全な場所へと避難させようとしているのだろう。しかし騎士達はそれを止めようとバルコニーに向けて駆け出す。

「待て、裏切り者め!」

「やかましいな」

 兜を脱いだ祝はすでに色のない騎士として認識されていない。故に騎士達は祝を女王をさらおうとする不届き者とでも思っているのだろう。呪いによって個を封じられた騎士達には仮面を通して見る現実が全てだ。

「ミアム様! 今お助け申し上げます!」

 騎士の1人が叫んだ、そのときだ。

 うるるぉおおおおおおう!!

 突如、“天敵”が雄叫びを上げた。次の瞬間、その肉の身体がぶわりと膨張して中庭全体を包み込むように広がる。佐羽が咄嗟に破壊魔法を放ったが、そんなものは焼け石に水である。幾人もの騎士が肉のひだに取り込まれ、るうかは迫り来る肉塊の表面に浮かび上がった弱点を叩き割ることに勤しんだ。その度に爆ぜる血肉がるうかの全身を真っ赤に汚していく。それでもるうかはバルコニーに向かって全力で叫ぶ。

「桂木くん、早く行って!」

 祝はるうかに向かって微かに首を縦に振ると、そのまま女王を抱えて走り去る。そこへさらに“天敵”が肉を触手のように伸ばして彼らを追おうとした。るうかはその触手を勇者の怪力でもって斬り落とす。

 うるるぁああ!

 “天敵”が叫び、るうかを取り込もうとその肉をまるで風呂敷のように広げて彼女の頭上へと覆い被さる。先程までの大人しい様子が嘘であったかのような豹変ぶりにるうかも驚いたが、とにかく祝達を守るには戦うしかない。頭上に広がった肉の表面にある弱点を手当たり次第に破壊していく。

 しかし“天敵”の動きは速かった。るうかの腕に触手のような肉の一部が絡みつく。ぎりぎりと締め付けられる腕の痛みにるうかは思わずカタールを取り落とした。ぼき、という嫌な音と共に激痛が走り、るうかの喉を悲鳴と息とが同時に塞いだ。“天敵”は力を失ったるうかを地面に叩きつけ、そこに再び肉の風呂敷を広げる。

「させないよっ!」

 佐羽の叫び声と共に特大の破壊魔法がるうかの身体の上すれすれで発動した。降り注ぐ赤に茫然としながらもるうかはその場から離れようと身体を起こす。

 ひとまずこの場は助かった。しかし左腕は肘から先が激痛に苛まれて動かない。右手のカタールはまだ使えるが、痛む身体では満足に戦えそうにない。それでも、なお祝達を追おうとする“天敵”を止めなくてはならない。

「るうかちゃん、もう一度やるから伏せて!」

 佐羽の声にるうかはすぐさま地面にぺたりと伏せた。左腕に走る激痛はこの際無視するより他ない。頭上で爆音が響き、再び血の雨が降る。すっかり赤黒く染まった中庭の芝生の上、その隅の方でわずかに青緑の色が光る。何だろう、と思ったるうかの上で“天敵”が呻いた。

 みぃいいい

「……タヨ、さん?」

 みぃいいぁああぁううぅ

「……」

 るうかは気付いた。彼女は、彼女なのだ。“天敵”になってなお彼女は娘を、初代の女王としてこの国に捧げた娘のミアムを思っている。だから今の女王である理紗を、彼女をさらおうとしている祝を追っているのだ。そして“天敵”と成り果ててなおタヨが彼女の意識を欠片でも保っているのは他でもない、この中庭に残されていた頼成の“聖者の血”の影響を受けたからなのだ。

 聖者の血は“天敵”の細胞を死滅させ、そこにわずかに残された人間の細胞から元の人間のクローンを作り出す効能を持っている。しかしそれには大量の血が必要で、当然ながら中庭に残されていた程度の量では全く足りない。だからその効果はごくわずかにしか現れなかった。“天敵”となったタヨの細胞の一部を死滅させ、そこに残されていた彼女の記憶をほんの少しだけ蘇らせたのだ。

 彼女が103年をかけて想ってきた実の娘への愛情だ。彼女が最後まで残していたかったであろう記憶だ。るうかの頬を涙が伝う。それでも、“天敵”となってしまったタヨを生かしておくわけにはいかないのだ。

「ごめんなさい、タヨさん。でもミアムさんはもういないし、あなたももう元のあなたには戻れないんです。たくさんお話を聞かせてもらったのに、こんなことになってしまって本当にごめんなさい」

 るうかはタヨにも聞こえるように声を張り上げながら、それでも右手のカタールを振るってできる限り“天敵”の弱点を潰していった。その度に澱んだ血と肉の欠片がるうかに降りかかる。髪も服も肌も皆茶色く変色したそれらにまみれ、るうかの姿は本当に酷いものになっていた。腫れあがった左腕の痛みも最早どうでもよく感じられるほどに、彼女自身の姿の汚らわしさが際立つ。果たしてこれのどこを取って勇者などと呼べるのだろうか。何の罪もなく“天敵”へと変えられた老人を殺そうと躍起になっている者をどうして勇者などと呼べるのだろうか。

 答えは明白である。“天敵”が人間を捕食するものであり、それを倒すことのできるるうかは人間だからだ。関係のない人間達から見ればるうかは紛れもなく勇者であり、そしてやはり人殺しでもあるのだ。

 るうかは立つ。憐れで虚しく残酷な最期を迎えた老婆に止めを刺すために。いや、正確にはそのための時間を稼ぐために。これほどにまで大きくなってしまった“天敵”をるうかや佐羽だけで倒すことは不可能だ。だから湖澄(こずみ)に頼んで援軍を呼んでもらうことにしたのである。

 そして約束の15分が経過する。

 肉塊でしかないはずの“天敵”にも時間の感覚はあるのだろうか。焦ったように“彼女”はバルコニーへと手を伸ばすが、そこにはもう女王も祝もいない。城の中に逃げおおせたのだ。そうと気付いた“天敵”は再び雄叫びを上げながら狂ったように中庭中に肉の触手を広げ、それを何本も、何度も地面に突き立て始める。黒い鎧兜をまとった色のない騎士が1人、それに貫かれて絶命した。“天敵”は彼を取り込もうとはせずにただその肉色の触手を振り回す。タヨの自我がわずかながらにでも戻ったことによって“天敵”としての本能が薄れているのかもしれない。それなら、まだ勝機はある。

 湖澄は戻ってこない。るうかは意を決して荒れ狂う“天敵”の下へと潜り込んだ。ほとんど無差別に襲いかかってくる触手をかわさずに打ち砕いていく。弱点を狙うよりは簡単だが、本体へのダメージは少ない。それでも時間を稼いで犠牲を最小限に留めるにはこの方法しかないとるうかは考えていた。

 ぶよん、という感触を跳ね返してくる肉の触手にカタールを突き入れる。その直後、るうかの背後から迫っていたもう1本の触手がその左肩を貫いた。

「……!」

 声も出せず、るうかはただ呻いた。ほとんど感覚のなくなっていた左腕にまた激痛が戻ってくる。意思とは関係なく溢れる涙で視界がぼやけた。呼吸がままならない。

「るうかちゃん!」

 佐羽の声が聞こえ、彼が“天敵”に向けて破壊魔法を放つのが視界の端に見える。しかしその程度では“天敵”がびくともしなかった。勇者であるるうかが動けなくなったことで色のない騎士達にも動揺が広がっている。何とかしなくては、とるうかも思うがどうにも身体が動きそうにない。

 あと何分耐えられるだろうか。るうかが血と汗と涙を垂れ流しながらぼんやりとそんなことを思ったとき、突然の轟音が中庭中に鳴り響いた。続いて響く、高らかな宣言。

「てめぇら、よく聞け! 俺はアッシュナーク大神殿大神官代行、輝名(かぐな)だ! 今からここは俺達アッシュナーク大神殿の軍が制圧する! 文句がある奴はこの“天敵”を片付けてからいくらでもかかってこい!」

 来た。るうかは口元に笑みを浮かべて顔を上げる。中庭の中央に並び立つ2人の銀髪の青年が見える。1人は黒く長いコートをまとって波打つ髪をなびかせた湖澄で、もう1人は魔法銃を片手に高く掲げて白銀色のローブと短い髪を煌めかせた彼の双子のきょうだい、輝名だった。そして彼らの周囲には杖を手にしたアッシュナーク大神殿直属の魔術師部隊の姿がある。

「ルウカ、しっかり!」

 満身創痍のるうかの元へ駆け寄り、彼女の身体を貫いている触手を大剣で叩き斬りながら言ったのは長い黒髪を後ろでひとつに束ね、切れ長の黒い瞳を凛々しく輝かせた女性だった。るうかは彼女の名を思い出し、意識があることを伝える代わりにその名を呼ぶ。

「ユイさん……」

「よくここまで持ちこたえた。遅くなって悪かったね」

 輝名の“左腕”と呼ばれる勇者である彼女はそう言って精悍な顔に笑みを浮かべる。るうかも少しだけ誇らしい気持ちで微笑んだ。輝名がユイを呼ぶ。

「ユイ! るうかを安全な場所へ運べ!」

「はい!」

 るうかを抱えてユイは駆け出す。左半身を激痛が襲い、るうかは呻いた。それでも勝機が見えてきたことでいくらかの安心感が生まれつつある。彼女の背後で、“天敵”が狂ったように触手を振り回しながら娘の名を呼んでいた。

執筆日2014/03/02

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ