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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第8話 仮面を捨てる時
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 逃げられた。そう思ったるうかだったがすぐにあることに気付いて部屋から飛び出す。もしも佐保里の狙いがこの国の仕組みの崩壊であれば、ここにあの肥大化した“天敵”を置いておくだけでは不充分だ。都の人々はまだこの異常事態に気付いていない。都を覆った銀色の鱗粉に懸念を抱いてはいるものの、平穏は守られている。これであの“天敵”がそのままるうか達の手で倒されれば、真実は闇へと葬られるだろう。タヨのことも、憐れな施設の人々の犠牲も全てが藪の中だ。それでは佐保里の目的は達成されない。

 ではどうすれば彼女は目的を達することができるのか。簡単なことである。あれをここから外に出せばいい。そしてあの無様でまともに動くこともできないような“天敵”をただ都に解き放つよりはもっと相応しい場所に運んだ方がより簡単にこの国の仕組みを根底から崩すことができる。

 そう、イールテニップの城の真ん中にあれを置けば、自然と色のない騎士達が脅威を払うために斬りかかるだろう。そしてあれほど肥大化した“天敵”であればうっかり触れただけでもその肉の中に取り込まれかねない。あの“天敵”自身はすでに捕食対象を認識するための感覚器官を失っているようだったが、それでも自ら触れてくる食料を逃しはしないだろう。元より“天敵”のいない国でそれを相手にすることに慣れていない騎士達のことだ。結果はすでに目に見えている。

湖澄(こずみ)さん、お城です!」

 るうかが叫んだときにはすでに湖澄は剣を納め、佐羽と(ほぎ)の手を引いて自分の元へと引き寄せていた。

「舞場さん、行くぞ」

「はい!」

 るうかもまた湖澄の手を取り、その次の瞬間にはもう転移魔法によってイールテニップの城の中へと移動した。広く緑の広がるそこは城の中庭である。そしてるうか達よりわずかに遅れて、頼成と佐保里、そしてあの部屋に収まりきっていなかった不格好な“天敵”が何もない空間からその場に姿を現す。佐保里は先回りしていたるうか達を見て少しだけ目を見開いた。

「あら、読まれていましたか」

「そりゃあそうでしょうよ。あんた、あいつらを舐めてかかると酷い目に遭うぞ」

 頼成が言って、ふうと溜め息をつく。彼はるうかと目を合わせようとはせずに佐保里にだけ顔を向けてさらにこう言った。

「とりあえず、これでいいだろ。あとは勝手にやってくれ」

「裏切り者は逃げる、ということでしょうか? それもいいでしょうね。ええ、ここは私だけで充分です」

「あんまり御託ばっかり並べているとそのうちるうかにアッパー食らうぞ。……じゃあな」

 そう言うと頼成はあっさりとその場から姿を消した。るうかはそれを黙って見送り、改めて目の前の“天敵”を見上げる。それはまるで小山のようだった。佐保里がそんなるうかをどこか憐れむように見つめてくる。

「どうしました、るうかさん。もう槍昔くんのことは見限ったんですか?」

「ちょっと黙っていてもらえますか」

 るうかは言い、佐保里には目もくれずに“天敵”の弱点を捜す。それは無数にあった。多くの人間を捕食した結果、元はタヨだった“天敵”の肉の表面には多くの人間の名残がその姿を覗かせている。そのひとつひとつを確実に潰していけばこの“天敵”を倒すことも可能だろう。しかしこの数ではそれも現実的な方法とはいえない。

 そうこうしているうちに、異変に気付いた色のない騎士達が中庭へと集まってきた。佐保里はそれを見付けるや否や、杖を振るって小さな“天敵”を10体程その場に召喚する。

「さあ、虹色の王国の解体ショーの始まりですよ」

「くだらないね」

 くす、と佐羽が口元だけで笑う。彼はそのまま喉の奥でくつくつと笑うと、現れた“天敵”達目掛けて思い切り派手な破壊魔法を放った。小さな“天敵”はそれでいっぺんに身体全体を粉々にされて霧散する。色のない騎士達がどよめき、剣を抜いて他の“天敵”へと向かっていく。

「ああ、あんまり近付くと食われるよ? そういう雑魚は俺に任せて」

 佐羽は気楽そうな調子で言いながら次々と破壊魔法を放っていった。何しろここは城の中庭、住宅街ではない。城の壁が多少崩れようが、うっかり魔法に巻き込まれた騎士の脚が吹き飛ぼうが、彼はお構いなしに魔法を放ち続けた。

 るうかはそんな彼を尻目に中庭に陣取る巨大な“天敵”へと挑む。しかしやはり近付くだけでうねる肉の表面がるうかを捕食しようと波打ち、攻撃を仕掛けることすらままならない。その大きさはかつてアッシュナークの大神殿で相手にしたものよりずっと大きく、弱点の数ももっと多かった。どこから手をつければよいのか分からず、るうかは歯噛みする。

「舞場、俺にできることは」

 祝が気を遣った様子で尋ねてくるが、るうかは黙って首を横に振る。どうしていいのか、彼女にも分からないのだ。

 そのときだった。ひとつの悲鳴が中庭にこだまする。

「これは……何事!?」

「っ、り……ミアム様!」

 祝が咄嗟に呼び、バルコニーに姿を現した女王に向けて怒鳴るように言った。

「お逃げください! ここは……ここは危険です!」

 その大きな声に反応してか、小山のような“天敵”がぐもぐもと動いて祝の背後に迫った。るうかはそれを見て駆け出す。とにかく、動きを止めなくては祝が危ない。

「舞場さん、無茶をするな!」

 湖澄が叫んでるうかと共に“天敵”を追う。そして2人の刃がそれぞれ異なる弱点を突き、“天敵”の肢体の一部が血と肉片を散らしながら爆ぜた。それを見た女王がまた悲鳴を上げる。

「やっ……嫌……!!」

「桂木くん、理紗ちゃんのところに行ってあげて!」

 るうかはそう叫ぶと自分は他の騎士達の援護に回る。というよりもるうかが主体となって“天敵”の弱点をひとつひとつ潰していく。結局、これが一番確実な方法なのだ。その後ろでは湖澄が佐保里と睨み合っていた。

「さすがは鼠色の大神官の妹だな。あの“一世”とよく似たやり口だ」

「“二世”のあなたがあまり特定の個人に肩入れするべきではないのではありませんか? しかも彼らは鈍色の大魔王直属の配下と言っても過言ではないでしょう。特に落石くんはそうですね」

「“二世”が人間である以上、特定の個人に肩入れすることに何ら問題はない」

「あら、そこは認めるんですね」

「彼らは俺にとってかけがえのない仲間だ」

 そう言うと湖澄は音もなく佐保里へと肉薄した。その手に握られた剣はすでに佐保里の首筋を捉えている。そして佐保里はそうと分かった瞬間に小さく呪文を唱えるとその場から姿を消していた。驚くべき逃げ足の速さである。後には数滴、佐保里の流した赤が残るばかりだ。

「何、逃がしちゃったの?」

 “天敵”を葬ることに専念していた佐羽が湖澄を振り返って言い、湖澄は周囲へと視線を巡らせながら「これ以上“天敵”を増やされても困るからな」と頷いた。それもそうだねと佐羽も応じる。

 頼成と佐保里がいなくなった今、残るは小山のような“天敵”とそれに群がる数体の小さな“天敵”のみである。小型のものはそう時間をかけずに掃討することができるだろう。しかしボスとでも言うべき巨大な“天敵”はそうもいかない。すでに何人かの騎士が不用意に“天敵”に近付いたためにそれに取り込まれてしまっていた。肉塊の表面に浮かび上がった呪いの兜を見やりながら、るうかは額から流れ落ちる汗を感じる。

 中庭は星明かりで照らされ、都に充満している銀色の鱗粉も結界があるためかここまでは及んでいない。月のないこの世界の夜を照らす星々の明かりに浮かび上がった“天敵”はいくつもの人間の残骸をその身に張り付かせて鳴いていた。巨大な肉塊の身体表面には時折脈を打つ太い血管が走っており、騎士の剣がそれをかすめる度に赤黒い血液がびゅっ、びゅっと音を立てて噴き出す。それはまるで1個の巨大な心臓が拍動しているようにも見えた。

 それはタヨの心臓なのだろうか。それとも、彼女を助けようとした人々や“天敵”と化した彼女を倒そうとした人々の心臓なのだろうか。いや、違う。それはただ人間を取り込むことで肥大化し続ける悪夢の権化でしかないのだ。最早そういうものに成り果ててしまったのだ。

「落石さん」

 るうかは佐羽を呼び寄せ、自分の考えた策を彼に伝える。初め彼は渋ったが、るうかの説得に嫌々ながら応じた。

「分かったよ……でもるうかちゃん、無理はしないでね」

「落石さんも。身体、きついんでしょう?」

「まぁ……ね。でも湖澄はそれでいいの?」

 名を呼ばれ、湖澄は最後に残っていた小さい“天敵”を斬り伏せてからるうか達に合流する。何の話だ、と問う彼にるうかは事の次第を話した。湖澄は佐羽と異なり、すぐに「分かった」と頷く。

「え、いいの? そんなあっさり?」

「どのみち、この国の秩序の崩壊は避けられない。舞場さんやあの騎士……桂木祝といったか。彼が女王を松ヶ枝理紗という人間に戻したいと考えている以上、すでにこの国を見放しているも同然だ」

「……それはそうだけど」

「佐羽、お前こそ随分こだわるな。それほど不服か」

「だって、それが佐保里の狙いなんじゃないの?」

 佐羽の懸念はそこだった。それはもっともだとるうかも思う。しかし現状でしなければならないことはやはり“天敵”の討伐と理紗の解放だ。間違っても“天敵”による都の住民全ての捕食ではないし、理紗の仮面の呪いを長引かせて彼女の精神を疲弊させることでもない。るうかと湖澄の視線を受けて佐羽も仕方なさそうに頷く。

「分かっているよ、それしかない。この人数じゃ太刀打ちできないのは明らかだしね」

「じゃあ行ってくる。……15分で戻る。くれぐれも無理はするなよ、2人共」

 そう言って湖澄は転移魔法を使用してその場から姿を消す。「15分は長いよ!」という佐羽の文句も虚しく中庭に響くばかりだった。るうかはカタールを構え直しながら佐羽を見やる。

「さあ、15分頑張りましょう」

「……やるしかないね」

 そして2人は“天敵”の巨躯を見上げて互いに等しく顔を歪めた。

執筆日2014/03/02

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