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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第8話 仮面を捨てる時
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「来ちゃいけなかったですか」

 るうかはほとんど真っ白になった頭で反射的に問い掛ける。それを受けて頼成は灰色の目をほんのわずかだけ細めた。

「さあ。それはあんたが決めてくれていい」

「意味が、分からないです」

「教えてあげましょうか?」

 くす、と笑いながら言ったのは頼成の向こう側に立つ佐保里だった。こちらの世界では目立つ桃色の髪をした彼女は、向こうの世界で会ったときよりもやや人の悪い笑顔でるうかを見ている。その横で黒い鎧の騎士が突然剣を抜いた。

 騎士がその顔を覆う兜を脱ぎ捨て、剣を手にるうかに向かって駆け出す。驚いたるうかが両手のカタールを構えるより速く、彼はその横を駆け抜けていた。黒光りする剣の切っ先が狙うのは。

「死ね、落石佐羽!!」

「っ!?」

 突然向こうの世界での名前を呼ばれ、佐羽の身体が一瞬硬直した。その胸に深々と、彼の薄い胸板を易々と貫いて、黒い剣が突き立てられる。るうかの身体は咄嗟に動いてその騎士を佐羽から引き剥がしていた。カタールではなく拳をその顎に叩き込み騎士を床へと転がし、振り返ったるうかの視線の先ではすぐさま湖澄が佐羽の身体を抱え上げてその傷に治癒術を施している。

 一体何が起こったのか。戸惑うるうかの足元で、顎を押さえながら騎士が立ち上がった。るうか達に同行していた方の騎士が同僚を見てチッと舌打ちをする。

「何の真似だ。女王陛下を裏切るつもりか」

「……そんなことは、私には関係ない」

 兜を脱いだ騎士は敵意を剥き出しにして佐羽を睨んでいる。すんでのところで湖澄に助けられた佐羽は苦い顔で彼の視線を見返していた。そしてるうかも気付く。

「……双沖(ふたおき)さん」

 その顔は、向こうの世界で佐羽を殺そうとしていた暴力団員の双沖暢一(ふたおきよういち)のものだった。彼は向こうの世界で頼成の手によって殺されたはずだ。それがこうしてここにいるということは、つまり彼は元々こちらの世界の住人だったということか。佐羽が自嘲気味に笑いながら双沖に言葉を掛ける。

「まさか、こんな所で再会するとはね。言っておくけど深佳(みか)サンはあなたのそういう血の気の多いところを怖いって言っていたよ。本当はヤクザの情婦なんて嫌だったんじゃないの」

「そうかも知れない。が、今私が望むことは貴様への復讐だけだ」

「復讐、ねぇ……」

 ぼんやりとした様子で呟いて、佐羽は自分の胸元を見下ろす。傷はすでに塞がったとはいえ、そこにはくっきりと赤黒い血の染みが広がっていた。彼はふうと息を吐いて顔を上げる。

「それで、佐保里に仮面の呪いを解いてもらった? それとも、佐保里の方が俺を消すためにわざわざ双沖サンの仮面の呪いを解いて本当の彼を解放してくれたのかな? どっちにしても、俺にとっては迷惑な話だけど」

 それだけを一気に吐き出すように言うと、佐羽は持っていた杖を双沖へと向ける。次の瞬間にはその鎧の上にあったはずの頭部が赤い霧となって消え失せていた。

 悲鳴の欠片すら残らない。佐羽は感情の失せた目で双沖の身体に近付くと、それを佐保里と頼成の方へ向けて蹴り飛ばす。頭部を失った死体が2人の間で大きな音を立てて倒れた。

「ふざけるなよ。復讐? 知らないね。彼女を殺したのは俺じゃない」

「よくもぬけぬけとそんなことが言えますね。さすが外道の名で知られた黄の魔王、やることが実に残酷です。人間の頭を吹き飛ばすだなんて」

「お互い様でしょう? 佐保里……それに頼成。説明してもらうよ、一体君達は何をしているの?」

 佐羽の顔からはいつもの笑みがすっかり消え去っていた。彼に睨まれた佐保里はふふふ、と楽しそうに笑って彼を無視する。そして彼女はるうかへと視線を向けた。

「どうですか、るうかさん。今、落石くんはあなたの目の前で人を殺しました。槍昔くんもそうですね。向こうの世界で、サブマシンガンなんていう非合法の武器を使ってヤクザの人達を皆殺しにしました。そして今は私と一緒にこの都に変異原の鱗粉を撒き散らす黒い蝶を放ち、この施設に暮らしていた憐れなおばあさんをとても悲惨で醜い“天敵”へと変えました。るうかさん、今、どんな気持ちですか?」

「耳を貸すな、赤の勇者」

 兜を被ったままの騎士が後ろからるうかの耳を塞ぐようにその顔を両手で挟み込む。それを見た頼成がむっとした様子で騎士に「おい」と呼び掛けた。

「……るうかに馴れ馴れしく触るな」

「どの口が言う」

 呆れたような騎士の返事に頼成は言葉を詰まらせる。るうかはといえば、その場で1歩も動けずにいた。小さく開いた口はただ浅い呼吸を繰り返すばかりで、外界を見る瞳はその光景の意味を脳に伝えてこない。まるで世界が遠くなってしまったような、自分の周囲にガラスの障壁ができたような、そんな感覚だった。動くことのできないるうかの代わりに佐羽と湖澄(こずみ)が頼成達と対峙する。

「頼成、説明できることならしてほしいけど、無理ならちょっと消えてくれる? それとも、ここで俺達とやり合おうか。そんなことをしたらるうかちゃんがどれだけ悲しむか分からないけどね」

 佐羽が怒りを隠しもせずに言い、湖澄は無言のまま頼成達へと長剣を向けた。銀色の粉の舞う室内で高まった緊張が今にも爆発しそうな程で、るうかは息苦しさに喘ぐ。眩暈がした。

「槍昔くんには随分と助けてもらったんですよ」

 佐保里がにこりと微笑みながら言う。その笑みは佐羽達を素通りしてるうかにだけ向けられている。るうかはのろのろと視線を上げて佐保里の瞳を見た。妖しく輝く紫水晶の瞳は呪いのようにるうかの視線を捉えて離さない。

「この黒い蝶も、変異原となる鱗粉の成分も、槍昔くんの協力なくしては決して完成させることができなかったでしょう。そしてこの虹色の女王の領地の禍々しい秩序を廃することも叶わなかったことでしょう」

「黄の魔王、この女は何者だ」

 るうかを守るように立つ騎士が佐保里の発言を聞いて顔をしかめ、佐羽に向かって問い掛ける。佐羽は「鼠色の大神官の妹だよ」とごく簡単に答えた。それを聞いた騎士はああと納得したように頷く。

「そうか。神殿としては治癒術師を殺して成り立つこの国がずっと目障りだったというんだな」

「いいえ、目障りだなんて。その仕組みそのものはとても魅力的だと思いますよ。けれど本当に重要なのはそれが壊れることによって人々がこの国のあり方に絶望することなんです」

「……何だと?」

「あなただって、本当はもう嫌になっているでしょう? 女王に言われるがままに罪もない人を殺し、それによって人々からは恨みの眼差しを向けられ、嫌悪され、それでも自分達はこの国の秩序を守っているということだけを心の支えにして呪われた兜を被り続けてきたあなた方にとって、黒い蝶の出現による“天敵”の発生はその呪いから解き放たれるチャンスでもあります。女王なんてどうでもいいじゃないですか。あなたはあなたのために生きればいい。こんな国なんて捨てて、生きたい場所で生きればいいんですよ」

 佐保里の言葉を聞いた騎士は少しの間黙っていたが、やがて「確かにそうだな」と頷いた。るうかは驚いて身を震わせる。騎士は後ろからるうかの頭を包み込むように優しくその手を当てたまま、ふっと小さく息を吐いた。

「“女王”も国もどうだっていい。俺は俺のために生きる。今この瞬間も、俺は俺の望みのために生きている。お前みたいな女に何を言われるまでもないし、青の聖者が裏切っても何も変わらない。俺は初めから理紗と舞場を守りたくて動いてきた」

「……え?」

 るうかの視界に色が戻る。騎士は「まだ気付いてなかったのか」と呆れたような声で言い、そして自ら顔を覆っていた兜を脱ぎ捨てた。これには佐羽や湖澄も驚きを隠せない。

「嘘。呪いを自分で解いていたっていうの? 君、魔法の素質もあるんじゃ」

「舞場さん、ひょっとして知り合いなのか」

 問い掛けられたるうかだが、何しろ相手は自分の真後ろにいるのだからその顔が見えるはずもない。しかし今の声と呼び方を聞いてやっとるうかも気付くことができた。

「桂木くん、だったんだ……」

「……せっかく忠告したのに、お前も頑固だよな。これでもまだこんな奴らとつるむつもりか?」

 色のない騎士、こと桂木(ほぎ)は諭すような調子でるうかに囁きかける。向こうの世界ではるうかの隣の席に座るクラスメイトである彼が彼女に忠告をくれたのはつい一昨日のことだ。彼はとっくに赤の勇者がるうかであることに気付いていたのだろう。そして勿論、女王が理紗であることにも。だから彼はこんなにもるうか達に対して親身になって協力してくれていたのだ。色のない騎士としてではなく、祝という1人の個人として。ということはやはり佐羽の言うように彼は自力で兜の呪いを解いていたということになる。

「桂木くん、魔法も使えるんだね」

「……あのな、舞場。俺の言ったことを無視するな」

「それは後で。じゃあ、理紗ちゃんの仮面の呪いも解けるの?」

 問い掛けると、祝はるうかの後ろで確かに頷く。

「できる。でもやらない」

「どうして? 理紗ちゃんはあんなに苦しんでいるのに、どうして解いてあげないの?」

「解けばあいつは女王じゃなくなる。それに気付けば他の騎士があいつを殺す。この国の秩序を守るために。だからあいつがどんなに苦しんでも……死なせるわけにはいかないから呪いを解くこともできない。俺1人で全部の騎士を相手にできるわけないだろ」

「……」

 祝の言葉には説得力があった。彼は彼でずっと解決策を模索していたのだ。じゃあ、とるうかは小さく口を開く。

「私が力を貸すよ。理紗ちゃんを守って、戦うよ」

「……大丈夫か?」

「大丈夫。理紗ちゃんが励ましてくれたから」

 るうかはカタールを手に握り込み、顔を上げて頼成と佐保里を睨んだ。その瞳には力が戻り、その頭は冴えわたる。そしてるうかは頼成達に赤い刃の先を向けた。

「いきますよ」

「……あんたとまともにやり合って勝てる気はしねぇな」

 頼成が言い、ちらりと佐保里に目配せする。次の瞬間、2人の姿はその場から掻き消えた。

執筆日2014/03/02

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