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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第1話 ある陽炎の日
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2

 以前事故で自転車を大破させて以来地下鉄通学をしているるうかは今日も駅へと向かって歩く。両親によれば、次のるうかの誕生日には新しい自転車を買ってやるからそれまでは頑張って歩けとのことだった。るうかは両親に対してプレゼントしてくれるなら赤い自転車がいいとねだっておいた。

 思えばるうかは幼い頃から赤色が好きだった。何故なのかと自問しても答えは思い浮かばず、それでも欲しいものはいつも大抵赤い色をしているのである。夢の世界で一度は死んだ治癒術師の“るうか”も赤い服を着て、赤い鳥の羽根飾りを髪に差していたという。やはりるうかはどこまでも赤という色に惹かれるようだ。その色は時に嫌でも人間の身体を循環する液体を思い出させるというのに。

 まだまだ暑い陽射しがじりじりとアスファルトを焦がす。跳ね返ってきた日の光が時折るうかの目を焼き、その肌に汗を浮かばせる。秋はまだ遠いな、と思いながらるうかがやっと地下鉄駅の入り口が見えるところまで歩いてきたその時だった。

「あれ、るうかちゃん?」

 聞き慣れた声が後ろからるうかを呼び、彼女は素直に足を止めて振り返る。そこにはやはり暑いらしく、亜麻色をしたセミロングの髪を思い切りアップにしてピンで留めた落石佐羽(さわね)の姿があった。普段はあまり目立たない両耳のピアスが陽光にキラリと光る。それらは左右で異なるモチーフで、右がクロス、左が螺旋にカラーストーンを組み合わせたデザインのものになっていた。彼は爽やかな白色のシャツに緩く灰色のネクタイを締め、わずかに赤みがかった薄手の柄入りのパンツというコーディネイトで立っており、いつもよりも少しだけ派手に見える。

「落石さん、こんにちは」

 余計なことは言わずに挨拶だけをしたるうかに対し、小走りで近寄ってきた佐羽は苦笑めいた表情を見せながら肩をすくめる。

「そっか、高校は今日からだっけ。るうかちゃんの制服姿、久し振りに見るなぁ」

「大学はまだ休みですか」

「うん。あ、でも今日はちょっと用があったから寄ってきたところ。るうかちゃんは今帰り? 良かったらちょっとお茶でもしていかない? 勿論奢るから」

「奢りですか。だったら……あ、アイスとかでもいいですか?」

「いいよー、あっついもんね」

 そんな話をしながら2人は地下鉄に乗り、るうかの家とは反対の方面へと行く電車に乗った。途中で佐羽が「頼成も呼ぶ?」とるうかに尋ね、るうかはその必要はないと返す。

「槍昔さん、今朝寝る前に今日は大学で臨時のゼミがあるって言っていたんで。多分来られないと思います」

「うわ、そうなんだ。やっぱりメディカルって忙しいんだね。じゃあ今日は俺がるうかちゃんを独り占めしちゃおうっと」

「奢ってもらったら帰りますよ」

「あれ、警戒してる?」

「いいえ。ただ、なんだか今の落石さんっていつもと違う感じなので」

 るうかの正直な感想に佐羽はまた先程のように苦笑してみせる。その表情の意味するところは分からなかったが、るうかはやはり黙っておいた。

 繁華街の駅で地下鉄を降り、そのまま地下街を歩く。地下鉄の延伸と共に発展してきた地下街にはたくさんの飲食店や服飾雑貨などの店が軒を並べ、いつも賑わっていた。その中でも一際目を引く明るいピンク色をした装飾のアイスクリーム屋を指差したるうかに、佐羽は笑顔で頷く。

「女の子ってこのお店好きだよね」

「色んな味がありますからね。お店も可愛いですし」

「ふふ、るうかちゃんもこういうの好きなんだ。なんだかちょっと新鮮だな」

「そうですか?」

 佐羽の目から見るるうかは一体どういう人間として映っているのだろうか。店の中は狭いがいくつかテーブルと椅子が用意されており、ほとんどがるうかと同じような制服姿の少女で埋まっていた。2人はひとまず席を確保し、それからそれぞれ好みのアイスクリームを注文する。

「じゃあ俺は……コーヒーとラムレーズンのダブルで」

「私はストロベリーとレモンシャーベットでお願いします」

 ストロベリー、という単語に反応して佐羽がくすりと笑う。何ですかとるうかが問えば、彼はこう答えた。

「前に頼成とここに来たことがあったんだけど、その時彼はストロベリーといちごミルクを頼んだんだよ。どれだけ苺好きなんだって話だよね」

「2人で来たんですか……?」

「ううん、緑さんも一緒だった。ちなみにあの人はチョコレートミントとダージリンティーのダブルにしていたよ」

「……」

 頼成と佐羽と緑、その3人が揃ってピンク色のアイスクリーム屋に並んでいる姿を想像する。頼成達はまだいい。しかし緑、こと西浜緑は頼成を超える長身の上に天然で緑色の髪をしているのだ。その悪目立ちぶりには店側もさぞかし困惑したことだろう。

 しかし以前は緑のことを激しく憎んでいた佐羽が彼と共に外出するほど仲良くなっていたとは意外だった。るうかは早速アイスを食べながらその辺りのことを佐羽に尋ねてみる。すると佐羽ははぁと小さく溜め息をつきながら面白くなさそうに答えた。

「だってあの人、普通に接している分にはあまりにも無害で」

「家事もやってくれていますしね」

 佐羽が身を寄せている柚木阿也乃の家の家事全般を担っているのは緑だ。現役の大学院生でもあり忙しいはずの彼だが、料理も掃除洗濯も手を抜くことなく綺麗にこなすらしい。そこまでしてもらっておいて憎み続けるのも無理がある、と佐羽は厄介そうに語る。

「けど、俺だって彼の全部を許したわけじゃない。前ほど気にはならなくなったってだけだよ」

 そう言いながら佐羽は溶けかけたアイスの表面をちろりと舌で舐めとった。そこらの女子よりも綺麗な白い肌と少し長めの紅い舌が、そんな仕草に奇妙な色気を添える。るうかはそれを見るともなしに見ながら自分のアイスをスプーンですくって口に入れた。

「それにしても、今年の夏は楽しかったなぁ」

 突然佐羽が今までの話題を断ち切るような明るい声を出し、るうかは驚きつつもそうですねと頷いた。実際るうかが夏休みの間には色々な出来事があった。頼成も含めた3人で河川敷の花火大会を見に行ったり、どういうわけか緑と輝名、それに湖澄(こずみ)も加わった6人で郊外の広い公園にバーベキューをしに行ったりもした。夢の世界では相変わらず血生臭い戦闘がある一方でるうかの現実にはそのような楽しいイベントもあり、彼女はまた時々どちらが本当の現実なのか分からなくなる。公園の川に釣糸を垂らして心地よさそうにうたた寝をしていた湖澄が3年前に石化しかけた賢者であり、“るうか”が救おうとして救うことのできなかった相手だということが信じられなくなってくる。長らく行方不明になっていた彼は再び両方の世界に姿を現したものの、こちらの世界での家族である清隆の家には戻っていない。るうかの友人である清隆静稀(しずき)は戻ってこない兄を案じているが、一度だけ彼から連絡があったことをるうかに明かしてくれた。それで充分に安心したと笑っていた。その笑顔を見たるうかは本当のことを言えない自分に罪悪感を覚えたものだった。

「色々ありましたね」

「また君の休みに合わせてみんなでどこか行こうよ。冬になったらスキーとかどう? 泊りがけでさ」

「それはさすがに親が何て言うか」

「大丈夫なんじゃない? だって君のお母さん、外泊OKだって言ったんでしょ?」

 るうかは思わずむせそうになった。佐羽はそんなるうかを楽しそうに見やると、プラスチック製のスプーンを振りながら一方的に話し始める。

「頼成から聞いたよ。君のお母さんからお墨付きをもらったからには泊めないわけにもいかない、って引っ込みがつかなくなったから泊まってもらったはいいものの、いざってなると何にもできなかった……って。ほんっと情けないよね! それでいてあいつ、惚気てるのかってくらい幸せそうな顔しちゃってさぁ。ばっかだよねぇ。るうかちゃんだって期待してたでしょ?」

「してません」

 きっぱりと。はっきりとるうかは否定した。大体それはるうかの母親である順が強引に薦めたからそういう事態になったのであって、決してるうか達が進んでしたことではない。ひとつのベッドで寝たには寝たが、それだけだ。夢の世界で狭い宿屋に泊まったときと何も変わらない。そう、変わらないのだ。

「大体……恋人だからって何かしなくちゃいけないわけでもないでしょう」

「それ、頼成もおんなじこと言ってた」

 佐羽はそう言って意地悪そうに顔を歪める。

「ねぇるうかちゃん。余計なお世話かもしれないけど、頼成みたいな奴には君の方からもっと積極的にアプローチしていった方がいいと思うよ。たとえばもうちょっと大胆な格好で彼の家に行ってみるとか、いっそ自分からキスまで持っていっちゃうとか。あいつ、攻められた方がその気になるタイプだし」

「なんで私がそんなことをしなくちゃいけないんですか」

「るうかちゃんは頼成に触られたりするのは嫌なの?」

「それは別に嫌じゃないですけど」

 頭を撫でられたり、軽いキスを交わしたりといったスキンシップは2人の間にもある。今のところそれ以上の段階に進むつもりがお互いにないだけだ。るうかは段々と面倒になってきたので佐羽にそれをはっきりと説明した。すると佐羽は理解できないといった様子で顔をしかめる。

「それだけで満足できるの? 信じられない」

「そう言われても……」

「頼成も頼成だよ。それこそ夢にまで見たるうかちゃんが生で腕の中にいるのに、なんで手を出さないかな。多少強引でも頼成がリードしてくれたらるうかちゃんだってその気になるでしょう?」

「……知りません」

 話題がどんどんと際どい方向に向かっている気がして、るうかはそれ以降何も喋ることなくアイスを食べることに専念した。佐羽もそれ以上つついても何も出てこないと分かったためか、やはり大人しくアイスを食べる。そうして無言の時間が過ぎ、2人のアイスがちょうどなくなった頃。

「……もしかして、佐羽?」

 1人の女性が店の外からそう声を掛けた。明るい色の茶髪を長く伸ばしてパーマを当て、丈の短い柄物のワンピースに高いヒールを履いた、派手な化粧の女性だった。

執筆日2014/01/09

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