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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第7話 虹色のマスカレード
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4

 騎士も含めた4人はざっと都の辺縁部を回り、そこで見付けた“天敵”をまさしく手当たり次第に殲滅していった。時々別の騎士が都の中心部の様子を報告しにやってくる。それによれば、中心部の“天敵”は辺縁部よりは少なく、色のない騎士の手でほぼ掃討が完了したとのことらしい。るうか達は少しばかり安堵し、これからの行動について話し合う。まず騎士が口を開いた。

「その紫色の魔女が本当に“天敵”を操っているのだとすれば、この近くに潜伏している可能性は高いのか?」

「だろうね。まぁ“天敵”を放つだけ放って逃げた可能性もゼロじゃないけど、あれの性格からすればちゃんと結果を見届けたいだろうし。それに、まだ何か仕掛けてくるかもしれないしね」

「これ以上何を?」

「さあ。ただ、鱗粉のせいでこれだけ視界が悪くなっているから……俺達も何を見落とさないとも限らない。敵が“天敵”だけとは限らないかもしれないよ」

「……魔王、何か知っているなら正直に話せ」

 騎士は苛立った様子でそう言ったが、佐羽は逆に声を立てて笑いながらこう言い返す。

「隠し事をしているのはお互い様でしょう? 君の仮面は君の素顔を隠しているけれど、その心までは覆っていない。分かっているんだよ」

「……」

「黙っていてほしければそっちも黙っていてくれるかな?」

 佐羽が一体何を言っているのか、るうかにはさっぱり分からなかった。しかし騎士には彼の言っている意味がしっかりと伝わったのだろう。黒い兜ごと佐羽から目を逸らし、彼ははあとあからさまな溜め息をつく。

「……おい」

 そんな2人のやりとりを横で聞き流していた湖澄(こずみ)がふと何かに気付いた様子で辻の向こうを指差した。そこに一瞬黒い影が横切り、すぐに路地へと消える。

「今のは騎士じゃないのか」

「……ああ、多分。だが様子が変だな。安否確認が済んだら後はこっちは我々の管轄だと通達しておいてもらったはずなんだが……」

「怪しいな。行くぞ」

 湖澄はそう言うと誰の返事を待つこともなく先陣を切って影が消えた路地へと駆けていく。るうか達も慌てて後を追った。霧に紛れて見え隠れする影を見失わないように追っているうち、るうかは周辺の建物の並びに見覚えがあることに気付く。

「この辺って……確か」

「この向こうにはホームしかないぞ」

 怪訝そうな声で騎士が言い、「ホーム?」と佐羽が問い返す。残りわずかの命を安らかに過ごすための場所だという騎士の説明に佐羽はふっと眉をひそめた。

「へぇ……それはちょっと、ヤバいかもね」

「どういう意味だ」

「説明している暇がない。急ぐよ」

 そう言うと佐羽はだっと速度を増して走り出す。しかし元より体力のない彼はすぐにるうか達に追い抜かれた。追い抜きざま、るうかはさっと佐羽の身体を背中に担ぎ上げる。

「って、るうかちゃん何するの!」

「本調子じゃないんでしょう、向こうであれだけの大怪我をしているから。だったら変なところで強がらないでください」

「いや、あの、走るくらい何ともないよ……」

「遅いんですよ」

「そうはっきり言わないでくれる!?」

「落石さんにはいざというときに思いっきり暴れてもらいますから」

 そう、おそらくこの中でもっとも強力な破壊の魔法を扱うことができるのは佐羽以外に考えられない。それは“天敵”との戦いでは使いどころが限られるが、ある意味では切り札とも言えるのだ。下手に無理をして走ったために体力がもたずに力を発揮できないなどという事態は困る。るうかの正論に佐羽は沈黙せざるを得ず、あうう、と何やら情けない声を出しつつも振り落とされないようにと彼女の背にしがみついた。そんな光景を一瞬振り返り、騎士が何とも言えない様子で呟く。

「勇者と魔王……には見えないな」

「これが俺達の普通だ」

 湖澄が答え、なるほどと騎士は適当な口ぶりで頷く。やがてるうか達は影を追ってついにその場所まで辿り着いた。そこは案の定“イアナロアン・ホーム”……るうかと頼成が今日の昼間に訪れ、タヨという老齢の女性からこの国の成り立ちに関する話を聞いたその建物だった。建物の白い外壁には何か黒いものがびっしりと張り付いている。よく見ればそれは無数の黒い蝶だった。思わずうっと呻いたるうかに、佐羽が彼女の背中の上から「大丈夫?」と声を掛ける。

「ここ……今日槍昔さんと一緒に来た場所なんです」

「……へぇ? ということは、頼成が転移術で移動できる場所のひとつってことになるね」

「……今の騎士もここに入っていきましたよね」

「うん。まぁ、ここの人達の安否を確認しに来ただけなのかもしれないけど……」

 そう言いながら佐羽はるうかにちょいと合図をしてその背中から降りた。彼は魔王の象徴である大きな杖を手にふんわりと笑いながら目の前の建物を見上げる。

「ふふ、なんだかとっても嫌な感じがする。ね、るうかちゃんは臭わない?」

「臭い、ですか?」

「鉄錆と汚泥と酢の混じったような臭いが微かにだけど漏れてきている。ねぇ、残酷なことを言うようだけど……ここはもう駄目かもしれないよ」

 佐羽の言葉の後半はるうか達と行動を共にしている騎士へと向けられていた。騎士は兜の奥でぎりっと音を立てて奥歯を噛み締める。何故そう言って笑っていられるんだ。騎士は佐羽をきつく睨みつけながら問い掛けた。佐羽はそのふんわりとした笑みにどこか虚しい色を滲ませて答える。

「諦めることに慣れると、笑うことを覚えるんだよ。君がそうやって怒りを顕わにできるのは、まだ諦めていないから。それがいいことかどうかはともかく、ね」

「誰が……誰が諦めるか!」

 そう叫ぶと騎士は先陣を切って建物の中へと飛び込んだ。佐羽はわずかに顔をしかめるとるうかの手を引いてそれに続く。さらに彼は叫んだ。

「湖澄早く! 入って、そして中から扉を封印するんだ!」

「ああ!」

 湖澄は佐羽の目的をすぐに理解した様子で答えると言われた通りの行動を取った。すなわち、全員が建物の中に入ったところで扉を内から閉ざして魔法の封印を施したのである。これで扉の外から何者かが侵入することも、そして建物の中から何かが出ていくこともない。そう、たとえばこの建物の中に充満する銀色の鱗粉も決して外には漏れないのだ。

 むせ返るような密度の鱗粉で覆われた建物の中は確かに佐羽の言った通りの悪臭に満ちていた。それは血の臭いであり、腐った肉の臭いであり、放置された排泄物の臭いでもあった。胸の悪くなるような異臭と銀色の粉に塗れながら、るうかは知らずに身を震わせる。ここで一体何が起きているというのだろうか。

「間違いない、ここの鱗粉は変異原の特性を持っている」

 湖澄が厳しい表情で言い、佐羽が答えて頷く。やっぱりね、と言った彼にるうかは耐えきれずに疑問をぶつけた。

「どういうことですか。どうしてここだけ……」

「何がどこまで策略かは分からないけど……まぁ、犯人の最後の狙いはここだった。というより本当の狙いはやっぱりここの国家の転覆なんだろうけどね。ここは元々死期の近い人達の住んでいる場所だったんでしょう? 元から変異しかけた細胞の持ち主も多かったはずだ。“天敵”じゃなくて、あくまで病としてね。そこにこの変異原の鱗粉をばら撒けば、健康な人よりよっぽど速く“天敵”化が進行する。そしてこの閉ざされた場所でその異常に気付く者は、気付いても対処できる者はまずいない」

「……じゃあ、ここは、もう」

「終わっている。でも、それが本当の悪夢の始まりだ」

 佐羽はそう言い切った。そのとき建物の奥に走っていった騎士が大声を上げて怒鳴るようにるうか達を呼ぶのが聞こえる。湖澄がすぐに駆け出し、るうか達も後を追った。そこで彼女達は異様な光景を目にする。

 建物の中でも中庭に面した部屋にそれはいた。部屋いっぱいに広がった肉色の塊。腐臭を漂わせ、黒ずんだ表面がぼこりぼこりと波打っては時折ぶしゅう、と銀色の粉を吐き出す。それは大きくなりすぎて部屋の扉から外に出ることができなくなっていた。その代わりに扉の周辺の壁をあらかた破壊して、それでもそこから動けないようだった。どうやら窓の外側、中庭にまでその身体がはみ出しているために引っ掛かって抜けなくなってしまっているらしい。

 それは無様な化け物だった。黒い蝶の鱗粉によってひたすらに細胞の異形化を促進され、肥大化した“天敵”の成れの果てだった。その表面にはたくさんの“人間の名残”が残されている。エプロンの切れ端、一房の髪の毛、足の親指、おそらくは膝と思われる皮膚、潰れた耳、抉り取られて神経線維だけでぶら下がっている眼球、3本だけの黄色がかった歯、壊れた眼鏡に、小さなイヤリング。ここで暮らしていた人々、そして彼らを世話していた人々の命の名残を肉の表面に浮かび上がらせて、その化け物は呻いていた。口のない化け物は身体をくねらせ、身の内から響かせるように嘆きを迸らせる。

「……タヨ、さん」

 るうかはその化け物の生前の名を呼んだ。この国の最初の女王の母親であった彼女は、誰よりこの国のことを憂えていた。自分の命を長らえる代わりに娘を仮面の女王として差し出し、治癒術師を殺すことで平穏を保つというこの国の秩序を確立させたことを半ば悔いていた。そしてその顛末を語り続けることを誓い、103年という長い年月を生きてきたのだ。

 その最期がこれだというのか。彼女がこれまで思ってきたこと、伝えてきたこと、これから伝えていきたかったことの全てを水泡に帰すような、これが彼女の最期だというのか。るうかはぶるぶると身を震わせながら両手のカタールを握り締める。

「赤の勇者、この“天敵”は……」

 騎士がやや茫然とした様子で呟くように問い、るうかは静かな声で答える。

「タヨさんという、ここで暮らしていたおばあさんです。きっと、みんな心配してタヨさんの部屋に駆け付けたんです。施設の人も、他に暮らしていた人も。タヨさんは103歳で、でもとても元気で、伝えたいことがたくさんあったから。みんな助けたいと思って来たんだと思います。そして、みんな食べられたんです」

 “天敵”は本能に従って人間を捕食する。彼らは人間以外を食料とすることができない。タヨはまだ生きていたかったのだろう。たとえ他人の命を食らってでも、伝えたいことがまだまだあったのだろう。しかし言葉を失い、肥大化した身ではここから出ることも、何かを伝えることも叶わない。彼女は、かつて彼女だった化け物はひたすらに嘆き、呻き、もがき続ける。最早食料であるはずのるうか達の姿さえ捉えることができていないようだった。

「酷すぎる」

 るうかはぽつりと呟く。そしてかつん、とブーツの踵を鳴らして歩き出した。微かにだが、奥の部屋から人の話し声が聞こえたのだ。そしてるうかは静かな足取りで目的の部屋の前まで行くと、何も言わずにその扉を蹴り開けた。

 そして、息を呑む。

 そこには3人の人間がいた。1人は先程この建物に入っていった黒い鎧兜で身を固めた色のない騎士。そしてもう1人はある意味予想通り、桃色の髪に紫の瞳を持つ魔女・佐保里。さらに彼女と向かい合うように立つ後ろ姿はるうかがこの世界で最も身近に感じる人物のもので、そしてこの場で最も出会いたくない相手でもあった。

 気付いた彼がゆっくりとるうかの方を振り返る。

「……来ちまったのか」

 そう言った彼、頼成の手には城の中庭で黒い蝶を操っていた斧槍がしっかりと握られていた。

執筆日2014/02/27

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