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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第7話 虹色のマスカレード
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3

 果たして、佐羽の予測は的中していた。るうか達が都の辺縁部までやってくるとそこにはすでに小型の“天敵”が何体かたむろしており、近くの家の扉を壊そうとその肉塊の身体で体当たりをしている。るうかは素早くそれらの弱点となる部分を見付け出すと、そこに刃と打撃を叩き込んだ。あっという間に肉片を撒き散らして崩壊する“天敵”の身体、その破片を存分に浴びて一瞬のうちに全身を赤に染めたるうかは次の敵を求めて視線を巡らせる。

 今のところ、“天敵”の数は多くはないようだ。おそらくは都の外から侵入してきていると考えられるそれらは相変わらずずるりずるりと肉の身体を引きずるようにしてゆっくりと都の中心を目指しながら、住民を捕食しようと狙っている。しかしすでに城の騎士達が住民に避難命令を出しており、人々はそれぞれ鍵のかかった家の中に閉じこもっている。すでに夜であるため元々外に出ていた住民も少なく、またこの銀色の霧に異常を感じた人々が自ら帰宅し始めていたこともあって、避難は極めて迅速に完了した。後は“天敵”を見つけ次第駆逐していくのみである。

「赤の勇者、怪我はないか?」

 いつの間にか城から戻ってるうか達に合流していた例の騎士がるうかに向かってそう声を掛け、るうかは大丈夫だと答えた。その騎士の鎧もまた、別の“天敵”の流した赤に染まっている。

「るうかちゃんの実力は知っていたから納得として、君も結構やるね。いい腕している。それならどこへ行っても食べていけるんじゃない?」

 佐羽が呑気にそんなことを言い、騎士は当然のようにそれを無視してるうかと同じように次の敵を探して視線を巡らせた。心なしかつまらなそうに肩をすくめた佐羽に湖澄(こずみ)が軽く叱責する口調で告げる。

「調子が出ないのなら無理をせずに休んでいろ」

「何さ、人を怪我人みたいに」

「実際怪我人なんだろう。いくら実体がこちらの世界にあるとはいえ、夢の中で負った傷が命に関わる程に重いものならば現実に影響が出ないはずがない」

「はいはい、心配ありがとう。でも君の心配は怒っているようにしか聞こえないよね」

「頼成なら違うとでも?」

「いや、頼成はもっとはっきりと怒るだろうけどさ。言ってしまえば激怒?」

 くすくす、と佐羽は耐え切れなくなったように笑う。彼の中で頼成に対する信頼はわずかも揺らいでいないのだろう。るうかは新たに見付けた“天敵”と対峙しながら横目でそっとそんな佐羽を見ていた。

「赤の勇者!」

 騎士の警告の声が飛ぶ。るうかは眼前に迫っていた“天敵”の肉の胴体を目掛けて蹴りを叩き込み、その反動によって自分は1歩後ろへと跳んだ。今は戦闘中である。あまり余計なことに気を取られている暇はない。幸いというべきか、都に現れている“天敵”はどれも小型で、まだ人間を捕食したことのない個体であるようだ。そのために知能もそれほど高くはないようで、あくまで人間を捕食の対象としか見ていない。つまりるうか達の攻撃に対してあまり防御をしようとしないのだ。おかげで彼らの弱点となる箇所、元は人間であった名残の部分も探しやすい。

 るうかが作った隙を突いて、騎士が“天敵”の背中にあった白っぽい布の切れ端に剣を突き立てる。するとぱんぱんに膨らんだ風船が弾け飛ぶように“天敵”の肉の身体も爆ぜた。溢れた血と肉片が飛び散り、またるうかと騎士の身体を汚す。

 湖澄は彼女達と比べればまだスマートに戦っていた。ほとんど相対する間もなく弱点を見付け出してはそこに長剣の切っ先を突き入れ、すぐにその場から離脱する。故に彼の黒い翼のようなコートにはまだほとんど血の染みがついていなかった。そして佐羽は少し離れた所から彼女達の戦いを見守り、“天敵”の数が多かったり、それらの一部が彼女達の攻撃を逃れて民家に迫ったりした場合にちょっとした攻撃魔法をぶつけて援護している。いつもの彼に比べれば随分と大人しい戦いぶりだが、何しろここは住宅の密集する都の中である。いつもの調子で派手な破壊魔法を繰り出されては“天敵”云々の前に魔王がこの街を滅ぼした、などということになりかねない。佐羽としてもそれは分かっているのだろう。彼は決して楽しそうではないものの、真面目に援護射撃に徹していた。

 それにしても、と騎士が近くにいた“天敵”のうち最後の1体を屠った剣先を振って血を飛ばしながら呟くように言う。

「一体こいつらはどこから湧いてきているんだ。黒い蝶の鱗粉による影響ではないとすれば、どうしてこの国にこれほどの数の“天敵”がいる」

「そもそも鱗粉の影響で起こる“天敵”化はゆっくりしたものだし、こんなに一度に大量に“天敵”が発生するわけはないんだよ。だからつまり、外から持ち込まれたってことになるね」

 佐羽が答え、騎士はますます訝しげな顔をして佐羽を睨む。睨まないでよ、と佐羽は律儀に文句を言った。

「多分、俺達が初めてこの国に来たときに君が相手をしていたのは本当に黒い蝶による“天敵”化の被害者だったんだと思うよ。だって、なりかけだったんでしょう? だから実際にこの国に“天敵”化を促す鱗粉を撒き散らす黒い蝶が持ち込まれていたことも間違いない。そしてそれをしたのは頼成じゃない」

「どうしてそう言い切れる?」

「だって俺達はそれまでずっと一緒に行動していたんだよ? 頼成がこの国に来たことがあるなんて話も聞いていないから、転移魔法でちょちょいと来て黒い蝶を放って帰ってくるなんてこともできないだろうし。さて、じゃあ犯人は誰かな?」

 佐羽はどうやらその目星がついているようだった。騎士は黙って佐羽の口元を睨んでいたが、るうかは彼の言わんとしていることに気付く。そう、答えはイナト村での事件の際にすでに出ていたではないか。

「佐保里さん、ですか」

「確証はないよ。でもそう考える方がよっぽど理屈に合っている。イナトの村でも、この国でも、人間を“天敵”にしてしまう黒い蝶を放ったのは彼女。そして彼女にはもうひとつ特技があった。覚えてる?」

「“天敵”を操る……!」

 そう、と佐羽が頷く。るうか達が以前この世界で佐保里と対峙したとき、彼女は無数の“天敵”を杖1本で操ってるうか達と戦わせ、自分は直接手を出すことをしなかった。それは確かに今のこの都の状況と似ている。

「でも、じゃあ槍昔さんはあそこで何をしていて、どうして逃げたりしたんでしょうか」

「そりゃあ逃げるってことはやましいことがあるってことでしょう」

 佐羽は何とも簡単な調子で言うと、ふっと優しい目をしてるうかを見た。

「るうかちゃん、女王様……ううん、君の友達が言っていた通りだよ。今の頼成が信じられないならそれで全然構わないから、君が信じる頼成の信念を信じてあげればいい。そしてもしも彼が何か間違いを犯しているなら、得意の鉄拳でもお見舞いしてあげればいいんだ。君が戸惑ったり悩んだりする必要なんてないんだよ」

 そういうのは君の得意とするところでしょう? 佐羽はあくまで静かに優しくそんなことを言い、るうかにいつも通りの微笑みをくれる。確かに、目の前にあるものをそのまま事実として受け止めるのはるうかの性分かもしれない。そして逆に言えば考えても答えの出ないことをずっと考え続けるのは彼女にとって極めて苦手な部類に入ることになる。そう、たとえば定期考査でどう頑張っても思い出せない英単語のようなものだ。定められた時間の中で最善の結果を得るには結局できるところから手をつけるしかないのだ。

「ありがとうございます、落石さん。大分すっきりしてきました」

「いえいえ。ふふっ、今日はなんだかたくさんお礼を言ってもらえて嬉しいな。るうかちゃん、この機会に頼成から俺に乗り換えるっていうのはどう?」

「それはないです」

「だと思った」

 佐羽は全く気分を害した様子もなく笑い、そしてふっと獰猛に口元を歪めてみせる。

「さあて、それじゃあ改めて“天敵”の掃討と……多分元凶のはずの佐保里をとっちめに行こうか。あのアマ、ただじゃ済まさないからね……!」

「そっちが本音か」

 呆れたように言う湖澄に当然でしょと返す佐羽は確かにかなり腹を立てているようだ。身から出た錆である部分も否定できないとはいえ、向こうの世界で佐羽を罠に嵌めたのは浅海佐保里なのである。だとすれば彼の怒りはもっともで、るうかとしてもその件を含めて彼女に一泡も二泡も吹かせてやりたいという程度の思いはある。

 辻の向こう、銀色から虹色へと煌めき色を変える紗幕を透かして肉色の塊がうごめいているのが見えた。一体何体の“天敵”が今この都に放たれているのか想像もつかないが、るうか達にできることはとにかくその全てを葬り去ることである。たとえそれが元は人間であったものだとしても、いくら肉を抉る感触がその両手に残ろうとも、爆ぜた肉塊から飛び散る赤がその身を汚そうとも。都に生きる人々が守られ、そしてるうかにとって大切な人が守られるならば。頼成がこれまで貫いてきた、救える者は意地でも救おうという信念が貫かれるのであれば。

 そこに迷いの入り込む余地は微塵もなかった。

執筆日2014/02/27

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